《哨戒ヘリ発艦せよ》
駐屯地 ヘリポート
陸奥陸将
バラバラバラ…
輸送ヘリUH-1Bの回転翼が空気を叩きつける音が辺りに響く。
その爆音に寄りつく危険を排除するためドアガンがしきりに動いているが、幸いなことに撃つべき目標は見つからなかったようだ。
程なくして駐屯地内のヘリポートに降り立ったそれから数人の隊員が降りてきた。
「どうも、ご無事だったんですな」
「ええ。そちらも無事で良かった」
私はそのうちの一人と硬い握手を交わす。
彼は尾崎 圭吾(おざき けいご)陸将補。分屯地司令だ。
予定されている会議へと出席するため来てもらったが、これはリモート参加より直接顔を合わせた話し合いをした方がいいという彼自身の提案による。
先日やっと通じた回線で情報交換を重ね、お互いの並々ならぬ状況…殉職者までは出ないものの悪い知らせが多いここ数日間のことを把握していた私としては賛成だ。
「しかし、こんなことがあり得るとは」
「そろそろ認めなければなりませんな…」
意見を交換しながら会議室へと向かうが、私達はここに至るまでの話し合いで既に一つの結論に達しつつあった。
基地の外周、至る所に散らばる状況証拠。
接続先を失って垂れ下がった電線や横半分が消滅した道路標識、どこにも繋がっていない道路や隔離されて干上がった小川。途切れた配管、配線、大地そのもの。
まるでこの駐屯地だけが世界から切り取られたかのような形相。
ありえない話だが、そうとしか言えない。
この駐屯地と付随する分屯地は全く別の場所に飛ばされた、と。
そう結論づけた自分たちでも信じられないが、こればかりは信じるしかない。そう考えたほうが楽だ。
そう割り切って先へ進むか、異なる解釈を探し続けて停滞するか。私は前者を選んだ。
「司令、こちらへどうぞ」
と、話がまとまったあたりでちょうど会議室の前まで来た。
隊員に案内され入室するとすでに他のイスは幹部たちで埋まっており、私達の到着を待っている状態だったようだ。
私は若干早足で自分の席につくと進行担当の幹部に一礼する。
「…揃いましたね。定刻には早いですが、会議を始めます」
◆ ◆ ◆
「この駐屯地は転移したと、そう言いたいのか?」
「まず"転移"という表現は適切なのかね」
「表現の是非はさておき、『元いた場所とは異なる地点に基地が移動した』。これは確かだ」
「言い切るには証拠不十分ではないのか?」
予想通り、会議は荒れた。
『異界対策会議』と銘打たれたこの場は駐屯地及び分屯地が異界へと何らかの要因で飛ばされた、または異界側がこちらへと現れたという前提を設け、なぜなにを抜きにして今後の話をするために設けられている。
しかし実際、この議題に納得してない…というより異界に飛んだという突飛かつ絶望的な現状を飲み込みきれない者が多く、希望的観測に縋る発言もいくつか上がった。
私だってこれがたちの悪い冗談であると、集団幻覚のようなものであると思いたい。そうであったほうが数万倍ましである。
「これの存在自体が証拠だ!十分すぎるくらいだろう!」
幹部のひとりがトサカのある恐竜のような生物…呼称『青』から剥ぎ取った革を差し出しながら机を叩く。比較的状態の良いものもある中から弾痕の激しく残るものを選んだあたりにこれが現実に起こったことなのだと強調する気持ちが現れている。
もっとも、先日の初遭遇から数日が経った今でも『青』の襲撃が散発的に続いているため他人事にする者は居なかったが。
現に普通科幹部を始めとした"経験済み"の者たちはだいぶ渋い顔をして穴だらけの革を見つめ、分屯地司令も厳しい顔をしている。
分屯地も『青』の突発的な襲撃を受けたというが、その際に現場を視察していた陸将補も攻撃を受けて危うく首元に噛みつきを受けそうになったらしい。
なんとも恐ろしい話だ。
あのような凶暴な生物は日本には、もとい現代の地球には存在しない。
「恐竜の生き残りが生息する秘境地だという可能性が…」
それでも諦めきれない幹部が少々無理のある考察をするが、その主張を見かねた科学科幹部が手を上げる。
「その可能性もあったかもしれませんが…以前と比べ大気構成が若干異なり重力加速度も低下、星空にあったはずの天の川銀河もどこかへ消えてしまっています。それこそ観測元の星が違わなければ起こり得ないような現象。…残念ながら、ここは地球ではないようです」
「なんと…」
体の重さや大気の変化、誤差レベルだというそれに気がつくのは難しいだろう。しかし空の異変は見上げればすぐにわかる事であり、無視することはできない。
これには粘っていた幹部も観念し、異界もとい異なる惑星に転移したという事実はやっと共通認識となった。
「我々は危険生物の闊歩する惑星に降り立ったというわけか…」
「生存可能惑星が見つかった訳ですから、喜ぶべきですね」
「…さて、見つかったところで地球から何万光年離れているのやら」
「………」
見つかっている人類が生存可能な惑星は地球から最短のものでも300光年ほど離れた位置にあると聞いたことがある。なのでむしろそれぐらい離れていて然るべきでもあるが、何万光年という言葉で急に地球が遥か遠くに感じてしまう。
ほんの一週間前まではなんの疑問もなく暮らしていた惑星、そこから急に飛ばされるなんて。
「…地球の話はもうやめよう」
「それがいいな。…さて、連日の襲撃で顔なじみとなった『青』だが、対処はどうなっている」
「今のところは、すべて凌げています。防御陣地の設営が終わればもっとマシになるかと」
「…銃が効く相手で良かったですね」
武器科の幹部がため息混じりに言う。
小銃弾の十発程の命中で無力化できるという情報はいっときは希望になったが、敵が多数であることが知れ渡ると逆に絶望感へと変わってしまった。
これだけの敵にそれだけの数を撃ち込まなければならないのかと。
しかし効果があるだけ良かったというのは明らか。もし小銃が効かない相手だったらどうなっていたかはあまり考えたくない。部下たちが怪物に引き裂かれる姿など想像しただけで嫌になる。
「同数までなら歩兵用装備でもなんとかなる。なんとか、な…」
「しかし弾薬は無限ではないし、兵器を動かす電力も足りていない。これでは長くは戦えないぞ」
機甲科幹部の言葉は切実だった。
駐屯地敷地内の送電鉄塔、その麓に設置されている非常電源設備。数日間の混乱の間はこれに助けられてきたが蓄えられた電力はもう底をつきかけている。
営内や事務所の節電で持たせてきたが、それでどうにかなる問題ではなくなってきた。
「災害時派遣用の発電機がありますから、しばらくはそれで持ちます。燃料が尽きれば…終わりです」
「…戦えなくなっても終わりが来る。燃料か弾薬か、どちらが尽きるのが先かという話だ」
『青』の革を持った施設科幹部の言葉は説得力があった。
幹部たちは頷きつつそれぞれの思考を巡らせる。
このままでは平和を守るどころか、自分たちすらも守れなくなる。しかし皆どこともわからない場所で迫りくる破滅を待つつもりなどない。
出鼻は挫かれたが、今度こそ打って出る時だ。
「我々は総力を持って現状の打開に取り組む。まずはライフラインの確保を目標とする」
計画の柱が決まったことで会議は非常にスムーズに進行し、それぞれが現状打開策を練って実行することが決まった。
施設科は水と燃料、武器科は弾薬、衛生科は医療物資の確保、通信科および情報科は基地付近の情報収集を請け負う。
本来はこのような自由な動きはしないが、指示や最終決定を仰ぐ相手が居ないために自分たちで動くしかないと判断した結果である。
これが吉と出るのかはわからない。
しかし何か行動を起こさなければ待っているのは死だ。
各々の計画がうまく行くことを祈りつつ、私は会議室を去った。
──「敵襲!敵襲!」
突如けたたましいサイレンが駐屯地内に響き渡る。
何事かと窓から様子を見ていると、通信科の隊員が廊下を走ってきた。
「何があった!」
「敵性生物の襲撃です!総数50を超えます!」
「何だと!?」
やっとの思いで会議を行い、方針を定めたばかりだというのに。
私が再び窓を見るのと銃声が鳴り始めたのはほぼ同時だった。
森の真ん中に拠点を構えてたら…来るよね。