【第三部】『こちら転生者派遣センターです。ご希望の異世界をどうぞ♪』【追放者編】   作:阿弥陀乃トンマージ

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第2話(3)元フィアンセの頼み事

「も、元フィアンセ……?」

 

 わたくしはメアリの顔を見ます。なんとメアリも戸惑っているようで、わたくしは更に困惑してしまいます。

 

「まあ、とりあえず二人とも座りなよ」

 

 青年に促されて、わたくしとルッカさんは席に座ります。

 

「た、大変失礼なのですが、ど、どなたさまですか?」

 

「本当に知らなかったの? 傷付くな~」

 

 青年はわざとらしく肩を落とす。

 

「聞いてんだからさっさと名前を名乗れよ」

 

 ルッカさんが何故か苛立った様子を見せます。

 

「俺はシルヴァン=アフダルさ」

 

「! アフダル家の……どこかで見た面だと思ったが……」

 

「ムビラン家のルッカ君、お互い子供の頃にパーティーなどで何度かお目に掛かったことはあるけど、こうしてお話をするのは初めてだね」

 

「アフダル家?」

 

 わたくしはメアリに小声で尋ねます。メアリが慌てて教えてくれます。

 

「そ、それもお忘れに? この国の有力貴族です!」

 

「ほう、有力貴族……」

 

 有力貴族の家の方と婚約していたというのにどうしてわたくしどころかメアリも知らない様子なのでしょうか。疑問に思っているとシルヴァンさんが説明して下さいました。

 

「まあ、親同士で勝手に決めていたことみたいだからね~。公に発表する前に、そちらのお父上が失脚されてしまったので、この話は無かったことになったのだけど」

 

「掌を返したのかよ、ダセえな」

 

 ルッカさんが鼻で笑います。

 

「う~ん、そうは言うけどさ、国を大きく揺るがすような汚職を行っていた家とは関わりを持ちたくないっていうのは当然といえば当然じゃない?」

 

「お、汚職⁉」

 

 わたくしは思わず立ち上がります。

 

「これは申し訳ない。君は何も知らなかっただろうからね。そんな人の前でベラベラと……配慮が足りなかったね」

 

「……汚職とは一体、父上は何を……」

 

 わたくしは椅子に座りながら呟きます。

 

「まあ、国の要職にありながら、横領や収賄など……諸々ね」

 

 わたくしはメアリに改めて視線をやります。メアリは俯いてしまっています。どうやらシルヴァンさんのおっしゃっていることは本当のことのようです。

 

「そ、そんな……」

 

「そこからの君の立ち振る舞いには驚かされたよ。貴族としての地位を実質返上することを表明し、コロシアムで戦うファイターとなる道を選択したのだから。民衆が抱く不満の矛先や野次馬精神を自分に向けさせることによって世論を動かし、お父上を死罪から免れさせることに成功した。ある意味見事なイメージ戦略だとでも言えば良いのかな」

 

「うう……」

 

 メアリが顔を覆ってすすり泣いています。ルッカさんがたまらず口を開きます。

 

「わざわざそんな話をしにきやがったのか? 酒がマズくなる、とっとと失せろ」

 

「いやいや、本当に申し訳ない。話を本題に戻そうか。頼みがあると言っただろう?」

 

「頼み?」

 

「そう、この街を西に抜けた先に小高い山があるだろう?」

 

「ああ、あるな」

 

「それがどうかしたのですか?」

 

「この国の物資輸送は西側の港湾から運ばれる物資が大半を占めている、ということは皆もよく理解しているはずだ」

 

 メアリとルッカさんが頷かれています。わたくしも転生してまだ日が浅いのですが、このムスタファ首長国連邦の地図というものはなんとなく頭に入れておいています。

 

「メインのルートではないが、あの小高い山もこの辺りの街に物資を売りに来るため、商人たちがいつも使っているルートだ。そのルートにタチの悪い山賊が居着いてしまっているようでね。そこを通った商人たちは身ぐるみをほとんど剥がれるか、もしくはそのルートを通ること自体を諦めてしまっている」

 

「ふむ……?」

 

「それで? どうしろってんだ?」

 

 わたくしとルッカさんが揃って向ける懐疑的な視線に対し、シルヴァンさんはポンと両手を叩いて、こうおっしゃります。

 

「俺たち三人で山賊を退治しようということだよ♪」

 

「ええっ⁉」

 

「山賊を倒したってなったら、お家の名誉回復につながるのじゃないかと思うけど……」

 

「そう言われると、なんだかそんな気がしてきましたわ……」

 

「いえいえ、お嬢様! それはあまりにも危険ですよ! 山賊と戦うなんて!」

 

「それはそうだな……」

 

「ルッカ様も止めて下さい!」

 

「まあ、オレが付いて行けば安心だがな!」

 

「はい?」

 

 ルッカさんの返答にメアリは理解出来ないという顔を見せます。

 

「ちょうど退屈していたところだ……腕が鳴るぜ!」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 ルッカさんの言葉にシルヴァンさんは満足そうに頷きます。メアリが声を上げます。

 

「いやいや! お二人も大切な御身ではありませんか!」

 

「まあ、名の知れた貴族の子と言えど、比較的気軽な次男三男の身分だからね」

 

「そ、それでも! 御家の評判に関わることでは⁉」

 

「んなもん関係ねえよ……」

 

 メアリの発言をルッカさんが一蹴します。

 

「か、関係ないとは……」

 

「そもそも山賊如きに負けねえよ……お前らも家の連中には黙っていろよ」

 

 ルッカさんが近くに座る従者さんたちを睨みます。従者さんたちは諦めたように頷かれます。この程度のことには慣れているようです。

 

「し、しかし、軍隊や警察などに任せることでは⁉」

 

「知っているとは思うが、ここの首長国は只今隣国との緊張状態が高まってきていてね……まあ、一線は超えないとは思うが、軍隊はその為に出動していて、こちらに兵は割けないようなんだ。警察はそれぞれ受け持ちの街区の治安を守るので精一杯だからね」

 

「そ、そんな……」

 

「まあまあ、かよわい庶民の心の平穏を守るのも貴族の大事な務めってね。さて……」

 

 シルヴァンさんがメアリに向かってウィンクし、席を立ちます。わたくしが尋ねます。

 

「さて、とは……?」

 

「善は急げだよ。今から山賊の所に行く」

 

「い、今からですか⁉」

 

「ああ、斥候を放って、場所は掴んである。今の時間帯なら連中も油断しているだろう」

 

「さ、流石に急な話だな……」

 

「ビビったかい?」

 

「誰がだ! 良いぜ、さっさとケリをつけようじゃねえか!」

 

「……参りましょう」

 

「お、お嬢様!」

 

「メアリ、無理は致しません。マズいようならすぐに引き返します」

 

 わたくしは会計を済ませ、店を出ます。何故でしょう、恐怖や不安よりも正義感の方が勝っているようです。

 

「……昔から一度言い出したら聞かない方ですからね……お二方、お嬢様のことをくれぐれもお願いします。危ないようでしたら引き下がって下さい」

 

 わたくしの説得を諦めたメアリはルッカさんとシルヴァンさんにお願いします。

 

「任せといてよ、なんだったら君のプライベートのことも……」

 

「さっさと行くぞ、『元』フィアンセ」

 

「おいおい、置いていかないでくれよ」

 

 シルヴァンさんが肩をすくめながら、わたくしとルッカさんの後に続きます。


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