ウマ娘三部作Firstシーズン             片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結済み】   作:DX鶏がらスープ

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さぁ、ここまで読んで下さった皆様とのお別れも近づいて参りました。

最終章第4部の開幕です。

少女はいったいどんな答えを出したのか、
これからどこへ向かうのか、
彼女達の物語をどうか最後まで見届けてあげて下さい



第四部  完結編
小春日和


 

「…」

 

気が付くとマヤは知らない場所に立っていた。

 

 

その場所の特徴を一言で言い表すとしたら、その単語だけで十分で、同時にそれ以上の単語は必要ない。むしろ余計だと言っても良い。

 

上も下も横も目の前も、360°見渡す限りの全ての空間が白く、それ以外のものは何もない。いや、むしろ白という色さえ存在しないのかもしれない。そんな不思議な空間。

 

だからこそ、マヤはそんな時間も空間もない本当に真っ白な空間に自分がいるということを理解した瞬間に、全てを悟った。そして、振り向き様にいつの間にか後ろにいた人物に呆れ気味に声をかける。

 

「…もうちょっとお洒落な空間にできないの?トレーナーちゃん?」

 

「…おいおい、無茶言うなよ。そもそもここお前の夢なんだから、むしろ出来るとしたらお前だろ?マヤ」

 

そう言いながら苦笑するのは、くたびれた黒いスーツに黒い中折れ帽子、そして黒いサングラスをかけた男の人で…

 

「…久しぶり、トレーナーちゃん」

 

「…あぁ、そうだな。マヤ」

 

トレーナーちゃん。マヤのたった一人のトレーナーちゃんだった人物は、変わらない笑みをうかべてそこに立っていた…

 

 

 

・・・・・・

 

 

…目を開ける。

 

知らない天井…ではなく、よく知っている天井が見える。

 

壁に備え付けられた窓の隙間から漏れでる光が、うっすらとあたりを照らしていて、外からは鳥の囀りが聞こえる。

 

つまり…

 

(…夢…か)

 

ここが現実であり、さっきまでのことが夢であることを認識すると、マヤは掛け布団を退かして起き上がる。

 

基本的に寝坊助なマヤにしては、かなり早く目が覚めたようで、外はまだ明るくなり始めたばかり。いつも朝早くに起きて自主トレをしているテイオーちゃんがまだ起きていないあたり、相当早い時間のようだ。

 

ううん…

 

「…んんっ…ふぁ~もう朝か…

 

…あれ?マヤノ?…えっ?えっ?なんで?…も、もしかしてボク寝過ごした!?」

 

隣のベッドから起き上がったかと思えば、マヤの顔を見るなり、混乱して目を白黒させ、急に青ざめるなり慌てて目覚まし時計を確認するテイオーちゃんを見て、マヤは少し笑ってしまう。

すると、自分が寝坊したわけではないことを確認し、安心していたテイオーちゃんが、こちらの様子に目敏く気付いて、じとっとした目を向けてくる。

 

「…な、何さマヤノ」

 

「ううん、テイオーちゃんが慌ててる様子が可愛くて、ね♡」

 

「なっ!そ、そりゃ起きたらいっつも遅刻ギリギリまで寝てるマヤノが、ボクより早く起きてるんだもん!ボクだって驚くよ!!」

 

真っ赤になって怒るテイオーちゃんを見ていると、ふと妙案が浮かぶ。それは、見たところ外の天気が良いためにできることであり、基本的に寝坊助な自分の為に普段は出来ないことであって…

 

「…ねぇ、テイオーちゃん?」

 

「な、なにさ!」

 

「…一緒に散歩に行かない?」

 

 

・・・・・・

 

 

「なるほどなるほど。

それでテイオーの機嫌が今日は良いってことなのね」

 

「ふっふ~ん!その通りさ、ネイチャ!」

 

「マーベラス☆

良かったね★テイオー☆」

 

食堂でマーベラスと朝食を食べていると、やけに機嫌が良さそうなテイオーが入ってきた。だから同じ席に誘って事情を聞いてみると、どうも珍しくマヤノが早起きをしたので、一緒に散歩をしてきたようだ。

それを聞き、アタシは感心しながらご飯を口に運ぶ。

 

「ふふふ、これでネイチャにもう、一緒に散歩もできないような仲なんて言われることもないもんね!ボクとマヤノは仲良いんだから!!」

 

「あんたあの時のこと、まだ根に持ってたのね…」

 

どうもテイオーはいつかアタシが言った、マヤノと一緒に散歩なんて出来ないでしょ、という言葉を覚えていたらしく、そのせいかアタシにものすごく威張ってくる。めっちゃドヤ顔である。

…正直ちょっとだけアタシの右ストレートを解禁しても良いんじゃないかって思うくらいにはウザい顔である。

だがまぁ、実際この二人は中々生活リズムが合わず、そういう同居人としての交流らしきことがあんまりしにくいらしいのは本当だ。だから、今日のことはなかなかできない、珍しくて良いことではあるので、苦笑で受け流す程度にしておく。

あぁ、美しきかな友情ってやつだしね。

 

「でも本当に珍しいね、マヤノが早起きするなんて。明日は槍でも降るかもね?」

 

そんなことを思いつつ、アタシはふと思ったことを口に出す。

実際珍しいのだ。マヤノが早起きするなんて。基本的にあの子は、寝る子は育つを地で行く子なので、本当にいつも良く寝ている。

朝だっていつもギリギリまで寝ていて遅刻すれすれまで粘っているし、授業中でもたまに教科書を手に持ったまま寝ている。もちろん寮に帰れば、一番に布団に入って寝てしまう。

実はこの子ウマ娘じゃなくて、ナマケモノ娘なんじゃないかと、少し疑ってしまうほどに良く寝ているのだ。そんなマヤノが早起きなんて、朝起きたら太陽が逆から昇ってました、くらいの結構な珍事なのだ。

 

「そうだね~☆マヤノは寝起きも弱いからね★

テイオー実は引っ掻かれたりしてない?」

 

「やだなぁ、そんなことされるわけないでしょ?

そもそも今日はマヤノの方が先に起きたんだよ?

そういう理屈なら、引っ掻くのはボクのほうじゃないか」

 

「え?マヤノ、テイオーよりも早く起きてたの?」

 

流石にびっくりして思わず聞いてしまう。アタシはてっきりテイオーが起きてる時にマヤノが起きたんだと思ってたんだけど…

 

「...これは明日は、槍の代わりに爆弾くらい降ってもおかしくないかもね...

マーベラス、明日は鋼鉄製の傘がいるかもね」

 

「マーベラス☆

確かネイチャ持ってたよね?

ホントに降ったらマーベラスにも貸してね★」

 

「いや、大袈裟な…ってなんでそんなもの持ってるのネイチャ!?」

 

「う~ん、でもまさかテイオーよりも早く起きるなんてね…よっぽど楽しみなことでもあったのかしらね?テイオーは何か知ってる?」

 

「いや無視しないでよ!それよりボクはネイチャの持ってる傘の方が気になるんだけど!」

 

アタシがテイオーに心当たりを聞いてみると、しばらくアタシの傘について騒いでいたテイオーだったけど、その内少し考えるとこんなことを言い始めた。

 

「う~ん、そう言えばマヤノは今日どこかに行く予定があったみたいだよ?」

 

「あぁ、そう言えば確かに。

テイオー、今日もあんた1人ね」

 

マヤノは学園の先生と、遅刻か否かのスレスレのバトルを毎日している。

だから、テイオーが一人で朝ごはんを食べにくるのに慣れていたから気付かなかったけど、確かに一緒に散歩に行ったという割には彼女は今日も一人だ。

とすると

 

「それでマヤノは?もしかして出掛けるまで時間があるからって二度寝したの?」

 

「いや、どうも少し遠いところに行かなくちゃいけないみたいで、散歩から帰ってきたらすぐに出掛けていったよ。

朝ごはんはコンビニで買うって」

 

「ありゃ、それは本当に遠いところに行くんだね」

 

アタシはちょっと驚く。

確かに今日は休日だけど、朝は普通に食堂も空いてる。それでもコンビニで買うあたり、よほど早く行かなくちゃいけないんだろう。恐らくは、電車かバスか…

 

「でも、じゃあどこに行ったんだろうね☆マヤノは★テイオーは知らないの?」

 

「う~ん、実はボクも知らないんだ。今朝散歩から帰ってきて、いきなり言い出したことだから、聞く暇もなかったんだ。ただ…」

 

一旦言葉を切ると、テイオーはアタシ達を見て言った。

 

「…マヤノね、ブーケを持っていってたよ」

 

「...ブーケ?」

 

「うん。

そして恐らくあれは普通のブーケじゃない」

 

そう言うと、テイオーは少し遠い目をする。

 

「キミ達も見たでしょ?

あの天皇賞で、マヤノの勝負服が変わったところ。多分あの勝負服でマヤノが手に持ってたブーケなんじゃないかな?あれ」

 

「…それは」

 

そう、あの天皇賞においてマヤノの着ていた勝負服は全くの別物になっていた。

 

もともと勝負服とは、G1に出るウマ娘達のために作られる特別な衣装で、一人一人オーダーメイドで作られるため、文字通り世界に一つしかない、自分だけの衣装だ。

だからこそ、多くのウマ娘達にとっても憧れで、これを着ることができるだけでも、一流のウマ娘の証明になるほどの代物なのだが、実はこの勝負服にはもう一つ役割がある。

 

それは、勝負服を着るウマ娘の魂に込められた力を引き出す補助をすること。だからこそ、勝負服は一人一人に合わせて作られるし、端から見ると走りにくそうな格好でも、普通に走ることができる。

 

だが、この勝負服には更に特性がある。それは、ごく稀に変化することがあるというものだ。

 

それは簡単な話で、魂に秘められた力を引きだすのを補助するという特性上、勝負服はウマ娘の魂に最もフィットした形になっていると言われている。だからこそ、ウマ娘がレース中に急成長し、その魂の可能性が開かれた時に、魂の形の変化に合わせて、勝負服がレース中にアップグレードされることがあるのだ。

 

もちろん、そうそうあるようなことではない。だが、それでも数年に一度程度はあることのようで、現にこのテイオーも、有馬記念でそれをやった口だ。そして…

 

「勝負服の変化にはね、鍵になるものがあるのが普通なんだ。例えばボクならこの光の羽」

 

そう言ってテイオーがポケットに入れていた手を広げると、その中には確かに光る不思議な羽がある。

 

そう、この勝負服の変化は言ってみればウマ娘に開けた可能性を形にするもの。だからこそ、その発現にはそれを暗示するアイテムが必要なようで、覚醒の際には必ずそれが目の前に現れるのだという。

 

さっき見せてもらった羽もそのひとつであり、勝負服を着た状態でそれを握り混むことで、勝負服を変化させることができるという仕様らしい。だからこそ…

 

「…きっとマヤノは」

 

そう何か遠くのものを眺めるような目をするテイオーの姿を見て、アタシはマヤノの新しい勝負服を思い出す。

 

それは、ウエディングドレス。淡いオレンジのその衣装は、流石に本物と比べると簡素なものであり、走りやすいようにできているが、間違いなく花嫁衣装だった。そしてそれ故に、彼女がゴールした時に持っていたブーケが、恐らくテイオーのいう鍵になるアイテムであり、それを持っていくということは…

 

「…えぇ、そうね。きっと今の季節なら、桜も綺麗に咲いているでしょうしね」

 

そこまで考えて、アタシはテイオーにそう同意する。

 

休日の朝なので、少し遅い時間でもそれなりに人がおり、思い思いに食事をとっている。窓から差し込む春の陽気が、そんな彼女達を暖かく包んでいる。その光景はまさに平和そのもので…

 

「よしっ!じゃあご馳走さま!!ボクはこの後少し休んだら軽くトレーニングをするつもりなんだけど、2人は?」

 

朝食を食べ終えたテイオーがそう聞いてくる。

 

「マーベラス☆マーベラスは特に予定はないよ★」

 

「そうなの?じゃあせっかくだし、ちょっと一緒にトレーニングしない?」

 

「いいよ☆いつからにする?」

 

「う~ん、そうだな...じゃあ9時にグラウンド前に集合で!」

 

「マーベラス☆」

 

特に予定がなかったらしいマーベラスは、テイオーと一緒にトレーニングをすることにしたようで、少しご飯を食べるペースを上げている。

 

「それで、ネイチャは?」

 

するとすかさずテイオーはアタシも誘ってきたので

 

「あ~ごめん。今日はちょっと出かける予定があってね」

 

「そうなんだ。どこ行くの?」

 

そう断ると、行き先を聞いてくるので、

 

「あぁ~…ちょっとね。まぁ大した用じゃないよ」

 

「ふ~ん、まぁまた暇があれば一緒にトレーニングしようね!」

 

「ん、ありがとう」

 

そう言ってお茶を濁す。と

 

「ご馳走さま☆食器下げてくるね★」

 

朝食を食べ終えたらしいマーベラスが席を立ち、席にはアタシとテイオーだけになる。

 

「んん、じゃあボクも行こうかな?またね、ネイチャ」

 

「ほいほい」

 

そう言い席を立つテイオーに手を上げながら、お茶を飲んでいる時だった

 

(「トレーナーとのデート、うまくいくと良いね」)

 

「ゴフッ!!」

 

去り際に耳元で告げられた言葉に、アタシは思わずむせる。

 

「ゲホッ!ゴホッ!テ、テイオー!!あんた、何で!?」

 

「あっ、鎌かけてみただけだったんだけど…

その反応はアタリだね?」

 

「~ッ!!」

 

はかられた。そう認識した瞬間に、アタシの顔は真っ赤になって…

 

「いや~、良いですな~若者は~。

どうぞ、わたくしのことなど気にせず、よろしく励んでくださいね~オホホ~

 

…ってうわっ!危な!!」

 

「…ト ウ カ イ テ イ オ ー…!!」

 

「ま、待ってネイチャ!ここ食堂!!からかったのは悪かったけど、ここで暴れると…」

 

「うるさい!大人しく一発喰らっときなさい!!」

 

「ヒェッ!

だからネイチャ!キミのパンチはウマ娘でも規格外なんだってば!そんなの喰らったら死んじゃうってば!!誰か助けてー!!」

 

うるさい!うるさい!

人の恋路を邪魔する奴はウマ娘に蹴られる、って古事記にも書いてあるんだ!だから腹くくって一回死んどきなさいぃぃぃっっ!!

 

 

 

 

 

 

…ちなみに、最終的に「食堂で暴れるな」とオグリキャップ先輩が珍しくマジ切れし、後に言う第一次食堂大戦が勃発。

白眼流・黄金錨術の正統後継者であるゴールドシップをも巻き込み、トレセン学園の歴史に刻まれる、三つ巴のラストバトルを繰り広げた結果、盛大にデートに遅れた。

 

…テイオーいつか絞める

 

 

 

 

(ワケワカンナイヨー)




この世界なら多分ネイチャの言ったこと、ガチで古事記に書いてあると思います。
というかあっちの世界なら、どこの国の神話にも同じこと書いてありそう。

…そう考えると、アニメの沖野Tって、実は我々が思ってるほど、あっちの世界では特異な存在ではないのかもしれませんね。
ほら、もしネイチャの発言が全世界に昔からある格言だとしたら、確実にギリシャ神話の主神とか、えらいことになってますしね…



※ちなみに前回の天皇賞でマヤちゃんがケガしたのは、
 現実の天皇賞でもレース後に、屈腱炎を発症したのでその再現です。
 
 まぁ、流石にこれが出るとその後の復帰が絶望的なので、
 コンディションも史実に比べてかなり悪かったのも込みで、
 レース中の骨折程度で済んだということでどうか許していただければ…

 …え?それでも十分にヤバい?ギルティ?
 はい、それはもう本当におっしゃる通りで…
 (ぷかぷかと脳みそが浮いている水槽に取り付けられたスピーカーから声がする)
 (なお、詳細が知りたい方は「ミ=ゴ 脳みそ缶詰」で検索検索ぅ!!)

 …あっ、待ってマヤちゃん!
 お願いだからそのコード抜かないで…いやぁぁぁぁぁっっっ!!

 ???「アイ・コピー♥」


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