《被害報告》
駐屯地 基地司令自室
陸奥陸将
「持ち上げるぞ!イチ、ニイ、サン!」
衛生科の退院が負傷者を乗せた担架を運んでいく。
窓からそれを眺めることしかできない自分に少し負い目を感じながら私は被害報告をまとめた書類に目を通す。
死体の損傷が激しく正確な数はわからないがおおよそ294匹、約300匹の『赤』が一度に東方面に押し寄せたらしい…アレが300匹とは、馬鹿げた数だ。
再び窓の外を見ると首のない巨大な『赤』の死体がM25戦車運搬車2両がかりで引かれて行くのが見えた。
「あんな怪物がいるとはな」
あの怪物と戦い、負傷した隊員たちのことを思うと胸が痛い。心なしか胃も痛い。
しかし不幸中の幸いか、殉職者は出なかった。
こんな状況下で殉職者が出たものなら駐屯地内の士気が一気に崩れてしまいかねない。…あるいは一時的な結束を得るかもしれないが、私は人命を消費して得られるものなど欲しくはない。
そして使用禁止となっていた
ひとまず昇進させておいたが、本当はもっと名誉ある賞などを与えたいものだ。私の権限ではこれが限界だった。
しかし…こう言っては元も子もない話だが、地球から離れたこの世界で勲章など貰っても嬉しくはないだろう。彼らは一刻も早く地球に、日本に帰りたいはずだ。
なにせこの基地には陸士が、若い隊員が多い。
生活水準を下げて我慢を強いている状態だというのに普段通りかそれ以上の対応で応え、この状況に冷静でいてくれている彼らに基地司令の私が対したことをできないのは歯がゆくて仕方がない。
無理だという結論から先に突きつけられている状況ではあるが、私は彼らを皆帰るべき家へと帰してあげたい。何があっても、最後の最後にはそうしてやりたい。
日本に帰る、それが最終目標。
…なのはいいとして。
まず、今を生き残るためには。
「生活インフラの構築を急がなければ」
いきなり街を作れとは言わないが、少なくとも定住可能なレベルにまでは持っていく必要がある。先が見通せないこの状況、最低でも10年間はここで暮らすような気概で計画を練るべきか。
水源らしき場所や耕作に適した土地は転移後まもなく行われた簡単な地質調査で見つかっている。災害救助やその他の公共事業への従事実績や整備拠点として扱われたこの基地の気風などを汲めばそれらの生活資源をものにすることは容易であろうし、基地周辺の森林はおそらく権利者などいないはずであるからいくらでも切り開けるだろう。
備蓄されている建材や仮設住宅キットを用いて切り開いた土地に個人寮やら生産拠点を新設し兵器の管理まで自給自足に持っていきたいところ、だったのだが。
「ここは、我々が思う以上に危険な世界なのかもしれない」
あの凄惨な襲撃。
もし…この世界にあのレベルの怪物が普通に闊歩しているとするならば、だいぶ認識を改める必要がある。
例えばあの大型個体でさえもごくありふれた存在だとしたら。300匹など序の口で、何倍もの規模を持つ群れがいるとしたら。恐ろしくてたまらない。
地球と同じような感覚で森を歩こうものなら確実に奴らの食卓に登ることになるだろう。クソッ、これでは流暢に構えていられない。
外の世界を恐れるほど、行動が遅れるほどに取れる選択が狭まってしまう。何か行動を起こさなければ。
「…撃退には成功した。やれるはずだ…」
何回かの襲撃を捌いてわかったことは、相手もただの生き物だということ。
特撮怪獣のような物理法則を無視した無敵の怪物ではなく、撃たれれば血を流すし殺すこともできる生き物だ。十分な武器が、力があれば対抗できる。
余剰装備を開放し、保管パーツから組めるだけ組ませて配備数を増やし火力を増強。モスボール保管していた兵器も戦列に加える。これならば少なくとも同じ相手には負ける気がしない。
だが。
「弾薬か…」
報告書には今回の防衛戦で1万発程の弾薬を消費したとあった。
銃は弾がなければただの筒。
また今回のようなことがあった時に撃てる弾がないなどということになれば…正真正銘の終わりだ。
武器科が古い手動ローダーを持ち出して何とかかんとか頑張っているが、生産ペースはせいぜい一日数百発程度。
それにそもそも弾薬に必要な火薬や弾体はストックを使い、薬莢は回収したものを使っているため作れる数には限界がある。
すべて自前で生産できるようになるのが理想だがそもそも駐屯地は工場ではない。
資源調査を行った施設科の提案で炉の建設が計画されているが、まだ設置場所を決めかねているような状態だ。
何かしら、外部からの支援がなければ私達はこのままやせ細り朽ち果ててしまうだろう。
「打って出る、それしかない…!」
我々が生き残るにはそれしかない。
危険など知るか。それ以上の武力と火力で押さえつけてやればいい。
我々は自衛隊。平和を守る軍隊である以前に、自らを守る軍隊でもある。今こそその刃を抜き放つときだ。
敵戦力は『赤』200以上を想定、これにどの方向から当たられたとしても対処可能な戦力となると…鋼鉄の猛獣、戦車。
奴らの牙も重装甲の前には無力。大型個体も戦車の主砲火力の前には屈するだろう。なにせ40mm機関砲での撃破実績があるのだから現役世代の120mm滑腔砲ともなれば必殺となるはず。
私は所属部隊と兵器をまとめた表を見る。
74式戦車 6両
90式戦車 5両
61式戦車 7両
戦車は概ねこんな感じで、旧式のものも合わせればかなり頼りにできそうな数がある。数というのは力だ。
軽装甲機動車 8両
96式装輪装甲車 5両
装甲車輌もわりと充実していて、改めて見るとなかなかの戦力だ。
今すぐ動かせるのはこの半分くらいだが、それでも十分。
もう燃料がどうこう言ってる場合ではないので出し惜しみはなし。
74式と90式、軽装甲機動車にAPCを編成した機械化部隊を護衛につけ、外輪部の強行調査を行う!
─────と、息巻いていたところで司令室のドアが叩かれた。
「権田ニ等陸士です。至急、お話したいことがあります」
急を要する要件のようだが、焦りと言うより困った感じの声だった。入ってきた隊員もどこか困惑した表情をしている。
しかし何も言いださない。それでは私も困るのだが…
と、私は視線を下に移して面食らった。
「にゃあ」
そこには後ろ足で立ち上がり、直立する
───どうやらこの世界においては面倒ごとの方から押しかけて来るらしい。
進展あまりなし。