「上の決定だ、今更戻れん」
大森林 オッカの里より5km
狩猟場
細田一等陸士
薄暗い森の中を進む輸送車の列、計4両。
狩猟祭の会場へと向かう道は悪路中の悪路でとんでもない旅路だったが、車酔いがひどくなる前になんとか到着しそうで助かった。
幸い、外の空気は澄んでいるので車を降りて深呼吸すればスッキリするだろう。
この世界に駅前3分の薬局など無い。今や貴重品となった酔い止め薬だが、ケチったのは良くなかったみたいだ…
「うぇ…」
「そんな死にそうな顔するなよ、これから祭りなんだぞ?」
そう嗜めるのは駐屯地の方から選抜されたメンバー、前田さんだ。
彼は自分とは対極というか…装備の年代がこの中では一番新しく、防弾チョッキ3型、88式鉄帽2型にいわゆる新小銃である20式を装備している。
これは評価のために数丁だけ供給されたものが転移に伴ってそのまま配備されたレア銃だ。なかなかお目にかかれなかったが、日本では今頃配備が進んでるんだろうな…
「んなこと言われてもお前…」
「BARの実物を始めて見たよ俺は」
20式が珍しいとのたまった自分に苦笑いとヤジが飛ぶ。そりゃそうか。自分はM1ヘルメットに
見方を変えれば一昔前の米兵みたいな見た目だ。
隣にいる分屯地の仲間も旧式の戦闘防弾チョッキに64式…の試作R6型を構え、もう一人は…詳細不明のライフルを持っている。えっそれ何?
「分屯地、相当ヤバいんだな」
本人も把握していない謎の鉄砲の登場から分屯地の悲惨さを察したのか駐屯地側の隊員たちが黙ってしまう。なんか勘違いされてない?大丈夫かなこれ…
転移に伴って貸し出されていた20式が配備されたのと同列に語るべき話ではないかもしれないが、事務所のショウケースに飾られていた試作銃器や倉庫の奥でホコリをかぶっていた骨董品が少しでも多くの火力をと第一線まで引っ張られてきたのが真相だ。
というか駐屯地側だって旧式装備は多いだろう。
「そりゃそうだけど…」
前田さんが視線を向けるのは後ろの席に座って鼻歌を歌っていた隊員。彼は偽装網のないOD塗装のヘルメットをかぶり、自分と同じ
その格好はいわゆる"懐かしの自衛隊さん"だ。
視線を向けられた本人は「えっ、オレ!?」みたいな顔をしているがじゅうぶん古い。僕らの感覚が狂っているだけで。
「…あれっ、4号車は?」
と、異変に気がついた。この3号車の後方、幌の向こう側にあったはずの4号車が見当たらない。何があったんだと仲間たちが騒ぎ始めると運転していた隊員から4号車はエンジントラブルで帰還することになったという話を聞けた。
「お前ら、騒いでて無線聞いてなかっただろ」
ごもっともである。
外回りの任務が久々過ぎて浮かれていたのも事実。とくに分屯地所属の自分にとっては転移前の式典以来になる。これから出席するのもある種の式典と言えるものだ、気合いを入れていこう。
しかし、エンジントラブルか…
仲間たちは皆手元の銃を見る。お互い古い古いと言い合っていたが64式は1964年、89式は1989年と採用から少なくとも30年以上経過している銃だ。それぞれメンテナンスは欠かしていないだろうが、それでも古さは変わらない。自分の
…BARは何年採用かって?1917年だけど?
「1次大戦じゃねーか!」
「30年どころか100年前だろ!」
うるせぇこいつはA2型で2次大戦で40年代だ!
スプリングフィールド弾の威力を見ろ!
「まぁ
「鹿といえばバックショットを持ってきてたんだった…ほら、1ダース入りの箱が3つ。転移前に猟師の兄ちゃんから貰ったんだ」
「で、それを撃つ銃はどこにあるんだよ」
「あっ」
「真面目にやれよ!」
…などと談笑しているうちに車列は狩猟場に到着した。
タイヤが止まり、車体がグラリと揺れたことでそれを全身で感じる。
駐屯地側の隊員たちとは打ち解けることはできたが、ここからはライダーたちといい感じにならなければならない。
自分たちが参加することになった経緯を考えるとどんな話を振ったらいいのか正直悩むが頑張ろう。1人の日本人として自然への経緯は持っているつもりだし、何とかなるはずだ。
自分にそう言い聞かせて荷台から降りる。
◆ ◆ ◆
『ようこそいらっしゃいました』
自分たちを出迎えたのはすでに仕留めたのだろう
交流が始まった頃の彼らは毎度のように仕留めた獲物を持ってきてくれたのでその対応をしていれば自然に、というやつだ。
彼らが持ち込む肉類は貴重なタンパク源として頂いている。当然だが食堂に肉が並ぶ機会はめっきり減っており、彼らが獲物を分けてくれた時かアイルーたちが十分な数を仕留めてきた時しかお目にかかれない。
そのためライダーが荷物を持って駐屯地に来る=肉料理が出ると隊員の間では定着しており、いろんな意味で歓迎されている。最近は肉より植物や鉱石を持って来てくれることが多いみたいだけど。
『駐車場所はここでいいんですか?』
『ええ、好きな場所に停めていただければ』
『ではここに…』
荷物を纏めて輸送車を降り、当初の32人から1台分8名の人員を引いた24人と1号車及び2号車に乗っていたアイルーたち20人が整列する。若干人数は減ったが問題ない。たぶん。その後の無線で作戦に変更はないと通達されている。
と、整列した自分たちのもとへと荘厳な雰囲気を纏った屈強なライダーが近づく。彼こそがライダーたちの長、メイサだ。弦を引くどころか構えることさえも苦労しそうな大弓を軽々と掲げ、矢を1本つがえている。
『自衛隊の皆、よく来てくれた。儂らの狩猟際に参加してくれることを嬉しく思う…だが、貴官らがこの祭りに出ることはただそれだけの意味を持つことではない』
メイサは弓を引き絞りながら続ける。
『貴官らの世界には…モンスターがいなかった。そこにジャギィのようなモンスターが現れればさぞ恐ろしかろう。それで巣穴を排除したのは仕方のないことだ。皆そのことは認めておる』
『だが、自然と言うものは複雑な均衡の上にあるものなのだ。ジャギィが減れば、彼らが餌にしていたものが増える。あの、ケルビのように』
メイサが弦を持っていた指を離すと、空気を切り裂く甲高い音と共に高速の矢が放たれる。
まっすぐに飛んだそれはケルビの腿へと深く突き刺さり地面に押し倒した。
『いや…貴官らの元居た世界にも豊かな自然があったのだったな。これは老人の戯言と思って忘れてくれ。ただ、これ以上均衡が崩れぬように、ある種が増えすぎぬように、ジャギィが果たしていた役割をこれからは貴官らが果たして欲しいのだ』
ケルビを絞めて担ぎ上げ、こちらへと差し出すメイサ。
ちょうどその前にいた前田さんが受け取ろうとするが、まるまると太ったそれは一人で支えるには重すぎた。周囲にいた隊員たちと三人がかりで吊るす様子に僕らはメイサの言葉とケルビの重みを感じて表情を強張らせる。
そんな様子から僕らの不安を感じ取ったのかメイサは柔らかい声で続けた。
『…貴官らの言葉で纏めると、個体数の管理を手伝って欲しいということだ。狩猟祭には自然のあるべき姿を保つという意味もある。今日はそれを覚えて帰ってほしい』
2本目の矢をつがえて笑うメイサにこちらの空気も軽くなる。
なるほど、ではこれからは自衛隊でも定期的に狩猟祭のようなイベントもとい狩猟任務をこなせばいいのか。駐屯地の下敷きになったランポスと、立ち退かせたジャギィのぶんの働きをするために。
『それ以前に、これは狩猟祭なのだ。貴官らもぜひ楽しんで、自然と命の尊さを感じてくれ。この者が案内する』
メイサの隣で控えていたライダー、パッカがこちらへ来て一礼する。彼は確か里のライダーたちの中で3人いるというレウス乗りのうちの1人、ファーストコンタクトの会談の時にも来ていた人だ。残りの2人は長のメイサと調査に参加したラダンさんだったと思う。
『さて、すまないが誤射やらを防ぐために場所は決めさせてもらうぞ。ケルビの密度がだいぶ濃いからな、方向を決めておかないと危険なんだ…』
こうして僕たちの狩猟祭が…
『待てぃ、パッカ。アレの説明がまだだろう』
『ああ、失礼しました。長。ちなみにだが、一番多く仕留めた者には褒美を出す!厚切りベーコンを荷車一台分だ!』
否、ベーコン争奪戦が始まった。
◆ ◆ ◆
「肉だぞ肉!ナンじゃなくて肉だ!」
「野菜と魚とパンに飽きてたんだよ!」
「ライダーたちの持ってきたベーコン一度食ったことがあるんだよ…一級品だありゃ!」
「これは本気で負けられないな…」
ジャギィの件で少ししんみりしていた空気はどこへやら、仲間たちは報酬のベーコンのことで持ちきりだ。いや、その、本当に美味しいんだ。彼らの作るベーコンは。
しかしそんな浮ついた気持ちが照準を狂わせる。
タンッ
「ああっ逃げる!」
ケルビを狙った銃弾は後ろの木の幹へと突き刺さり、危険を察知したケルビたちが一目散に逃げてしまった。
「クソッ!ショットガンがあれば
「バカ!」
口々にそんなことを言いながらも僕らはちゃんと一定数を仕留めながら森を進む。仕留めたケルビの血抜きと解体は随行するアイルーたちが手慣れた様子で行ってくれ、彼らの牽く荷車には大雑把な枝肉と化したケルビが積み上げられていった。
ズダン!
ギャッ!
自分の放った一撃が座っていたケルビの首に命中し、飛び散る鮮血で視界が赤く染まった。
頸動脈を損傷し多量出血して横たわりながらも黒く丸い目でこちらを見るケルビ。その目がやがてガラス玉のように生気を失うと目の前にあるのはもはや肉の塊だった。…儚いものだ。
生き物に銃弾を当てる感覚は慣れてしまった。とはいえいい気味のするものではない。
彼らだって生きている。自分だって生きている。しかし悲しいかな、消費者側の生物というものは何かの命を奪わなければ生きていけない。そこで彼らの命をいただくとするならば、それこそ残さず、丁寧に、大切に頂かなければならない。
「…人間ってそういう面では価値ないな」
食用などの利用の面で言えば人間を殺すことにメリットはない。プリオン病とかになるし。
だが、自分たちはもともと敵対する存在を排除し、国を守るための組織だ。敵対する存在には迷わず引き金を引かなければならない義務がある。
しかしケルビはどうかというとただの鹿以上の感想はない。天敵がいなくなって増えているだけの鹿だ。それをスポーツのように殺るのはどうなのか。
「なんだよ、改まって」
前田さんがアイルーと4人がかりでケルビを解体しながら言う。
「ライダーの爺さん言ってたろ?この狩猟が自然に貢献することだってさ。俺達も遠回しに言えば自然の一部みたいなもんだし当然権利はあるはずさ。ってか今はそんなことで悩んでるヒマないぞ」
「ライダーの連中めちゃくちゃ仕留めてるよ、ちょっとヤバいね」
仲間の指差す先には大量のケルビを引きずるライダー達の姿が。あのペースで狩られたら負けてしまいそうだ。僕らのベーコン…!
「まだまだ気合入れて狩るぞ!」
「お、おう!」
狩猟祭はまだ始まったばかり。
◆ ◆ ◆
自衛隊にあてがわれた狩り場の様子を後方から眺める人影が2人。
『あのような説明でよかったので?』
パッカの言葉にメイサは深く頷く。
『彼らに自然がどうこうと説くべきではない。彼らはもう既にわかっている。個人単位での考察もされている。決して世の理を知らぬ相手と見下すではない』
『……』
『彼らは完成された社会に放り込まれたと話しておったが彼らのいた社会もまた完成されていたのだろう。そうとわかればそれなりの付き合いをするべきだと儂は考える』
『…なるほど、そうですね』
パッカは心底納得したように頷き、銃声が響く森を見つめた。
『ベーコンは彼らのものになりそうだ』
表の作戦です。
分屯地の装備はヤバいです。