ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】 作:DX鶏がらスープ
もう少しだけネイチャさんの日常(?)にお付き合いください
開かぬ扉
世間的に見れば、まだ齢10年とちょっとしか生きていないアタシが若造であるというのは、まぁ客観的な事実だ。
でも、確かにまだ人生の酸いも甘いも噛み分けたってほどに生きた訳ではないけど、それでもアタシはアタシなりにこの人生を生きてきたし、その中で多くの人々に出会ってきた。
それは例えば実家のバーや下町の商店街で出会った人の良いおじちゃんやおばちゃんだったり、トレセンで出会った同じように夢を追うウマ娘の仲間達だったり、はたまたアタシのことを信じて応援してくれるトレーナーさんだったりするんだけど…とにかくそんな風に、アタシはアタシなりにその人生の中で沢山の人々と出会ってきたという自負がある。
でも、そんな中でもこれからの人生でもう二度と出会うことのないだろうと思う人間、所謂本物の天才という種類の人間との出会いはまだたったの2回しか経験していない。
一人目は、トウカイテイオー。残念ながら怪我で菊花賞に出場することは出来なかったけど、それでも皐月賞、日本ダービーという、1回勝てただけでも偉業とされるレースを含め、春の天皇賞で初めて敗北を知るまで、1度もその戦績に黒星を刻まなかった稀代の才能を持つウマ娘。レースの神に愛された本物の天才であり、いつか倒さなければならないアタシの終生のライバル。
そして、奇しくもそんなテイオーと同室のルームメイトであり、全く別の種類の天才であるもう一人は――…
・・・・・・
アタシがトレーナーと別れ、寮に帰る頃にはすっかり日は落ちていた。
あの後夜ご飯の材料の買い出しに商店街に行ったのは良いが、ちょうど食材を切らしていたらしいトレーナーさんもついでに連れていったのが運の尽き。
一応以前トレーナーさんを連れていった時にも商店街が大騒ぎになった時のことを踏まえ、二人とも変装していったのだが、せいぜい10年、20年程度しか生きていない若造達の小手先の技など、人生の酸いも甘いも噛み分けた商店街のおじさんとおばちゃん達によっていとも容易く看破され、結局商店街をあげての大宴会と相成ったのだった。
お陰でアタシ達は、せいぜい晩御飯の材料程度の買い物しかする予定が無かったのに、商店街の人達にご馳走責めにあった挙げ句、結局大量のお惣菜やらお菓子やら野菜やらを持たされて帰宅することに。
(応援してくれるのはありがたいけど、こんなにもらっちゃって悪いな…)
なんて、さっきのことを思い出しながら夜道を歩くアタシだったが、
(…でも多分、商店街の人達はアタシを励まそうとしてくれたんだろうな)
なんてふと思う。
夜風がちょっぴり肌寒い。もう秋の虫が鳴き始めたな、などと思いつつ道を歩いていると、段々と寮の明かりが見えてくる。
…確かに商店街の人達は自分を応援してくれるし、トレーナーさんのことだって大切にしてくれる。でもあの人達だって商売だ。初めてトレーナーを連れていった時はともかく、そうそう何度もあんな大宴会を開けるほどに裕福というわけでもあるまい。だからきっとそう。自覚はなかったけど、最近元気のないアタシとトレーナーさんを少しでも元気付けようとしてくれたんだと思う。もっとも…
(確かにアタシも大なり小なり疲れてるんだろうけど…)
誰が今一番ツラいのかっていうと…
「やぁ、おかえり。ナイスネイチャ。君のトレーナーさんから連絡はもらったけど、あんまり遅くならないようにな」
「たはは…、すいません」
ようやく辿り着いた寮の扉を開けると、待っていてくれたのかフジキセキ先輩が迎えてくれる。
「全く、商店街の人気者というのも困ったものだね。まぁ、確かに善意で応援してくれるものを、無下にはできないからね。」
「たはは…いや~、全くその通りで…」
「今回は許すけど、他の寮生たちに示しがつかないから、ほどほどにね?まぁでも、どうあれそうやって君のことを支えてくれる人達がいることは、本当に得難いことだ。頻繁にこういうことがあるようでは困るけど、大切にするんだよ」
「…はい、先輩」
突如として始まった商店街の大宴会に巻き込まれ、帰りが遅くなってしまったアタシ達だったが、一応予めトレーナーさんが先輩に連絡を入れておいたため、許可は取ってある。だから、寮長としての肩書きゆえに、少し諌めるようなことを口にはするものの、口調とは裏腹に多分先輩はそこまで怒ってはいない。少し呆れたような顔ではあるものの、その言葉にどこかこちらへの慈しみが溢れているのがその証拠だ。
そんな彼女に謝罪をしながらも、しかし私はさっきの思考の延長線上、何となく解答は分かっていてもついつい聞いてしまう。
「…それであの、…彼女は…」
「…駄目だね。いまだに出てこない。」
すると先輩は少し疲れたような顔でそう返す。
困ったポニーちゃんだよ、と先輩は改めて首を竦めて言うが、いかに栗東寮の寮長とはいえ、彼女とてせいぜい10年ちょっとしか生きていないいち女学生。下手に手を出すとどうなるか分からない厄介な問題に対して、常に最適解を打てるほどに人生経験があるわけではない。それだけに、彼女だけにその責任を押しつけるというのはあまりにも酷なことであるし、口では困ったことなどと軽く言ってはいても、実際はどうして良いか分からず途方にくれているというのが現状だろう。ましてや…
「…ありがとうございます。それじゃ先輩、アタシはもう部屋に帰りますので。遅くなってしまって申し訳ありませんでした」
「…あぁ。お休み、ネイチャ」
改めて遅くなってしまったことの謝罪を述べてから、アタシは先輩と別れる。手に持つ買い物袋には、商店街でもらったお土産がこれでもかといわんばかりに詰め込まれており、それなりに重量がある。でもアタシ達ウマ娘にかかれば、この位の重量は別に重荷にはならない。特に苦労することなく寮の階段を上りきり、自身の部屋がある階にたどり着いたアタシの足を止めたのは、だからそんな物理的な重量なんかではなかった。
「…」
廊下の途中で足を止めたアタシの目の前にあるのは何の変哲もない扉。ここ栗東寮ではありふれたデザインの扉であり、そしてその扉の中の部屋の構造も、別に特別なものではない。だがその住民は別だ。なんせこの部屋では、何の因果か全く別種の天才が二人、一つ屋根の下で暮らしているからだ。すなわち、あのシンボリルドルフ先輩の再来とも言われた世紀の麒麟児、トウカイテイオー。そして、もう一人は…
「…マヤノ」
そう、トウカイテイオーをレースの天才とするなら、それとは全く別種の天才。すなわち、レースに一点特化したテイオーのそれとは正反対に、あらゆる道に通じる万能の天才。度重なる激戦の果てに、あの三冠ウマ娘ナリタブライアン先輩を討ち取り、その勢いのままに初代URAファイナルズ女王にまで上り詰めた恐るべきウマ娘。
「…もうそろそろ、出てきても良いんじゃないかな…」
そんなもう一人の天才、マヤノトップガン。一月の間その部屋から出てこない…大切なトレーナーさんを亡くして以来、その悲しみから部屋に引きこもってしまっている彼女のことを考えると、アタシはその固く閉ざされた扉の前に佇むしかなかった。
次回から物語の背景が見えてきます。ちなみにネイチャさんは主な視点人物兼サブ主人公的な人物なので、この後もかなり頻繁に出てきます。お楽しみに。