「そのようです…」
駐屯地 会議室
フレキ
「やられたな」
「…ええ」
俺は俯いたままボソリと呟く団長の声に同調する。
休憩という体でジエイタイの方々が席を外してくれている間に、今回の緊急会談に集まったメンバーの間では作戦会議…というよりは反省会が始まっていた。
仲間たちはみなさっき聞いたとんでもない話が嘘か真か何なのかと言い合っているが、俺と団長を含めたギルドナイトメンバーは満場一致であの話は真実だろうと結論づけている。
あの話をしているとき、聞いているときのジエイタイの面々はどこか懐かしそうな、リラックスした表情だった。
いや懐かしいのだろう。自らの生まれ育った世界なのだから。
創作上の神話でもやりすぎな(この世界では)歴史をいかにも平然とペラペラ喋ってこられたのだからもう信じるしかない。
「彼らはまだ話していないこともあるな」
一部ぼかされたと感じた箇所もあった。
迫られて、話の流れでつい、ということもなく隠し通すような、それでも話したくない情報があるというのか。
話している最中のムツ陸将が浮かべた疲れたような表情からはその肝心な何かを読み取ることはできなかった。
「もう十分…たくさんだ。これ以上なにか言われたら情報がはちきれて死ぬぞ私は」
ノリスがひどく疲れた声で言う。
情報の迸流をぶつけられた我々はその内容と量に終始圧倒され何も言うことができなくなってしまった。
それでどっと疲れが溜まったのも事実だが精査と考証はしっかりやらなければならない。
「青い星、地球…か」
彼らが別世界から現れたとの情報を得た時点でもう少し考えるべきだったのはそうだが、それを聞いたあとでも想像のはるか斜め上を行く内容を果たしてあの時点で導き出すことはできただろうか。
こちらの世界でも人間同士の争いが無いわけではないのだが、向こうのそれは量も数も桁が違う。
地域的な紛争から大国同士の大規模戦争、複数の国家を巻き込んだ世界大戦にお互いの軍事力で競う冷たい戦争…
そんな中で成り立つ平和とはいったい何なのか?
彼らの暮らしていたという島国の1億3000万という一国には到底ありえないほどの人口とその立地。
四方を海、もとい大国に囲まれ、同盟や貿易関係にがんじがらめにされてもはや古龍に囲まれているようなものだ。
………
…だからそうだったのか、と。
これほどの情報をぶつけられた訳だが、俺は彼らを調査する中で暮らしや装備などを見て薄々気づいていたところもあり比較的すんなりと受け入れることができた。
彼らがモンスターに過剰反応したのも、安全と平和にあそこまで喜んでいたのもすべてそういうことだったのだ。
想像力が足りなかった。
薄々感づいたところがあっても『当たり前』であるモンスターが存在しないという事を想像できずその可能性を認められなかったがために彼らの姿勢や行動の原理を見誤ってしまっていた。
硬いものも切り裂く爪や牙と強靭な体を持ち、ものによっては家よりも大きく空を飛び炎を吐く。
それが存在しない世界に突然現れたならば…かなりの驚異。
出会ってしまえば当然警戒して防備を固めるだろうし、それが去ったとなれば喜ぶはずだ。
都合のいいように解釈、あるいは偏見が答えを捻じ曲げて簡単なはずの結論をこちらから遠ざけてしまっていたらしい。
にしても、我々からしたらモンスター級の国家群の方が恐ろしいように思えるのだが…
彼らにとっては既知のそれらよりも未知の存在であるモンスターのほうが恐ろしいのだろう。
「…安全への言及は撤回しよう」
そんな平和を愛するという彼らに対し交渉の材料として安直な平和を投げつけたのは完全なる悪手だった。
モンスターが活動する中でこのようなことが起こらない保証などなく、彼らの出現でぽっかり空いた縄張りに他のモンスターが割り込んでこないとも限らない。
平和宣言の元になった偵察報告の『周囲は敵性のモンスターが少なく群れの移動も見られないためしばらくは安全が見込める』程度の情報では彼らの本当に求める平和にはとうてい答えられるものでは無かった。
…彼らの求める"平和"は到底我々が用意できるようなものではない。
「しかし今回の事例は我々にとっても予想外ですぞ」
「まさかイズチがな…」
ヴェザの言う通り、今回起こってしまったモンスターの乱入はギルドの監視の目をくぐり抜けていた。
イズチといえばここからかなり離れたユクモ文化圏に生息する小型モンスター、それが群れ単位でここまで移動してくるなどまさに異常事態だ。
これは詳しく調べる必要があるが…
「彼らにこのことを説明するのか?」
とりわけ未知のものを嫌うふしがある彼らだ。
これの原因が不明であるとなればまた警戒心を強めてしまうだろう。
説明だけしてそれで終わりとは行かないのだ。
「…わからないことは、調べればいい」
わからなければ調べればいい。
それで平和に近づけるならば彼らもそれを望むはず。
どうせこれから自分たちでも行うのだから、それならば。
「彼らに共同の調査を提案するのはどうか!」
仲間たちは遠慮がちに頷き、
強硬派のヴェザや彼らを信用できないハンターの数人が首をひねっているがここは譲れない。
反論を上げるものがいないことを確認し団長に目配せをすると、団長もまた頷いて組んでいた手を戻し口を開く。
「では、彼らに協力を取り付けるよう話をしよう」
「それにあたり秘匿していた地理的情報も開放することになるが…異論はないな」
今まで重要機密としてきた地図の解禁。
前回の会談で彼らが地理的情報をほぼ持っていない事を確認した我々は戦略的に重要な意味を持つこれを機密として彼らに正確なものが渡ることが無いように努めていた。
…民間からある程度は漏れたかもしれないが、商人たちには戒口令を敷いていたのでそこまでではないだろう。
「さて……報告書がかさみそうだ」
ギルドへの報告は…まぁ言えるところだけ、信じて貰えそうなことだけ言おうか。
すべて話せばかえって不利益が生じるかもしれない。
ライダーに対して行っているように不干渉の立場でいいだろう。
オレンジ色の空のはしに
いつか聞いた神話の古の文明の世界は、彼らの故郷のような様相だったのだろうか…
感想、評価など本当にありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます…