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焦熱の砂漠と雲一つない灼熱の日射しは、情け容赦なく全てを焼き尽くし罪人を裁く地獄の業火を思わせる。
ただ呼吸するだけで気力と体力、何より水分を奪っていく乾いた空気には、灼かれた砂が混じり熱風となってその威を示す。
時に、長年慣れ親しんだこの地─アラバスタ王国で暮らす砂漠の民にとってすら、等しく骸を晒す墓所となる。
アラバスタ王国首都『アルバーナ』近郊。
焔砂の大地に降り注ぐ陽光の下。白と黒、二つの影がぶつかり合う。
白──背中に『正義』の文字の描かれた海軍のコートを羽織ったウマ娘。
黒──胸元を開けた男装の麗人を思わせる衣装のウマ娘。
どちらもウマ娘という種族に違わず美しい容姿をしているが、色合いと同じく互いの表情は対称的だ。
白──眼を細め、対峙する相手を厳しく睨み付ける。目元のアイシャドウも相まって、妖艶でありながら冷酷な眼光を向けていた。
黒──永く会っていなかった旧友と再会したような、懐かしさと愉しさに満ちた眼差し。余裕を感じさせる微笑を浮かべ、手に持つ一輪の花の香りを楽しんでさえいる。
何度目かの激突で互いの位置が入れ替わり、ようやく2人は口を開いた。
「貴様が何故クロコダイルの下にいる。まさか貴様に限って不本意ながら無理やり、ということもないだろう。答えろ──フジキセキ」
「人を見るなりいきなり襲いかかってくるなんて酷いな。久々の再会だっていうのに、思い出話をする余裕もないじゃないか──エアグルーヴ」
白──海軍本部所属“海軍の女帝”エアグルーヴ大佐。
黒──秘密犯罪会社バロックワークス最高幹部(オフィサーエージェント)『Ms.2ndワールドシアターデイ』、またの名を『幻』のフジキセキ。
「質問に答えろ。…昔の誼だ。情状酌量の余地有りと判断できる内容で、且つ即座に投降するならば悪いようにはせん」
厳しい視線を僅かに緩め、エアグルーヴはかつて舞台女優を目指し、今や賞金首となった旧友を見る。
当時と変わらない。優れた容姿と悪戯っぽい表情で周囲を楽しませていた、あの頃の笑顔ままでフジキセキはそこにいた。
「残念ながら、いくらポニーちゃんからのお願いでも、捕まってはあげられない…かな?」
「子持ちだぞ、私は」
他の者なら色めき立っていたであろうそんな戯れ言を切って捨て、エアグルーヴはさっさと話せと眼光を鋭くした。
「やれやれ、キミも相変わらず冗談が通じないね。まあ、大した理由じゃないさ。演技の勉強と、あとはそう──友情のため」
浮かべていた微笑を消し、フジキセキはかつて己の理想のために歩み出し、今や海軍でも指折りの実力者となった旧友を見る。
当時と変わらない。優れた容姿と厳しさの中に優しさが同居した、あの頃の眼差しのままでエアグルーヴはそこにいた。
「多くを語る気はない、か」
そうか。と、小さな呟きが耳に届いた瞬間、フジキセキは咄嗟に身体を左側へと投げ出した。
轟音──一瞬前にフジキセキのいた場所には、油断なく標的を見据えるエアグルーヴの姿。その足下は巨大な刃物を叩きつけたように、大きく抉れていた。
対人格闘術『六式』が一つ『剃』による、背後への超高速移動。
そして淀み無く放たれた同『六式』が一つ『嵐脚』による奇襲。
鍛え上げた超人の戦闘技術を、生まれながらの超人にして地上最速種と称されるウマ娘の肉体を持って運用する。
更に目の前の“女帝”は、天賦の才を持ちながら自身の才能に胡座をかくような人物ではない。
反射的に左腕で頭を守る。その直後、凄まじい衝撃がフジキセキを襲った。再度接近していたエアグルーヴの蹴りを受け止めた左腕が軋む。
フジキセキが苦し紛れに放った蹴りはしかし、『六式』の一つである『鉄塊』によって止められ、その身体は小揺るぎもしない。
「──散頸・凰榮排」
エアグルーヴの踏み込みと同時に、フジキセキは後方へと大きく弾き飛ばされた。
「私は貴様を高く評価している。故に、あまり加減してやれんぞ」
──これが“海軍の女帝”エアグルーヴ。何よりも己に厳しく、不断の努力を積み上げ理想へ突き進む、“樫の女王”の偉大なる血脈に連なる者。
足元が柔らかい砂で助かった。と、未だ身体中に走る衝撃に戦慄しながらフジキセキは考える。
今の技は、爆発的な踏み込みにより生じた衝撃を、余さず相手へ叩き込むものだ。その特性と彼女の脚質から、砂上では威力が大幅に減衰している。
そして今のように地面へ身体を背中から叩きつけられても、砂の上ならばダメージも少なく済む。
何より──距離が取れた。
エアグルーヴは視線の先で大の字に横たわるフジキセキの動作を見逃すまいと、警戒しながらジリジリと近づいていく。
──『幻』のフジキセキ【懸賞金額 1億2965万ベリー】。
かつて、その潜在能力は『皇帝』シンボリルドルフや、『シャドーロールの怪物』ナリタブライアンに匹敵するとも称された、紛うことなき天才。
決して武闘派の賞金首とは言えないが、その才能をエアグルーヴは一切疑わず、侮らない。
事実、先程の一撃は上から押し潰す角度で放ったにも拘わらず、即座に後方へ跳躍し衝撃を利用して距離まで稼いでいる。
見た目ほどのダメージは与えられていない。自身の『第弐階位重衝』の練度では、削れはしても決め手にならない。
故に、己に課した制限を一つ外す。
それは即ち『第壱階位重衝』──『G1』の解禁。
本来ならばこのレベルの賞金首に使う物ではない。しかし、目の前のウマ娘は、ウマ娘史にその名を刻む絶対者達に劣らぬ才能を有している。
先程は加減はしてやれないと言ったが、不正確だ。
──加減をする余裕など、ない。
相手が死なないことを願うが、殺すつもりで己の技を振るうと決める。
間もなく間合いに入り、生死問わずそれで終わりだ。
明確な殺意に曝されながらも、フジキセキは笑った。
背中の砂が熱い。まるで火で炙られているようだ。
吸い込む空気が熱い。呼吸するだけで肺が焼けそうになる。
だというのに、目の前の海兵の殺意一つでそれら全てが消え失せるほど、身体の芯から凍えてくる。
「──なるほど、これが死を前にした者の感情か」
フジキセキの呟きと同時に、エアグルーヴは脚に力を込め──
「まあ別に死なないけどさ」
悪戯に成功したような、そんな声。エアグルーヴは突如目の前に投擲された一輪の花を見た。見てしまった。
「なっ」
閃光。
強烈な光に視界を奪われ、一時的に視力を失う。
直後、エアグルーヴを囲むように大量の煙幕と無数のクラッカーが発動する。
花の香りの煙幕と、連続して鳴り響く炸裂音。
閃光弾で塞がれた視界が戻った頃には、既に下手人はまんまと逃げ仰せていた。
「やられた…!」
いつの間に仕込んでいたのかなど、今は気にする意味がない。折角追い詰めた賞金首を取り逃がしたという事実に、エアグルーヴは己の詰めの甘さを恥じた。
足跡も消されており、追跡は困難だろう。 それ以上にフジキセキにこちらを迎撃するための時間的な余裕を与えてしまった以上、深追いは禁物か。
そう判断し、エアグルーヴは今回の一件を報告するため、一度船に戻ることにした。
そして、エアグルーヴが立ち去ってからきっかり2時間後。
「──灯台下暗し、ってね」
先程倒れていた場所の真下、砂の中からフジキセキは抜け出した。
「うわ、服の中にまで砂入っちゃってる。水浴びしたいけど…まずはボンちゃん達だね」
体力は限界に近いがそれを一切表に出さず。フジキセキはしっかりした足取りで『アルバーナ』を目指した。
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アラバスタ王国脱出のため、一時的に麦わらの一味と手を組むことになったボン・クレーとフジキセキであったが、海軍の海上封鎖によって足留めを受けていた。
ゴーイングメリー号と快速スワンダ号の二隻に対し、周囲を取り囲む海軍船は八隻──その全てが、海軍本部大佐『鉄檻』のヒナの精鋭部隊。
ゴーイングメリー号を逃がすため、快速スワンダ号とその乗組員全員が囮となり、海軍と激突する。
「やあ、今度の再会は随分早かったね」
「抜かせ!」
2人のウマ娘が海上を走る。
フジキセキとエアグルーヴ。先日の砂上とは異なり、水上での激突。
一部の極まったウマ娘のみに扱える海渡りの技法を、両者当たり前のように行使する。
フジキセキの蹴りとエアグルーヴの『嵐脚』がぶつかり合い、両者共に後方へ弾き飛ばされた。
「やはり力を隠していた…いや、それだけではないな」
足下の感触に顔をしかめる。
──バ場適性。
走ることを本能的に好むウマ娘であるが、個体毎に得意なバ場というものがある。
エアグルーヴ自身は芝の上が最も足下に馴染み易く、砂や粘土質なダートはあまり好みではない。
そして、元来陸の上で生きてきたウマ娘の中で、水上を得意とする者は少ない。
無論、トレセン諸島のタイキシャトルのような例外はあるが、極少数だといえる。
つまり──
「お互い砂の上より苦手だよね?これで漸くイーブンかな」
「貴様…!」
先日の砂上では、アラバスタ入りに伴い専用の蹄鉄を用意し無理やり適性を補うことで優位を保ち続けた。エアグルーヴの適性による下げ幅よりも、フジキセキの下げ幅の方が明らかに大きかった。
しかし、今回は専用の蹄鉄など無い。そして互いの水上適性はほぼ最低と言える。
「あまり気は進まないけど、これ以外は思いつかなかったからね。じゃあ、しばらく付き合ってもらうよ」
悪戯が成功したような、そんな愉しげな声。
先日のダメージも残っているだろうに、そんな様子は微塵も見せず余裕のある態度を崩さない。
──尤も、この結末は決まっていた。
「【ブレイズ・オブ・プライド】…!」
「【煌星のヴォードヴィル】…!」
幾度目かの激突の果て。
結果として、フジキセキは敗れた。
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「浮かない顔してるわね。捕まえたこと後悔してるの?ヒナ疑問」
甲板に佇むエアグルーヴの背に、ヒナは声をかけた。エアグルーヴが振り向くと、包帯が巻かれ吊るされた右腕が見えた。
最後の激突──ウマ娘が体得している武術の中でも、極一部の者のみが扱えるとされる境地【領域】。
【領域】同士の激突は、互いに侵食し反発し、周囲に破壊の奔流をもたらす。
船から離れた海上との激突であったが、余波で二隻分の外装に亀裂が入り、補修のため一時停泊する事態となった。
「ていうか、あの【領域】ってヤツ凄いわね。ヒナ戦慄」
「…いや、最盛期のルドルフ中将ならば、単身で艦隊を壊滅させている。私などまだまだ未熟だ」
エアグルーヴの言葉に顔を引き攣らせながら、あの時の【領域】のぶつかり合いを思い出す。
誇り高き蒼い焔と、煌めく星光の激突。
崩れ落ち海中に沈む同族を引き上げ、船へと戻ってきた“海軍の女帝”。
その時の表情を、どう表現すべきか分からない。必然だったと納得しているような、致命的な間違いを犯したと後悔しているような、余りに痛ましい表情。
「ねえ、エアグルーヴ大佐、少し休んだら?ヒナ提案」
「ありがたい申し出だが、直ぐに出立する。近くの支部の高速挺を借り受けることになっている。本部へ報告に戻らねば」
失礼する。止める間もなく歩き出す。
その横顔は、悔いも憂いも飲み込んだ戦士のもの。
「──ああ、そうだ。『フジ』のヤツは特によく見ておいてくれ。隙を見せると厄介だ」
「…胆に命じておくわ。ヒナ了解」
最後にそう忠告を残し“海軍の女帝”は本部へと帰って行った。
そしてそれから僅か数日後。
「さて、どうしたものかな」
女帝から厄介と称されたウマ娘──フジキセキは、小型舟に乗り自由を謳歌していた。
事の発端は、つい先日。一緒に捕まった仲間達が騒ぎを起こしたことだった。
ボン・クレーを筆頭に派手に暴れ回って注意を引き付け、フジキセキだけ無理やり脱出用の小型舟に乗せられ放り出されてしまったのだ。
──フジちゃん!今まで楽しかったわ!あちし達ずっと“心友”よ!舞台女優の夢、叶えてね!
「──よし、決めた」
まずは自分のファンであり、一番の“心友”を助け出そう。それまで舞台女優はお預けだ。
そのためにはまず資金の調達と、情報収集が必要だ。
「都合の良い所があればいいけど、まあこればっかりはまだ分からないか」
フジキセキの呟きは、穏やかな波間に溶けていった。
なお余談であるが、フジキセキの脱走の報告を受けたエアグルーヴが、自分の詰めの甘さに憤りと僅か安堵の混じった表情をしていたと、彼女の夫のたわけが証言している。