「それを待つ竜がたくさん並んでいるのも見た」
駐屯地 会議室
陸奥陸将
『…ご察しの通り、私達の世界にはモンスターは居らず、我々は対人戦闘組織です』
集まったハンターたちからどよめきの声が上がる。
うち何人か黙って頷いていているものもいるが、多くは驚愕、不審、不安、奇異の目線をこちらに向けている。
発覚をできるだけ遅らせる政策を行っていたのだから無理もない。
完全に気づかれる前にできるだけ信頼され友好関係を結び、仲間と認められることでこの事実による衝突の回避を狙っていたのだが…最終段階と踏んでいた依頼の遂行途中でこのような事が起こり当初の目論見通りは行かなくなってしまった。
もしも最初からこの情報を出して接していたならばより良い方向へと変わっていたのだろうか。私はそうは思わない。
『ギルドはこの事実を知りませんぞ』
彼らの統括機関、ギルド。正式名称ハンターズギルド。
統治機構というよりはハンターたちの組合のような構成をしているそれだが、その管轄内の問題、とりわけ彼らの掲げる"自然との調和"の理想や狩猟採集活動に支障をきたすようなことには敏感に反応し"対処"することを調査もとい諜報活動で知っていた。
望まずとも我々がその近辺で活動する武装している集団である以上、何らかの理由付けが必要になる。理由のない武装、矛先のわからない力というものは恐ろしいものであり…彼らの排除対象となり得る。
一度、その立場を示す必要があったのだ。
私は最初の会談で彼らから命を狙われていたことも知っていた。
我々の持つ武力が少しでも彼らへと向く事があると判断されたならばあの場がどうなっていたのかわからない。
それ故自衛隊の武力が国家及び国民、自らの身を守るための力であること、即ち同じ人間と戦うための力であることを彼らに話すべきか最後まで悩み…話さなかった。
最初はとにかくなんでも話してしまおうと踏んでいたのだが、ある程度話が見えてくるとそれが得策であるとは思えなくなって行ったのだ。
結局は"自らの身を守るための力である"ことだけを自衛隊の組織名の意味と一緒にぼかして伝え、彼らの判断に任せた結果モンスターから身を守るための力であると解釈されたらしかった。
転移してきた勢力であるという話題に引っ張られて深く聞かれずに済んだ事もあっただろう。
『ギルドとことを交える気は一切なく、我々自身それを望んでいないこと、我々が平和を愛する人種であることを重ねて言っておきます』
私は真っ直ぐな視線で彼らのリーダー、レヴラスを見つめる。
レヴラスもこちらを真剣な眼差しで見返し、視線が交差したのを感じた。
しばらくの間お互いに無言で見つめ合った後、先に目を逸らしたレヴラスがため息を吐くように口を開いた。
『…あなたの考えはわかった。その言葉を信じる』
彼は自分たちとしては自衛隊が軍隊に準ずる組織であったことについては不干渉の姿勢を取りたいこと、それを合わせてギルドに報告し協議を行うことを述べて今すぐにどうということはない、と付け加えた。
同時に配慮が足りなかったとも。
『いらぬ警戒をさせてしまい申し訳ない』
『こちらも、全てを話すと言いながら…』
『あなたが謝らなくてもいい』
レヴラスはさらに害のある存在ならば速やかに排除せよとの命令を受けて動いていたことを述べ、自分たちがその姿勢を隠さなかったことで余計な警戒を招いたと頭を下げた。
私も深く頭を下げたものの、レヴラスが頭を下げるのを脇で見ていたハンターの数人がなにか言いたげな不満の籠もった表情を向けているのに気が付き、肩身の狭くなる思いを感じた…
『ムツ様、よろしいですか』
と、レヴラスの隣にいた落ち着いた表情のハンターが挙手をし発言を求めてきた。
『こら、フレキ…』
『ここで聞いておくべき、そうでしょう』
『…任せる』
フレキはレヴラスの許しを受けてこちらに向き直り再度確認をとるとポーチからいくつかのメモを取り出してテーブルの上に並べた。
『私はあなた方ジエイタイのことを調べ、情報を纏めていました』
メモには現地語で事細かに自衛隊についての情報が書き込まれ、ところどころに戦車や装甲車のスケッチが描かれていた。
他にも日本語の模写や装備のスケッチ、戦闘食料の絵なども描かれている。
『しかしどうしてもわからないことがある』
『平和を愛するというあなた方がここまでの武装をしているのはなぜか、対人戦闘組織と言う割にはその手の気配が感じられないのはなぜか…』
『元の世界とはどんなものだったのですか?』
私はやはり悩んだが、彼の突き刺すような一直線の眼差しに押されて口を開く。
『お話しましょう…全てを』
…ゆくゆくはそれも話すつもりだった。
しかし聞かれたからには答えよう。いい機会だな。
私もそろそろ隠し事をするのは疲れたんだ。
タブレットを取り出して電源を入れ、ホーム画面背景にしていた青い星を彼らに見せる。
『我々の世界…地球は…』
『80億の人類が暮らす、青い星でした』
◆ ◆ ◆
人類の歴史はその星が生まれてから46億年、"現代"から500万年前から始まり、長い長い進化と分化を超えて今の人類に至る。
そうして地球で台頭した人類はいくつもの国や集団を作り、日本国が承認しているもので196もの数の国家が結成され、それぞれに様々な言語や人種の人間が暮らしている。
その中でも巨大な土地と力を持つ国家、超大国または大国の存在は世界にとって大きかった。
アメリカ大陸の3分の2を支配し、地球最強の軍事力を持つと言われた多民族国家アメリカ。
地球最大の大陸の上半分すべてを支配しアメリカに準ずる軍事力を持つロシア。
14億もの人口と豊富な資源力で世界最大の市場、及び三番目の軍事力を持つ中国。
中国に次ぐ13.8億の人口を誇るインドに、含めるならば地域連合体であるEU。
他にも大陸まるごと一つの国であるオーストラリアや広大な熱帯雨林を擁するブラジルなど、多種多様な大国が存在した。
そんな中での日本国は人口1億3000万の経済国家で四方を海に囲われた島国であり、過去に起こった大きな戦争の敗戦から軍隊を持つことが禁じられた国でもあった。
しかし同盟国の要請と自国の防衛のために最低限の防衛力として後に自衛隊となる組織が結成され今ではこうして備えていた。
しかし海を挟んで隣接する国家との関係はあまりよろしくなく、時たま軍事的な緊張が走ることもあり、大国に挟まれた島国の立場は苦しく自衛隊の規模は拡張され正規軍に対抗できる戦力となる。
そうして備えた力はしかし一度も振るわれることはなく、しかしいつでも抜き払えるように、だがそれは望ましくない…〈抜かずの刃〉として日本国の後ろ盾となった。
背後では超大国同士がその巨大な軍事力に物を言わせて睨み合い、時には小競り合いを繰り返しながらでも、世界はまだ平和と言える状況であった。
お互いが生活物資の輸送や貿易、資源供給を行っていることからことを起こすのも難しい、また強力な軍事力を持つが故に総力戦が起これば戦いを起こしたどちらにもかなりの被害が及び、戦いを起こすメリットが低い、という相互確証破壊や経済、生活上の都合からなるまことに不安定な均衡、何かの間違いでたやすく崩れ去る平和。
しかしそれは日本の周辺でも70年間続いている。
それぞれの同盟、勢力がきつくはめ込まれたパズルのように絶妙な力を保ち、安定したパワーバランスがある意味では偽りの平和を人類に謳歌させてくれたのだ。
日本は過去の壊滅的な戦争からその脆くも美しい平和を愛する国となり、それを守るために大きなリソースを割いて均衡を維持できるように努めていた。
そしてそんな日本国内にあった1つの軍事基地、駐屯地がある日突然……
◆ ◆ ◆
『………』
話が終わってしばらくの間、ハンターたちはみな固まって一言も発さず、長い長い沈黙が会議室を覆い尽くした。
タブレットの画面を凝視し、あるいは空中を見つめ、範疇を超える情報に硬直している。
『ああ…つまりだ…』
一度レヴラスがなにかひとこと言おうとしたが、すぐに黙ってしまい、再び流れるのは沈黙。
窓からは傾いた太陽のオレンジ色の光が差し込んでいた。
KO!
着地点にだいぶ難儀しました。