ウマ娘三部作Firstシーズン 片翼の撃墜王 ~イカロスの黎明~【完結】   作:DX鶏がらスープ

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このお話で第一部完って感じですね。

…自分で書いといてなんですが、
ここまでしないとマヤちゃんをスタートラインに立たせることすらできませんでした。

…おい誰だよ、こんな死ぬほど重い話書いたやつは!!





( ´・ω・)⊃(鏡)スッ




国破れて

 

「…あっ、マヤわかっちゃった。これ夢だ」

 

「…いくらなんでも理解が早すぎるんじゃないか?マヤ…?」

 

気が付くとなんかよくわかんない空間にいて、目の前に立っていたトレーナーちゃんを見たマヤの第一声はそれだった。そしてそれを聞いたトレーナーちゃんは流石に面食らったのか、一瞬びっくりしたような顔をした後、苦笑いを浮かべる。

 

夢…そうこれは間違いなく夢だよね。だって周りの空間はまっ白で、色というものが一切なくて、さらにマヤとトレーナーちゃん以外にはなんにもない。…ホントにただただなんにもない空白だけが無限に広がっているだけなんだもん。おまけに、その状況で足場もないのに普通にマヤ達が立っていられるあたり、こんなむちゃくちゃなことが成り立つのは夢の中くらいだろうってことは、例えマヤじゃなくてもわかっ・・・ちゃうと思うんだ。

そして、何より…

マヤは改めて目の前にいる人物を見つめる。

 

…くたびれた黒いスーツに黒い中折れ帽子、そして黒いサングラス...相変わらずの不審者ファッションで、困ったような笑みを浮かべてマヤの前に立っているその人の姿は、マヤの知るトレーナーちゃんとそっくり同じものだ。

 

…そうマヤの知るトレーナーちゃん。その姿は一月前に、車道に飛び出した子どもを庇って、トラックに轢かれたトレーナーちゃんの姿そのもので…そして、マヤがずっと会いたくて仕方がなかった人の姿そのもので…

 

「はぁっ、まったく…こういう時はまず驚くのが定番って奴だろうに…本当昔から空気が読めない奴だよなぁ~マヤは。

もうちょっとこう、こういう場面ではまず、"嘘っ!"とか、"信じられない!"とか言う台詞が飛び出すところ…ってマヤ?」

 

「…」

 

「ははっ、おいおいまだ俺が喋ってる途中だろ?台詞を途中で遮らないってのは、古今東西全ての物語のお約束って奴で…」

 

「…」

 

「………えっと……マヤ?マヤさん?」

 

…トレーナーちゃんが何か言ってるみたいだけど、全部無視してトレーナーちゃんを抱き締める。すると深い森の中みたいな、落ち着く香りがする。

…それはトレーナーちゃんの好きだった香水の香り。

 

マヤ達ウマ娘は、普通の人間より鼻が良い。だから匂いには敏感で、それを知っているトレセンの関係者や一般のトレーナーちゃん達は、無香料の香水なんかを付けて、マヤ達に不快な思いをさせないように気をつかってくれている。でも、トレーナーちゃんは違う。

 

この人は、「良い男は匂いにも気をつかうものだろ?」って言って、いつもこの香水をつけてた。もちろんそこは腐ってもトレーナー。マヤ達が不快に感じないギリギリのラインを見極めてつけてたんだけど、それでも一人だけ変な匂いがするって、他のウマ娘のみんなから避けられてて…

 

「…」

 

「…お~い、マヤ?マヤさんや?無視してないで、いい加減喋ってくれませんかね?…流石にそこまでガン無視されると、いくら俺でもちょっと傷つくというか…なんというか?…」

 

…トレーナーちゃんを抱き締める。自分が夢を見ているかどうかを知りたい時には、自分のほっぺを引っ張ると良いなんていうけど、確かにそれは正解かもしれない。だってこんなにも強く抱きしめてるはずなのに、マヤの腕にかえってくる感触は、そのわりには随分と鈍い。

 

でもそれでも、固くて、ゴツゴツしてて、ほんのちょっぴり暖かいそのおっきな身体は、間違いなくオトナのオトコのもので…

 

…そして、そんな身体から香る、年をとったおっきな木みたいな、トレーナーちゃんの年には全然合わない、静かで、落ち着いた香りは間違いなくトレーナーちゃんの匂いで…

 

「………った」

 

「…?」

 

…だから…それを実感しちゃったら…わかっ・・・ちゃった…ら…

 

「………………………さびし…かった」

 

「…」

 

「…さびしかったよ…トレーナーちゃん…」

 

…あぁ、もう止まらない。止まれない…

…口からぽつりぽつりとあふれ出すのは、これまでずっとトレーナーちゃんに言いたかったことで….

 

「…マヤの夢を…いっしょに叶えてくれるって…いってたのに…」

 

「…」

 

「…ずっと…マヤと一緒に…いてくれるって…いってたのに…」

 

「…」

 

「…それなのに…トレーナーちゃんは…突然いなくなっちゃって…マヤ…ひとりぼっちになっちゃって…」

 

「…」

 

「…マヤ…ホントにつらくて…くるしくて…かなしくて…」

 

「…」

 

「………もう…どうすればいいのかぜんぜんわか・・んなくって…!」

 

「…」

 

「…だから………だから!……………だから!!………………っ!?」

 

…マヤが言えたのはここまでだった。なぜなら…

 

「………すまなかった」

 

トレーナーちゃんがマヤの身体に手を回す。その手はいつかみたいにおおきく、そして暖かくて…

 

「…寂しい思いをさせて…本当にすまなかった」

 

優しく、まるで壊れ物を扱うように、トレーナーちゃんはそっとマヤを抱き締める。

 

…そうして懐かしいトレーナーちゃんの温もりと匂いに包まれていると、マヤも何だか我慢が出来なくなってきて.…

 

「……………どうして?…どうして死んじゃったの?…トレーナーちゃん…」

 

「…」

 

「…ねぇ…なんで…?」

 

「…」

 

「…こたえてよ…トレーナーちゃん…こたえてよ!!」

 

「…」

 

「…マヤは!…マヤは!!…マヤ…は…

 

………うあああぁぁぁぁあああぁぁあっっっっっ!!」

 

涙が、後から後から湧いてくる。相変わらず感覚は朧気で、抱き締めたトレーナーちゃんの身体の感触や温もりも、何となくしか感じることが出来ない。

 

それでも、何となくでしか感じられなくても、それは確かにトレーナーちゃんの感触と暖かさで…

そして、しっかりと根を下ろした大木のような、どこか安心してしまうトレーナーちゃんの匂いは、確かに本物で…

 

「…本当に、本当にすまなかった…マヤ…」

 

…でもこれは夢だから。

 

「…トレーナーちゃん?」

 

「…でもさ、忘れないでくれ」

 

マヤを抱き締めていたトレーナーちゃんの手が背中から離れる。気が付くと、抱き締めていたはずのトレーナーちゃんが遠ざかっていて…

 

「…!?トレーナーちゃん!?」

 

「…俺はいつでも、君の側にいる。トレーナーだからな。愛バの近くにいるのは当然だろ?」

 

「…っ!!」

 

遠ざかるトレーナーちゃんにマヤは必死に手を伸ばす。だけど、どんなに手を伸ばしても、その手は届かなくて…

 

「トレーナーちゃん!!手を!!」

 

「…だからさマヤ、そろそろ周りに目を向けても良いんじゃないか?」

 

真っ白な空間に溶け込むように、トレーナーちゃんの輪郭が薄くなっていく。それなのに、そんな状況なのに、トレーナーちゃんはいつもみたいに呑気に笑ってて…

 

「待ってトレーナーちゃん!まだ、まだマヤは!!」

 

「…大体URAファイナルズ初代女王ともあろう君が、いつまでもメソメソ泣いてたら沽券に関わるぜ?

 

…だがまぁ、大丈夫だ。マヤの周りには、マヤのことを大切に想ってくれる人達が沢山いる。そんな人達なら、きっとマヤのことを支えてくれるさ。

 

…だからな?一つだけ約束してくれ」

 

トレーナーちゃんの姿は、もういよいよ消えかけてる。そんなトレーナーちゃんに、もうマヤは触れることすら出来なくて…

 

「…次に会った時、もう一度だけ、マヤの走る理由を聞かせてくれ。

 

それができたならきっと…」

 

言い終わる前に、トレーナーちゃんの姿が消える。あたりには真っ白な空間がどこまでも広がっていて…

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

「…トレーナーちゃん!!」

 

「…うわぁっ!?」

 

「…へっ?」

 

気が付くと、マヤはさっきまでのだだっ広い真っ白な空間じゃないところにいた。

 

「…」

 

夢?…なんて疑問は今さら湧かない。あんな意味の分からない場所が夢じゃないはずがない。だから、マヤがこれまで寝ていて、今この瞬間に目を覚ましたということに関しては間違いない。だけど…

 

(えっと…ここ、保健室?)

 

広い部屋に、何個かの白いベッドが置いてある。その一つにマヤは寝ていて、窓辺だからか、カーテンの隙間から漏れでる日の光が、白い掛け布団におちている。そして、壁の棚には、何かの液体が入った瓶がたくさん並んでいて、周りからは独特な薬の匂いがする。

…普段あまり行くことがないからすぐにわからなかったけど、周囲の様子から考えるに、ここはトレセンの保健室?

 

(だとしたら…なんで?)

 

最近はマヤ、自分の部屋から出たことなかったはずなんだけど…

起き抜けでぼんやりする頭で記憶を呼び起こそうとした時だった。

 

「…マヤ…ノ」

 

「…ん?」

 

…そう言えばさっき起きた時に、何か近くから誰かの声が聞こえたような…

…そう思ったマヤが声のした方を向くと…

 

「マヤノォォオっっっッッ!!」

 

「きゃっ!?」

 

いきなり何かが抱きついてきた!

しかも、その腕は完全にマヤの首を極めていて…

 

「やっと起きたんだね!マヤノ!!

 

…良かった!良かったよぉぉっっ!!うわぁぁぁぁあん!!」

 

「…ちょ…く、くるし…」

 

「…あっ、ごめん!」

 

起きたばっかりなのに、危うくまた眠りに落ちそうになったマヤだったけど、幸いにも抱きついていた何かはそんなマヤの様子に気付いたらしく、慌ててマヤから手を離す。

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

「ご、ごめんね、マヤノ。大丈夫?」

 

息を整え、再びマヤに突撃してきた何かの方を見ると、そこにいたのは…

 

「…マベちん?」

 

「マーベラス☆」

 

目を真っ赤にしたマベちんだった。

 

「ど、どうしてここに?」

 

「マーベラス☆それはもちろん、マヤノが心配だったからに決まってるよ!

最初はテイオーとネイチャも一緒だったんだけど、流石にずっといるわけにもいかないし、3人全員でいると他の人に迷惑かかるから、今日まで交代でマヤノのこと見てたんだ★

 

…ホントに無事に起きてくれて良かったよぉ!マヤノ~!!」

 

「…え?マヤそんなに寝てたの?」

 

またマヤに抱きつきながら泣き出すマベちんだったけど、流石に聞き逃せない。何故ならマベちんの言葉からは、マヤが何日も眠っていたことがわかる。一体どうして…

 

「一週間だよ、一週間!ブライアンさんと模擬レースをしてから一週間マヤノは目を覚まさなかったんだよ!!マーベラス心配で心配で…」

 

「…!!」

 

その後も何かマベちんは喋ってるけど、マヤの耳には聞こえない。一週間も自分が寝ていたということは驚きだけど…そうだ、思い出した。

 

(…ブライアンさん…)

 

そう、マヤはあの日ブライアンさんと模擬レースをして…

 

(…っ!!)

 

途端に沸き上がるのは、純粋な怒り。そうあの人はレース前、マヤの部屋に押し掛けてきた。そこで…

 

(…許さない)

 

…あの人はマヤのトレーナーちゃんを侮辱した。

…マヤのことなら別に良いよ?元々トレーナーちゃんと契約する前は、何回もトレーニングサボってたから、文句を言われることとか、陰口を言われることには慣れてる。でも…

 

(…絶対に、許さない…)

 

「それでね!…マヤノ?」

 

拳を握りしめる。しばらく喋り続けていたマべちんだったけど、マヤの雰囲気の変化に気付いたのか、言葉が止まる。

 

…そう、マヤの悪口なら別に良い。でも、トレーナーちゃんの悪口だけは絶対に許さない。

 

胸の奥で燃え盛る怒りのままに、マヤが布団から立ち上がろうとしたその時…

 

ドサッ

 

「?」

 

保健室のドアの方で何かが落ちる音がしたと思ったら、

 

「…マヤノ?」

 

「…あっ…」

 

「…テイオーちゃん…ネイチャちゃん」

 

そこには手に持っていた鞄を落とし、口をポカーンと開けたテイオーちゃんと、感極まった顔で手で口を押さえるネイチャちゃんがいて…

 

「…!…マヤ――…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    「 …マヤノ  」

              

 

 

 

 

 

 

 

…空気が凍った。

最初は信じられないという顔をしていたテイオーちゃんの顔に段々と涙が滲み、ついに弾かれたようにマヤのところに駆け出しかけた瞬間に、その隣から低い声が響き、その場にいた全員が硬直する。そしてその声の主であるところのネイチャちゃんの顔は、明らかに憤怒に染まっていて…

 

「…聞こえなかったの?」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

 

…なんて悠長なこと考えてられない!

ネイチャちゃんの纏う鬼みたいなオーラにあてられて、さっきまであれほど強く抱いていたブライアンさんへの怒りなんて一瞬で忘れ、マヤは慌てて返事をする。

 

「…今日の日付は分かる?」

 

「え、え~と…」

 

「…アンタがブライアンさんと模擬レースをしてからちょうど一週間後よ…」

 

「…へ、へぇ~...そうなんだ…」

 

こちらを睨むネイチャちゃんの目を直視出来ない。

マベちんがいきなり抱きついてきたのにも驚いたけど、まさか出会い頭にネイチャちゃんにここまで怒られるとは流石に予想できない。

…マヤ何かやっちゃったっけ?

 

「…そうよマヤノ…あれから一週間たってるのよ…」

 

なんて考えていると、ネイチャがツカツカとこっちに向けて歩いてくる。誰も止められない。ネイチャちゃんの隣にいたテイオーちゃんはもちろんのこと、今までマヤの隣にいたマべちんも、ネイチャちゃんのあまりの怒りに顔を真っ青にしておびえている。そして、ネイチャちゃんが近づくと、慌てて道を空ける。

 

…誰も何も話さない。

 

保健室の入口からマヤが寝ていたベッドまで大体数メートル。ネイチャちゃんはそれを無言で歩ききり、マヤの隣に回り込むと、マヤの胸ぐらをいきなり掴んだ。

 

「…ネイチャ!」

 

「…!マヤ――…」

 

 

 

 

「マヤノ!

あんた自分がどういうことしたのかわかってるの!? 」

 

 

「…!?」

 

あまりの迫力にマヤは声も出せない。

テイオーちゃんやマベちんも、ネイチャちゃんがマヤの胸ぐらを掴んだ時点で流石に咎めようとしたけど、普段あんまり怒らないネイチャちゃんの大声を前にして、絶句している。

そんな状況の中でネイチャちゃんは続ける。

 

「百歩、いえ百万歩譲ってブライアン先輩と模擬レースをしたことは良いわ!

 

確かにあなたはとても走れるような状態じゃなかったけど、それでもあそこまでブチキレるってことは、それなりのことをブライアン先輩がやらかしたってことよね?

 

正直それでもアタシはあんたに走って欲しくなかったけど、そこまでされたのなら、それに関しては仕方がない。でも!!」

 

ぐいっ、とネイチャちゃんはマヤの顔を自分の顔に近づける。一気に近くなったネイチャちゃんの目には、堪えきれない怒りが燃えていて...

 

「ねぇ、マヤノ答えて。ブライアン先輩とレースをしたのは良い。全然良くないけど、それは良い。

 

…だったらどうして、あんたはぶっ倒れるまでブライアン先輩とレースをしたの!?」

 

「…そ、それは…」

 

…ブライアン先輩がトレーナーちゃんをバ鹿にしたからで…絶対負けるわけにはいかなかったからで…

 

そんなマヤの理屈などどうでも良いといわんばかりに、ネイチャちゃんは怒り続ける。

 

「ねぇ、マヤノ分かってたでしょ!?自分が走れる状態じゃないって!!

 

確かに負けて悔しかったってのは分かる!絶対に勝たなきゃいけなかったってのも、あんたの様子を見てれば何となく分かる!!

 

でもそれにあんたの身体が耐えきれないってことくらい、分かってたでしょ!?」

 

燃え盛る烈火の如き怒りを湛える目が、マヤの目を正面から見つめる。

 

しかし…

 

(…?)

 

不意にマヤの足元の掛け布団に何が落ちたような気がした。

一瞬それに気を取られてネイチャちゃんの顔から目を反らしてしまうけど、もう一度ネイチャちゃんの顔を見てぎょっとする。なぜなら…

 

「一週間!そう、一週間よ!!あんたが倒れて目を覚まさなくなってから!!

 

ねぇ、分かってたでしょ!?自分の身体がボロボロだったってことくらい!

 

あのトレーナーさんが亡くなってから、ずっとその悲しみに捕らわれていたあなたの身体は、自傷行為こそしなかったけど、本当にもうお医者さんを呼んだほうが良いかもしれないところまで弱ってた!

 

…そんな状態でレースをしたら…しかもあんな体力が尽きて倒れるまで何回も何回もレースをしたら…自分の身体が壊れちゃうって!

 

もしかしたら…死んじゃうかもしれないって…自分で…わからなかった…の…?」

 

気が付くと、あんなに怒っていたはずのネイチャちゃんは泣いていた。その瞳からぽろぽろ涙をこぼしながら、泣いていた。そしていつしか、その言葉はマヤを責めるものじゃなくなっていて…

 

「…アタシ…心配だったんだよ?

 

だってマヤノ…一週間も…目を覚まさなかったんだよ?…どんなにアタシ達が声をかけても…目を覚まさなかったんだよ?…ホントに…ホントに…心配で…

 

…もしこのまま…グスッ…目を覚まさなかったら…ヒック…どうしようっで…

 

…大切な友達が…ヒック…このまま死んじゃったら…グスッ…どうじようっで…」

 

気が付くと、保健室は静まり返っていた。誰も何も言わない。ネイチャちゃんがたまにしゃくりあげる音だけが、やけに大きく響いている。

 

「…だがら…良がった…グスッ…

 

ホンドに…良がった…

 

マヤノが…ヒック…目を…グスッ…覚まじで…ぐれて…

 

ホンドに…ホンドに…」

 

…そこが限界だった。

 

「…うわぁぁあああああぁぁぁん!!

 

マヤノォォォォっっっっ!!

 

無事に…無事に起きてくれて、ホントによがっだよぉぉぉおおおおっっっ!!!」

 

ネイチャちゃんがマヤの足元の布団に突っ伏して号泣する。

 

「…ネイチャちゃん…」

 

…そしてマヤは、そんなネイチャちゃんを呆然見ていることしか出来ない。だってこんなネイチャちゃん見るのは初めてだったから。

 

人が良くて、おせっかいで、それでいて優しいネイチャちゃんは、いつも冷静な子だ。だから、そんな彼女の取り乱すところなんてマヤは今まで見たことなくて…

 

だからマヤはどうすれば良いのかわか・・らない。すると…

 

「…ちぇっ、ボクの言いたかったこと全部言われちゃった。

全くズルいよね~ネイチャは」

 

と言いながらテイオーちゃんがマヤのベッドに近づいてくる。

 

「…まぁ、ネイチャがあそこまでぶっちゃけちゃったからボクも言うけど、正直ボクもマヤノ、キミに怒ってる。」

 

そしてベッドの反対側に来ると、そこにあった椅子に座りながら続ける。

 

「それはもちろん、ブライアン先輩とのレースの件もそうだよ?

ネイチャが色々言っちゃったからボクからはもうこれ以上言わないけど、概ねこれに関してはボクもネイチャと同意見だ」

 

「…ごめんなさい」

 

思わず謝るマヤだったけど、テイオーちゃんは特に気にせず続ける。

 

「…でも、ネイチャと同じようにボクにも君が無事に意識を取り戻してくれて嬉しいって気持ちはある。そしてそのことを素直に祝福したいって気持ちも当然ある。

 

…だからこそ、他の言いたいことを全部飲み込んででも、一番最初にキミに言わなきゃいけないことは、間違えないつもりだよ」

 

そう言ってテイオーちゃんは一旦ことばを区切る。そして改めて笑顔でマヤに言った。

 

「…だからね、マヤノ。

 

     …お帰り

 

  戻ってきてくれて嬉しいよ 」

 

「…ぁ」

 

だからわかった。わか・・っちゃった。マヤがこれまで見えてなかったものが、夢の中でトレーナーちゃんが言っていたことの意味が。

 

「…マヤは」

 

そう、マヤはトレーナーちゃんが死んでから、一人ぼっちになったと思ってた。…思い込んでいた。だから寂しくて寂しくて堪らなくて、一人で部屋に籠ってた。外のトレーナーちゃんがいない景色が、怖くて怖くて仕方がなかったから…

 

「…マヤは」

 

でも違った。本当はマヤの周りには沢山の人がいて、その中にはマヤのことを大切に想ってくれる人も何人もいて…

 

「…マヤは!」

 

…だから、だからきっと、マヤは…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…マヤは、みんなの友達でいても…良いの?」

 

 

 

 

 

 

 

マヤの言葉を聞き、無言で3人は顔を見合わせる。そして同時に頷き、同時に口を開く。

その答えは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「あたりまえでしょ!(だよ!)(★)」」」

 

 

 

 

 

「…っ!!」

 

それを聞いた瞬間に、何かが一つの線で繋がったみたいで…

マヤの悩んでいたことの一つがストンと胸に落ちたみたいで…

 

 

「わっ!マヤノどうしたのさ!!」

 

「?…別にマヤは何もないけど…」

 

「そんなわけない!だってマヤノ泣いてるじゃん!ものすっごい泣いてるじゃん!!どこか痛いの?もしかしてさっきマーベラスが抱きついたのが悪かったの!?」

 

「…え?」

 

言われて目元に手をやってみると、確かに目の縁が濡れている。

 

「お、落ち着きなさいあんた達!えぇっと、マヤノ本当にどうしたの?どこか具合でも悪いの?何かあるなら相談にのるよ?」

 

「ハイハーイ!それならボクが相談に乗るよ!なんせボクはサイキョームテキのテイオーさまなんだから!!」

 

「ハイハイ、あんたはそれが言いたいだけでしょ、テイオー。ちょっと下がっときなさい。

…ねぇ、本当に大丈夫?アタシで良ければ相談に乗るよ?」

 

「ムッカー!そんなことないもん!ボクは純粋にマヤノの力になりたいと思っただけだもん!!

ネイチャこそ、さっきはあんな鬼みたいな顔してたクセに、人の相談にのるなんて出来ないんじゃないの?相談に行った瞬間に食べられちゃうよ!!」

 

「なっ!?テイオー!あんたちょっとそこになおりなさい!!」

 

「ヤダよー!ナイスなネーチャンなんかに捕まるもんか!!」

 

「あっ、言ったわね!テイオー!!お望み通り、ネイチャさん必殺の右ストレートを喰らいなさい!」

 

「もう!二人ともケンカしちゃだめぇ!!」

 

「…あははっ」

 

あれだけ静かだった保健室は今や混沌の坩堝と化している。テイオーちゃんがひたすらネイチャちゃんを煽り、それを鉄拳制裁しようとネイチャちゃんが追いかける。そして、普段は皆を振り回すことが多いマベちんは、珍しく二人に振り回されて、必死に事態を修めようとしている。騒がしいなんてレベルではない。恐らく少ししたら、近くの当直室にいる保健室の先生が乗り込んでくるに違いない。でも…

 

 

(…あぁ、そっか)

 

 

マヤはそんな三人を眺めながら微笑む。ひたすら逃げ回っていたテイオーちゃんだったが、ついに部屋の端っこまで追い詰められ、そこにネイチャちゃんが乗り込もうとしてるのを、マベちんが必死に止めている。

 

「どいてマーベラス!そいつ○せない!」

 

「ネイチャなんか変な電波受信してない!?マーベラス☆じゃないから駄目だよ!!正気にもどってぇ!!」

 

「いくらうま娘だからってその右ストレートは規格外過ぎるよ!そんなのまともにもらったらボク死んじゃうよ!ワケワカンナイヨ!!」

 

(…マヤ…一人じゃないんだ…)

 

「あんた達!ここを何処だと思ってんの!?保健室で騒ぐんじゃないよ!!」

 

「げぇっ!?先生だ!!急いで逃げなきゃ…ってここ3階だ!ひぇ~どうしよう!」

 

「逆に考えるんだ…逃げられないなら突破すれば良いと…引かぬ!媚びぬ!省みぬ!帝王に逃走はないのだぁぁああっっっ!!」

 

「駄目ぇっ!やめてぇ!!お願いだからもとのネイチャに戻ってぇぇ!?」

 

…いよいよ混沌としてきた保健室の室内から目線を切って、マヤは窓の外を眺める。そこには秋の鮮やかな青空が広がっている。

 

「最初から誰も天に立ってなどいない

故に、これからは

…アタシが天に立つ」

 

「くそっ、帝王は僕なのに!僕じゃネイチャに勝てない!どうすれば!!」

 

「はいはーい!そこのうま娘ちゃ~ん、力を求めてるのはあなた~?

今なら~この(自称)天才笹針師、安心沢刺々美が~、ブスッとあなたの秘孔(的なもの)をついて~、(多分)力をあげちゃうわよ~!

ワォ、あんし~ん☆」

 

「面白くなってきたぜぇ!!」

 

「もうマーベラスだけじゃツッコミきれないよぉ!誰か助けてぇ!!」

 

(…トレーナーちゃん、マヤもうちょっと頑張ってみるよ…)

 

…正直なところ、まだ少し怖い。

いくら皆がいてくれるからと言っても、トレーナーちゃんがいなくなってしまったことは事実で、変えられない。だからきっと、マヤはまた寂しくて泣いちゃうだろうし、落ち込んじゃうだろう。

 

…そして、トレーナーちゃんが最後に夢で言っていたことの意味もまだはっきりとは「わか」ってない。

 

無論キラキラなオトナのうま娘になりたい、という夢は今も変わっていない。だけど、いつかのやり取りのように、この質問にもまた何か別の意味があるように思えてならない。

 

「マヤは何故走るのか?」

 

あの日、実は完全に意識を失う前に聞いていたブライアン先輩の言葉と、奇しくも同じそれについて、マヤは多分向き合わなければならない。

 

それでも…

 

(…歩いてみるよ、トレーナーちゃん)

 

そしていつか、問いの答えを持ってトレーナーちゃんの前に立つ。その時こそ、全てが終わり、そして始まると思うから…

 

秋の澄んだ空気は、どこまでも、どこまでも天高くまで続いているのだった。

 

 

 




マーベラス「お願いマヤちん!一人だけモノローグに逃げてないで助けてぇぇぇ!!」





…というわけで、これで無事に第一部が完結しました。
マヤちゃんが何を見て何を感じ、そしてどういう答えを出すのかはここからですね。

ですが、まずはここまで読んでいただいた方々に感謝を。
もしよろしければ、ここからの彼女達の物語も楽しんでいただけると幸いです。


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