ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】   作:DX鶏がらスープ

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これは、とある少女の青春の一ページ

全ての因果が終結する原点のお話



始まりの記憶

今でも思い出すのは、始まりの記憶。

 

それは、マヤとトレーナーちゃんとの出会いの少し後の話。本当の意味で、マヤとトレーナーちゃんの歩みが始まった日の記憶…

 

 

・・・・・・

 

「よっ。邪魔してるぜ」

 

屋上の貯水槽の上に登ると、いい加減見慣れてきた男の人が、こちらに振り向いて笑顔を浮かべる。

くたびれた黒いスーツに黒い中折れ帽子、そして黒いサングラスのその男の人は、ホントに楽しそうにしてたから、

 

「あ~!またいる!!

ねぇ、キミトレーナーなんでしょ!お仕事は良いの?」

 

そう質問してみたら、

 

「ふふっ、クールな男は仕事も一流、華麗に終わらせるものなのだよ!

…もっとも今はスカウトに失敗しまくってて、事務や雑務以外の仕事は全くないんだけどね!はははっ!!」

 

なんて格好をつけようとして盛大に空回った台詞(しかも弱冠涙目)を返されたものだから、マヤも呆れてそれ以上は何も言えずに、その人の隣に腰を下ろす。

 

そして

 

「もぅ…ホントにダメダメな新人トレーナーちゃんだね?」

 

「はっ、お前も人のこと言えないだろ?

トレーニング全力ボイコットウマ娘さん?」

 

「むぅ~...」

 

「ふふん、大人をからかおうなんて、百年早いぜ?マヤノトップガン?」

 

そんな会話をしながら、二人で夕日に染まる眼下のグラウンドを眺める。赤く染まった地平線の向こうに太陽が沈もうとしていた。

 

…そう、ここは元々マヤの特等席。トレーニングをサボったマヤは、いつも屋上から皆が走ってるのを眺めてたんだけど、ある日なんとなくこの貯水槽の上に登ってからは、ずっとここからグラウンドを見るようになっていた。

ここが一番この辺りでは高いところで景色が良いし、屋上と違って座って下を眺めることができる。何より、ここにいればもし下から先生がマヤを探しに来ても、身を隠すことができる。

…意外と人間は、上下軸には目が行かないものなのだ。だからマヤにとってここはお気に入りの場所だったんだけど…

 

「...」

 

「…ん?なんだ?」

 

何となく隣に座る男の人を見ていると、目線に気付いたのかこっちに話しかけてくる。

 

…それが何時からか、たまにこの人が出没するようになった。まぁ、最初はお互いにびっくりしたけど、マヤとしても初対面で数秒間の空の旅をプレゼントした手前、あまり強く追い出すこともできず、そして何回も合うものだからそのうちお互いに慣れちゃって、今こういう状態になってる。

 

だからこそ、今さらこの人に対して遠慮なんかない。そう言うわけで、マヤも遠慮なくさっきから気になっていたことを聞いてみた。

 

「…トレーナーなんでしょ?それでタバコって良いの?」

 

そう、こともあろうにこの人はタバコを口に咥えている。人間以上に鼻がきくウマ娘達が、その匂いを気にしないように禁煙になっているこの学園でだ。

火を付けていないのか、匂いこそしないけど、それでも禁制品を持っているのには違いない。

 

だからこそ、そこにちょっとした非難の目を向けたんだけど、そう聞くとこの人はニヤリと笑う。

 

「…なんだ?気になるのか?じゃあお前も試してみるか?」

 

「え?いやマヤは…きゃっ!」

 

そしてこっちに何かを投げてくる。慌てて掴むとそれはタバコの箱で…違う?これって…

 

「あのなぁ、俺だって一応トレーナーの端くれだぜ?タバコなんか本当に吸うわけがないだろ?そもそも俺タバコ吸わないし」

 

そう言いながら、この人は口に咥えたタバコを、いやココア〇ガレットを噛み砕く。

 

なら…

 

「どうしてかって?そりゃ格好良いからに決まってるだろ?

夕日が落ちる屋上で、一人タバコの煙を燻らせる…もちろん実際にはそんなことできないが、そんな渋い大人の気分にさせてくれる最高の菓子だ。いかしてるだろ?」

 

この人がそんな風にからからと笑うものだから、マヤはさらに呆れてしまう。

 

そう、この人はいつもこんな感じ。一応本人は真面目にやっているみたいなんだけど、やることなすこと全部空回り。

多分能力がないわけじゃないと思うんだけど、変に格好を付けたがるせいで、微妙に最後の詰めが甘くて失敗ばっかり。それでも、いつも明るく楽しそうにしてるから憎めない、そんな人。

 

だからこそ、今日もマヤはこの人と一緒に貯水槽の上から眼下のグラウンドを眺める。

トレーニングをサボってばかりのマヤだけど、この人だってスカウトに失敗してばかりのポンコツ新人トレーナー。

そう考えると、どこか親近感が湧くし、なによりこの絶妙に格好がついていない人といると退屈しない。少なくとも、一人でここからグラウンドを見てるよりはずっと楽しい。だから、普段ならこんな取り留めもないやり取りをしながら、日が沈んで皆が帰り出すまでおしゃべりをしてるんだけど…

 

ワアアアァァァァァァァッッッ!!

 

不意に下から歓声が聞こえてくる。それは校舎の屋上の、さらにその上にいるマヤ達にまで聞こえてくるほどのもので…

 

「おおっ!あの子かなり良い感じの走りをするな!」

 

興奮するこの人の視線を追うようにマヤも下を見ると、下にはたくさんの人達が集まって、何人かのウマ娘が走るのを応援している。

 

そう、いつもたくさんのウマ娘達が走ってるグラウンドだけど、今日は模擬レースの日だから、いつもよりもっと多くの人達が集まっている。

 

「…」

 

時刻は夕方。もうそろそろ今日予定されていた模擬レースのプログラムは全部終わるはず。

だからか、昼に比べるとグラウンドにいる人は少し少ない。

それでもたくさんの人が走るウマ娘達を応援している。そして、その声援を一身に浴びて、何人ものウマ娘達が、グラウンドを駆けていく。

その軌跡はまるで、空ではなく大地に走るコントレイルのよう。緩やかに、それでいて確実に地上に彼女達の走った後が、その道のりに刻まれていくから…

 

「…良いなぁ…」

 

そんな言葉が口のはしから溢れてしまったのだろう。

 

あぁ、そうだ。普段ならマヤはこんなことを言わない。いや、少なくともここで、この人の前でだけは、マヤはこんなこと絶対に言わない。何故ならそれがここでの暗黙のルール。

最初からマヤはもちろん、この新人トレーナーちゃんも、一度として自分の深い話を話題に出したことはない。

何故ならここは止まり木。かたやトレーニングから逃げたくて、かたやまったくスカウトが上手く行かない現実から逃げたくて、そんなまったく違う理由で、だけど今目の前にある辛いことから逃げ出した問題児達が、ほんの少しの間だけお互いに身を寄せ合う、そんな場所。だからこそ、必要以上にお互いに詮索をしない。お互いの理由に口を出さない。それがルールだったはずだったんだけど…

 

「…ねぇ、トレーナーちゃん」

 

その日、目の前で行われていた模擬レースが、あまりにも盛り上がっていたものだから…

 

「…トレーナーちゃんも、マヤはトレーニングすべきだって、思う?」

 

そこで走るウマ娘達が、あまりにもキラキラしていたものだから…

 

「…マヤも本当はね、トレーニングした方が良いのかなって思ってるんだ。でも…」

 

…つい、そんな迷いが溢れでる。それは、ここに来てからずっとマヤが悩んでいたことで…

 

「…どうしてもつまんないの。一回やったらどんなトレーニングも全部マヤはわかっちゃう・・・・・・。つまんなくなっちゃう。

だから、マヤはトレーニングが出来ない。やらなきゃいけないことは分かってるのに、どうしてもマヤにはできないの…」

 

そんな言葉が口をつく。そして…

 

「…ねぇ、これってマヤが普通と違うからいけないのかな?みんなみたいに、例えつまんないものであっても、トレーニングを出来ないマヤが悪いのかな?…マヤは…」

 

いつの間に模擬レースは終わっている。あれだけ集まっていた人達も今はほとんど残ってなくて、眼下のグラウンドからはもう人がいなくなり始めている。そんな中、いつの間にかこちらを向いていたこの人に、マヤは問いかけていた。

 

「…マヤは、キラキラな大人のウマ娘に…なれない、のかな?」

 

沈黙があたりを包む。誰も何も喋らない。目の前にいるこの人の表情は変わらないけど、サングラスで目が見えないから、その真意まではマヤにも読めない。貯水槽の壁に映るマヤ達の影の長さだけが、ゆっくりと伸びていく。だが…

 

「…あぁ、そうだな」

 

重い沈黙の中でこの人は口を開く。

しかしその表情は固い。

…それはそうだ。何故ならマヤは一歩踏み込んだ。二人の間にあった暗黙のルールを破ったのだ。であるのならば…

 

「…この際だからハッキリ言っておこう」

 

ゆっくり、ゆっくりとこの人は口を開く。

そうだ。ルールとは守るためにあるもの。そして、それを破ったものには罰が与えられるもの。だから…

 

「マヤノトップガン」

 

…だからこの結果も、考えてみれば当然のことで…

 

 

 

 

 

「君の夢は…叶わないだろう」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

「おおっと、ここでレースが動き始めました!本日の1番人気ナリタブライアン選手が徐々に加速していく!続いてそれを追うように、3番人気のマーベラスサンデー選手も上がっていきます!」

 

「有力な選手が二人も動いたことで、他のウマ娘達も動き出し始めていますね」

 

「一方本日の2番人気マヤノトップガン選手はいまだに馬郡の中で動きが見えません!果たしてここから逆転の目はあるのでしょうか!?」

 

レースは既に半ば。実況の解説を聞き、隣で見ているテイオーが狼狽えながらアタシに話しかけてくる。

 

「ネ、ネイチャ!これってちょっとヤバイんじゃないの!?」

 

「...」

 

「ネイチャ!」

 

「…テイオー」

 

そしてそれに答えないアタシに業を煮やし、思わず声が大きくなってしまうテイオーを、ルドルフ先輩が諫めてくれる。

 

「…まだレースは半ばだ。十分に逆転の目はある。そんなに焦るな」

 

「でも!でも!!」

 

それでも心配なのか、テイオーはルドルフ先輩に食って掛かる。

 

「でもカイチョー!マヤノは先行ウマ娘だよ!なのにあんな位置に閉じ込められて…不味いよ!あれじゃあ!」

 

「…」

 

そう、問題はそこなのだ。例えばマヤノが差しや追い込みを得意とするウマ娘なら、この展開でも今ほどテイオーは騒がなかっただろう。

それらの走り方の特徴は、後出しジャンケン。

つまり、抜群の末脚で最後の最後に、今までの遅れを精算する、そんな走り方だからだ。だからこそ、その走り方を得意とするウマ娘は、そのためのスタミナと脚を温存するために、比較的後方に陣取るという特徴があるからだ。

 

しかし、先行。これまでマヤノが使ってきた戦法は、これらとはまったく性質が異なる。差しや追い込みが後出しジャンケンとするならば、これはとても順当なジャンケン。

なるべく前の方に陣取っておき、最後に先頭集団から抜け出して一着になるという、とても分かりやすい戦法。

恐らく、最初から最後まで1番であれば良いという逃げよりも、一般人が想像しやすいタイプの戦法、所謂王道というものなのだ。

 

それゆえに使うウマ娘も多くいるのだが、問題なのはこの戦法の特徴だ。

最初から最後まで前の方に陣取り、最後に一番になる。それは、逃げほどに一番前に拘りすぎる必要もないが、同時にそれでも前提条件としてなるべく前の方にいなければならないということでもある。

 

何故なら、先行ウマ娘には差しや追い込みのウマ娘ほどの加速力がない。無論逃げよりはマシだが、それでも最後の最後に盤上をひっくり返せるほどの、圧倒的なロケットブースターがない。とは言え、逃げに対抗出きるほどに、高いスピードを長い間維持できるわけでもない。

 

だからこそ、先行ウマ娘は前にいなければならない。逃げほどの尖ったスピード継続力も、差しや追い込みほどの圧倒的な加速力もない。だが、その代わりに全ての能力にムラがない。

 

故に勝てる。垂れた逃げを、差しや追い込みほどではないが、それでも貯めた脚で刺す。追いすがる差しや追い込みから、逃げほどではないが確かに保ったリードで逃げきる。それこそが、先行という戦法の極意である。

 

だからこそ…

 

「このままじゃ、マヤノの能力を発揮しきれない!マヤノの本質を発揮しきれないよ!」

 

テイオーの言うことは正しい。

実際に馬群の中に沈んだウマ娘が、それも逃げや先行などといった戦法を駆使するウマ娘がそこから抜け出して一着になるのは、非常に難しい。

 

何故なら、彼女らには差しや追い込みほどのパワーがない。目の前に立ち塞がるウマ娘達を力ずくで押し退けていくだけのパワーがないからこそ、逃げや先行という戦法が存在するのだから。

 

だからこそ、テイオーの指摘はとても正しい。今までのレースにおいて、マヤノは全て先行策を使って勝ってきた。

もちろん、彼女だってトレセン学園に入れるほどの実力者なのだから、その過程で他の走り方にも触れているだろうし、実際に練習などでは使うこともあっただろう。だが、それでも本番の、ウマ娘達が本気で互いに潰し合う戦場でそれらを使った経験は、少なくとも記録上彼女には存在しない。

 

それゆえに、テイオーの心配はもっともだ。だけど…

 

「…なるほど、確かに君の言う通りだ。テイオー」

 

そう答えるルドルフ会長は、しかし

 

「だがね、テイオー。あの子の顔を良く見てごらん?」

 

テイオーにもっとマヤノを見るように言い、その言葉に従ってマヤノを見たテイオーは…

 

「…あの子の目は、まだ死んでない。そうだろ?」

 

目を見開く。そう、確かに今マヤノは絶望的な立ち位置にいる。得意の先行策は潰され、体の調子も万全ではない。おまけに馬群に取り残されている。

まさに王手といった状態で、普通に考えるならば、マヤノにもう逆転の目はない。だと言うのに…

 

「それにあぁ、君は一つ忘れてはいないかい?

まぁ、君はある意味同類だからこそ、余計に分からないのかもしれないが…」

 

そう、そんな絶体絶命の危機に立たされているというのに、不安で不安で仕方がないはずなのに、マヤノの目はまだ死んでいない。こんな状況でもただ前だけを向いている。なら…

 

(…マヤノ!)

 

アタシは信じる。どんなに絶望的な状況でも、友達が諦めていないなら、アタシはその友達をこそ信じる。なぜなら…

 

「…テイオー、君と同じだ。同じなんだよ」

 

アタシは、マヤノの友達だから!

 

その真実を改めて思い直し、ぎゅっと目を瞑ったときだった。

 

 

 

「…マヤノトップガン。

彼女はね、天才なんだよ?」

 

 

 

ルドルフ会長の言葉と共に…

 

 

 

「…!!な、なんということでしょう!?

お、大外から一人のウマ娘が突っ込んで来ます!」

 

 

その言葉に弾かれたようにアタシは目の前のレースに目を向ける。

 

 

「外から!外から!外から!

恐ろしいスピードで突っ込んで来ます!もうすでに、先頭争いをしていたナリタブライアン選手やマーベラスサンデー選手も目と鼻の先です!!

あれは…あれは!!」

 

 

そして、そんなアタシの目に飛び込んできたのは…

 

 




次回
 第三部 マヤノトップガン春の天皇賞編


         完結

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