ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】 作:DX鶏がらスープ
鬱っぽい展開です。苦手な方はご注意ください。
…あの頃のマヤは、世界ってとってもつまんないものだって思ってた。
昔からマヤは、大抵のものは見るだけでわかった。それは例えば学校のテストだったり、かけっこの走り方だったり、まわりの友達が本当は何を考えてるかだったり色々だったけど…何でか分かんないけど、とにかくマヤはなんでもかんでも見るだけでわかってた。
だから、何をしても何を見ても、すぐに理解できたし、すぐに自分でも真似することが出来た。
…でもね、まわりの皆はそれを凄いって誉めてくれたけど、マヤにはそうは思えなかった。だってわかっちゃったから。どこかの国では、悪い人に穴を掘っては埋めさせて、また穴を掘らせるっていう刑罰をさせるって聞いたことがあるけど、それと一緒。一度でもわかっちゃったら、もうそれ以上そこから理解できるものなんて何もない。それに気付いた時には、もうマヤのまわりの世界のほとんどはわかっちゃったものばっかりになってて…
…だからマヤはトレセン学園に入学することを決めた。
マヤのまわりの、マヤがわかっちゃってて色を失った世界の中で、数少ないマヤが完全にはわからないもの、それがレースだったから。
カッコいいオトナなオンナのウマ娘さん達が、キラキラと輝くそれだけは、マヤがいくら見ても、わかったって思っても、次から次へとわかんないものが出てきた唯一のものだったから。あんな風になりたい、マヤもあそこで走りたいって思ったから、マヤもトレセン学園に来たんだけど…
「ヤダヤダヤダ―!マヤもレースに出たいっ!出してってばぁ~!!」
「だからマヤノトップガンさん!勝手にコースへ出るのは止めてください!」
模擬レースが行われる学園のコースの端っこ。みんなみたいに模擬レースに出ようとするマヤを、係員の人達が必死になって止めようとしてくる。
…そう、トレセン学園も思ってたのと違った。ここに来れば思いっきり走れるって、マヤの見たこともない景色を見れるって思ったのに…
(トレーニングに出ないと模擬レースも走れないなんてぇ~!)
出なきゃいけないっていうから一回だけトレーニングには出た。でも一目見てすぐわかった。そして、わかっちゃったら後はただ退屈なだけ。
(おかしいよ!トレセン学園はウマ娘が走るための場所なんでしょ!?)
だからここに来たのに!なんでレースにすら出してくれないの!?
「ヤダヤダヤダヤダぁ~!
マヤもワクワクしたいのに~!」
マヤが今いるのは本当に端っこのほうだから、あんまり人はいないけど、それでも通りかかる人達は何事かと様子を伺っている。
しかし、
「どうしてキミ達はそんなことすら分かってくれないの!だったらマヤは何のためにここに来たっていうの!?」
そんな理不尽を訴え暴れても、彼らは特に何もしようとしない!係員の人達も全然マヤの言うことを聞こうともしない!
「あぁ、もう!マヤノトップガンさん、本当にいい加減大人しくしてください!」
「ヤダヤダヤダヤダ!
絶対にヤダぁ!!」
だからマヤは考える。というか、…わかっちゃった。
…正直に言うと、係員の人達を突き飛ばして強引にコースに出ることは不可能じゃない。マヤはまだ子供だけど、それでも基本的にはウマ娘は人間よりも強い。それはわかってるけど、流石にマヤでもそんなことしたら係員の人達が怪我しちゃうってこともわかってる。だから…
「きゃっ!なっ、なんてすばしっこいの!」
「おい!誰か応援呼んでこい!」
マヤは暴れるのを止め、その代わりに係員の人達の間を縫うように走り出した。当然係員の人達はマヤを捕まえようとするけど、そんな係員の人達の手は悉く空を切る。そう、係員の人達を突き飛ばせないなら、全員躱してコースに出れば良いんだ!これなら係員の人達に怪我をさせることもないし、マヤも安全にコースに出られる!ふふん、そうと決まったら話しは早いね!いっくよ~!マヤちん、テイクオ~フ☆
「へへ~んだ、捕まらないよ~!!……わひゃ!?」
「…?…ぐぼあぁぁっっ!?」
…と思って係員の人達の手を躱してコースの入り口まで走り出したんだけど、あまり前を見ていなかったマヤは運悪くそこで誰かにぶつかった。しかも、当たりどころが悪かったのか、その人はひゅーんって音を立てて、まるで漫画みたいにふっ飛んでいく。
…そう、思えばこれが始まり。
「わわわ!ねぇ、キミ大丈夫!?」
「ぐ、ぐふっ…まさかトレーナー人生の開始しょっぱなからスカウト10連敗、そして仕上げに誰とも知らぬウマ娘からのタックルを土手っ腹に喰らうとは…ま、まさに役満って感じだな…ぐへっ…」
「わー!?しっかりー!!」
…あの時はいくらマヤでもわからなかった。これが自分の運命を大きく変える出会いであったことなんて。
そしてこの時、マヤのタックルで潰れたカエルみたいにひっくり返っていた男の人。くたびれた黒いスーツに黒いサングラス、黒い中折れ帽子と、全身黒ずくめな、10人中10人が怪しいって断言しそうな格好をしてのびていた彼が、後のマヤのトレーナーになる人だなんて、この時には夢にも思わなかったんだ…
・・・・・・
ハッと目を覚ます。今自分がどこにいるか分からず、少しの間ぼーっとしちゃったけど、それが終わるともぞもぞと寝返りをうって周囲を見渡す。
まず目につくのは、壁のコルクボードにでかでかと張られたシンボリルドルフ会長のポスター。コルクボードには他にも何枚か紙が貼ってあるけど、やっぱりこれが一番インパクトがある。次に反対の壁を見ると、これまたでかでかと壁に飾られた戦闘機のポスター。向かいの壁のポスターに勝るとも劣らない存在感を放つそれには、マヤが好きなF14が印刷されている。そして、なんとなく布団をかぶったまま回転して仰向けになると、上の方の天窓から光が差し込んでいる。
うん、ここは間違いなくマヤたちの部屋だ。だとしたらさっきまでのは…
(…あぁ、夢だったんだ)
そう気付くとガッカリしてしまう。せっかく良い夢だったのに…。それにしても…
(…懐かしいな)
思えばあれから3年だ。
そう、あれは確かトレーナーちゃんと初めて会った時のこと。結局あの後追い付いてきた係員の人にこってり絞られて、マヤは模擬レースには出られなかった。
まぁ幸い、トレーナーちゃんが無事だったから良かったけど、それでも今でもあの時走れなかったのはちょっとムカ~って思ってる。今なら係員の人達の言うこともわかるけど、それはそれ、これはこれ。とは言え…
(…うん。あれがマヤとトレーナーちゃんとの出合い。マヤとトレーナーちゃんの旅路の第一歩)
我ながら、馴れ初めがトレーナーちゃんの鳩尾へのダイレクトアタックというのが、ロマンの欠片もなくて悲しい限りだけど…しかし、それでもマヤにとってそれはとっても大切な記憶の一つ。キラキラと輝く過去の思い出の一欠片。だからこそ…
「…っ」
朝日に照らされて、キラキラと輝く空気中の塵に急に焦点が合わなくなる。正確には、目の前の景色が歪んで、目の焦点が合わなくなる。
(…なのに…どうして)
時間が経つにつれて、歪みはどんどん大きくなる。パジャマの裾で目をぬぐっても全然治らない。ただただ裾が濡れるだけ。
(…ねぇ、どうしてなの?)
頭から布団を被り、枕をぎゅっと抱き締める。目を閉じても、後から後から涙は溢れてくる。つらくて、悲しくて、苦しくて仕方がなくて…でも、そんな時にマヤの頭を撫でてくれるあの人の手はもうどこにもなくて…
(…どうして、マヤをおいていっちゃったの!?トレーナーちゃん!!)
…だから止まらない。止まれない。嗚咽を押さえるのが精一杯だが、果たしてそれもどこまで効果があるのか正直分からない。
そう、どんなに過去の思い出が暖かく、優しく、輝いているものであろうと、結局それは過ぎ去ったものでしかない。今ここに、この場所に、この世界に、あの人は…トレーナーちゃんはもう、どこにもいない…
(マヤの夢を叶えてくれるって言ったのに!ずっとマヤのことを見ていてくれるって言ってたのに!)
それなのに!トレーナーちゃんはひとりで先に行ってしまった!マヤを…マヤだけを残して!
(嘘だ嘘だ嘘だ!こんなの絶対に嘘だよ!!)
ぎゅっと目をつむる。
何度も、何度も、自分に言い聞かせる。何度も、何度も、自分を騙そうとする。それでもマヤは、マヤだから。他の誰かなら誤魔化せたとしても、この世で唯一マヤだけは、自分を誤魔化すことができない!例え感情を騙せても!理性を騙せても!他でもないマヤだけは、どうしようもなく本能でわかってしまうから!
(…こんなのって!こんなのって!!)
それなのに!どうして!?
もうわかってるのに!トレーナーちゃんがもういないことなんて、もうマヤはとっくにわかってるのに?!
頭をよぎるのはトレーナーちゃんとの楽しかった日々ばかり!辛くなるってわかってるのに!悲しくなるってわかってるのに!!それなのに、あの懐かしい日々が、暖かった日溜まりが、頭から離れない!
(…トレーナーちゃんは…トレーナーちゃんは!!)
もう…いない。もう…いないんだ!
他ならぬマヤの手で、マヤは実感したはずなんだ!
あの夏の暑い日、何処までも染み渡った空の下、あの静まり返った病室で握った手は、あまりにも、あまりにも冷たくて…
(…っ!?)
そこまで考えたとき、一瞬でマヤの全身に怖気が走った。思わずマヤは抱き締めた枕をより強く抱き締める。布団を被ってるはずなのに、寒くて寒くて堪らない。
あまりにも寒くて、震えるマヤの歯がカチカチと音をたてている。
でもそれで感情が極度に高まっていたマヤの、爆発するような激情は収まって…だけど、代わりに深い水の底に沈んでいくような、静かで、だけど重い悲しみがマヤの胸に降りてきて…
布団から出たマヤは、近くにあったくまさんの人形を抱いて、ベッドの縁に体育座りで座り込む。さっきので体力を使いきったからか、もう泣き叫ぶ気力もない。だから、ただただ静かにマヤは座っている。
あんなにも泣き叫んだのに、珍しく朝早くに起きちゃったのか、周囲はとっても静かだ。聞こえるのはせいぜい鳥の鳴き声くらいで、その他の音はなんにも聞こえない。
「…ねぇ、トレーナーちゃん」
だから、マヤの口から漏れた呟きは
「…マヤ、もうどうすれば良いのか、わかんないよぉ…」
自分の体を抱き締めながら溢した蚊の鳴くような小さな呟きは、やけに大きく聞こえたんだと思う。
…だからなのかな?
「…!!…!!」
「…」
「…!!…!!」
「…?」
不意に部屋の外がうるさくなったと思ったら…
バァンッ!!
「!!」
いきなり部屋のドアが吹き飛んだ。
流石に驚いて吹き飛んだドアを呆然と見ていると、入り口から何人かの人達が部屋に入ってくる。
マベちんに、テイオーちゃんに、ネイチャちゃん…久しぶりに見たみんなの顔はとても心配そうで、同時に戸惑ってるみたいな顔で…
それに比べて一緒に入ってきたフジキセキ先輩は、一番最初に部屋に入ってきた一人を咎めるような顔をしてて…
…そして
「…ふん、しばらく見ない内に、随分とつまらない顔をするようになったな」
…そしていの一番に部屋に入ってきたこの人は…
「…ブライアン…さん?」
「…そんな顔をしているお前に朗報だ」
…日本のすべてのウマ娘が憧れるクラシックロードの3つの頂点、皐月賞、日本ダービー、菊花賞。かつてその全てを根こそぎその手で勝ち取った三冠ウマ娘。マヤが知る限り最強のウマ娘の一人と言っても良い人は今…
「…マヤノトップガン。今すぐわたしと模擬レースをしろ」
瞳に極大の怒りの炎を灯して、マヤにそう告げた。
個人的な妄想ですが、たぶんマヤちゃんはトレーナーが死んだら相当ダメージ負うと思うんですよね。
誰よりも死が理解できていないにもかかわらず、誰よりも死をわかっちゃうから、幼い感性と冷酷すぎる理性のせめぎあいで、下手すると他のウマ娘たちよりもやばいことになると思うんですよね…