ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】 作:DX鶏がらスープ
厳密には違いますが、大体のイメージ的には、ウマ娘の2期でトウカイテイオーが変装したときの格好に近いものを想像していただければ…
「なぁ、マヤ。お前の夢って何だっけ?」
ある日の昼下がり。マヤが木陰で休憩をしていると、トレーナーちゃんがマヤにそんなことを聞いてきた。
「?…マヤの?」
「あぁ、マヤの」
その日は天気が良くて、雲一つない快晴だった。
マヤが座ってた木陰に一緒に座り込んだトレーナーは、マヤにタオルとスポーツドリンクを渡しながらそんなことを聞いてくる。たまたま他のウマ娘が近くでトレーニングをしてなかったからか、あたりはとても静かだ。頬を撫でる風の音と、遠くから聞こえるウマ娘たちの声以外に音は聞こえてこない。青い空のキャンバスに、どこかの飛行機の軌跡が白い線を引いていく。
う~ん、前にも話したことあったはずなんだけどな~、って思いながらもマヤはその質問に答える。
「もう!トレーナーちゃん、わすれちゃったの?
マヤの夢は!ワクワクするようなレースをたっくさん走ること!!
それでそれで!!いっぱいそんなレースを走って、キラキラ輝くステキなオトナのオンナになることだよ!!」
そう!マヤの夢はキラキラしたオトナのオンナになること!!
おっきなレースを走ってるスッゴいオトナなお姉さん達みたいに、マヤもキラキラしたオンナになる!それがマヤの夢!!
「いきなりどうしたの、トレーナーちゃん?前にも話したことあったよね?」
「あぁ、勿論さ。…いやなに、その言葉をもう一度マヤ自身の口から聞いときたかったんだ」
いぶかしむマヤに、トレーナーちゃんは苦笑しながらそう答えると、一転して真面目な顔になってマヤに向き直る。
「…良いか、マヤ。
これから君はいよいよクラシック戦線を戦っていくことになる。そこではこれまでのジュニア期以上の激戦が待っている。特に、皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞。この3つの王冠は、日本中のウマ娘達が奪い合う究極の栄誉の一つ。最高のウマ娘達が、命を削り、死力を尽くしてそれでもなお、取れるかどうか分からない至高の王冠だ。」
「…」
…そう、トレーナーちゃんと契約し、メイクデビューを果たしてから1年。マヤ達の戦いの舞台はついに、クラシック戦線に移ることになっていた。実際あと少ししたら、マヤは早速そのクラシックの至高の王冠の一つ、皐月賞に挑むことになっている。
そんなマヤに、改めてクラシックロードの過酷さを説こうと思っているのか、普段のおちゃらけた様子が嘘みたいに、トレーナーちゃんは真面目な顔で話し続ける。
「…分かっているとは思うが、その戦いは決して楽なものじゃない。マヤもこれまでジュニア戦線をよく戦ってきてくれたと思うけど、むしろこれからが本番だ。」
「…」
「…勝負の世界は残酷だ。世間がなんと言おうが、1位以外の人間は皆敗者だ。それが現実で、それが罷り通る世界を、俺たちはこれから、これまで以上に力強く走らなきゃならない。だからこそ…」
そこでトレーナーちゃんは言葉を切る。そしてマヤの頭の上に手を乗せる。
「…だからこそ、マヤ。
君の夢を忘れるな。それを強く、強く抱いて走るんだ。
これから先、辛いこと、苦しいこと、悲しいことなんて、それこそ山のようにある。いちいち数えていたらきりがないくらいだ。
だからこそ、そんな困難を乗り越えて行くためには、レースの強さだけじゃなく、それに負けないだけの心の強さが必要になってくる。」
「…心の…強さ…」
「あぁ、そうだ。
そしてそんな心の強さの元になるのが夢だ。
自分はこうなりたい、こういうことがしたい、そんな自分だけの夢を持っているやつは強い。何故なら、そいつらはそれを叶えるために努力するからだ。
辛いこと、苦しいこと、悲しいこと…そんなことがあっても、そいつらは夢があるから立ち上がることが出来る。堂々と胸を張って、俺はこんなことがしたい!俺はこんな風になりたい!って言い続けることができるんだ。だから…」
そこでトレーナーちゃんはにかっと笑う。
「マヤ。どんなに辛くても、苦しくても、悲しくても、夢だけは絶対に手放すな。君がそれを自分から手放さない限り、俺は君の側にいるし、ずっと君のことを支え続けるよ」
「…うん」
マヤがそう答えると、そのままトレーナーちゃんはマヤの頭を撫でる。おっきくてあったかい、オトナのオトコの手…オトコの人に頭を撫でられるなんてパパ以来だけど、トレーナーちゃんの手はちょっとだけきもちいい…
…だけど
「ブーブー!!トレーナーちゃんまたマヤをこどもあつかいしようとしてるでしょ!!」
「おっと、こりゃ悪かった!
さぁ、そろそろ休憩も終わりかな?残りも張り切っていくぞ~!」
「む~!トレーナーちゃんのいじわるぅ!!」
マヤ知ってるもん!オトナの人が人の頭を撫でるのは、こども扱いする時なんだって!誤魔化そうったってそうはいかないんだから!!
そう思って文句を言うと、トレーナーちゃんはたちまち逃げていく。う~、やっぱりそうだったんだ!
「マヤはこどもじゃないもん!」
「ははっ、そう言うことを言ってる内はまだ子どもだよ!
ほら、文句はトレーニングが終わってから!
はい、まずはグラウンド10周!!」
「むむむ~!」
雲一つない空が高く、高く、どこまでも高く続いている。さっきまでその翼でコントレイルを空に描いていた飛行機は、いつの間にかどこかに行ってしまったようで、青空にはそんな飛行機が残していった白い軌跡がうっすらと残っている。
…これはある晴れた日の一幕。マヤノトップガンがクラシックロードに挑み、菊の王冠を勝ち取るに至る前の、ほんの些細なある日の記憶…
・・・・・・
マヤノトップガン。レースの展開を正確に見通す優れた目と、どんなレース展開であっても最適なコースを瞬時に導き出す卓越した直感を持つ天才ウマ娘。
菊花賞ウマ娘、URAファイナルズ初代王者等々、彼女の偉業を表す二つ名はいくつかあるが、そんな数々の偉業を持つ一流のウマ娘である彼女は今…
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はあっ…」
「…どうした?その程度か?」
「…ま…まだぁ………ぁっ……」
「…!!マヤノ!!」
疲労困憊、満身創痍の状態でここまで走ってきたが、遂に耐えきれなくなったのか、マヤノが膝をつく。そしてそんなマヤノにアタシ達は駆け寄る。
「…うぅっ…」
「もう無理だよマヤノ!身体がボロボロだよ!このままじゃ…」
「…ど…いて、テイ…オー…ちゃん…」
「…!!」
「…」
一番近くにいたテイオーがマヤノを抱え起こし、静止を促すが、マヤノは止まらない。震える足にムチ打ち、それでも立ってブライアン先輩に挑もうとするけど…。
「…ぁっ…」
「…マヤノ!!」
「…駄目。気絶してるみたい…」
今度はマーベラスが抱え起こすが、本当に限界だったらしく、マヤノは再び倒れると今度こそ気を失ってしまう。それはつまり…
「…結局、わたしの勝ちは覆らなかったな…」
この人…ナリタブライアン先輩の勝ち、ということになる。
…あの後マヤノとブライアン先輩は結局レースをすることになった。当然エアグルーヴ先輩やフジキセキ先輩は猛反対したけど、当の本人であるマヤノが反対意見を一切聞かなかったこと、ブライアン先輩と普段から仲が良いヒシアマゾン先輩が、ブライアン先輩の様子を見て何か感じるところがあったらしく、擁護に回ったこと、最終的に話を聞いた生徒会長のシンボリルドルフ会長がなぜかレースの開催を容認したことで、急遽レースが執り行われることになった。
幸い、たまたま丸1日使用予約が入っていなかったコースがあり、レースはそこで執り行われたのだが…結果はマヤノの惨敗。
…実際無理もない話なのだ。
何故なら、ブライアン先輩は、全盛期ほどの勢いはないとはいえ、それでも史上5人目の三冠ウマ娘。そうそう簡単に倒せるほど甘い相手ではない。
対するマヤノも、かつて一度ブライアン先輩に勝ったこともあり、ポテンシャル自体は決して彼女に劣るものではない。だが、約1ヶ月もの間部屋に閉じ籠っていた彼女の身体はそれ相応の衰えを見せており、加えて精神的にもボロボロな今の彼女では、最初から勝負は見えていた。
だが、それでもマヤノは諦めなかった。もう一回、あと一回、これで最後…本当は走れる状況ですらないはずなのに、鬼気迫る様子で再戦をせがむマヤノを、そのあまりの迫力から誰も止めることが出来ず、またブライアン先輩も律儀にも毎回それに応え、そうやってマヤノに勝ってはもう一戦…
そんなこんなで昼から行われた突発的な二人の模擬レースは、結局夕方まで続き、遂にマヤノが体力的にも精神的にも完全に力尽き、終了。
最初はそれなりの数がいたギャラリーも、10回、20回と結果の分かりきったレースが繰り返されるのに流石にうんざりして、時間と共に減っていき、最終的に残ったのは、アタシとテイオーとマーベラス以外は、フジキセキ先輩とヒシアマゾン先輩のトレセン学園の寮長二人と、エアグルーヴ先輩とシンボリルドルフ会長の生徒会メンバーだけだった。
…レースが始まったころには空の一番高いところにあった太陽も、この時間帯になるとすっかり落ちて、もう地平線の彼方に沈もうとしている。赤く染まった景色の中、黒い影を伸ばして佇むブライアン先輩に、別の影が近づく。
「…ブライアン、気は済んだか?」
「…あぁ」
「…ならば行こう。君の処遇を決めなければならない」
そっと彼女の肩に手を乗せたルドルフ会長がブライアン先輩を促す。それに頷き、ブライアン先輩が踵を返すが、一度だけ彼女は立ち止まり、アタシ達の方を振り返る
「…そのバ鹿が起きたら聞いておいてくれ。お前はなぜ走るのか…とな」
それだけ言ってブライアン先輩は行ってしまう。そして取り残されたアタシ達にはフジキセキ先輩が近づいてきた。
「…まずは謝罪しよう。巻き込んでしまってすまなかった。すべてわたしの責任だ…」
「い、いえ!先輩のせいじゃ…」
「そ、そーだよ!ついていったのはボク達だし!」
「マ、マーベラス達は別にそんなこと思ってないよ!」
頭を下げる先輩に慌てるアタシ達に、先輩は困ったような顔で笑う
「…ふふっ、ありがとう。君たちは本当に優しい子達だ…
…それじゃあ急いでマヤノを保健室に運ぼう。ただ、流石にこの憔悴具合だと、今晩は寮長としてマヤノの様子を見なければいけない。泊まりになるから、この中の誰かに私とマヤノの分の着替えを取りに行くのと、今日の私の不在を寮の皆に伝えてほしいんだけど…」
「あっ、ハイハーイ!先輩の服は僕が取ってくるよ!!
ちょうど今先輩と同じ部屋だし!多分他の人が行くより早いと思うんだ!ついでに寮の日誌とかの寮長の仕事に必要な物も持ってくるよ!確か机の棚の3段目だったよね?」
「…助かるよテイオー。じゃあついでにベッドの横の引き出しに入っている赤いシールが張ってある書類も持ってきてくれないかい?」
「了解!じゃあ行ってきまーす!」
「あっ、待ってテイオー!マヤノの部屋の鍵持ってるよね?マーベラスはマヤノの服持ってくるから、一緒に行こう!」
「OK!…でも今ってブライアン先輩が壊したから、あの部屋ドアがないんじゃ…」
「あっ、そう言えばそうだったね。ってことは別に鍵がなくても…ってテイオー?」
「あぁーっ!!最近フジ先輩の部屋で過ごしてたから忘れてたけど、よくよく考えたらあの部屋ボクの部屋でもあるじゃん!ドアがふっとんでるってことは中が丸見えってことじゃん!ちょっと行って片付けてこないと!!」
「あっ、ちょっと待ってよテイオー!マーベラスを置いてかないでよー!!」
「…」
…で、出遅れた。
元気に去っていくテイオーとマーベラスが去った方向に手を伸ばすが、時既に遅し。気が付くと、アタシはフジ先輩と二人きりに、なっていた。
「ふふっ、元気な二人だね」
「あ、あはは。まぁ、あの子達はあれだけが取り柄なので…
…えっと、アタシに何か手伝えることはありますか?」
「…え?え~っと…じゃあネイチャ!私がマヤノをおんぶするから、マヤノが寂しくないように一緒に保健室に行くのについてきてくれないかい?
…ほら!マヤノと仲が良い君ならマヤノの様子も気になるだろ?」
「…」
…つまりアタシ、今やることないんですね…?先輩の遠回りな優しさに感動のあまり涙が出そうになるが…しかしマヤノの様子が心配なのも本当なので、マヤノを背負った先輩と一緒にアタシは保健室を目指す。
太陽はまだ完全には沈んでいないらしく、アタシ達の周りの風景を赤く照らし出す。しかし、それでも空を見上げると深い青っぽいところが出てきており、両者の境で色が混じり合い、紫色になっている。
そんなちょっと不思議な空の下を歩きながら、アタシは先輩と少しだけ話をする。
「…マヤノ大丈夫ですかね…」
「…まぁ、生命に影響するってことは流石にないと思うよ。多分ね。ただ、ここまで無理をしたなら、この一月の間に溜まった精神的な疲れも合わせて、最低でも数日間は目を覚まさないかもね…」
「…まぁ、そうなりますよね…」
今日のマヤノは明らかに異常だった。だが、無理をするということは、その分のツケを何処かに押し付けるということだ。そう考えるなら先輩の言うような感じになるのが現実的に可能性として高いだろう。
太陽は刻一刻と地平線に沈んでいく。さっきまで赤い空と青い空が交わり紫色になっていた空は、もうすっかり赤の勢力が衰え、深い青の勢力が幅を効かせている。今はまだ、ほんの少しだけ赤が残っているが、もう少し時間がたてば完全に深い青の勢力が勝ち、そして辺りには夜の帷が降りるだろう。
そうやって暗くなっていく歩みの中で、アタシは結局よく分からなかったことを先輩に聞いてみる。
「…結局ブライアン先輩は何がしたかったんですかね?」
マヤノをおぶって歩き続ける先輩はしかし、困ったような顔で微笑む。
「…さあね…推測はできるけど、結局のところそれは彼女にしか分からないよ。ただまぁ、冷静に考えてみれば本来彼女は嫌がる相手にこんな強引なことをするような人じゃない。それを考えるならば、ここまでしてでもマヤノに伝えたいことがあったってことだろうし、それを察したからこそ、ヒシアマや会長も、彼女の行動を止めなかったんだろうね…」
「…」
太陽はいよいよ地平線に沈みつつある。劣勢に追い詰められた太陽光は、それでもなお、いやむしろ追い詰められたからこそ一際目映い輝きを放っている。
「…だとしたら、それがマヤノに伝わってると良いですね…」
「…きっと伝わってるさ。何せこの子は…」
保健室へ歩みを進めながら、アタシ達はブライアン先輩の伝えたかったことが、マヤノに伝わっていますように、と話しながら思うのだった。
それにしてもタマモクロス実装されませんね?
シングレ含めてあんなに人気のある良いキャラクターなのに…
毎回Twitterのトレンドを騒がせるのに、頑なに(育成には)実装しないあたり、
そろそろ作者は、源氏物語の雲隠みたいなものなのではないかと思ってきましたよ…