《目標、IFFに応答なし》
《対空戦闘用意》
1話 それは突然に
駐屯地 司令室
陸奥陸将
「何が起こった!?」
「私にもわからん!」
私は半ば悲鳴のような声を上げる。
駐屯地の司令部は地方のものとは思えないほど混乱を極めていた。
隊員たちが慌しく走り回り、椅子や棚が横倒しになり、紙片が舞ってとまるで災害が直撃したかのような状況であるがあながちその通りかもしれない。
「この駐屯地の外周4キロ四方が未確認の森林に覆われています!」
「上下水道、ガスともに使用不可です!」
「本部との通信応答ありません!」
すべての外部通信が絶たれ、電気水道ガスの類もいきなり止まってしまったのだ。
私、陸奥幸也(むつゆきなり)は基地司令である。なんとかしてこの混乱を収めなければならない。
だがこの状況をどうすればいいのだ!?
あまりにも突然。
あまりにも荒唐無稽。
しかし現実に起こった、現在進行形で起こってしまっている出来事は大いに隊員たちを恐怖させた。
それはさざ波のように、初めは小さな違和感を感じた隊員たちがあちらこちらで仲間と話し合い、違和感が大きくなるにつれて話が上へと持ち上がり。それが確信に変わるや大きく、大きくざわざわと押し寄せて一つになった不安の渦が駐屯地じゅうをかき回す。
そんな状況下、現場もこちらもパンク状態で基地機能がマヒしかかっていた。
頭を抱えて窓を見やればそこには見慣れた公道ではなく熱帯雨林のような深い森が広がっており、何か言い表せないような暗い感情を煽る。
私は頭を振ってそれらを振り払うと無線機の前で唸る通信科隊員に声をかける。
「通信状況はどうだ」
「現在すべての周波数で呼びかけていますが、いまだ応答ありません」
「そうか…」
「…それどころか、人工電波をほとんど受信していません。とても静かです」
無線機は不規則なノイズを発しているが、何かを話せば逆にそちらが掻き消えそうなほど小さなものだ。クリアな通信と大差がない。
ここで思い当たるものが一つ。
「磁気嵐…」
ここ数か月の間、諸外国でたびたび起こっていた磁気嵐。電波が強烈に妨害、吸収され発生地点一帯が電子的に隔離されるという怪奇現象。
それがこの日本でも発生したのかと一瞬考えるも、それだけでは駐屯地の外の異変の説明がつかないことに気が付いた。
私は顔をしかめる。
あらゆる可能性を探れど、どれも憶測どまりで確証をつかない。
現在置かれている状況を把握していないのだから当たり前だが、不用意に探りに行くべきでもない。普段ならば本部に指示を仰ぐところだが、連絡がつかない以上それはできない。
ナイナイ尽くしだ。
「引き続き通信を試みます」
「頼む」
指示を延長して一端の落ち着きを得る。が、これでは事態は動かない。
有事の際に備える。それが自衛隊だったはずだ。
だとするならば、今がその時ではないか?
そこで喉まで出かかった外部に隊員を送って調査を行うべきだという言葉は一旦飲み込む。少なくとも『まだ』、調査を行うべきではない。
基地の外の事はもちろんわからないが、基地の中の事、そして分屯地の事もまだ把握できていない段階では動くべきではないだろう。
まずは中のことを確認するのが先だ。
私は経験と直感からそう判断した。
されど、確認がつくまでの間は部下たちに我慢を強いることになる。
咄嗟に出した緊急事態宣言によって訓練中の隊員たちを一か所にまとめておいたことで多少は混乱が収まったものの、まだ彼らは不安の中にいるだろう。
情報が掴めないまま過ごすことになるのは正規の軍隊には苦痛だ。
「一刻も早く基地の状況を把握しなければならない…」
私は指示を出すことができる。…それ以外はできないが、それができるものがやるべき事であり背負うべき責任だ。
それに今は隊員たちが、仲間が指示を求めているのだ。
できるものが答えねばならない。
伸ばした手の先が通信機に当たった。
私も、すべきことをしよう。
◆ ◆ ◆
そう気合を入れてからまる3日が経った。
天変地異の中でも時間だけは平等、太陽はいつもと変わらぬ方向から上って沈んでいった。しかし体感では1ヶ月が経ったのと変わらないくらいの感覚でいる。
相互連絡を常に行い荒れる現場を鎮めつつ、状況監視のため仮眠を取らずに3徹目。私は握りしめた缶コーヒーの中身を飲み干し、やっと出来上がった資料に目を通す。
努力のかいあって駐屯地の内部情報はあらかた整理され、隊員たち全員の安否が確認できた。この異常事態に負傷者も行方不明者も出なかったのは幸運だ。
また、分屯地との回線が復活し彼らも数キロ以内に無事に存在することがわかった。こちらでは内部通信の遮断がなかったために判断がつかなかったが、あちらでは内部からの電波さえも一切が吸収される状態だったようで明確に磁気嵐が発生していたらしい。
再び回線が通じたのは磁気嵐が過ぎ去ったからなのか、理由はさておき本当に良かった。
しかしそれ以外は最悪と言っていい。
自衛隊本部を初め外部への通信は絶望的、衛星通信もできなかった。
それどころか受信可能な範囲内のどこにも私達が発したもの以外の人工電波の類が存在せず、そんな状態がずっと続いている。
今まで観測された磁気嵐はいずれも数時間以内に終息していたが、この電波的遭難はまだ続きそうであるし分屯地との通信が可能になった点から磁気嵐によるものという線はなくなってしまった。
星空の様子も様変わり。
都市から離れたこの基地では夜空の様子がよく見えていたが、そこにこうこうと輝いていたはずのオリオンがどこにもいないのだ。
それに今は"よく見える"なんてものではなく、夜空を少し見上げるだけで恐ろしいほどの満天の星空が広がっている。それこそ周囲に光を発するものが何もないと言わんばかりに…
ライフラインも途絶。
上下水道と電気ガスの配管は外周の4キロ地点でプツリと切れていた。
確認しやすいものだと駐屯地内に立っていた送電用の鉄塔から繋がる先のなくなった電線が垂れ下がっていたり、基地の脇を流れる用水路が突然途切れていたり。
その断面はレーザーで切断したかのような滑らかだったという。
なんだか怖い。
これではまるで…いや、憶測で物を言うのはよくない。
最終的に判断するのは実際に見てからだ。
「そろそろ、か」
動かなければならない。
せめて周辺の安全確認だけでも、できれば水源の確保も行いたい。
食料は野外炊具1号2号や(期限切れかけの)携帯食などが大量にあったためしばらくは問題ないが、水はそうはいかないのだ。
備蓄はあるにはあるが、消費量が食料の比ではない。
一応、水の流れる音を聞いたという報告がいくつか上がっているため近くに小川が何かがあるはずという当てはある。
「部隊を動かすのですか」
「…ああ、我々は"外側"のことを知る必要がある」
「確かに…そうですが、危険では…」
一緒に徹夜していた幹部が不安の表情を浮かべる。
駐屯地内部の状況は把握できたが外部のことは全くの未知、遥か遠くまで広がる森林の正体は掴めていない。その内部に未確認の生物が確認されたとの情報もあり、危険が伴うことは明白。
しかし、だからとずっと引きこもっていては死期を待つだけだろう。
先延ばしにしてもいずれ必要になる時が来るならば、これは今やるべき事だ。
「小隊単位で東西南北をそれぞれ調査させますか」
「ひとまずは…そうだな」
装甲部隊の投入も考えたが、貴重な燃料を大量に消費するわけにはいかない。
だからと言って危険が予想される任務に数人で向かわせる訳にはいかない。
最低でも強力な携帯火器を持たせた一個小隊単位での威力偵察を画策する───
───しかし、その計画は破綻した。
危険の方からこちらに出向いてきたのだ。
接触まで行けなかった。