《目標接触まで30秒》
駐屯地 防御陣地東方面
佐島一等陸士
最初の『青』の襲撃からはや2日。
その間にも『青』の襲撃が3回、新たに確認された種の襲撃が1回。
新種は朱色の革に薄紫の模様、頭の横にエリマキトカゲのような開閉する膜を持っていた。
『赤』という呼称の与えられたそれらの戦闘力は『青』と大差はないが、高度な連携と数で襲いかかってくる。
そんな相手に対策を講じないわけはなく、基地の四方には最低でもその方向に2本の火線が通るように銃座を配置、切り札として対空砲なんかもわざわざ飛行場から運び出されていた。
俺の配置されている東方面にもM2機関銃が2門、
が、肝心のボフォースは事務所で展示されていたやつを無理矢理引っ張り出したもので点検など行き届いておらず陣地の後ろで封印されている。
おそらくこの陣地で最大火力を出せる武器なだけに惜しいところだが、一発撃ってみたら砲身が炸裂したとかそういう事になったら困るので残念だが当然。
後日精密点検して補強されるらしいがいつ襲撃が来るか分からないこの状況、そういうのは早くしてほしい。もし、また大型のリーダー格が来たとしてライフルグレネードを当てに行くような気にはなれない。
切羽詰まったらやるしかないんだろうけど。
その他には指向性地雷や有刺鉄線が設置されているがどこまでの効果を発揮するかは未知数だ。少なくともこれだけで撃退することはできないだろう。
歩兵の装備についても防御力の観点から防弾チョッキ2型改以上を着用した隊員が前衛を担当することになっている。とは言うものの自分が前衛やるとなったら嫌だ。
なんでも、二日前の戦闘で引っかかれた隊員の防弾チョッキはセラミックプレートには傷がついた程度だったがソフトアーマー部はサックリ切り裂かれていたという。
だいぶ見事に爪痕が残っているのは確認していたがそんなことになっていたとは知らなんだ。切れ味どうなってんの?
その事実が知れ渡って戦闘重量の増加に文句を言っていた隊員もプレート入りの防弾装備を着用するようになった。最初の戦闘を生で見なかった者は少し認識が甘かったのは事実だろう。
…ところで、今しがた通り過ぎた隊員が
貴重なレベルIVの防御力と信頼性を持つ装備だが、それを着用した上でMINIMIまで持つのは流石に重くないのか?
…重くない?そっか…
「にしても、こんな事になるなんてな」
「ああ…」
同僚の話しているのは俺達がこうなった経緯、つまり…その…転移についてだ。
正式に発表されたわけではないが、だいたいの隊員が基地の外側は元の世界ではないと感づいている。どこか別の世界へ、別の惑星へ飛ばされてしまったのではないかという説が有力だ。
ただの憶測だとか基地司令の独り言だとか情報源は定かでない。
が、基地の周りの状況を見たら…まあ、うん。
そんな調子で駄弁っていると分屯地からの輸送ヘリが到着したようで、基地司令と分屯地指令が歩いていくのが見えた。
「分屯地の方も無事だったんだな…」
旧式装備(や自前装備)の多いここよりも旧い装備が多い分屯地の状況はちょっと心配だった。通信に成功したという報せが入ってはいたが俺たち一般兵にまで伝わった情報がそれっきりだったのでなおさらだ。
見たところ大丈夫そうだが、分屯地指令が少し足を痛めたような歩き方をしているのが気になる。
まあこの状況だと向こうも襲撃を受けているのだろう。
本当は片方が襲撃を受けたら支援を送るべきだが…
視線の先の森はとても静かで穏やかに見える。
しかしその静けさは危険を隠している。凶暴な原生生物という計り知れない危険を。
これを突っ切って助けに行けば、たちまち自分も救援を呼ぶ立場になるだろう…
─────
「交代の時間だぞ」
「ん、もうそんな時間か」
今や恐怖の対象となった森を見つめ続けて気が付くと30分ほど経過していた。集中していると時間は早く過ぎるな。
会議もそろそろ終わるころだろうし、分屯地指令の見送りに参加しに行こうか。
「敵襲!敵襲!」
俺が持ち場を去りかけたその時、監視塔に居た隊員の鋭い声が響いた。
その報せを聞くやいなや俺含め周辺にいた隊員は全員血相を変えて武器を引っ掴み、合流しながら遮蔽物に隠れる。
「クソ、よりによって今かよ!」
間の悪いときに来やがって、と64式に初弾を装填しながら文句を垂れてみるがそもそも怪物が律儀に間を守る訳がない。
予備弾倉の数を確認し死なないための準備をする。初戦は生き残ったんだ、今回も生き延びてやるつもりだ。
「東方面から敵襲!『赤』です!」
「敵影は確認できるだけで20、30…50!まだ増えます!推定100以上!」
《東方面隊は3小隊に分かれこれを迎え撃て!事前の作戦通りやるんだ!》
「了解!」
見張りが声を張り上げてから少し遅れて鳴り響いたサイレン。神経を逆撫でするような音声が基地全体に異常の発生を知らせ、幹部たちが無線機を通じて戦闘配置を命じた。
「
「走れ走れ!」
「
小隊を作って配置についた俺達は装備の最終確認をしつつ辺りを見回す。小隊内約は俺と長野、さっきのIOTVマン、同じ営内で暮らす同僚たち、その他多勢の計15名。これがABCと3小隊、45名の人壁だ。
背後で睨みをきかせる重機関銃の存在もあり、俺が初めて生き物に引き金を引いたあの戦いよりは確実に戦力が充実しているが、敵の数はそれに比例するかのごとく多い。
捌ききれるのかという不安が一瞬浮き上がったが、無理矢理押さえつけて前を向く。
と、500mほど先、開けた場所へと何かの影が躍り出てきた。
アォーウ!
1匹の『赤』が雄叫びを上げながら頭の横の膜を広げて威嚇する。
既に敵対の意思ありだ。
「積極的自衛だ!各自の判断で撃て!」
その危険性を知っている俺達は躊躇うことなく引き金を引いた。
タタタンッ タタタンッ
ダダダダダダッ
ギャオオ!
『赤』は集中砲火を受けて半分ミンチになりながら苦しそうな鳴き声を上げて倒れる。
それが号砲となったのか一斉に『赤』達が突撃を開始し…まるで雪崩のように押し寄せる。最初の一匹が立っていた場所は丘のようになっていて低い場所からは向こう側が見えなかったが、向こう側はだいぶ凄いことになっているようだ。
「来やがるぞ!撃てっ!」
「A小隊前へ!B小隊は銃座を守れ!」
「撃って減らせ!近づけさせるな!」
「C小隊はA小隊をカバーしろ!」
俺達は必死に応戦する。最初から惜しげもなくフルオートで放たれた弾丸の嵐が敵の体を穿ち、血飛沫の中に押し倒していく。しかしいくらなんでも敵の数が多すぎる。
1匹倒しても2匹、それを倒しても3匹が現れ一向に数を減らす様子がない。こちらもかなりの数があるとはいえ、小銃の殲滅力では処理が追いつかない。
火線を抜けて突進してきた敵も始めのうちは有刺鉄線に阻まれていたが、死体が折り重なってくると意味を無くして逆に掩体となってしまった。
「敵1撃破!」
「んなこと言ってないで撃て!」
「あっ!クソ!避けるな!」
「ピョンピョン跳ねやがって…!」
さらに『赤』たちはこちらへ近づくほどにランダムな回避運動を始め、横っ飛びで照準を逸らそうとしてくる。まるで銃の挙動を知っているかのような動き。
銃声に怯まないことといい、この群れは銃を持った相手と戦ったことがあるのだろうか?
「射撃開始する!A小隊は下がれ!」
交戦距離がだんだん詰められてゆくことに焦りを感じた時、温存されていたM2重機関銃の射撃が始まった。
ドゴゴゴゴゴッ!ドゴゴゴゴゴゴゴッ!
ヴァッ!
ギャ!
さすが50口径の発砲音は並のライフル弾とは違う。
直撃すれば命中箇所の周りの肉が弾け飛び血しぶきが舞い、掠っても体の一部がちぎる程の衝撃に『赤』達は断末魔を上げる暇もない。
数発おきに混ぜられた曳光弾の光がズタズタになった『赤』の死骸を照らし、さらに挽き肉を作ってゆく。
軽く横なぎにしただけで集団を壊滅させる威力、これが対人兵器として作られたのだから恐ろしい。
キィィイ!
重機関銃の掃射を受けた『赤』たちは短時間で仲間の多くを葬ったそれを間違いなく脅威と見なし、側面から回り込むような動きを始めて大きく分散、面での攻撃を始めた。
この短時間の戦闘でさらに学習されている。
しかしそれぐらいで対処できるほど甘くはない。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
銃座はそれぞれの死角を補うよう配置されているために依然として突破は困難。火線が重なる文字通りの十字砲火は敵を思惑ごと破壊し、前面に出ていた『赤』たちは総崩れとなった。
しかし、一瞬でも対応力を超えた時間ができてしまったことで戦線に小さな穴が作られてしまった。
キェェェェェェ!
それは本当に一瞬のことであったが、たまたまその箇所から溢れてきていた『赤』の集団が火線を潜り抜けることに成功。
回り込んできた『赤』に気を取られていた俺達は対応が遅れ、重機関銃も制圧射撃をやめるわけにも行かず、結果として10匹ほどの『赤』の接近を許してしまう。
が、俺達がこのような状況を想定していない訳はなく。
「今だ!あれを使え!」
「了解!3…2…起爆!」
一人の隊員が掩体に隠れてスイッチを押す。
バァン!
一列に配置されていた
ギェェ!
凶悪なベアリング球の嵐、そのキルゾーンに巻き込まれた『赤』達は過剰なまでの損壊を受けて肉塊となって崩れ落ちる。
一瞬で体を抉る重機関銃、臓物の損壊と死をもたらす小銃、それらをくぐり抜けてもなお突破を阻む爆発物。
明らかに分が悪い現状に『赤』達は狼狽えだし、反転して逃げ出すものもいた。とにかく突撃してきたように見えた彼らもこのままでは勝てないと判断したようだ。
───だが、一匹また一匹と背後を向ける敵に安心しかけたその時、それが現れた。
アオォォウ!オウオウオウオウオウ…
「待て、なんだあいつは!?」
「体高3、4メートルはある!でかいぞ!」
逃げ出す『赤』たちの後ろに突然現れたひときわ大きい個体。これが遠吠えを上げると逃げ腰になっていた『赤』たちは瞬く間に戦意を取り戻し、反転して駆け出していたものも戻ってきてしまった。
「11時方向に新手!目測で30匹以上…2時方向からも敵増援多数!!」
「嘘だろ!?」
パッと見でも50匹以上の『赤』が新たに参戦し、大型個体はそれらの指揮をとって自分の周りに展開させ隊列を組む。今までとは明らかに動きが違い、訓練された軍隊のようだ。
大型個体は射撃を見合わせている俺達を油断ならない目で睨み、ぐるりと戦場を見回すと大気を震わせるほどの雄叫びを上げた。
グオオオオオオオオッ!!
「ッ…うるせッ!」
「しっかりしろ!」
「仕切り直しかよ!」
「あれが指揮官だ!火力を集中させろ!」
指揮官が割れているならば狙わない手はない。
7.62mm、5.56mm、12.7mmと大小様々の銃弾が一斉に『赤』のリーダーと思われる個体に殺到する。
機銃手が叫ぶ。俺もつられて叫ぶ。
IOTVの隊員はMINIMIをフルオートでぶっ放す。
分屯地からやってきた隊員も混ざってUH-1から引っ剥がしたらしい62式機関銃を乱射する。たまにガーランドのものと思われるクリップ音が聞こえる。
まさに嵐と形容するにふさわしい弾幕が吹き荒れ、襲いかかる。
この凄まじい一斉射撃を受け敵の前衛は一瞬で肉片となるも後続は全く怯まないどころか前にも増して激しく突進してくる。俺は徐々に肉塊となり崩れ落ちながらもこちらへ縋る敵に恐怖するが、しかし射撃をやめることはなかった。
「火力を集中しろ!」
「ヤツだけ狙っていたら突破されます!」
「弾切れだ!リロード!」
「これ以上は奴らの間合いになる!A小隊は後退!」
指揮官を得た『赤』たちは想像以上に手強い。前衛が突撃を繰り返して攻撃を自らに集め、分散し弱まった火力を後衛が完全に吸収して指揮官はほぼ無傷のまま前線を押し上げ続けている。
押し返すこともあったさっきまでと違い、敵が確実に迫ってきていることにみな焦りを隠せない。
「あいつを潰さないとダメだ!小型を殺し尽くすよりも先に防衛線までたどり着かれる!」
「んなこと解ってるよ!弾薬ももう少ないんだ!」
「敵ももう少ない!来る前にやれる!」
「また増援呼ばれたらどうすんだよ!!」
反論を受けた隊員は顔をしかめる。
大型個体が増援を呼ばない保証はない。こんなにもたくさんの戦力を投入できるのだからまだ追加戦力を擁していると考えるのが妥当だ。
やはり一気にやるしかない。
「もう少し近くに来い…!よし!当てられる!」
「俺もこの距離なら当てられる!」
「B小隊、合図でてき弾を食らわせるぞ!」
「「「了解!」」」
B小隊の約半数が射撃をやめて素早く小銃てき弾を装着、その後ほとんど間を置かずに7発の炸裂弾が飛翔し敵本営の粉砕を狙う。
「弾着!」
銃火からリーダー個体を守るため集結していた『赤』達の元、晒されれば生物も物体も等しく引きちぎる無慈悲な爆風が吹き荒れ、今までで一番大きな血しぶきと共に身体のパーツか臓物の一部と思しきものが弾け飛んで辺り一面に散らばった。
1発や2発はともかく、7発も撃ち込まれたのだ。大型個体といえどあの中では生きていられまい。
「やった!」
「頭がいなけりゃ烏合の衆だ!」
「押し返せ!残敵掃討だ!」
着弾地点周辺は巻き上がった土煙で見えなくなったが、間違いなく『やれた』はず。そう思っていた。
『青』の大型個体を相手にしてある程度わかった気になっていたが……俺たちはまだ、その耐久力を舐めていたのだ。
「………おい」
「冗談だろ?」
土煙が晴れると、そこには『赤』のリーダー個体が立っていた。
革は剥がれ、頭の被膜は破れ、表面上ズタボロになりつつもしっかりと二足の後ろ足で地面を捉えて立っていた。
直撃弾がなかったにしても、小銃てき弾7発…7発分の爆風に耐えたというのか。
リーダー個体は足元に散らばる同胞の亡骸を見つめ、次にこちらをじいと睨みつける。
グオオオオオオオオオオオオオオッ!!
怒りを纏った咆哮は3キロ先の分屯地にも届いた───
ジャギィの競争率ってすごく高そう。