「共助の約束の上だ、表には出さん」
駐屯地 司令室
陸奥陸将
窓ガラス越しにも伝わる振動、開発工事の進む音。
駐屯地周囲2km四方の拡張工事が終わりそれぞれ建造物が立ち並んできている様子に私は俯いた。
「…こうして見るともう、街ですな」
私の横に立つ施設科幹部が諦めたような口調で言う。
その目線の先には一月半の間ほとんど休まず進行した開発計画の産物、アイルー居住区に個人寮、各備蓄施設に倉庫に格納庫。
住居関連の建物は我々お得意のプレハブ工法であるがそれらが建ち並ぶ部分を俯角で見れば小さな街と何ら変わらない景色だ。
すこし視線をずらせば駐屯地横の給水塔の大きな貯水タンクに分屯地の方角、木々の間から見える煙突の先で踊る炎。
原油パイプラインと上水道管の整備が終わってこの世界で生きる地盤もほぼ整い、原油残渣と鉱石採掘の副産物として手に入った良質な石材を使ってインフラ整備も始まっている。
「これからはここが我々の街に、第2の故郷になる」
私は自分の言葉を口の中でもう一度繰り返して飲み込む。
自分が下した司令だというのにこの違和感と禁忌感は何だろう。
これからはここで暮らすのだ。暮らすしかない。
こちらの世界に来てしまってからもう4月が経とうとしている今、もう腹を決めなければならない時だ。
転移の原因や具体的に発生した事象について全く解明できていない以上いつ帰れるとの保証もなく、しかしこのまま何もしないでいれば事態が悪くなる一方。
「帰れる保証はない…というより、帰れないものとして考えるべきだ」
そこで我々は
開発計画には資源収集や安全確保など様々な意味を持たせていたが真の目的は我々がこの世界で継続的、半永久的に暮らせるようにすることなのだ。
むろん、帰れる方法があると言うならば即刻あの星に帰りたいものだがそれはそうそう叶いそうにない話。
空に広がる知らない星座のどこかに地球を探す無意味な作業を続けるのは途方もなく虚しいことだった。
「しかし…本当に身を固めてしまうのですね」
「指揮をとっていて思うところがあるか」
「ええ」
施設科幹部の彼には開発計画の半権ほどを任せている。
転移当初から掲げていた第一目標、"この地で生き残ること"は結果的に明確な後ろ盾と大義名分を得て今後も掲げられるべきものとなったがそれを進める上で前線に立つ彼は後方で指揮を取る私と違い肌で感じることがあるはずだ。
「現場の隊員たちはまだその認識に至りきっていないものもおります…異界に永住するなど考えにくいのでしょう」
「…それはその通りだな」
「正直なところ、私も不安があります」
「指示を出した人間が言うことでないのはわかっているが、私もだ」
4月が経ったといえど、たかが4月だ。
一年の3分の1程度の時間を過ごしたくらいで
将来的に今の簡易製鉄所を製鉄工場にするとか兵器の再生産を行える工業力を備えるとかの大きな計画は帰れる保証がないにしても今の段階で言うには大きすぎる虚言。
だが、しかし。
『司令、分屯地西側に"お客様"が現れました。3人組、武装しています』
「…監視を続けてくれ」
『了解』
我々だけの話ならばむしろ簡単に収まっただろう。
この世界にはそうさせてくれない要因が、勢力が。
他の人間が存在する。
件の情報公開から表向きの詮索は少なくなったものの裏の詮索はあからさまに増えている。
二日に0~1回だったのが1日2回程度にはなった。
彼らハンターの存在のことを考えれば我々には自活できる以上の能力が必要だ。
それを見据えて動くならば運営が安定した後では遅く、今からやるしかない。
「この判断が必ず、後に我々を助けることになると私は信じている」
「…はたして"後"になるまで私たちは帰れないのでしょうか」
「さあ…な、誰にもわからん。それがわかるまでここで生きるだけだ」
「ですね…ですよね…」
俯いた施設科幹部の肩を叩き、私は部屋の壁に貼り付けた駐屯地全体図を見る。
8Km四方に拡張された駐屯地とほとんど合体した分屯地、南方の水源と資源地帯、そして油田。
それにその外側に広がるまだ見ぬ世界…
「我々はこの世界に来てしまった」
これから始まる長期遠征任務、ハンターとの共同調査に向かう隊員たちのことを考えると心配が止まらないがそれはいったん切り捨てて先々を見る。
我々はこの地で生きるのだ。
「その時点で残された選択肢はこれしかなかったということだ…」
守り人は未来を見据える。
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