ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】   作:DX鶏がらスープ

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少女は走り出す。

その瞳にもう迷いはない。



もう一度

 

 

走る 走る 走る

 

静まり返った夜の町。凍えるような空気を切って、マヤは道路を走る

 

(…速く)

 

幸いにも道路を走る車は少ない。忘れていたけど、今日はクリスマス。年に一度の救世主の誕生日を、皆で祝っているところなのかな。

それで外を出歩く車が少ないんだとしたら、この世界は随分と平和なんだな、っていう取り留めもない思考が、瞬く間に後ろに流れていく。

 

(…もっと速く)

 

吐く息が白い…

暗く静まり返った闇の中、それだけがマヤの回りに色づく唯一の色彩。

しかし、どのみち後ろに流れて見れないのなら、そこにないのと同じって言っても良いかもしれない。

 

(…マヤは!!)

 

そのとき信号が赤になった。いくらウマ娘専用レーンを使っているとはいえ、それは道路交通法を無視できる訳ではない。慌てて交差点の線ギリギリで止まると、横合いから車やウマ娘が駆けていく。

 

(う~…早く青になれ早く青になれ早く青になれ…)

 

足踏みしながら信号が変わるのを待つ。しかし、信号は一向に変わらない。ノロノロと横合いから車が出てくるだけだ。

 

(早く青になれ早く青になれ早く青になれ…)

 

必死で念じるけど、やっぱり青にならない。それどころか、走るのを一時的にでも止めたことで、体が寒くなってきた。

 

(早く青になれ早く青になれ早く青に…)

 

体が震える。確かにウマ娘は普通の人間よりも丈夫だから、これで風邪をひくことはないだろうけど、それでも寒いものは寒い。だから、必死に祈っていると…

 

(…!青!!)

 

文字通り光の速さで目に写った信号機の色を認識した瞬間、足を大きく踏み込み…

 

ダンッ!!

 

「うわっ!姉ちゃんあぶねぇぞぉっ!!」

 

「あっ!ごめんなさーい!!」

 

一陣の風になる。途中で横断歩道の前でぼーっとしていたおじさんを驚かせて怒られちゃったけど…

謝りながらも足を止めない。走り続ける。

 

駆けて、駆けて、駆け抜ける。

 

そうして走っている内に思い浮かぶのは、やっぱり以前ネイチャちゃんが話していたことで…

 

(…)

 

ふと周りを見ると、雪が降り始めている。ホワイトクリスマス…そんなことを考えている内にも、その勢いはどんどん増していく。

 

だからかな、軽く思い出した程度だったあの日の情景が、吹き荒れる白いスクリーンに具体的な像を伴って浮かんでくる。それは、あの日の最後の会話。ネイチャちゃんとお出かけに行った時の記憶の最後の断片で…

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

…あたしの走る理由はね、振り返った時に自分で自分を認めることができるようになるため。つまるところ、自分で自分に納得するため、そういうことだね」

 

そう言いきったネイチャちゃんを前にして、マヤは何も言えない。って言うのも…

 

「あはは、正直に言って良いよ?意外だって」

 

「えっと…」

 

「まぁ、そりゃそうだよね。今の話の流れなら、トレーナーさんや応援してくれる人達のためっていう答えになるのが当然だよね?」

 

反論しようとするが、図星なだけにぐうの音も出ない。

そうなのだ。正直ネイチャちゃんの口からこういう系統の理由が出てくるのは本当に意外だった。

何故なら、ネイチャちゃんはすごく面倒見が良くて愛嬌がある子だ。だからこそ、皆に好かれるし、現にレースの時にもトレセンの下町のおじちゃんやおばちゃんとかみたいな近所の方々が沢山来る。そして、そんな人達への感謝を忘れずに走る姿を見てきたからこそ、てっきりそんな人達の期待に応えることこそが、彼女の走る理由だと、マヤは思っていたのだ。

 

だからこそ

 

「…違うの?」

 

そう聞かざるを得ない。

確かに本来人が何を心のなかで思おうと自由だし、それはウマ娘の走る理由にしてもそう。そういうものは、本来外野が口を出すようなことではない。

しかし、ことネイチャちゃんに至ってはそうも思えない。彼女には、自分で言ったように彼女のことを心から信じ、見守ってくれるトレーナーさんがいる。そして、そんな彼女のことを精一杯応援してくれる人達が沢山いる。

無論状況だけなら、これは別のウマ娘達にも当てはまることではあるんだけど、特にネイチャちゃんの場合は、そういった人達との距離が非常に近い。なんなら、普段から彼女と関わりがあるトレセン学園の下町の人々など、彼女のことを娘や孫みたいな感覚で応援しているんだと思う。

それを考えれば、彼女の走る理由というのは少し自分本意な気がする。もちろん、理由自体は問題ない。そういう理由があっても良いと思う。だけど…

 

「…トレーナーさんや、商店街の人達のこと…」

 

どう思ってるの?…なんて言葉は最後まで続けられなかったけど、つまりはそういうこと。

あんなにも沢山の人に応援してもらってるのに、その人達に対する気持ちはないの?

ううん、感謝してるのは知ってる。でも、それにしてもそんなあの人達に対して、その理由は淡白すぎはしないだろうか?そう思わざるを得ない。だから…

 

「…これ以上なく大切に思ってるからこそ、だよ。マヤノ」

 

そんなマヤの問いの言葉を引き取るような形で、ネイチャちゃんは静かに語り始める。

 

「アタシがトレセン学園に入った理由ってね。キラキラしたかったからなんだ。レース場やテレビで見るウマ娘達、そこで走ってる子達は皆、昔のアタシにはキラキラ輝いて見えて…だからアタシもそうなりたかった。物語の主人公達みたいに、とびっきりキラキラしたウマ娘になりたい、そういう夢を抱いてアタシはここに来たんだ」

 

そう語るネイチャちゃんだが、不意に視線を落とす。

 

「でも現実は残酷だった。地元ではそれなりに名前が知られていたアタシだったけど、ここではそんなものは一切通用しない。どれだけ頑張っても1番になれない…

当然だよね。ここは中央トレセン学園、日本一のウマ娘の名門なんだ。地元でブイブイ言わせていた程度のアタシなんかじゃ、そう簡単には上に上がれない」

 

そう、別に珍しい話ではない。何故なら地方と中央では集団のレベルが違う。かたやピンからキリまで玉石混合なのに対して、中央はそんな全国に散らばる玉の中から、更に選りすぐられた上澄みの中の上澄みの集団。故に、中央の競争率は非常に高く、それで心を折られるウマ娘達は毎年何人もいる。

 

「だからアタシは折れそうになった。そして、ギリギリのところでそんなアタシをトレーナーさんが救ってくれた。これはさっき話した通りだね」

 

そう言うと、ネイチャちゃんは目の前のチーズケーキにフォークを突き刺し、口に運ぶ。

彼女がチーズケーキを咀嚼している少しの間、マヤ達の間に沈黙が満ちる。

そして、ケーキを飲み込んだネイチャちゃんは、また話し出した。

 

「だからこそ、アタシは思ったんだ。強くならないといけないって。

自分で自分を誇れるように、正確にはアタシを応援してくれる皆が、アタシのことを胸を張ってすごい子なんだって言うに足る、そんなキラキラしたウマ娘にならなきゃいけないって」

 

「...」

 

「知ってると思うけど、アタシは沢山の人に応援してもらってる。それこそ親兄弟、トレーナーさんはもちろん、アタシの実家のバーの常連さん達や、トレセン学園の下町の商店街の人々、遠征に行った時に仲良くなった地方の人々。その他にも沢山の人達がアタシのことを応援してくれている」

 

指先でフォークをつつきながら、彼女は続ける。

 

「だからこそ、アタシはそんな彼らが胸を張って、この子は凄い、自分達が応援するだけのすごい価値があるんだ、って思わせられるようなウマ娘になりたいって思うんだ。そう…」

 

そこでネイチャちゃんは、マヤの目を真っ直ぐに見て言う

 

「皆が応援してくれるから頑張れるんじゃない。そんな皆に感謝してるから、心の底からのそれを皆に届けたいから、アタシは頑張る。

間違えないで欲しいんだけど、他ならぬアタシ自身が皆の誇りになりたいと思うからこそ、アタシはそんな自分になるために、皆が自慢できる最高にキラキラしたウマ娘になれたって、自分で認めることができるようになるために走るんだ」

 

「…ネイチャちゃん」

 

がしかし、ネイチャちゃんはマヤのことをじとっとした目で見つめる。

 

「大体、アタシ最初にも言ったよね?アタシはみんなの期待に応えるために走るんだって。厳密にはそれは違うけど、概略としてはアタシの走る理由はそういうことなんだよ?それをトレーナーさんや他のみんなのことどう思ってるかとか…

アタシがそんな恩知らずな人間に見えるのかな?マヤノには?」

 

「うぅ、それは…」

 

そう言われると弱い。マヤは慌ててネイチャちゃんから目をそらすが、流石に気まずくてもう一度合わせる気にはなれない。

…と

 

「はぁ~…ほらマヤノ、こっち向いて」

 

ネイチャちゃんの声におずおずと顔をあげると

 

「そんな悪いマヤノにはこうだ!」

 

「んむっ!?」

 

いきなり口に何かを突っ込まれる。

慌ててネイチャちゃんを見ると、ニヤニヤしながらフォークに何かを突き刺して、マヤの口に突っ込んでいる。そしてテーブルを見ると、マヤの頼んだイチゴのタルトがなくなっている。

 

「うりうり~。早く自分で食べないと、もっと奥まで突っ込んじゃうよ~」

 

「んっ!んむむっ!!」

 

慌ててマヤが身をひくと、案外あっさりネイチャちゃんもフォークを引いてくれたので、しばらくは口の中のタルトの咀嚼に集中する。

…美味しい。イチゴの甘さと中のカスタードクリームの甘さが絶妙に噛み合っている。そして、その下にあるクッキー生地のサクサク感が堪らない。

そうして口の中のタルトを良く噛んでから飲み込むと、マヤはネイチャちゃんに文句を言う。

 

「な、なにするの!?ネイチャちゃん!!」

 

「あはは、いや~慌てるマヤノが可愛くてつい、ね。ゴメンゴメン」

 

そう言いながら、ネイチャちゃんは自分のコーヒーに口をつけて笑う。

 

「でも、落ち着いたでしょ?」

 

「…」

 

そしてネイチャちゃんは、コーヒーカップをテーブルに置くと、マヤにもう一度真摯な顔で向き直る。

 

「それで話の続きなんだけど、こういう感じで、アタシはアタシのなりたいものになるために走る。これがアタシの走る理由」

 

「…」

 

「でもね、アタシも最初からこんな理由で走ってた訳じゃない。一番最初はさっきも言った通りキラキラしたいって理由だったし、素直に自分を応援してくれる人達の期待に応えたいっていう理由だったこともある。まぁ、これに関しては今でも同じことは思ってるけど、それでも今のアタシにとって、みんなの期待は応えるものじゃない。越えるものだよ。

 

つまり何が言いたいかって言うとね」

 

そこでネイチャちゃんは一度言葉を切ると、言った。

 

「マヤノ。変わっても良いんだよ、走る理由なんて。いやむしろ、変わるものなんだよ」

 

「…!」

 

「アタシは幸いにもまだトレーナーさんが一緒にいてくれる。あの人を亡くす経験なんてしていない。だから、マヤノの悲しみや苦しみを真にわかってあげられるなんて、絶対に言えないし、言っちゃいけない。

 

それでも、あまりこんな言い方はしたくないけど、アタシには、天才のあんたが足掻いたレースの泥沼よりも、遥かに深く暗いレースの泥沼で足掻いてきたという自負がある。その上で言わせてもらうなら…」

 

そう言ってネイチャちゃんは静かにマヤを見る

 

「マヤノ、アタシ達は進むしかないんだ。

どんなに傷つき、どんなに泣いても、それでも現実は待ってくれない。そして、それは別にウマ娘だけに限った話じゃない。

アタシ達はね、生きてる限りは生きなきゃいけないの。だから…」

 

そこでふっとネイチャちゃんは微笑む

 

「だから、マヤノ。

良いんだよ、変わっても。

 

確かにアタシ達は、生きている限りは変わり続けるし、変わり続けなきゃいけない。

それは仕方がないことで、誰も止められないこと。

 

だけど、だからといってそれは本質が変わる訳じゃない。1週間後も1年後も、そして100年後も、生きている限りはアタシはアタシだし、マヤノもマヤノだよ。だからね」

 

そう言うと

 

「確かにあんたのトレーナーさんはもういない。だから、これまでのあんたの走る理由はなくなってしまったのかもしれない。

 

でもあんたが走っている限り、トレーナーさんがあんたに教えてくれたことは、あんたの走りの中にある。なら、もしあんたの走る理由が変わったとしても、あんたのトレーナーさんはそこにいる。マヤノの中にずっといるんだよ」

 

「…マヤの…中に」

 

「そして、今まで走ってきた理由を変えることは、過去を捨てることなんかじゃない。今を掴み、未来に行くためのものなんだよ。ならさ…」

 

ネイチャちゃんはニッと笑った。

 

「マヤノが走り続ける限り、あんたのトレーナーさんは今、そして未来でも、ずっとマヤノの側にいる。そう思わない?」

 

 

・・・・・・

 

走り続けてどのくらいたっただろうか?やっと見えてきた寮の扉に思いっきり突撃する。

 

「たっだいまーーー!!」

 

ドアを蹴りとばす勢いで開けると共に、一応帰宅したことを告げるために大声を出す。

近くにいたウマ娘達がビクッとするけど、関係ない!

 

「…!

あ、あぁ君かマヤノ。おかえり。

時間も遅いんだから、あまり大きな声は…」

 

「あっ、フジ先輩!ただいま!!

マヤちょっとやらなきゃいけないことがあるから、もう行くね!!」

 

「えっ?あ!ちょ、ちょっと!!」

 

奥からフジ先輩が出迎えてくれるけど、今は一瞬一秒が惜しい。最低限の挨拶だけ済ませて、マヤは一気に階段を駆け上がる。

 

(…あと…すこし!)

 

目的の階に着いたマヤは早速お目当ての部屋の前に立ち、ドアをノックする。だが、返事はない。鍵もかかったままだ。もしかしたら誰もいないの?そう思ったときだった

 

「…!」

 

わずかに、だけど確実に部屋の中から気配がした。しかも恐らくは今部屋の中にいるのはその人物だけ。それなら迷うことはない。

 

ふいに脳裏を赤い勝負服を纏った葦毛の長身のウマ娘がよぎる

 

(逆に考えるんじゃ…鍵が閉まっているなら、開けてしまえば良い、との。ホッホッホッ!)

 

だから迷わずマヤは一旦ドアの前から離れる。そしてギリギリまで距離を開けた上で、猛ダッシュ。そこから跳躍しながら助走で貯めた加速力を最大に利用し…

 

(いっくよ~!これがゴールドシップちゃん直伝!!)

 

両足を伸ばして強烈なドロップキックをドアに叩きつける!すると、見事にドアは吹き飛び、無事に解錠が完了する。

 

(見事じゃ…お前さんに教えることはもう何もない…達者での…)

 

なんてサムズアップしながら消える、どこぞのゴルゴル星人の幻影を無視して、部屋の中に入ると…

 

「…久しぶりだね。ブライアンさん」

 

「マ、マヤノトップガン。お前…」

 

以前とは逆に、マヤの到来に驚くブライアンさんがいる。だから…

 

「…そんなブライアンさんに朗報だよ」

 

あの時と同じように、でも今度はマヤが

 

「ナリタブライアンさん、あなたに勝負を挑みに来たよ!」

 

ブライアンさん、最強のウマ娘の一人に挑戦状を叩きつけるのだった。

 

 

 




この話書いてから思ったんですが、中山競馬場から暫定トレセン学園までって電車で一時間半位かかりますよね?これを走って帰ったって、マヤちゃん相当頑張ってますよね…


まぁ、アニメ1期でスピカの方々がもっと走ってたと思うので、それに比べればまだマシな方ですし、現実的ですよね?


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