「組織の利益のためなのだ」
大平原 中継地点
長野二等陸士
大平原を進む足は止まらず、キャラバンは小川と丘をいくつも超えて目的地へと近づいている。とはいえ未だ地平線の先に見えないそれへ近づいている感覚はない。
「大陸ってのは広すぎるな」
「日本が島国で狭すぎたとも言える」
「まぁ、確かに…」
足元の道は舗装こそされていないが森の中のそれよりも更にマシで安定していて靴に馴染む。乾燥した土を踏みしめる旅は俺にとっては楽だった。
それが地平線の彼方まで続き、途中で他の道も巻き込んで太くなっているのを見るとそうも言ってられないかもしれないが。
『彼らは何を?』
『分からん、何度聞いても理解できん』
『妙な訛りといいまさか本当に…』
『変な噂はやめておけ、彼らはこちらの言葉がわかるんだ』
『悪い奴らではないようだが、やはり気になるな』
同行する派遣組のハンターたちに好き勝手言われるのにも慣れてきたが、彼らとしちゃこっちが何を言っているのか分からない恐怖でやりづらいだろう。
文化の壁以上に聳える言葉の壁は早急に取っ払いたいもんだ…
しかしこちらがハンターたちの使う言語を習得していることから一応の意思疎通は可能、優先度的にはわりと低いかもしれない。
まだお互いの腹を探り合っているところもあるし、こっちの
「早く着かないかねぇ」
「もう嫌になったのかよ、行軍訓練サボってたお前らしいな」
…そう、あれは遡ること数年前、俺と佐島が一緒に歩いた山越え任務…いやそんなことはどうでも良くてだな。
「歩いてないやつが言うことかよ」
輸送車の荷台で揺られる佐島に恨み言をぶつけてみるが、先程の休憩までそのポジションには俺が収まっていたのでこれは完全な八つ当たりだ。
毒づいているうちに佐島の隣に横たわって寝息を立てるチビもなんか憎らしくなってきた。こいつめ、こちとら60キロ近い装備を背負ってるんだぞ。
…いや、こいつもM2背負ってるんだった。人のこと言えねぇわ。この場合
でもなんかムカつくから後で撫で倒してやるか。耳の後ろを撫でるとすぐに腹出すんだよなこいつ。
「なあ、仲がいいのはいいんだが…冗談でもあまり喧嘩みたいなことはするなよ。場合によっちゃトラブルだと思われかねない」
前澤さんからちょっとした注意が入る。確かに、言葉の通じないハンターたちから見ればじゃれ合いでもトラブルに見えるかもしれないよな。
まぁ、わかってはいたけどさ。ごめんなさい。
というわけで佐島も謝るんだ。
「俺は悪くねぇだろ…」
「いやお前が煽るからだろうが」
そこからは2人で笑った。権田はつられて笑った。前澤さんは呆れながら笑っていた。にゃん太はそんな俺達を撮影していた。…その写真、上司には見せないで欲しいぜ。
上司からのお叱りという別の不安が持ち上がってきたが、これで元の不安はだいぶ紛れてきたな。
──30分ほど前、キャラバンを追い抜く形でアイルーの牽く荷車が通りかかった。
乗員はハンターとアイルーがひとりずつ、そのうちアイルーがひどい怪我を負っていた。すぐに衛生科に持ち込んで治療しても助からない、見るに耐えないレベルのそれは同乗者のハンター曰くモンスターに付けられたものらしかった。
イズチの襲撃からも少し時間が経ち、怪我人の復帰も始まったこのタイミング。
そこでモンスターの驚異を再び見せつけられた俺達はこれからの旅路へ一抹の不安を覚えたのだ。
そのイズチたちの大移動の原因となった異変の調査、漠然と何かしら厄介なものと戦うことになりそうだとは思っていたがそれが近いうちに現実になりそうで嫌だ。
が、そのために目いっぱいの武装をして来たのだから覚悟は決まって…本来は決まってなくちゃならない。
でもヤなもんはヤだよ。今度こそ佐島が食われるかもしれないしさ。
「ちょっと声掛けに行ってくるよ」
「無駄話なら…いや、どうせヒマだし付き合うぞ」
「いや、ハンターたちに…」
「そっか…」
前沢さんに断りを入れて背後の列を見る。
意図して気にしていなかったがやっぱり変な勘違いをされるのはマズイし、こっちの動きのせいでハンターたちがやりづらいならこちらから一声入れておいたほうがいいだろうしな。
というわけで佐島も来いよ。いや、お前は悪くないけど来い。
来いったら……!このッ、来い!派遣組のハンターとも打ち解けないとダメだなって言ってたのお前だろ!
佐島を引きずりながら輸送車とLAVからなる自衛隊の列を抜け、ハンターたちの列へと接近する。
するとまあ当然警戒される。悲しいけど仕方ない。
『どうも』
『…何の用だ?』
『別に用ってもんでもないんですけどね、僕らの言葉についての話ですよ』
『!!』
向こうも気になっていたであろう話題だ。口にした途端に場の注目が集まるのを感じた。
『言いたいことは…別に変なことは喋ってないので警戒しなくてもいいってことです。基本的に僕らは無駄話ばっかりしてますからね』
『自覚あったのかよお前』
佐島がジト目を向けてくるがお前も無駄話の共犯者だ。いや、俺が共犯者にしてるんだけどさ。
『まあこいつの話は置いといてですね、所詮僕らは言葉が違うだけの人間なんですよ。やることも考えることも人間の範囲内ですし面と向かって侮辱したりもしません』
『…同じ人間だとして、我々の基準では測れぬ事が多すぎるのだが』
『それも含めてです。僕らはたかが言葉が違うだけの人間ですよ。根本は同じなんです。だから仲良くしたいんです』
『………』
ハンター達の何人かは顔を見合わせ、何人かはこちらを見て固まっていた。と、うち一人がハッとしたような表情を浮かべてこちらへと進み出る。
『それがお前たちの…ジエイタイの人間の考えなのだな』
『これはあくまで僕一人の考えに過ぎません。…しかし、あなた達と仲良くしたいと思っている人がいることを知っていてください』
『…そうか』
そのハンターは少し考え込み、右手を差し出した。
『俺はライカ。マムル村のライカだ。聞かない言葉かもしれんが…よろしく頼む』
その手を固く握る。
『…陸上自衛隊の長野です。よろしくお願いします』
『ナガノ、か。お前のことは覚えた。一人の人間としてな』
ライカと名乗ったハンターは満足げに笑い、ハンターたちの輪に戻って行った。その様子を見ていた他のハンターたちの中は若干戸惑っているものもいたが、張り詰めた空気はなくなっていた。
『"たかが言葉が違うだけの人間"ね…長野、たまにはいいこと言うじゃねぇか』
『お?俺の時代来たか?』
『やっぱお前嫌いだわ』
『なんだとコラ』
『そういうところが嫌い』
『あんだとコラ!』
佐島の言葉に俺が余計な一言、そこから始まる小競り合い。
俺たちの雰囲気がいきなり緩くなった事に呆れたのか驚いたのか、ぽかんと口を開けるハンターたち。だがライカを始めとして俺の言葉に納得したらしいハンターたちは笑っていた。
なんか今『猫の喧嘩…』って聞こえたけどどういう意味だろうな。
『それが無駄話なんだな、愉快なもんだ』
『いやすいませんね…ほら佐島、今度こそ謝れよ』
『俺は悪くねぇだろ…』
ハンターたちに見守られながらそのままフェイドアウトするように自衛隊の仲間たちのもとへと戻る。まあ上手く行ったと思う。佐島もノッてくれてありがとう。
とにかく、普段の俺たちがどんな会話をしているのかを見て聞いて貰って俺たちが普通の人間だってことを分かって欲しかったんだ。向こうがやりづらさを感じていたらこっちもやりづらいもんだし。
「…無駄話もしてみるもんだな……」
「いや、そういうことではないですよ」
と、自衛隊の列に戻って早々、俺たちのやり取りの一部始終を見ていた前澤さんがそんなことを言った。
しかしメチャクチャ真面目な顔と声で言うもんだから心配した権田くんがツッコんでいた。
にゃん太も頭の上に「!?」が幻視できるような顔をしている。普段ボケないような人がボケると面白いというよりはビックリするんだよな…
「するもの…ではないですね」
「しない方がいいんじゃないですかね…」
俺と佐島がそう続けるとトドメを刺してしまったようで、前澤さんはしょんぼりして「ノッてくれないのが一番悲しいよ…」と続けた。いきなり過ぎて乗れなかった、ごめん。
…そんな俺達を見て聞いて、ハンターたちはもう心配をしなくなっていた。
オーバーなリアクションをする前澤さんを見て笑っている人もいるし、ニコニコしているにゃん太を同じような表情で眺める人もいる。
これでいいんだよこれで。彼らにとって俺らはただの楽しそうな外人、深読みはしてくれなくていい。
俺たちはたかが言葉が違うだけの人間、生物的に全く別なモンスターとは違うだろう。それが手の届く範囲にいて、仲良くしないでどうする。
ファーオ…
俺らの声が騒がしかったのか、目を覚ましたチビが大きく伸びをした。
その背中に揺れるM2重機を見ると自分の言葉ながら"言葉が違うだけの人間"なんて表現がまやかしのように思えてくる。
言葉の違い、文化の違い、あらゆる"違い"から生まれる争いはいつまでも無くならない。
俺も自衛隊という組織に居る以上、そういった現実は見て聞いて、地球のあらゆる歴史から感じてきた。
…だからこそ。
それも含めて、俺らはたかが言葉が違うだけの人間なんだ。根本は同じのはず、だから仲良くしたいんだ…
地平線の先に見えてきた山脈、その麓を思いながら俺は歩みを進める。
個人レベルの和解は容易、されど組織は…
節目も近づいてきたので序盤のエピソードからオーバーホールを入れていくことにしました。
ストーリーの本筋は変わりませんが、要所要所の展開は大きく変わるかも。