多分原作の3年くらい前の話
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夢、目標、理想。
そういったものがボヤけて見えるようになったのは、いつからだっただろう。
最初の頃は、夢を無我夢中で追いかけて、やたら高い目標にそれでも怯まず挑み続けて、遥か遠い理想に瞳を輝かせていた、と思う。多分。
「もう一枚こっちに目線お願いします!…いやー、いいですね!その表情最高!」
そんな益体も無いことを考えつつ、自分の表情は最も写真映えするものへと変わり、それに合わせて体は最適なポーズへ移行する。
ここは海軍本部広報部隊の所有するスタジオで、今は来月の海軍機関誌に載せる写真の撮影中。
そしてアタシは──
「やっぱ雰囲気あるよな、少尉は」
「流石は“100年に1人の美少女ウマ娘”って感じだよな」
「“金砂”のゴールドシチー、その美貌を間近に見られるってだけで海軍入る価値あったわ」
「それな」
「シチーさん…素敵だぁ」
称賛の声。羨望の言葉。憧憬の念。
悪意など欠片も無い、ひたすらに無垢な善意が投げかけられる。
『キレイ』だと。
「シチー少尉」
上官である女性──広報部隊の責任者である准将から声がかかる。
「本日の撮影は終わりよ。明日のスケジュールを確認したいから、着替えたら執務室へ来て頂戴」
「了解しました」
ああ、何というか──また一段と、何かがボヤけた気がした。
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“金砂”のゴールドシチー。アタシの名前。
身体能力に優れ、魚人と双璧を為す種族であるウマ娘族の出身で、今は海軍本部広報部隊所属。
二つ名は髪の色がウマ娘の中では珍しい“尾花栗毛”という見事な金色だったから。
階級は一応“少尉”。といっても、何か戦果を挙げたわけじゃない。何なら前線に出たこともない。出動してもやることといえば、精々が後方支援という名目で上官の近くに待機する程度。
アタシの主な任務は、モデルとして機関誌やら、外部向けの雑誌の取材を受けること。
一般論として、ウマ娘という種族は見た目が良い。その中でもアタシは、まあそれなりにビジュアルには自信があったわけで。
入隊して早々に広報部隊へ配属されて、以来ずっと訓練の傍らモデル業──いや、モデル業の傍ら訓練、が正しいか。
幸いモデル業は内外問わず読者に好評で、結果として海軍の新規入隊希望者がアタシが入隊する前後で目に見えて変わったらしい。“少尉”とは、その功績で昇進した謂わば張りぼての肩書だ。
アタシには何にもない。海兵として果たした職務も、肩書に見合った実力も、あと、夢とか、目標とか、理想とか。
見てくれだけの空っぽなお人形──それが、海軍本部広報部隊所属“金砂”のゴールドシチー少尉だ。
だから、こうして真夜中にわざわざ人目を忍んで走り込みをしている理由は、本来無いはずだ。
「ふぅ…5分休憩」
呼吸を整えつつ水分を摂る。
走るのは好きだ。ウマ娘は本能的に走ることを好み、それはアタシも例外ではない。
ただどうしてもアタシの容姿は目立ち、とにかく注目を集めてしまう。走ることに限らず、煩わしい視線を避けるためには人目のつかない時と場所を考える必要がある。
「……はぁ」
──広報部隊に入ってしばらくして、明らかに他の海兵に比べ与えられる訓練の内容が手緩いことに気が付いた。
まさか自分の体力では訓練に着いていけないと侮られているのかと思い、訓練内容の見直しについて上官へ直訴したが、あっさり却下された。
曰く、『今は訓練よりモデル業を優先して欲しい。いつか落ち着いたらモデル業を休止して、訓練主体になるだろうから』
モデル業そのものは楽しい。
新兵の勧誘や士気高揚に必要なことも理解している。
何よりこういう活動も誰かを守ることに役立つはずだから。
それに流石に配属直後に上官に楯突くのは外聞が悪い。
だからその場は素直に退いて、指示に従うことにした。
そしてその日の夜から、無駄に熱血してたあの頃のアタシは隠れて自主トレを開始したのだ。
いつか本格的な訓練に移った時に困らないように。
いつか前線に出た時に足手まといにならないように。
いつか誰かを守れるように。
いつか、いつか、いつか、いつか、……。
「結局“いつか”は、来なかったなあ…」
世間に顔が売れ、周知されるほどモデル業は忙しくなった。外部からの取材申し込みも、数日どころか数ヵ月単位で順番待ちが発生している。
もういっそ海軍を辞めてモデルを本業に──なんて話も出て来ていた。
そんな状況でも未練がましく訓練と自主トレの日々を送ってきたが、流石にそろそろ限界かもしれない。
泥のような諦念が体にまとわりついてくる感覚。
少し前までなら振り払えたはずのそれが、やけに重く感じる。
休憩時間である5分が過ぎても、その場に脚が固定されたように動かない。
夢──いつまでも見ていられない。いずれ醒めるか破れるかだと、ここ数年で理解した。
目標──妥協していく必要性を学んだ。高く掲げても、届かないならば無いのと同じだ。
理想──現実との折り合いをつける術を知ることが大人になることだと、今なら分かる。
明日、アタシは海兵を──
「走らないのか?」
「ひゃあ!?」
背後からいきなり話しかけられ、驚きに思わず飛び上がる。
振り返ってみれば、そこには自分よりいくらか年上の男──階級章からして大佐。つまり上官にあたる──がいた。
「お、驚かせてすまない。いきなり背後から声をかけたらダメだよな。不躾だった」
「い、いえ。アタシもちょっとぼーっとしてたので…」
こちらに頭を下げる初対面の大佐に、変な声を出してしまった羞恥心を落ち着かせながら考える。
この人、いつからいた?
モデルという“他人に見られる”仕事をしているからか、アタシは周りからの視線や気配に敏感だ。更にいえばウマ娘は聴覚も発達しており、僅かな物音も聞き逃さない。
だというのに、この人は気取られることなくウマ娘であるアタシの背後を取った。
(ああ、そりゃそっか。お飾り“少尉”のアタシと違って、きっちり実力で“大佐”になったんだろうね)
そんなことを考えていると、大佐は人畜無害そうな顔でこちらに語りかけた。
「それで?」
いや何が、それで?なのか。
「えっと…?」
「ああ、ゴメン。キミいつも1人でこの辺を走ったり、トレーニングしてただろ?今日はいつもより切り上げるのが早いから気になって」
どうやら海軍内部にストーカーがいたらしい。後でルドルフ中将に報告しよう。
じゃなくて…!
「見てたんですか!?」
「あー、うん。覗き見するつもりはなかったんだけどさ。ほらこの辺ってこの時間は人通りが少ないし静かだろ?」
散歩するには丁度いい。なんて、締まりの無い顔で微笑んだ。
「……そうでしたか。散歩の邪魔をして申し訳ありませんでした。でも、明日からは気にする必要はありません」
アタシの言葉に大佐は首を傾げていた。
「……、っ、モデルに、専念しようと、思ってるんです」
出てきたのは、自分でも信じられないくらい掠れた声だった。
「まあ元々?向いてなかったんです。ウマ娘だし、ちょっと力が強いから調子に乗って海軍に入ってみたりして。ああ、これからも海軍とは良いお付き合いをさせて頂きたいと思ってます。“モデル”のゴールドシチーとして」
うわ。ダサ。最悪。
何かやたら早口でまくし立てて、なのに最後の方は声なんか殆ど出てなくて。表情も引き攣ってるし、脚とか震えてるし。
「──それで?」
目の前の大佐は微笑んだまま、先程と同じ言葉を口にした。
「は…?」
「君はどうしたい?」
どうもこうもない。
割り切らなければならない。
いつまでも惰性で現状のままとはいかない。
「君にも夢があるだろ?あと、目標とか、理想とか」
──昔、住んでいた島が海賊に襲われた時のこと。いち早く駆けつけた海軍がものの見事に海賊達を捕縛し、あっという間に解決してしまった。
皆、怪我や汚れでボロボロだったけど、その姿が凄く『キレイ』に見えた。
単純過ぎて笑われるかもしれないけど、それでもなりたいと思った。
でも──
「そういうのは、ないです。現実見て、地に脚着けないと」
失礼します、と。一刻も早くここから離れたくて、アタシは返事も待たずに逃げ出した。
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「──荷が重いなあ。恨みますよ、ルドルフ中将」
駆けて行くウマ娘の背を見届け、男は思わずそう呟いた。
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翌日、起きてから未だに頭が回らないまま上官である女准将の執務室に入ると、何故か昨夜の男もいた。
やはりストーカーだったか。後でルドルフ中将に報告しよう。
とはいえ、だ。昨夜あんな情けない姿を見せて数時間しか経っていないので、流石に気まずい。と、思っていたのだが。
「ああ、昨日ぶりだね少尉。丁度よかった、君の意思も確認しておきたい」
「シチー少尉、実は貴女の彼の部隊への転属が決まったところなの。辞令は追って下されることになるわ」
「…は?」
いや、は?
「広報部隊でのモデル業は継続してもらうことになります。形式上は兼務ということになるわね。まあ、所属は彼の部隊だから仕事量も含めて調整は必要だけど」
いや、ちょっと。
「流石に今までみたいなモデル中心の生活は難しくなるからな。慣れるまでは大変だが、一緒に頑張ろう!」
いや、だからさ。
「彼は誠実だし、優秀な海兵よ。しっかり鍛えてもらいなさい」
「そんなに持ち上げないでくださいよ。何より彼女の意思が最優先です。だから、まあ──」
未だに混乱するアタシに、男──大佐は昨夜と同じように微笑んだ。
「──君はどうしたい?」
「…、っ。昨日言ったこと、忘れたんですか?」
上官に対し質問に質問で返したことを気にすることなく、男は続けた。
「君の本心が知りたいんだ。君にも夢があるだろ?あと、目標とか、理想とか」
──捨てると決めた“希望(いつか)”だった。
──諦めていた“未来(いつか)”だった。
──来ないはずの“明日(いつか)”だった。
それがよりによって、今。今更。
「…、っ!夢なんか、無い!もういいっつの、もうやめるんだ、アタシは!」
あっさり敬語が崩れた。自分が大概な“気性難”だという自覚はあったが、この年齢にもなってこんなにも簡単に取り繕えなくなるなんて。
「──ゴールドシチー少尉」
そんなことを気にした様子もなく、男は真っ直ぐ目を合わせてきた。
酷く優しい、幼い迷い子にかけるような声音。
「君は“君”を捨てなくていいんだ」
あ、ダメだわこれ。
「……アンタ、何なのよマジで」
かろうじて残っていた理性の糸は、容易く切り落とされた。
「ムカつく。うざい。お人好し。ストーカー。盗み見。セクハラ。デリカシーない。しつこい。うざい、うざい、うざい!」
ここがどこかとか、誰がいるかとか、もう関係なかった。
とにかく全部ぶちまけないと、どうにかなってしまいそうだ。
「話が聞きたいとか、自分を捨てんなとか!!わけわかんねーことばっか言いやがって!!アンタ、いったいなんなの!?」
いつ暴れ出してもおかしくないウマ娘を前に、男は微笑みを崩さない。
その態度が、まるで自分を子供扱いしているようで更に怒りを煽る。
夢とか、目標とか、理想とか。
子供じゃないんだから、いつまでも追ってられないんだ。なのに──
「ゴールドシチー少尉の直属の上官志願者だ!」
堂々と、子供みたいに目を輝かせて、そんなことを宣った。
「………………っ。あああああああもうっ、うっぜぇえええ!!
だったらやってみろよ、アンタが!アタシの上官になって、アタシのこと思いっきり鍛えて強い海兵にしてよ!
ただし、いっぺんでもアタシのこと“お人形”扱いしたら、ガチでぶっ飛ばすから!」
「わかった!」
アタシの絶叫に対して、新しい上官は力強く頷いた。
まあ、つまりこれはそういう始まり。
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ゴタゴタはあったが、無事(?)アタシの転属が決まった。
散々執務室で騒いだことを准将に平謝りしたが、逆に「もっと早くこうするべきだった。私は貴女に甘えて、本当に取り返しのつかないことをしていた」と、謝られてしまった。
まあ元々モデル業そのものは好きだし、結果的にアタシの望む形にはなったわけなので気にしない。はい、この話終わり。
取り敢えずは挨拶回り。
まずは広報部隊の同僚達、次に転属先の実働部隊の同僚達。
その後、私物を転属先へ移動させ一息ついた頃に上司──大佐から呼び出された。
先程怒鳴り散らしたばかりなので気まずいが、無視するわけにもいかない。
というか、冷静になると本当に恥ずかしい。生娘とはいえもう20代になったのに、いつまで10代のポニーのつもりなのか。
絞首台に登る罪人の気分で新たな上官の執務室に行ったのが数時間前。
そして今。
「少尉ー、あと2往復だ、頑張れー」
──大佐殿直々の監督の下、基礎トレーニングに励んでいた。
今は高さがアタシの背の倍以上ある、冗談みたいなサイズの『錨』を引きながら、訓練場を往復している。
それにしても、流石は実働部隊のトレーニングはぶっ飛んでいる。こんなどんな船に使うのか分からないような錨を、トレーニングに使うなんて。
「いや、少尉が来てくれて助かった。なんか洒落で作ったっていう錨を押し付けられたけど、ウチにはウマ娘もいないし誰も使わなかったからなあ。少尉のおかげで無駄にならずにすんだよ、ありがとう」
違った。使うのアタシが初めてだった。
あいつはいつか殴る。そう心に誓った。
まあ、そんなこんなでしばらくはトレーニング漬けの毎日である。
今までの訓練も自主トレもお遊びにしか思えないほどの、ハードでスパルタなトレーニングを雨の日も風の日も黙々と。
その間、大佐はずっとアタシの訓練を見守り、気になった点や修正点を指摘してきた。徐々に基礎トレーニングから対人戦闘、集団戦の訓練も追加されてからも、それは変わらなかった。
モデル業も以前ほどではないが続けており、それなりに大変だが充実した海兵生活を送れている、と思う。
そんな日中は訓練とモデル業に明け暮れ、夜は泥のように眠る毎日を過ごしていた頃。
ある海域への哨戒任務に同行を許された。それも、初の前線要員として。
「いいんですか!?」
「そろそろ頃合いかなと思ってさ。まあ比較的安全な海域だけど、現場の空気に慣れておくには丁度いいだろ?」
メイクデビューは早い方がいいもんな。という大佐の言葉に、アタシは大きく頷いた。
ここからだ。ここから、ようやくアタシは進めるんだ。
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天気は快晴。波は、まあ普通。
最初こそ緊張と高揚で固くなっていたが、本当に安全な海域で拍子抜けしてしまった。
いや、別にルドルフ中将とかみたいに海賊を艦隊ごと吹き飛ばしたいわけじゃないけど。ていうか、アレは無理だし。絶対ウマ娘とは別種の生物だと思う。
なんて益体も無いことを考えながら、同僚達と職務に励みつつ休憩も兼ねて近隣の島──小さな町がある──の港へ着けようという通達があった、その時だった。
──警戒音!?
遠方に海賊船。数は2隻。海賊旗から船長は億超えの凶悪犯、らしい。
対してこちらは1隻。既に応援要請は行ったが、間違いなく間に合わない。
「つまり、私達で連中を捕縛、または撃退しなければこの島の住民が危険に曝されるということだな」
能力者いたっけ?大佐だけですよ。
大佐と補佐官が緊張感の無いやり取りをしばし行うと、総員戦闘体勢が発令された。
ついに、実戦だ…!
互いに砲撃しながら、自分達の船と敵の海賊船が接近する。
音が凄い。爆発の衝撃で空気が震えてる。水飛沫も半端じゃない。
敵の砲撃が甲板に命中し、その衝撃で船外に投げ出された同僚がいた。
飛び散る船の破片で傷付き血を流す同僚がいた。
船体が大きく揺らいで、海に落ちそうになってるバカ(大佐)がいた。うん?
「アンタなんなの!?ホント信じらんない!」
「本当に申し訳ないと思っている…カナヅチだから命に関わるところだった…」
落ちる前に救出できたから良かったものの、司令官不在になるところであった。
…これの部下やるの、ちょっと不安になってきた。
そんなやり取りをしていると、あっという間に接敵である。
互いの船を足場に白兵戦となる。
「──よし、船長側を何とかするか。補佐官、こちらは任せた」
「御武運を」
大佐は一人、躊躇なくどちらかといえば豪華な造りの海賊船へと、“月歩”を使って乗り込んで行った。戦闘音からして派手にやっているようだ。
というか“月歩”使えるならさっきも使えバカ大佐。
船長側を大佐が抑えたとはいえ、流石は億超えの船長率いる海賊団。けして気が抜ける相手ではない。
「クハハハハハー!俺様はこのアーニマン海賊団の幹部で6000万ベリーの賞金首だぞ!オイそこの女、俺様の物になるなら命だけは助けてやるぞ!」
…けして気が抜ける相手ではない!
くっそ、色々ツッコミたいけどコイツ無駄に強い!
同僚達に取り囲まれてるのに上手いこと捌いて確実に手傷を負わせてくる。
補佐官初め、こちら側の強い人達は他の幹部を相手したり仲間の救助を行っているので、ここはアタシ達で何とかするしかない!
「クハハハハハー!随分な別嬪さんじゃねーか。俺様の物になるならそれは大切に使ってやるぞ?それこそ『キレイ』な『お人形』のようにな!」
「は?」
あ、ヤバい。あのバカ(大佐)のとこに転属してからこっち、沸点低くなってるかも。
「クハハハハハー!お前みたいな見た目のいい女は大好きだ!海軍なんていうくだらない所なんぞ抜けて、俺様と楽しくやろうぜ『キレイ』な『キレイ』な『お人形』ちゃん!」
「──死ねっ!!」
そこからのことはよく覚えてないです。いや、ホントに。
ただ、同僚達が泣きながらアタシのこと止めてたのは覚えてます。
え、始末書?マジ?…ハイ、すいませんでした。
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今日も飽きることなく錨を引いて走る、走る、走る。
何か錨の数が3つになってる気がするけど気にしない。1つ1つも最初より大きくなってる気がするけど、目の錯覚ということにする。
ビワハヤヒデ少将みたいなアレである。気にし始めたらキリがないので考えない。
「ふぅ…5分休憩」
呼吸を整えつつ水分を摂る。
何だか妙に眩しく感じて、ふと、海の方を見る。
「わぁ」
──夕焼け。
体は疲れてヘトヘトで、それなりに板についてきた訓練着はボロボロで。
だけど、空はわけ分かんないくらいキレイで。
ああ、そっか。全部、最初から分かってたんだ。ムカつく。
「ねえ、大佐」
飽きもせずアタシの訓練を監督する上官に声をかける。今は新聞のクロスワードパズルをやっていたようだ。いや、監督しろよ。
「どうした少尉。錨を増やすか?」
「それはまた今度。いや、そうじゃなくてさ」
相変わらずの優しい声音で微笑んで、子供みたいに目を輝かせてこっちを見る大佐を、アタシも正面から見返した。
「──今アタシは、ちゃんと“アタシ”だよ」
そっか。と、何てことないように微笑んで、大佐はクロスワードパズルを再開した。
もう一度、夕焼けを見る。
夢、目標、理想。
幼い頃のあの夢を、何度だって無我夢中で追いかける。
高く掲げた目標に、手を伸ばして背伸びして跳び上がっても届かなくて、それでも怯まず挑み続ける。
遥か遠い理想に、折れそうになっても瞳の輝きは絶やさずに。
ボヤけていたそれらが、ほんの少しだけまた見えるようになった気がして、ついでに一つ誓いを立てた。
証人はアタシ。それから大佐。
だから、つまりこれはそういう始まり。
『キレイ』で『強い』海兵を目指す、“金砂”のゴールドシチーの第一歩。
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「いや、すまないね大佐君。彼女のことを任せきりにしてしまって」
頭を下げる“皇帝”シンボリルドルフ中将の謝意に、大佐──シチーの直属の上官は、困ったように曖昧な微笑みを浮かべた。
「何故ああなるまで放っておいたか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
促されるまま椅子に座り、そう切り出す。
ずっと気になってはいた。“金砂”のゴールドシチー少尉といえばモデルで有名だが、入隊当初から前線組を志望していたのは近い年代の海兵の間では有名だ。
如何に本人もモデル業を楽しんでいたとはいえ、それは本人の意向を完全に無視していい理由にはならない。
特に彼女はウマ娘である。前線組からすれば、正に引く手あまたの存在であるから尚更だ。
「鍾美瑰麗。如何なる美麗字句を並べても、彼女の美しさを讃えるには不足だろう。つまりは、そういうことだ」
“皇帝”に足る『神威』も、“暴君”を思わせる『覇気』も無く、ただ疲れたように溜め息を一つ。
それで大佐はおおよそを察し、窓の外の遠くを見た。
忌々しいくらいに清々しい快晴であった。世界滅びればいいのに。
「…天竜人ですか」
「出来れば口にしないで欲しかった…」
触れるのは心底嫌だったが、それでは話が進まないので仕方ない。
「──彼女が入隊した当初から、まあ、なんだ。あの界隈で話題になっていてな。ただでさえウマ娘だというのに、しかもあの美貌だ。一時期は海軍に対し引き渡し要求がダース単位で飛んできていた」
「凄い」
凄い。
「無論、全て突っぱねたが…なかなか収集がつかなくてな。だから女性である准将の下に預け、モデルとして活動させることで逆に世間への周知を広め、互いに牽制し合って手出しできないようにした。
“金砂”のゴールドシチーは皆の物だから、無理やり所有権を主張するのは許さない、という世論を作ったというわけだ」
「何故ですかね。今めっちゃ鳥肌と変な汗が凄いんですが」
大佐は暗殺を警戒して窓の外を見た。
優しい日射しの中を小鳥がアホ面下げて飛んで行った。この陽の光で全てが焼き尽くされたらいいのに。
「それがようやく一段落してな。異動させても大きな問題はない、と判断し白羽の矢が立ったのが君だったんだ。
しかし、あまりにも時間をかけ過ぎた。まさか彼女がああまで追い込まれていたとは…」
「まあ、あれは仕方ない気もしますが…」
落ち込みションボリとした皇帝を見ながら、大佐は本心からそう言った。
そもそもゴールドシチー少尉もモデル業そのものに不満があったわけではなく、本人もそのことで周りに当たり散らすようなこともなかったため発覚しなかったのだ。
広報部隊の准将は気付けなかったことに酷く心を痛めていたが、あんなもの他人が分かるわけがない。
結局はアレだ。全て天竜人が悪い。
ほぼ初対面の状態で取り敢えず一通りの地雷を踏み抜いてしまい、内心ビビり散らしながら逆ギレ気味にシチーを自分の部隊に受け入れた男は、そう思った。
「そう言ってもらえると助かるよ、大佐君。
──ところでこの間、面白いことがあってね。バーソロミューくまがいつも持ち歩いている聖書を無くしてな。探しながらこう言ったんだ『これはくま(困)った』!フフフフフフッ、どうだ大佐君!」
大佐は窓の外を見た。
いつも通りのマリンフォードの景色だ。白ひげあたりが全てを消し飛ばしてくれたらいいのに。
あとエアグルーヴのやる気が下がった。
そのちょっと後のお話
短期連載シリーズ
海軍日誌「百年に一人の美少女ウマ娘」
1「モデル業は順調そのもの」・・・雑誌の撮影のためポーズをとるゴールドシチーに周囲は釘付け
2「売上好調」・・・ゴールドシチーが表紙の雑誌は世界中で大量に売れていた
3「日々是精進」・・・巨大な錨を大量に引きずりながら走り汗を流すゴールドシチーと、それを見守る大佐
4「目指す背中は遠く」・・・エアグルーヴから『六式』の稽古をつけてもらうゴールドシチーと、それを見守る大佐
5「背中を追って、一歩一歩」・・・暗くなった訓練場で自主トレをするゴールドシチーと、それを隠れて見守る大佐
6「やっぱりストーカー?」・・・隠れていた大佐を見つけて呆れ顔のゴールドシチーと、必死に謝る大佐
7「事務処理も立派な仕事です」・・・補佐官へまとめた資料を提出するゴールドシチー。周りの同僚達はデレデレ
8「海軍本部新規入隊式」・・・新たに海軍に入隊する海兵達の前で演説するセンゴク元帥
9「スペシャルゲスト」・・・続いてゴールドシチーが登壇すると歓声が上がり大盛り上がり
10「海兵を志す者達へ」・・・激励のスピーチをするゴールドシチーと、それを見て優しく微笑む准将と大佐
11「新しい仲間」・・・キタサンブラックと名乗る黒鹿毛の小さなウマ娘が同じ部隊にやって来た
12「これからよろしく」・・・屈んで目線を合わせて優しく笑いかけるゴールドシチーと、緊張した表情のキタサンブラック
13「後輩に見せる背中」・・・巨大な錨を大量に引きずりながら走り汗を流すゴールドシチーと、それを見守る大佐。そしてその光景に驚くキタサンブラック
14「『キレイ』で『強い』海兵を目指して」・・・夕焼けを見て拳を握るゴールドシチーと、夕焼けをキラキラした目で眺めるキタサンブラック。それを見守る大佐