勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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お祝いと保護者

 無意識というのは恐ろしいものだ。習慣化している作業の中、ふとした違和感に気づかなかったり。あるいは考えるよりも先に身体が動いてしまったり。誰しもが少なからず経験したことがあるだろう。

 

 そんなことを改めて実感したのは9月に行われた芙蓉ステークスにおいて、ターボが迫りくる二番手……マーベラスサンデーというウマ娘に対して写真判定に持ち込まれるほどの接戦を演じ、その上で勝利を掴み取った際に思わず涙してしまったことを思い出して。

 

 そのことに我ながら動揺したからだ。直後にターボが声をかけてきた時には、誤魔化すように笑ってサムズアップなぞ返してしまった。舞い上がっていたな、と今更に思う。

 

 自らの目標は未だ根強く魂に焼き付いているが、それでもいよいよ(もっ)てターボのトレーナーであるということが俺という人間の根幹を成し始めているらしい。()()()()()()()()()()には欠片も理解できなかった、人々がウマ娘たちへ夢を託す、ということが心底理解できた。この世界の住人の1人としてようやく生まれ変わったような心持ちだ。

 

 そう、俺もターボに夢を託し始めたのだ。俺が人類最速を、そう誇れるタイムを記録することと同等以上に。ツインターボというウマ娘に最速の二文字を冠して欲しいと。ともに最速を戴こうという、そんな夢を。

 

 ジュニア級のマイルでは確かな実力を見せつけ。いずれ挑むだろうトウカイテイオーとの対決の舞台(コース)となる可能性がある2000Mの中距離でも、己の弱点や手強いライバルに競り勝ってみせた。そんなターボは今もなお、鍛えれば鍛えるだけスピードが、スタミナがどんどん伸び続けているのだ。

 

 ターボは自らの目標を口にし、それを現実にしようと努力している。俺が出すトレーニングに文句一つ言わずついてきてくれる。ターボは心から俺に信を置き、指導には結果で応えてくれている。俺の夢を乗せて全力で走っているのだ。

 

 ターボへの想いを無意識に、などと言うのはひどく傲慢なことに思えてならなかった。だからこそ俺は心を新たに、ターボに夢を託すことを決意した。俺と一緒に最速になってくれ、と。

 

「さ、今日はよく頑張ったぞターボ。遠慮なくたーんと食え」

「うわぁっ……!!」

 

 10月のとある日、俺とターボはいつものようにトレセン学園の隅で……いや、あえて"ガレージ"という言葉を使わせてもらおう。先日のレースで勝利した際、こんな実況がされたのだ。

 

 『中央トレセン学園というガレージから勢いよく飛び出しましたツインターボ! 変わらずの大逃げで初の重賞勝利!! 新潟ジュニアステークスの無念を晴らしました!!』

 

 詳しくは無いんだがツインターボとは実際に存在する自動車の機構を指す言葉らしく、そこから連想してターボというウマ娘が走り出す場所=ガレージと洒落た言い回しをしてくれたらしい。トレセン学園では規模が大きすぎるから、俺たちが間借りしているトレーニング施設一帯をガレージと自称することにした。ターボは大喜びだった。

 

 それはともかく。そう、重賞勝利だ。今日はその祝勝会で、サウジアラビアロイヤルカップ……と、アルテミスステークスの一着を祝うべくガレージに舞い戻った。なんとターボは、この10月中に2つのGⅢマイルレースを制してみせたのである。

 

「ねっ、ねぇトレーナー! もう食べていいっ!?」

「あぁいいぞ。それじゃあ――」

「「いただきます!」」

 

 揃って手を合わせると、ターボは勢いよくテーブルの上のアップルパイに手を伸ばす。ここしばらくは特に食生活に気をつけさせていたから、祝勝会には特別にと用意していたものである。これもまぁ色々誤魔化してはいるが……リスのようにほっぺたを膨らませて、満面の笑みを浮かべるターボに俺も思わず頬を緩めた。無意識に、というやつだ。

 

 芙蓉ステークス以降、ターボに夢を託した俺は再びGⅢレースに挑むべくターボの指導を開始した。トウカイテイオーはライバルだ。だが彼女に勝ちたいのであれば、逆にトウカイテイオーにばかり目を向けてはいられない。まず見極めるべきはトリプルティアラを獲る上で乗り越えなければならないウマ娘たちの存在。

 

 翌年4月の桜花賞は1600Mのマイルレースだ。そこにはどんなウマ娘が出場するのか? 当然マイルに適性が、あるいは自信のある娘たちが出てくるだろう。逆算して年内12月に行われるG1マイルレース、阪神ジュベナイルフィリーズ及び朝日杯フューチュリティステークスに出てくるウマ娘たちへのマークが必要になる。

 

 ターボに後ろを気にせず走ってもらうには、その分俺がライバルたちを見極めて、それに応じたトレーニングを課す必要があるのだ。そのために年内はマイルレースを制しつつ、スタミナを重点的に伸ばしていく方針だ。

 

 特に、ついさっき制したGⅢアルテミスステークスはGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズの前哨戦と言われている。このレースでポテンシャルを感じさせたウマ娘は今後確実にマイルレースの強敵として立ちふさがることだろう。中でもウオッカというウマ娘は要注意だ。

 

「んぐ、ごくんっ。~~~~! めちゃくちゃおいしい!!」

「そりゃ良かった。ほらにんじんジュースも飲みながらな。ちゃんと噛むんだぞ」

「うんっ!!」

 

 恍惚としながらバクバクアップルパイを飲み込んでいくターボ。サウジアラビアロイヤルカップ、アルテミスステークスと東京レース場のコースレコードを続けて塗り替えてみせたと誰が信じられるだろうか。

 

 しかし、今日のアルテミスステークスにおいてウオッカはターボに肉薄してみせたウマ娘だ。2バ身ほど離れての2着とはなったが先月までのコースレコードに迫っている上、ターボもウオッカも未だジュニア級と伸び盛り。今日勝ったからと慢心できる相手じゃないのは間違いない。

 

「ウオッカか……」

 

「んぐ? もぐ、んぐ……ごくん。ウオッカ凄かったね! ゴールするとき足音聞こえてたもん。でも今日はターボの勝ち! ターボの大逃げがウオッカのカッケーに勝ったんだから!!」

 

「カッケーに勝った?」

 

「そう! ダッセーことはしねー! 誰よりもカッケーウマ娘になる! っていつも言ってるの。ターボがレコードで勝ったときもね、カッケーって褒めてくれたんだよ!!」

 

「へぇ……同じクラスなのか?」

 

「んーん、となり! だから授業いっしょになったりするの。そん時にね、トレーニングの調子はどうだー? とかっ。同じレースではしる時は真剣勝負だぜ! って。ふふーん、今日のところはターボの勝ちね!!」

 

 両腕を組んでフンスと鼻息を漏らすターボに、俺もそうかと頷いて頭を撫でた。どうやらターボもトウカイテイオーだけを意識している訳じゃないらしい。そりゃそうだ、同じ学園で、中には同じクラスで勉学に励む仲間たちがライバルなのだ。俺には見えていないだけで、きっとターボにはターボにしか見えていない世界がある。

 

 ウオッカに迫られたとき、ターボには足音が聞こえたという。トレーニングで追われることに対する怯えを無くそうと努力し、それは芙蓉ステークスで実を結んだように思える。だがレースに対する意識なんて水物だ。緊張やコンディションによってスパートの距離が伸び縮みしたり。後続の追い上げが負けん気に繋がることもあれば、怯えや焦りとなって垂れてしまうこともあるだろう。

 

 今日のアルテミスステークス、第4コーナーを抜けて最後の直線500M強。追い上げるウオッカに対しターボは焦ってしまうんじゃないかと危惧したが、聞く限りは認め合うライバルの存在に鼓舞されていたように思える。目標は打倒トウカイテイオー。しかし共に励み競うライバルはたくさんいる。そのことをターボ自身が意識しないまでも理解している。すごいウマ娘が常に後ろに居るのだと。

 

 もしかしたらいつか、ターボにも驕りから相手を侮るような日が来るかも知れないと思っていたが、この分なら大丈夫そうだ。ターボにあるのは凄いライバルと競い、そして逃げ切った自分はさらに凄かったのだという誇り。俺がいつかなんどもへし折られたように、天狗になることなく。尊敬と誇りを以てターボは走りきったのだ。

 

「……お前は凄いヤツだなぁ。分かってるのか、GⅢ二連勝。重賞だぞ? 重賞。最初に言ったとおりだ、やっぱり天才だったな」

 

 そう思うと無性に嬉しく、いや誇らしくなってしまい、俺は撫でられるままに目尻を下げてアップルパイを頬張るターボの頭をわしゃわしゃ掻き回した。すると対抗するようにぐりぐり頭頂部をこすりつけて、ターボもこう返してくる。

 

「いーや、まだだもんね! ターボはまだバカだから! ホントは天才だけど、まだバカだからね! だからトレーナーの言うことバッチリ聞いて、もっともーっと速くなるの!! それでクラシック三冠テイオーにレースで勝って、そしたら大逃げの天才のとり、とりぷる……」

 

「……トリプルティアラ?」

「トリプルティアラターボ爆誕!! そしたら誰にもバカになんかさせないんだから!!」

 

「……あぁ、そうだな。そこまで行ったら誰もバカになんか出来やしないさ。これからも頑張っていこうな」

「うん! よぉし、これ食べたら早速――」

 

「今日は! ……これ食ったら寮でゆっくり休むんだぞ。あまり遅くならないようにって言われてるだろ?」

 

「えへへっ、はーい!!」

 

 ターボも本気で言った訳じゃないんだろう、早速トレーニング、と続きそうな言葉を遮ると。イタズラが成功したような子供のように肩を揺らして笑った。俺にとっては笑えない冗談なんだが……。重賞レース直後のトレーニングなんて論外というのはもちろんのこと、ターボが入っているトレセン学園の美浦寮。その同室のウマ娘からたびたび心配の連絡を受けるのだ。

 

 ヴー……ヴー……。

 

 と、そんなことを考えていたら。噂をすれば影がさすと言うが、当の彼女から着信が入った。何度か連絡はとっているんだが、ターボを心配して不定期に入るこの着信はなぜだか落ち着かない気持ちになってしまう。

 

「……はい、最上です」

『おう、ターボのトレーナーさん。ヒシアマ姐さんだが……用件は分かるかい?』

 

「ターボへの祝いの言葉なら直接かけてやったほうが喜んでもらえると思う」

『そりゃあもちろんさ! そう、早くお祝いしてやりたくてたまんないよ……本当に、一刻も早く祝ってやりたいねぇ』

 

「……いつも遅くに帰して悪いとは思う。けど今後のミーティングも兼ねての祝勝会なんだ、大目に見て欲しい」

 

『ちぇっ、仕方ないねぇ。でもいいかい、アンタの他にもターボのこと応援したり心配してるアタシみたいなのも居るってこと、ちゃんと覚えといておくれよ? 最近はいっつも譲ってばっかりなんだ、たまには早めに帰してくんなきゃ。大体ターボの食わず嫌いだってアタシがあんなに気をつけて直してやろうとしたってのに、アンタがついてからすんなり食べるようになっちゃってさ、それに』

 

「わかった! わかったから……今日は少し一緒に祝ったらすぐに帰すつもりだったんだ。それで良いだろう?」

 

『いやぁ急かしちゃったみたいで悪いね! いつもは走らせてるみたいだけど、今日くらいはちゃあんと送ってやっておくれよ』

 

「もちろんだ。それじゃあな、何かあればこっちから連絡させてもらう」

『あぁ! アタシも何か気になったらすぐ連絡するよ! じゃあねっ!』

 

 言外に何度も連絡してこなくて良いと伝えたつもりだったが、それも無駄に終わった。このターボのルームメイト兼美浦寮の寮長を務めているヒシアマゾンというウマ娘は、姉御肌で面倒見の良いサバサバとした性格で多くの後輩に慕われているらしい。

 

 が、彼女が特に目にかけていたターボのトレーナーであり、そして長時間トレーニングで拘束した挙げ句晩飯の時間まで一緒にいる俺に対してはどうも当たりが強い。いや俺の見えないところで子供っぽいターボの面倒を見てくれている存在が居るのは非常に有り難いことなんだが……基本的にターボを心配して電話をかけてくることが多いので俺も強く出られず、やりづらい相手だ。

 

「トレーナー、ヒシアマはなんて?」

「……暗いとターボが心配だから、早めに帰せってさ」

 

 俺がヒシアマゾンと電話でやり取りしているのを知っているターボは相手が彼女だと決めつけていたが、内容までは聞いていなかったようだ。お祝いとやらがサプライズだったら教えてしまうのはマズイと思い、心配していたとだけ濁す。

 

「えーっ? まったくヒシアマったら、ターボは子供じゃないのに! それにトレーナーが居れば大丈夫だもん! ねっ? トレーナー!!」

 

 にっこりとギザギザの歯と信頼を見せるターボに、俺はヒシアマゾンへの共感を抱いた。自分が大人だと言い張る子供。さらにヒシアマゾンの目から見れば、トレーナーだからという理由で全幅の信頼をいとも容易く預けてしまうほどの無邪気さ。俺が逆の立場でも連絡先が分かれば何度も電話を掛けるに違いない。

 

 ちなみに彼女はチームリギルの一員であり、東条さん経由で番号を知ったそうだ。実は俺にマッサージを依頼する例のチケットは、新しく用意するのが面倒なので名刺で代用している。チームリギルのメンバーなら誰が俺の番号を知っていてもおかしくはないのだ。

 

「……そうだな、でももうすぐ学内バスの巡回時間だ。早く食べないと間に合わないぞ」

「っ!! はぐっ、ばくっ。もぐもぐ……」

 

 ヒシアマゾンの胸中を思って早めに帰そうとバスの時間を一巡早く伝えれば、食い意地を張ったターボは無言でパイを平らげ始めた。用意した身としては嬉しいんだが、どんだけ甘いものに飢えてたんだと少し申し訳ない気分になる。

 

 だがそんなターボが、好物を我慢してストイックにトレーニングを重ねたことで着実に実力を伸ばし、レースで結果を出すことが出来たのだ。これからも締めるところはしっかり締め、そして緩めるべきところは緩められるよう意識しようと。口の周りに食べかすを付けたターボを眺めつつ胸に刻んだ。

 

「もぐ、もぐ……ごっくん。ごちそうさま!!」

「はいお粗末さん。美味かったか?」

 

「めちゃくちゃうまかった!!」

「そりゃ良かった。それじゃ、心配性な寮長のとこに帰るか」

 

「うんっ! へへ、ヒシアマったら驚くかな? ターボGⅢ連勝なんだよって教えたら!」

「きっと驚くさ。ターボがどれだけ頑張ったか、自慢してやると良い」

 

「トレーナーが一緒に走ってくれたことも、もっとくわしく教えるね!」

 

 それは若干反応が怖いような……というかもっと? つまり簡単にはすでに教えた後なのか。ウマ娘の身からしたらトレーナーが一緒に走るのは不信感が増すかもな……ヒシアマゾンと直接話す機会があったら弁解したいもんだ。

 

 なんでもないことを話しつつ、思い出したように連勝の重賞レースの喜びを再燃させつつ。学内バスの停留所に向けて、俺とターボはゆっくりとガレージから出発した。

 


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