勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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バカで天才

 

 一着のウマ娘をスカウトするのは難しい、という言葉の意味はすぐに分かった。何のことはない、俺が見学させてもらった模擬レースはチームリギルのテストだったのだ。東条さんが仕切ってるんだから当たり前だが。当然一着の娘を先にスカウトする権利は彼女にある。それを蹴ったウマ娘も居たが、その娘は他のトレーナーの誘いもすべて断っていた。実力のある娘はトップトレーナーですら選択肢の一つらしい。

 

 その上レースで5着くらいまでの娘は他のトレーナーが近寄って声をかけているところが散見されたが、それも顔をあわせる程度でその場でスカウトが成立している様子はあまり見られなかった。彼女らはリギル加入を目標としてここに来ていて、東条さん以外のトレーナーだと即決とまでは行かなかったんだろう。

 

 リギルが各距離の模擬レースで無事スカウトを終えると、参加していたウマ娘たちは落ち込んだ表情を浮かべながら帰ったり、あるいは他のチームの模擬レースに足を運んでいった。特に、一着を獲ったウマ娘がスカウトを断った時に一緒に走っていた娘たちは表情に影を落としている。才能の差に打ちひしがれているようにも見えた。

 

 だから、だろうか。そのスカウトを蹴ったウマ娘と、逆に全てのレースで最下位になり誰からも誘われなかったウマ娘が特に目についた。両極端の順位だからというのもあるが、それ以上に表情だ。同じ(・・)だった。どちらも笑顔を浮かべていたのだ。

 

 とりわけ気になったのは後者の全レース最下位娘だ。初めから最下位の娘に話しかけようと思っていたがそれ以上に、そのウマ娘に興味が惹かれた。負けても息が整えば笑みを浮かべてみせるウマ娘。他のトレーナーが気にもかけていないその娘の後を追って、俺は模擬レースを見て回った。

 

 3時間も経った頃だろうか、全ての模擬レースを終えて、集まっていたウマ娘もトレーナーも引き上げる中、レース場には俺の他に1人のウマ娘だけが残っていた。

 

 注目していた2人……リギルを始めあらゆるトレーナーのスカウトを袖にしたウマ娘はトウカイテイオーと言うらしい。周囲が騒いでいた。しかし彼女はある程度のレースで一着になると参加しなくなった。ほぼ全トレーナーと顔を合わせて模擬レースへの参加理由が乏しくなったんだろう。徐々に俺の意識からは外れていった。そして今、俺は残ったもうひとりに意識を傾け続けている。

 

 彼女から目を離せない理由は何か? それはそのウマ娘が短距離も、マイルも、中距離も、果ては長距離まで全模擬レースに参加したバカだからだ。リギルを含め参加した模擬レース全てで一着を奪ったトウカイテイオーだってそんな無茶はしなかった。

 

 しかし視線の先にいるウマ娘はやった。褒められたことではないだろう、体力が保つうちはまだいい。彼女のスタイルは逃げで、最初から全力疾走だった。だが後のレースになればなるほどスタミナは枯渇し、いくらかのレースでは終始最後尾でぽつんと、ヘロヘロと走る様だけを見せつける結果に終わった。

 

 明日からの模擬レース全てにおいて彼女が出禁になるのは間違いないだろう。控えめに言って邪魔でしか無いからだ。その参加枠に入り、結果を残してスカウトされたウマ娘が居たかも知れない。トレーナーからしても、全てのウマ娘の実力を見比べる機会なんて有るわけもなく、可能な限り有力な娘に参加して欲しい。自明の理だ。

 

 だが、俺は彼女と話がしたかった。最下位だったからじゃない。そんな理由はとうに忘れていた。

 

「なぁ、ちょっと良いか?」

「ハァッ……ハァッ……へぇ? あにぃ?」

 

 レース場から外に繋がる芝の坂。大の字で息を荒げるウマ娘に声をかければ、どう見てもまともに応答出来る様子じゃなかった。そりゃそうだ、この数時間で何km走ったんだって話だ。

 

「いや、しばらくここで休んでてくれ」

 

 返事を待たず、近場の自販機でにんじんジュースを購入し、彼女の下へ戻った。ちなみにこの世界のにんじんジュースには2種類ある。人間用の野菜ジュースに分類されるものか、ウマ娘用のスポーツドリンクみたいなもの。買ったのは当然後者。

 

「ほら、ジュース買ってきたぞ。飲めるか?」

「ハッ……ほ、ほんとぉ? ターボ、もう、ハァッ……のどっ、カラカラ……」

 

 そう言う割に起き上がりもせず、苦しそうに胸を上下させるのが精一杯の様子のウマ娘……ターボが名前だろうか。

 

「肩触るぞ。背中から支えるから、少しずつ飲め」

 

 小さい身体を起こして、立てた右足と右腕で姿勢を支えながら、左手でジュースの口から直接飲ませてやる。……しかし、この小柄なウマ娘のどこにあんな無茶を通す根性が宿っているのか。他のウマ娘と比べてもこの娘の身長は低い。目算だが150cmには達していないだろう。

 

 前世の短距離走者(スプリンター)時代とほぼ同じく、俺の身長は190cm近いが、この小さな身体に俺以上の肉体的スペックが備わっているのだから恐ろしいことだ。

 

「んっ、んっ……ぷはっ。ハァ……おいし……ハァ……もう一口っ!」

「あぁ、ほれ」

 

 それから10分ほどかけて息を整えて、やっと本題に入れるくらいには回復してくれた。

 

「今更だが名前、聞いても良いか?」

「んぇ? ターボはターボだよ! ツインターボ!!」

 

 さっきチラッと言ってた気がしたが、一人称がターボなのか。幼い言動と言いまるで無邪気な子供だ。

 

「そうか、よろしくツインターボ。それでレース、見せてもらったんだが……お前、逃げが好きなのか?」

「うん! 最初から最後まで一番で走り切るのが気持ち良いもん!!」

 

 なるほど、気持ちはよくわかる。どんなトレーナーより俺が理解できる感情だ。

 

「でも逃げにしたって最初から全力疾走することはないだろう? 二番手との距離を考えて、スタミナを温存して最後にスパートをかけるとか工夫のしようはあるはずだ」

「ターボは最初から全力が良い!」

 

 なんて衝動に素直なヤツなんだ。薄々勘付いてはいるがバカなんだろうか。

 

「レース全部に参加したのは? 休憩もせず走ったのもあっただろ。まさか勝てると思って走ってないよな?」

「えー!? ターボ負ける気で走ったことなんかないもん! ちょっと疲れたまま走っちゃったけど、全部勝つ気で走ってたんだから!!」

 

 このウマ娘の中でヘロヘロのまま走ることとレースで一着を獲ることは矛盾しないらしい。

 

「お前バカだなぁ」

 

 勘付いていたとか現実逃避していたが、実際話す前から確信していた。コイツはバカだと。

 

「なにぃー!? ターボバカじゃないもん!!」

 

 しかし、そんなバカだからこそ。俺はちょっと揺れているのだ。理事長や両親に対する義務感や使命感で担当ウマ娘を決めるという本来の意図以上に、このツインターボに心動かされてしまった。

 

 自分で上体を支えて座れるくらいには回復していることを把握し、俺はツインターボの正面にまわってしゃがみ、ズイッと顔を近づけた。額がくっつきそうな距離だ。

 

「良いか、よく聞けツインターボ。お前はバカだ。大バカだ。みんな絶対そう思ってる」

「……ターボ、バカじゃないもん」

 

 俺が真面目な表情で静かに語りかけているからか、ただ貶している訳じゃないとなんとなく気づいたらしい。唇を尖らせて認めようとはしないが。聞いてくれるなら何でも良い。

 

「お前はスタミナが無い。客観的に自分の状態を把握もできない。自分がレースに参加することで周囲にどう見られるかも予想出来てない。明日からの模擬レース、お前は参加しようとしても全部断られるだろう。間違いなく」

 

「マジで!?」

 

 ガーンというオノマトペが幻視出来るほど愕然とした表情を浮かべ、ツインターボのオッドアイにじわじわ雫が溢れ始める。

 

「だが、もう模擬レースに参加する必要なんざ無い。俺が居る」

「……へっ?」

 

 言葉の意味がわからないらしく、バカみたいに大口開けてポカンと間抜けな表情を浮かべた。

 

「バカと天才は紙一重だ。お前にはスタミナが無くても諦めない根性がある。自分の状態がどうだろうが走り抜く気概がある。周りなんて気にせず突っ走れる突き抜けた才能がある。周りはお前をバカだと思ってるが、俺に言わせりゃ全部才能だ。お前は天才なんだよ」

 

「ターボが……天才……?」

 

 嘘なんか言ってない。上っ面だけの欺瞞でもない。コイツはトレーナー次第で無能のバカにも突出した天才にもなり得る素材だ。俺の本心は伝わったのだろう。少しずつ言葉の意味が浸透したのか、徐々に頬を赤くして高揚しているのがわかる。

 

 ……喜びようを見るに、やはり負け続けている以上は手放しに自分が一着を目指せる立ち位置に居ないのはなんとなく分かっていたんだろう。

 

「多くのウマ娘は戦略を練って走る。自分のスタミナや加速力、最高速度と相談して、出るレースに勝てるかをトレーナーと相談して一着を目指す。でも、それが必ず上手く行くとは限らない。自分の気質にあっていないと自覚できずに作戦を立てたり、他のウマ娘が予想外の走りを見せて実力を発揮できなかったり。戦略がただの寄り道になっちまうこともあるだろう」

 

「うん……? うん……」

 

 ちゃんと全部伝わってる気はしないが、とりあえずは良いだろう。言いたいのはそんなことじゃないんだから。

 

「しっかり頭に刻め、ツインターボ。伝えたいことはな、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ。他のウマ娘が仕掛けどころを探ったり、スタミナを温存するか早めに前に出るかとかを考えて実力を発揮出来ないこともある中で。お前だけが、絶対に実力を最初から最後まで叩きつけられるのさ」

 

「ターボだけが……!」

 

 意図を酌めてるかどうかはともかく、俺が「お前は特別なんだぞ」って言ってることは理解できるらしい。非対称の大きな目がキラキラと夕日を反射している。

 

「でもそれはリスクでもある。お前は一着になれなかった時、"全力を出せなかった"、"実力を発揮できなかった"って言い訳が許されない。誰よりも自分の実力に向き合い続けなきゃならない」

 

「実力に向き合う……」

 

 オウム返しばっかりだが聞いてるよな? ……うん、ちゃんと聞いてそうだ。しっかり俺の目を見て反芻しているように見える。多分大丈夫だろう。

 

「一着になれりゃ天才だ。それ以外じゃお前はバカにされちまう。だからこその俺だ。俺はお前を天才にしてやれる唯一のトレーナーなんだ」

 

「……えっ!? トレーナーなの!? マジで!?」

 

 なんだと思ってたんだコイツは。ちゃんと自己紹介……してなかったか、そういや。俺も思いの外テンションが上がっていたらしい。同類(・・)を見つけたんだから。

 

「名乗るのが遅くなったな、トレーナーの最上だ。そして……人類で一番足が速い男でも有る。だからこそ俺はお前の気持ちがわかるし、お前が望む通りの結果に導いてやれる。どうだ、そんなトレーナー欲しくないか?」

 

「欲しいっ! めっちゃくちゃ欲しい! ほしいほしいほしいー!!」

 

 セールストークは上々だ。では契約だ。ここからはしっかり聞いてもらうぞ。

 

「なら条件だ。良いかツインターボ、()()()()()()。そのことを受け入れろ」

「えー、ターボ……」

 

「真面目な話だ。他のウマ娘には思いつくことが、お前には考えられない。でもそれは悪いことじゃない。考えるべきことは俺が考えてやる。周囲にお前は天才だと認めさせてやる。だからそれまで、お前は自分がバカであることを覚えておけ」

 

「………………うん」

 

 認めるのは難しいらしい。でもなんとか受け入れようとはしてくれている。十分だ。

 

「ツインターボ、難しいことを言うぞ。俺を信頼しろ。()()()()()()()()、トレーナーの言うことを聞けば間違いない。そう信じてくれ。べらべら喋ったが本当に言いたいのはコレだけだ。俺はお前を天才だと信じている。だからこそお前に信じて欲しい。会ったばかりの、名前も聞いたばかりのトレーナーを自分自身と同じくらい信じてくれ」

 

 ツインターボの手をとって両手で握り、熱意が伝わることを願って言葉を尽くす。

 

「契約だ。俺がやれって言ったことは全部やれ。やるなと言ったことは絶対にやるな。その代わりに俺は、お前を誰よりも早くゴールさせてやる。心の底から挑戦したいと願ったレースで一着を取らせてやる。信頼関係が必要だ……俺はお前を信じる。お前は俺を、信じられるか?」

 

 青とピンクの虹彩が、透き通った双眸が俺の瞳を貫く。まるで何かを探すように……あるいは、もう見つけたように。

 

 そしてニカッと満面の笑みで、それが当たり前だと言わんばかりの表情で。出会ったばかりの俺に、何の迷いもなく見せてくれたのだ。信頼の二文字を。

 

「うんっ! ターボ、トレーナーを信じる!! にんじんジュースくれたし!!」

 

 がくっと頭が落ちたことを誰が咎められるだろう。これだけプレゼンして決め手がにんじんジュース……やっぱりコイツは子供だ。そしてバカだ。

 

「はぁ……契約成立だな。行くぞ、()()()。まずは担当になるためにアレコレ手続きしなきゃならない。もう立てるだろ? ついてこい……最後まで、な」

「もっちろん! えへへ、よーしっ。やるぞーっ!!」

 

「……言っとくが、今日は諸々提出する書類を書くだけでトレーニングは明日からだ。お前にもいくつか書いてもらうぞ」

「…………マジで?」

 

「当然だろ。返事は?」

「ううう……やるっ! ターボバカだから! ホントは違うけど今はバカだからね!」

 

「それで良い。じゃ、行くぞ」

「おーっ!!」

 

 そのやり取りに。今日出会ったばかりのウマ娘との会話で、なぜだろうか。久しぶりに、心の底から楽しくなれたような……笑ったような、そんな気がした。

 

 快活な笑みで俺のまわりをちょこちょこ動き回るターボの姿に、スタートを切ったのはこの娘だけじゃないのかも知れないと。そんなことを考えた。

 


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