「ああ、小耳に挟んだが…」
大平原
前澤陸士長
「これが…!」
「大平原……!」
「ニャ…!」
目前に広がる大自然に隊の人間はみな絶句する。
鬱蒼とした森を抜けた先には世の果てまで続くのではないかと思えるほどの広大な大地があった。
流れる小川に反射する日光が眩しく輝きまだ明順応しきっていない視界を刺激する。暗く湿った森の中とはまるで世界が違うようだ。
「地平線の向こうまでずっと平原だ…」
「あのでっかい山は…縮尺が狂うな」
遠景の山々はいつか私がテレビで見たヒマラヤ山脈のように、いやそれよりも大きいかもしれない。荒々しく、それでいて気高い雰囲気が山肌から感じられる。
日本にはなかった、かつての大陸を思わせる雄大な自然。
「おい長野、起きろ。抜けたぞ森」
「青森…秋田…ふぇ」
「起きろアホ!」
「ウォあっ!」
輸送者の荷台でマイペースにうたた寝していた長野くんを佐島くんが叩き起こしている。仮にも任務中なのだから居眠りは控えろと言いたいところだが、数カ月暮らして見飽きた森の中をただただ進む退屈な旅路の中で眠くなるのは仕方がないか。
キャラバンは予定通り2日で森を抜け、その間ライダーとハンターの衝突やモンスターの襲撃など懸念されていたトラブルの類はすべて起こらず平和だった。
今も肩に下げているこの銃だって一発も撃たずに済んだ。いいことだ。イズチの群れがもう1組ぐらい来るかもしれないと内心恐れていたがそれは杞憂に終わり、草食モンスターを2、3匹見かけるに留まった。
…たぶん今後ろで大あくびしているリオレウスのおかげだと思うが。大型のモンスターがいる場所にわざわざ向かってくる小型モンスターはそういないはずだ。
ライダーたちに同行を頼んだのは正解だったな。
《航空支援は必要なかったようだ》
「そういう事態が起こらないのが一番だ」
《全くだな…だが、今後起こらないとも限らない、というかむしろそういう事態を調べに行くんだから気を緩めるなよ。ここから先は支援できないんだからな》
「…わかってる。調査部隊はこれより出発する」
《ああ。健闘を祈る》
出撃を控えていたF-4EJ改パイロットの彼はそう言って通信を切る。
武力が必要なトラブルが発生した場合には通信一つでエアカバーが行われる予定だった。結局それに頼ることはなかったが、無線機の通信距離の関係で今後は頼ること自体ができない。
本部との通信もできなくなる以上、ここからはトラブルに独力で対応しなければならない。
「おい君たち、何か話したいことがあれば無線を使ってくれ。ここを過ぎれば帰ってくるまで本部のやつと話せないぞ」
私は周りの隊員たちに最後の通信をするよう誘う。
本部との通信ができなくなるというのは軽く流すにはなかなか大きすぎることだ。
数時間おきに通信していればそれはほとんど駐屯地にいるのと同じ、無線機越しに繋がっているという安心感があった。しかしそれが無くなると孤立する恐怖というか、放り出されるような感覚がある。
現地の判断ありきで行う任務というのはだいぶ緊張するものだ。ここで"もう駐屯地との連絡は最後"という感覚を持っておけば気も引き締まるだろう。
「僕はちょっと同僚に言いたいことが」
「じゃあ俺も武に伝言しようかな…」
「俺も俺も」
「ボクも司令と話したいニャ」
そうやってぞろぞろと無線機に集まる私たちを物珍しそうに見る視線。
ハンターたちとライダーたち。
それが『遠距離通信できる道具』であることは彼らも、とくにライダーたちは交流の中で知っているのだろうがやはり珍しいようだ。それはそうだろうな。この世界にはまだそんな便利なものはなく、情報伝達の手段と言えば伝令しかないはずだ。
そういった技術の話は双方あえて触れないようにしているが、いざこれの提供を求められたらどうなるのか。この調査がうまく行けば彼らとの関係はより進展しアングラなものから明るみへと出ていくだろう。
末端に近い私としても、技術的優位は譲りたくないというのが本音だが…それまでに駐屯地の整備を進めなければな。まぁ、今私が考えることではないか。
きっと司令と幹部たちがなんとかしてくれるだろう。
『奴ら、のびのびとしてるな』
『ずっと森の中にいて窮屈だったんじゃないか?』
『見やすくなっていいぜ、森の中であの服じゃ見づらくてかなわん』
『実際に見たのは初めてだったが…悪い奴らではないようだな』
ハンターたちは私達とライダーたちから少し離れたところで荷を下ろして休憩している。
こちらに対する張り詰めた空気というものはなくなっていたが、それでも監視の目が緩むことはない。まぁ、2日一緒にいただけですべての警戒が解かれるはずもなく。
1ヶ月間の調査の中で徐々に打ち解けられればいいだろう。
もっとも、そうなるように努力するのは私達なのだが…
『あの
『聞くところによれば対人用らしいぞ』
『そもそも奴らは軍隊なんだ、モンスターの扱いは専門外だろう』
『じゃあ獲物は俺達か…』
通信を終えた佐島くんが64式小銃の手入れをしていたが、ハンターたちの視線を集めていることに気がついてLAVの裏に隠れてしまった。
彼らはギルドがよこした増員部隊で、上からは最低限の情報しか受け取っていないためにこちらの事情をあまり知らないらしい。交流のあった民間ハンターたちが率先して情報交換してくれたが私達への印象はよろしくないようだ。
イザという時に力を借りられるよう、彼らとは仲良くしなければならない。
今私達が持つ火力はM2重機2挺、89式3挺、64式2挺、RAMが発射機2挺に弾薬8発。分隊レベルでは十分だがモンスターとの戦闘を何度もすると考えると微妙だ。
戦力の不安を連携で補い、なるべく少ない消耗で行きたい。
そのためにこちらからもアプローチをしなければ。民間ハンターたちに頼りきりではだめだな。
「…そういえば、にゃん太くんは森の外のことを知っていたのかな?」
「…ニャ?そうだニャア…」
先程から動植物の撮影を続けているアイルーに話を振ってみる。彼ことにゃん太は司令から情報収集を任されているらしく、自衛隊の人間(とモンスター)が退屈そうに歩く中でも熱心にスケッチや写真をとっていたのを覚えている。
中には重要に思えないような物もあったが…
「ボクらは森の外に出たことがなかったのニャ。だから外の話は話半分、実際に見たのは初めてニャ…
「…確かに、
しかし、だいぶパシャパシャ撮りまくっているが、この調子だと調査が始まる前にフィルムが切れないか心配だ。
「………!!」
と、にゃん太くんが体毛を一瞬逆立てて森の方を見る。何かが居たのかとその方向に銃を構えるが生き物の気配は感じられない。
「……今、銃声がしたような気がしたのニャ」
「銃声…どんな感じの?」
「わからないニャ…気のせいかもしれないニャ」
「そうか…」
人間の耳には何も聞こえなかったし、本当に気のせいかもしれない。
…しかし、にゃん太くんの浮かべるなんとも言えない表情が引っかかりもう一度森を見る。誰もいない。何も感じない。
違和感だけが残る。
「…………」
「…たぶん、鳥だニャ」
「そうか」
風が吹き抜け、森がざわっと揺れる。
私はどことなく不穏な空気を漂わせるそれから目を逸らし、これから踏み出す大平原へと向き直った。
できれば、この先の旅路も大平原のように明るく開けたものであってほしい…
あけましておめでとうございます。
今年はまたいっぱい投稿したく思っておりますのでよろしくお願いします…
観覧、感想、評価、お気に入り等本当にありがとうございます。