ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】 作:DX鶏がらスープ
このレースは1992年の有馬記念をもとにしていますが、出場ウマ娘やレース展開を改変しています。
ですから、メジロパーマーやダイタクヘリオス、その他このレースに出場するウマ娘、並びに馬が好きな方には、先に謝罪しておきます。
また、作者にはあまり競馬知識がありません。ですから詳しいレースの状況には多分に妄想や独自解釈などが入りますので、ご注意ください。
~メジロパーマーside~
「…っ!」
思えば、このレースは最初から何かおかしかった。
何の前触れもなく後方から迫ってきたウマ娘達の一群達との距離を必死に引き剥がすべく、普段以上に足を回す。
思っていたよりもハイペースなレース展開、それは確かに予想外ではあったけど、それでも自分なら走りきれる、逃げきれる、そう思っていた。なのに…
(これは一体何?何が起きてるの!?)
後ろから爆音が聞こえる。それは間違いなくウマ娘達の足音であり、自分とそれらとの距離は、すでにレース開始から今まで必死に稼いできた安全距離を確実に割っている。それはとりもなおさず今までの大逃げが無駄になってしまったということで…
(なんでこんなタイミングで!!)
故に足を回す。本来ならスパートをかける時に使うべきスタミナを使い、必死に逃げる。
何故なら自分の逃げという戦術は、最初から最後まで先頭を走ることによってのみ成り立つ戦術。一番早く走れば一番であるという正論を愚直なまでに遂行する戦術であり、故にもしも馬群に飲まれてしまうと、その真価を発揮することが非常に困難になる。
最初から最後まで一番前を走るということは、最初から最後まで他のウマ娘達の先頭に立ち続けるということであり、それだけにスタミナ消費は後ろから機会を伺う他のウマ娘達よりも明らかに多い。そして何より余力がないため、もし抜かされた場合抜き返すのが非常に困難になる。
故に逃げる。いや、逃げるしかない。後ろから近づいてくる集団に飲まれないよう、死に物狂いで逃げる。だが逃げながらも私の頭の中にはひたすら疑問が浮かぶ。すなわち
(まだ、まだ皆が突っ込んでくるには余裕があったはずなのに!!)
そう、確かに今私は後ろから来る集団から逃げている。だが、レースである以上どこかのタイミングで後ろの子達が自分を抜かしに来るのは当然のこと。だからこそ、後ろとの差を限界まで開ける大逃げという戦法を取ってはいても、その走りは決して無計画なものではない。むしろ、最後でバテて刺されないように、いわんやバテても、稼いだ距離で強引に押し勝てるように、そのスタミナ管理は非常に綿密に行っている。そして他の子もそれは同じ。どこでスタミナを使えば良いのか、なんてことを考えるのはレースにおいて当然のことであり、それ故に多少の違いはあれど、どこで全体が加速するかということは、ある程度決まっている。だからこそ…
(おかしい!こんなタイミングで皆が上がってくるなんて絶対おかしい!)
私は内心叫ぶ。心の内で絶叫しながらコースをがむしゃらに駆け抜ける。
そう、おかしいのだ。スタミナ管理を考えるなら、このタイミングで全体が上がってくるなど明らかにおかしい。なるほど、確かにこれがレースの終盤なら別におかしくはない。だが、これではロングスパートをかけるにも早すぎる!こんな走りをしたなら、間違いなく途中でスタミナが切れる!こんなの自殺行為だ!
「…っ」
歯を食い縛る。必死の逃げによりなんとか後方集団から抜かされずにすんだものの、スタミナを大幅に減らされる。それでも、まだゴールは遠い
「…一体、何が…」
疲労と混乱から思わず口から疑問がこぼれた瞬間…
ヒュンッ、ヒュンッ
「…え?」
そんな私の横を、二筋の流星が駆け抜けていった。
・・・・・・
(…やられた!)
全体が急に加速し始めた瞬間に、アタシは何が起こったのかを察する。だが、先頭で大逃げしている2人のすぐ後の集団にいたアタシは、気付いていても抗うことは出来ず、そのまま後からの勢いに押されてしまう。
(…やってくれたね、テイオー…)
その場の勢いに流され、スピードを上げざるを得ない状況下で、チラリと後ろを見たアタシの目に写ったのは、獰猛な光を目に宿し、後ろから上がってきたテイオーだ。
…恐らく起こったこと自体は単純だ。
誰かが後ろからプレッシャーをかけて後方集団を加速させる。そして加速した後方集団の勢いを自身のプレッシャーに上乗せすることで、先行集団も焦らせて加速させることにより、先頭の逃げ集団も焦らせる。
そして、加速させられた全員が、予想外の加速により疲弊し、スタミナを奪われる。こんなところだろう。
まぁ、勿論言うは易しという奴で、こんなことを行える人物はそうはいない。だからこそ、普通ならもっと混乱するのだろうが…
(恐らく今のテイオーなら…)
可能だろう。というか、テイオーしかいない。
そう思った時、こちらの視線に気付いたのか、テイオーはその剣呑な雰囲気を保ったままに、にっ、と口の端を上げる。
そう、こんなキツツキが木を叩いて中の虫を出させるようなこと、普通ならそうそうできない。何故なら、ここは有馬記念、G1だ。
百戦錬磨の猛者達が集うこの場において、他者からのプレッシャーなど日常茶飯事のもののはずであるし、仮にそれにあてられても、集まっているのは一流のウマ娘達であり、普通はここまで理性を失うことなどないだろう。
だが、何ものにも例外はある。
例えば、学校でテストをしている時にチャイムが鳴ったとしたらどうだろう?いきなりそれが鳴ったなら誰もが驚くだろうが、あらかじめ鳴ることを知っていれば、精々邪魔な音程度にしか感じないはずだ。また、もし日常的にそんな環境でテストをしていたなら、それについて意識すらしなくなるだろう。
だが、テストをしている教室に、ドアを蹴破っていきなり完全武装の男達が現れたら?あまつ、「動くな」とその銃口を頭に向けられたら?…そんな状況でテストを続行できるだろうか?
つまり…
「…っ」
瞬間に叩き付けられたプレッシャーにあてられなかったのは、恐らくアタシがこの場にいる誰よりもこいつを倒そうという意志が強かったから。負けてたまるかと根性を燃やしたから。それでも、萎縮しそうになる心を、アタシは必死に叩き直す。
そう、この有マ記念という場所において、テイオーの放つプレッシャーは並みのものではなかった。一流のウマ娘の中にはオーラじみたプレッシャーを放つ者もいるというが、その中でも今日この場のテイオーは、明らかに格が違う。
近くにいるだけで、まるで死神の鎌を首にかけられているような、そんな度外れた恐怖と怖気を感じるような、得体の知れないプレッシャーを放っている。
故に、その尋常ではないプレッシャーにあてられたレースは誰もが意識しない内に高速化し、そしてそれまで無造作に放たれるだけだったそれを、指向性を持って自分の前にいるウマ娘達に放ったテイオーは...
(…他の子のスタミナを削りつつ、ここまで上ってきたって訳ね!)
だからこそ、アタシはここで覚悟を決める。テイオーから目線を切り、前を向く。
確かにアタシも皆に巻き込まれてスピードを上げざるを得ず、スタミナを削られている。ただ、アタシは理性だけは保てていたために、他の皆に比べて少しだけスタミナを残すことが出来ている。だからこそ、
(…仕掛けるなら)
今しかない、そう思い改めて周囲を見渡す。
レースは既に大詰めだが、全体的に、スタミナを削られてスピードが落ちている。
先頭は相変わらずパーマー先輩みたいだけど、先程の強襲によりスタミナが尽きたのか、ヘリオス先輩はすでに垂れており、パーマー先輩にしても気合いで先頭を保っているような感じに思える。先頭との距離にしても、先程までのような圧倒的な大差ではなく、十分に先頭を差しに行ける常識的な距離であり…
(あぁ…)
そこでアタシはテイオーの意図を知る。どうして先行もできるテイオーが今日はわざわざ後ろの方に着いたのか。正統派なレースを好むテイオーが、どうしてこんな邪道に近いレースを行ったのか。
そう、似ている。この状況はあの時にとてもよく似ている。ペースの遅くなったレースに、逃げが垂れて極端に突出したウマ娘がいないこの状況。それはまさしくあの雨の日の…アタシがテイオーと始めてあった時のレースにとてもよく似ていて…
(…っ!!)
気付いた瞬間に理性は全て残らず消し飛んだ。そして、胸の内から沸いてくるのは、これまで感じたことのないほどの歓喜と闘争本能。故に…
「…こんどこそ」
大地を踏み砕く
「…こんどこそ!」
肺を最大まで膨らませ、膨大な量の酸素を血液に取り込む。心臓が力強い鼓動で血液を身体中に送り出し、力を受け取った身体中の筋肉が音を立てて躍動する。
そして、あまりにも強く踏みしめ過ぎ、足の形に陥没した大地が、その反作用でアタシの体を前に押し出す瞬間…
「勝負だ!トウカイテイオォォォっっっ!!」
アタシは腹の底からの咆哮と共に、星になった。
たかだかプレッシャー程度で一流のウマ娘達がここまで動揺するはずがないとお思いの皆様は、首筋に日本刀を突き付けられた状態で、一日生活しろと言われたというシュチエーションを想像してみてください。
いくら何もされないとわかっていても、絶対にどこかの地点で発狂すると思います。
…自分でも中々に無理があるとは思わないでもないのですが、本作のトウカイテイオーは帝王というより魔王なので、このくらいのことは出来そうだなと思い、こういう展開になりました。どうかご容赦いただけると幸いです。