「文明の匂いだとさ」
「わからんな…」
分屯地 石油精製施設(仮)
細田一等陸士
分屯地では今日も今日とてドラム缶を運ぶ車が走る。
その内燃機関で燃やされた可燃性油が吐き出す排気ガスがまとわりついてくるがあまり不快には思わない。
なにせ、これは文明の匂い…
「ゴホッ!」
小洒落た表現をしようと気取ってみたがだめだった。
生理的欲求には勝てなかったよ…
そのまましばらく咳き込んで、前を向いたところで目に入ってきたのはこの間設置された石油精製施設(仮)。
それは化学科と施設科と各科のエンジニアが協力して作り上げた努力の結晶、自衛隊の期待の星、開発計画最初の希望。
…なんて大層なことを言ったがその見た目は綺麗な溶接の跡がたくさんついた大きな円柱と多数のパイプが組み合わされたけっこうアレな感じだ。
とはいえ動作はしっかりしている。
その前にさっきのトラックが停車し、その荷台に満載されていたドラム缶を重機の力を借りて下ろしてゆく。
中身は原油、一月前からコツコツと分屯地地下の大型タンクに貯めていたものだ。
ふつふつと湧き出た黒い油が手に入ったと言う噂を聞いた当時は飛び上がって喜んだがそれですぐに状況が好転したわけではなかった。
石油はそのままでは混じり気が多すぎて燃焼効率が悪く燃やしたときに不快な匂いや有害ガスも発生するためまともに使えたものではない。
本格的に燃料として使う場合は一度精製を挟んで用途ごとにあったものに分離する必要があるのだ。
むろんそれをなんとかするための計画、この精製施設を置く計画はその時から始まってはいたのだが1日2日で完成するわけがなく。
「やっとか…」
近くにいた隊員が精製施設に原油が注がれていくのを見て感慨深いような声を出しなんとも言えない表情になる。
力の抜けた手からジェリカンが滑り落ちたが彼は気にしていないようだった。
彼は化学科所属の隊員でこの精製施設の設計に大きく携わり、同時に日夜殆ど休まずに実験室で精製を続けていたそうだ。
…実はこうして精製施設が稼働を始めるまでは化学科の実験室で精製したガソリンをかき集めてなんとか食いつないで来ていたらしい。
らしい、というのは俺も最近知ったことだからだ。
燃料問題の心配がなくなったところで解禁された燃料残量情報はほぼ枯渇に近く、だいぶ無理をして…というか虚勢を張った状態だった。
しかしまぁ、材料となる原油があるということによる意識的な安心感で持ってきたようなものだな。もちろん、化学科の努力も。
本当に頭が上がりません、ハイ。
ジェリカンひとつ分のガソリンさえ惜しみたかったあの頃にはもう二度と戻らないことを願う。
本当に。
燃料の危篤=電力の危篤でもあったのだ。
現在(も)電力については基地の予備電源バッテリーに小型の火力発電機で充電し続ける形で賄っているためよく考えなくても洒落にならない事態だった。
精製施設横のタンクから燃料が運び出されていくのを見て俺は喜ぶよりもホッとした。
これで、自分達はまだ戦える。
空を見上げると戦闘機の編隊が長い長い飛行機雲を作っていた。
…これ、明日雨降るな。
燃料できた。