《現状を報告せよ》
血塗れの大地に雄叫びが木霊する。
グオオオオオオオオッ!
怒り狂ったリーダー個体はなりふり構わずに暴れ始め、生きているか死んでいるかを問わずに周囲のものを無差別に吹き飛ばし、踏み潰し、発散し切ることのない怒気を巻き散らす。
同胞だったものが潰れて血しぶきが舞う様には下っ端の『赤』たちも恐れおののいて逃げ始めるが、それが怒りを買ったようで逃げ出したものから吹き飛ばされ甲高い悲鳴を上げていた。
「でかいのがこっちに来るぞ!」
当たり散らす相手がいなくなってくると怒りの矛先はこちらへ向き、奴は今までとは比べ物にならない勢いで地面を蹴りつけ踊りかかってきた。
「撃てっ!撃てーっ!」
「足を狙え!」
仲間割れをやらかしているうちにリロードを済ませていた俺達は先程よりも濃密な弾幕で奴を迎える。すべての銃がフルオートで放たれ、足元にうず高く薬莢の山が築かれ…飛んでいった弾丸は確実に敵の体を捉えた。
人間なら軽くミンチになる濃度の銃火を頭と足へ集中的に分配し、とにかく動きを鈍らせようと試みるが…
「なんだよこのバケモンは!」
「こいつは恐竜なんてもんじゃねぇ!モンスターだ!」
効果は限定的で奴の突進は止まらない。
12.7mmを含む多数の銃火を全身に浴びながら走り続けられるとはどういうことか。
「
「さすがは小銃てき弾に耐えるような化け物だ!全く笑えねぇ!」
銃越しにも感じる敵の"硬さ"。いくら撃ち込んでもまるで水面に向けて発砲しているようで手応えがあまり感じられない。その上奴はもはや痛がったり顔をしかめたりする様子もなく、気味の悪いほどに目をギラつかせて前進するのみ。
アドレナリンの過剰分泌によって痛みも苦しみも何もかもを感じなくなっているのだろう。
「撤退!撤退!」
「もうダメだ!退くぞ!」
奴の射程から逃れるため防衛線はジリジリと後退。これ以上下がれない場所まで到達するのに時間はかからず、後方に構えていたはずの銃座がいつの間にか人垣の前方へ取り残されている事態に気がついたときにはもう遅かった。
「うわあーッ!」
巨体から繰り出されたタックルが掩体ごと銃座を破壊、配置についていた隊員たちが宙を舞ってあちこちに散らばる。
うち一人が奴の近くに転がって動かなくなったのが見えたが、奴はその隊員には目もくれず次の獲物を探し始め──
俺と目が合った。
俺は全身の毛が逆立つ恐怖に襲われ、必死に64式の引き金を引く。
弾は出ない。
チェストリグの予備弾倉の入ったポケットを探る。
無い。
予備弾倉は全て使い切っていた。
拳銃もさっき投げ捨てた。
弾切れだ。
死を覚悟した俺は世界がひどくゆっくりと見えた。
二人の隊員が89式を乱射しながら立ち塞がるが後ろ足で蹴られて地面に突っ伏する。
IOTVを着た隊員がMINIMIを撃ちながら突撃する…頭突きされて吹っ飛び、派手に転んだ。
同僚が捨て身で飛びかかり、銃剣を奴の腹に突き刺した。
しかし奴は今更そんなものでは怯まず、同僚を弾き飛ばすとその大きな口で俺に頭から噛み付く…
ボンッ!ボンッ!ボンッ!
ことはなく、炸裂音とともに奴の体が大きくよろけて俺の後ろへと倒れ込んだ。奴は一瞬何が起こったのかわからないという様子で倒れていたが、興奮状態を貫通するほどの激痛、頑丈な肉体を抉る威力を自分に与えたものを探るべく立ち上がって頭を振り回す。
それがちょうど俺の頭上に来たところで──
ボンッ!
頭蓋が木っ端微塵に弾け飛んだ。
中に詰まっていたものを辺り一面へとぶち撒ける様を至近距離で見ることになったのは中々に堪えたが、俺の眼球に鋭い牙が食い込む事態は避けられた。
「………」
頭を失い痙攣する奴の死骸を等速に戻った視界で眺める。…本当にやったんだな。
胴体に特大の破孔を穿ち頭蓋骨をカチ割ったあの一撃はこの陣地における最大火力。振り返るとそこには期待通り、長い砲身の先から煙を吐くボフォース40mm機関砲の姿があった。
しかしよく見ると砲身が少し裂け再度射撃すれば爆ぜるようなレベルに損傷している。使用を禁じられるのにもちゃんとした理由があるということか。
しかしその制限を破ってくれなければ被害はもっと大きくなっただろうし、俺も死んでいた。
「…っ!」
立ち上がろうとして初めて腰が抜けていることに気付き、俺はそのまま地面に突っ伏してしまった。力が入らない。
「ハ…ハァ…」
そうだ。死んだかもしれなかったのだ。
目の前まで迫ったあの牙が俺に食い込んでいたら。
「げ…撃破!撃破…」
40mm対空機関砲を操作していた隊員が震える声で目標撃破を述べる。
歓声を上げるものはいない。
しばらくの間、俺達は強い脱力感に囚われた。
◆ ◆ ◆
衛生科の隊員がやってきたときはひどい有様だったらしい。
銃座にいた隊員達は複数箇所を骨折、うち一人は複雑骨折して骨が飛び出していたとか。
蹴られた二人は手を骨折、同僚は肋骨数本と右足の骨折。
IOTVを着ていた隊員は擦りむいた程度の軽症だったそうな。
…IOTVってすげえな。
と、こんな調子で負傷者は出たが死者は1人も出なかった。
そうでなければ語る気力もなかっただろう。
その代わり、と言ってはなんだが心的外傷後ストレス障害、PTSDをあの場にいた多くの隊員が発症してしまったという。
生き物が自分たちの手によって文字通りの挽き肉、いや血煙になる様を見せつけられれば無理もない。最後の方なんか臓物の絨毯が一面に広がるみたいなことになってたしな…
俺も目の前で怪物の頭が木っ端微塵になるとこ見た後はかなり…いや、あんまし堪えなかったな。なんでだ?
「元気だな」
いつもの同僚の皮肉だ。
「長野…お前も元気そうだな」
「もうお前の声は聞けないかと思ってたよ」
「それはどっちがだ?」
「さあな」
同僚は担架の上で肩をすくめてみせた。
他の軽症者の間でも同じような会話がなされ、衛生科の病棟は敵襲後とは思えないほどに和やかな空気が流れている。
平和だ。
平和だが…
「…お前吹っ切れたな」
「吹っ切れたって何をさ」
「もう躊躇しなくなった感じ。自覚あるんじゃないか?」
確かに、何か大事な判断が軽くなった気がする。
『青』との戦闘後に感じたのと同じ感覚だ。
平和を守るために力を振るうという事は自衛官になった以上覚悟していたことだった。日々の訓練、実弾射撃などは全て実際に敵と戦う為のものだった筈だ。
だが自分が現実にそれを行うこと、本当に何かと戦うことは無いと思いこんでいた。
冷戦の終結と共に国際情勢は安定、日本周辺のバランスも安定し長い平和が訪れたころ、もはや全面戦争の驚異は遠ざかっていたのだ。
俺達はその平和を守るとともに、自分達自身も平和に浸かりきっていたらしい。
だが…
特殊な状況下であるが、俺達は敵と呼べる存在と交戦した。
命の危険を感じたし、負傷者も出たし、怪物相手とはいえ命をいくつも奪った。
しかしそのおかげで今こうしていられる。
軽口を叩いて、親しい仲間とこうして同じ場所にいる事ができる。
いつか聞いた、平和は勝ち取るものという言葉が脳裏に浮かんだ。
そうか、なるほどな。
「この基地を、仲間を、こうやって馬鹿やれる時間を守るためなら。もう何も躊躇ったりしないさ」
そうだ。俺達は自衛隊だ。
平和を守るために戦う兵士だ。
その為にならいくらでも引き金を引けるようでなくてはならない。
今日、この瞬間から。
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駐屯地防衛戦
主要交戦戦力 敵性生物『赤』
自衛隊
普通科隊員60名
89式小銃 15
64式小銃 30
MINIMI 1
62式機関銃 2
M1ガーランド 2
M2重機関銃 2
40mm対空機関砲 1
敵勢力
『赤』294体
小型個体261
中型個体32
大型個体1
自衛隊損害
負傷者12名
うち重症3名
M2重機関銃1機故障
40mm対空機関砲破損
敵損害
『赤』全滅
生存個体なし
自衛隊の勝利
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──『赤』、のちにジャギィと呼ばれる敵性生物の群れとの交戦により隊員たちの防衛意識は爆発的に上昇。隊員たちはより結束と団結を求めるようになり、内部の諍いは消滅した。
が、この戦力、この危険度をこの世界の生物における標準と認識してしまった事が後に起こる出来事への対応に影を落とすこととなった……
─後世における書籍、『異界交戦記録』より抜粋─
加筆&修整。
ドスジャギィがかなりタフになりました。