終わらない日々   作:sicsic

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1話

 

 今日の気温は、どうやらかなりの高さらしい。まだ7月になったばかりだというのに、真夏日かと思うほどの暑さ。

 今日だけじゃない。昨日も一昨日も、今日と同じような暑さだった。そしてきっと、明日も。この暑さはしばらく続くだろう。

 しかしそんな暑さも、ここ最近では特別異常だという感覚も薄れてきた。7月だろうが、8月だろうが、暑いものはとにかく暑い。何月だとか関係なしに、その感覚に大した違いはない。

 

 だがしかし、教室の窓から見える外の景色には、不思議なことにその暑さを感じることがあまり出来なかった。

 

 というのも、簡単な話で。

 

 今俺のいる教室は、寒いくらいに冷房が効いているからだ。俺の体感では、風邪をひいてしまうほどに。

 最近は、昼休みになるといつもこうだ。教師がいないからって、生徒が好き勝手に設定温度を弄るせいで、夏の暑さを殺すほどの寒さになっている。

 そんな寒い教室から外の景色を見たって、暑さを感じることなどできるはずがない。

 正直、少しだけその暑さを感じたいくらいにここは寒かった。だからといって外に出れば後悔するのが見えているから、ここにいるけれども。

 

 まあでも、窓を閉めていても、太陽の日差しは差してくる。そこから多少の暑さを感じられるような気もする。それ以上に、冷房の寒さの方が上回っているが。

 

「ねえ、渚ー……日差しが眩しいから、カーテン閉めてよー……」

「え、ああ……。ごめん、ひまり」

 

 クラスメイトである上原ひまりにそう言われて、急いでカーテンを閉める。

 少しは暖かかった日差しがカーテンに喰われ、ようやくこの教室は冷房の出す冷たい空気に完全に支配される。

 しかしこんなに寒い中、みんな大丈夫なんだろうか。さっきから、教室からは寒いの一言も聞こえないけども。

 

「なあひまり。この教室、結構寒くないか?」

「えー? そんなことないよ、全然暑いって。渚は寒い?」

「ああ、かなり。風邪ひくレベルで」

「だとしたらそれ、ちょっとおかしいよ。やっぱり渚って、暑さに対して鈍いんじゃないの?」

 

 ひまりは言いながら机に項垂れる。ひまりのその様子を見ると、少し夏バテ気味のようだった。というか、しっかりと夏バテしているのだろう。

 しかしそんな様子なのはひまりだけじゃなく、教室にいる何人かは、ひまりと同じように疲れているみたいだ。

 

 こうなった原因は考えるまでもなく、4限目の授業だった体育のせいだろう。

 俺たち男子は体育館にいたからほんの少しだけマシだが、女子は外だった。正直どっちも相当な暑さだろうが、日差しがある分外のほうが断然辛いはずだ。

 

「大丈夫か? ひまり」

「大丈夫だけど……あっ、そうだ渚、手貸して」

「? 別に良いけど……?」

 

 言われて手を差し出すと、ひまりはそれを掴んで自分の頬に当てた。その瞬間、柔らかな感触と共に温かさが伝わってくる。そんな突然のひまりの行動に驚いて、思わず手を引っ込める。

 

「っ! お前、急になんだよ! びっくりするな……」

「えー、いいじゃん別にー! 渚の手、冷たくて気持ちいいんだから」

「なんだよ、それ……」

「いいから、ほら。もっかい貸して」

 

 そう言ってひまりは自分の手を広げる。俺はため息を吐きながら、再びそこに自分の手を差し出す。

 すれば案の定、ひまりはもう一度自分の頬に当てる。俺は自分の手の中に広がる二度目のその感触に動揺しながらも、なんとか平静を保つ。ちゃんと保てている気はしないけど。

 

「はー……。やっぱり渚の手っていつも冷たいよね。氷みたいで、夏はほんとに便利だね、これ」

「そう言われても、あんまり嬉しくはないな」

 

 少しだけ、さっきよりも暑くなった気がした。暑いというより、熱い、といったほうが正しいのかもしれないが。

 

「ていうかそもそも、渚ってなんでこんなに冷たいの?」

「なんかその言い方だと、まるで俺の態度が悪いみたいだな」

「……それはそれで合ってると思うけどな。渚、結構冷めてるもん」

「人の手を氷代わりにしといて、よくそんなことが言えるな、おい」

「ごめんごめん、怒らないでって」

 

 笑いながらひまりは、さっきよりも俺の手を強く自分の頬に押し付ける。

 でも確かに、こうしてひまりの頬に触れてると、その温かさと同時に自分の手の冷たさも感じる。

 自分ではよくわかってないだけで、ひまりの言うように俺は少し暑さに鈍感なのかもしれない。

 もしかしたら、教室がかなり寒いと感じているのは俺だけなのかもしれない。いや、それはないと思うが……さすがに。

 

「でも、そういうひまりはいつも温かいよな。夏でも冬でも」

「そーかな? 自分ではよくわかんないけど……でもそうだとしたら、寒がりの渚には羨ましいじゃない?」

 

 別に褒めたつもりはないのだが、ひまりは妙に得意げな顔でそう言った。

 

「いや、全く。俺はそんなに寒さに弱くないからな」

「いやいや、絶対嘘だよ、それ。渚、冬になるといっつも死にそうな顔してるじゃん」

「……そんなことないだろ」

 

 心当たりはあるが、否定はしておく。そうしなきゃ、調子に乗ってからかわれるのが目に見える。

 というか俺じゃなくても、冬に殺されそうなやつはいっぱいいる。こう言ってるひまりも、冬になるといつも寒い寒いってうるさいのだから。

 

「でもあれだろ。肌が冷たい人は心が温かいとか言うじゃんか」

「うん」

「となればお前の肌は温かいんだから、その理屈で言えば俺よりひまりの方が冷めてるんじゃないか?」

「ええ!? 酷い、そんなことないよ! 渚より冷たいなんて、絶対にありえないもん!」  

 

 そう言って早口で断言される。ついでに罵倒もされている気がした。

 

「……なんか、お前の方が酷いな、普通に」

「あ、ご、ごめん」

 

 ひまりの中の俺は、随分と心が冷え切っていて、どうも痛々しく寂しいやつのようだ。

 そんな風に考えて、ひまりの中にいる哀れな俺につい同情してしまう。

 可哀想に。

 

「──あー。ひーちゃんとなぎくんがイチャイチャしてるー」

「うぇっ!? い、いちゃいちゃ!?」

 

 そんなあからさまな棒読み声が聞こえて驚くひまりを横目に、俺は声の主を確認する……までもなく、誰なのかはわかっているのだけど。

 

「ああ、おかえり。モカ……つぐみ」

「ただいま〜」

「た、ただいま」

 

 案の定、声の主は購買から帰ってきたモカだった。あと一緒に行ったつぐみも隣にいた。

 

「ちょっとモカ!? イチャイチャなんてしてないんだけど!」

「あれ、巴は? 置いてきた?」

 

 なんだかうるさいのは、取り敢えず置いておいて。

 2人とも俺が思ってたより、帰ってくるのが早かった。今日は購買が空いていたんだろうな。多分。

 だけども、一緒に行ったもう1人がいなかった。可哀想にも、2人に置いていかれたのだろうか。

 そう思って、冗談まじりにつぐみに聞いてみる。

 

「置いてきたって……。巴ちゃんなら、蘭ちゃんと一緒にいるよ」

「ふーん。まあ、だろうな」

 

 知ってたけど。

 

「それよりもひーちゃん。こんな昼間からなぎくんとイチャイチャしちゃって、どうしたのー?」

「いやだから、イチャイチャなんてしてないから!」

 

 ひまりがモカにからかわれて、必死に否定する。

 というか、そう思われたくないのならまずは俺の手を離すべきだろ。

 わーわー言いながらも、ひまりは俺の手を離さない。そりゃ誤解されるだろうに。

 

「ひまりちゃんと渚くん、やっぱり仲良いね」

 

 つぐみがそんな2人を見て、困ったように笑いながら言う。

 

「違うからね、つぐみ! そんなんじゃないから、ホントに! 私はただ、凪沙の手が冷たいから氷の代わりにしてただけで……!」

「う、うん、わかってる……よ?」

 

 まあ、俺は大して気にしないけどさ。だって別に、悪い気分ではないし。

 

「なんで疑問系!? ちょっと、凪沙もなんか言ってよ!」

「……そんなに言うならまずは俺の手を離せよ、ひまり」

 

 とはいっても、流石にうるさいのでここらで口を挟む。

 

「えっ、あ、そっか」

 

 俺に言われて、ひまりは思い出したようにぱっと、握った手を離す。

 

「ほら、なんでもないだろ」

 

 そう言って空いた手をつぐみとモカに見せる。それを見て、つぐみは僅かに満足したような顔をしたのだが、何故かモカはつまらなそうな顔をして、空になった俺の手を掴む。

 

「今度はなんだよ……!」

「いやー、ひーちゃんの言う通り、確かに冷たいなーって」

 

 そう言うモカの手も、かなり冷たかった。

 

「言っとくけど、氷代わりにはさせんぞ」

「えー。ケチ」

「誰がケチだ」

 

 モカの手の感触とそこから伝わる冷たさがなんだかむず痒くって、その手を払いのける。

 

「ひまり、モカの手もそこそこ冷たかったぞ。変な誤解をされたくなかったら、俺じゃなくてこいつの手を使え」

「うーん」

 

 俺の提案を聞いたひまりは、かなり微妙そうな顔をした。

 普通、男の手を握るよりかは、女の手を握っていた方がいいと思うんだけども、違うのだろうか。……いや、それは俺が男だからか。知らんけど。

 

「不服なのか?」

「そういうわけじゃないんだけど、モカだとちょっと……」

「なるほど、満足出来ないのか」

「変な言い方しないでくれる?」

「そうなの、ひーちゃん……? モカちゃんじゃ、もう満足出来なっちゃったの……?」

「ちょっと、モカ!? モカまで変なこといわないでよ!」

 

 わざとらしいモカの態度に、ひまりもまたわざとらしく反応をする。

 この2人は頻繁にこんなやりとりをするけれど、飽きたりしないのだろうか。まあ、見てる側は面白いからいいけど。

 

「そうじゃなくて! モカの手も冷たいのは知ってるけど、なんだか意地悪されそうだもん」

「そりゃーもちろん。ちゃんと対価はもらわないとねー」

「そうだな。俺もなんか得がほしかった」

「そこはあれだよ。私のほっぺに触れるという……」

「自惚れるなバカ」

「ひどっ!」

 

 モカは弄る子。ひまりは弄られる子。誰が見てもすぐにわかるほどにハッキリとした2人の関係性。見てるだけで面白い2人。

 

「でもたしかに、いっぱい食べてるからかひーちゃんのほっぺたはもちもちで気持ちいいよねー」

「モカ? それって遠回しに太ってるって言ってる?」

 

 そう言ってまた流れるようにいつものようなやりとりが始まる。本当、飽きずによくやる。

 俺はそんな2人と絡む気もないので、さっきから微妙な笑顔で見守っているつぐみに視線を向ける。

 こういう時、よっぽど酷いやりとりじゃない限り、つぐみが間に入ることはあまりない。俺と同じで、眺めているのが楽しいと思っているのだろうか。

 そんな風に考えながらつぐみを見ていると、その視線に気づいたのか、ふと目が合った。

 

「っ!」

 

 ……すぐにそらされたけど。

 

「……ただでさえ暑いってのに、こんな騒いでたら余計に暑くなるよな」

 

 そらされたけども、近づいて話しかけてみる。

 つぐみとの距離感は未だに掴めていないから、1対1で話すのは出来れば避けたいが、流石に今ので話をしないのは無しだろう。モカたちはまだ戯れているし。

 

「うん。でも楽しそうだよ」

「それはそうだけど。けど暑いから俺の手がどうこうって話してんのに、意味ないなってさ」

「……私触ったことないからわからないんだけど、渚くんの手ってそんなに冷たいの?」

「いや、自分では普通なんだけどな。でもみんな冷たいって言うよ」

「へぇー……」

 

 言ってつぐみは俺の手を興味深そうに見る。これは……触ってみたいって意味だろうか。

 

「……確かめてみるか?」

「えっ!?」

 

 そうだと思って聞いたのに、つぐみからの反応はまるで予想外といった感じだった。やっぱり、男の手なんて触りたくないのだろうか。

 

「その、今は手汗がアレだから……!」

 

 つぐみはスカートで手を拭いながら言う。

 

「ああ、そういう」

 

 どうやら違うらしい。手汗なんて俺は気にしないのだが。

 しかし、普通はそういうもんなのだろう。ていうか、俺は手汗なんてかかないから気にならないだけかもしれない。嫌味みたいになるから、言葉にはしないけど。

 

「だったら、ひまりみたいに頬に触ってやろうか?」

「えっ!?」

 

 笑いながら冗談のつもりで聞いてみたら、さっきと同じような反応がきた。今度のそれはどっちの意味合いだろう。

 

「まあ、冗談──」

「え、えっと……それじゃ、お願いします……?」

「は……お、おう……?」

 

 冗談なのに、何故か求められてしまった。疑問系で。それも頬を赤らめながら。

 ああ、なんともやりづらい。けれども、ここで冗談だなんて言えばつぐみに恥をかかせるだけだ。やらないわけにはいかない。

 

「あー……それじゃあ、ほら」

 

 動揺しながらも、ゆっくりとつぐみの頬に触れる。

 構えているとはいえ、いきなり冷たいものが頬に触れたからか、つぐみは僅かにびくっとする。

 

「……えっと、どうだ?」

「ど、どうって、なにが……?」

「いやだから、手の冷たさ。伝わってるかって」

 

 一応聞いてみる。しかし変に意識しているのか、つぐみの顔はどんどん赤くなっていく。

 

「その……熱い、かな」

「あ、熱い……?」

 

 多分、それは今の自分の体温ではないのだろうか。

 さっき触れてたひまりの頬に比べて、つぐみの頬はめちゃくちゃ熱い。それもこっちが心配になるくらいに。

 しかしそんな反応をされると、なんだか非常に気まずい。その証拠に、2人して黙ってしまう。変な空気だ。

 かと言って、この空気を変えるような言葉など出てこない。

 

「──なぎくん、今度はつぐとイチャイチャしてるー」

 

 そう思っていたら、ある意味での助け船が来た。それも、ちょっとうっとうしいタイプの。

 

「うぇっ!? い、いちゃいちゃ!?」

「あれ、デジャヴ……」

 

 さっきのひまりと同じような反応をしたつぐみは、慌てて俺と距離を取る。そんなに焦らなくてもいいのに。

 

「い、いいいちゃいちゃだなんて、私と、渚くんがいちゃいちゃだなんて、そそそそんなの!」

「ちょ、ちょっとつぐみ? 動揺しすぎだって」

「あははは」

「動揺させた元凶が笑ってんじゃねぇ」

 

 そうしてより一層騒がしくなる。暑い暑いと言い項垂れていたひまりもすっかり元の調子に戻ったようだ。

 そろそろ、巴も蘭を連れて戻ってくるだろう。そうしたら、いつも通りまたみんなで楽しそうに笑うのだろう。

 

「なぎくん? どーかしたの?」

「ん? いや……」

 

 ぼーっとしてた俺の顔をモカが覗き込む。俺が急に黙ったから、心配になったのだろうか。

 いや、こいつに限ってそれはないだろうが。その程度のことで俺の心配なんてする柄じゃないから。

 俺はなんでもないとだけ言ってみんなの輪に戻る。

 

「……寒いな」

 

 それでも変わらず俺だけは、寒いままだった。

 

 

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