ウマ娘×ワンピースSS   作:薩摩白熊

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時系列はきっと原作のちょっと前


海軍シチーさん②

 

夢、目標、理想。

 

それらを抱えて背負って、今日も今日とて錨を引いてひたすら走る。

 

また錨の数が増えているが、二桁に乗ったあたりで数えるのを止めたので正確な数は分からない。

 

もう全身汗だくで、歯を食い縛って真っ赤になった顔は、とても繁殖入り(※スラング。ウマ娘は嫁入りを冗談めかしてこう言う)前の娘さんがしていい表情ではない。

 

だというのに、広報部隊での取材対応中に「錨を引いて走ってる姿が撮りたい」と言われた、一応は世界的に有名なモデルの心情を述べよ。

 

まあ准将と大佐が了承してしまったので、今も少し離れた位置からフラッシュが焚かれているわけですが。どこに需要があるのか分からないが、表情を作らない撮影はちょっと落ち着かない。

 

あ、近くを通りかかったエアグルーヴ大佐が顔を引き攣らせて足早に立ち去った。そういえばフラッシュ、というか強い光が苦手だって言ってた気がする。

 

そんな相変わらずのモデル業と海兵の二足のわらじな日々を過ごすこと早幾年。異動してからもうすぐ3年?多分それくらい。

 

先輩方の背中を追って、追い付いて、追い抜いて。

後輩達に背中を追われて、追い付かれて、追い抜かれて。

 

ま、そんな感じで日々是精進。

 

『キレイ』で『強い』海兵を目指して。“金砂”のゴールドシチー“中尉”、本日も一歩一歩地道に進んで参ります。

 

 

天気は快晴、風があるからか波はちょい強め。

 

今は一通り走った後の小休止。訓練場の隅の木陰で、大佐が差し出してきた水と携帯食糧を受け取る。あ、これ賞味期限ギリギリ。在庫処分のつもりか。

 

基本的にウマ娘は身体能力に優れた種族だが、その分消費するカロリーも大きいためか健啖家が多い。

 

そんなウマ娘にとって、小まめな間食は文字通り生命線だ。アタシはウマ娘の中では並み程度だが、それでもヒト族の数倍は食べる必要がある。

 

モソモソとした食感の携帯食糧(甘ったるいココア風味)を水で胃に流し込み、軽く背伸びした後に次のメニューに備えストレッチをしてみる。

 

「ねえ大佐。どう、これ凄いっしょ?」

 

「大した柔軟性だな中尉。流石は海兵兼トップモデル」

 

背合掌をして見せると、大佐は感心したように呟いた。まあ、一応は色々と気を使ってますから。

 

「ほら、大佐もやってみ?」

 

「え。いや、私はって痛い痛い痛い外れる外れる外れる」

 

どうやら大佐の体は大分硬いらしい。あ、それズルい。いくら自然系の能力者だからって、関節を変化させたら柔軟にならないでしょ。

 

そんな軽いじゃれ合いをしていると、ヨロヨロとした足取りで黒鹿毛の小柄なウマ娘が息も絶え絶えに近寄ってきた。

 

「ダッシュ…30本、終わり、ました…」

 

「お疲れ。ハイ、水。ゆっくり落ち着いて飲んでね」

 

水筒を手渡すと、言われた通りにチビチビと喉を潤していく。

 

彼女はキタサンブラック三等兵。通称キタちゃん。見た目はまだまだ幼い子供のようだけど、侮ってはいけない。

 

何せ入隊して以来、アタシと一緒に大佐にしごかれながら弱音一つ吐かず訓練に明け暮れ、メキメキと力を着けている才能ある期待の新ウマ娘だ。

 

すぐにアタシなんて追い抜いて、そのままぶっちぎっていくんだろうなという確信がある。

 

ま、それでも初めてできた可愛い後輩には変わりないわけで。

 

「キツいかもしんないけど、携帯食も食べときなよ。食べとかないとマジでぶっ倒れるからさ」

 

「正直あんまり食欲無いですけど…頑張ります」

 

ウマ娘は基本的に甘ったるい味が大好きなので、最初は微妙な表情をしていたキタちゃんも、一口齧ると目を輝かせて残りを頬ばり幸せそうな顔をしていた。可愛い。

 

キタちゃんの息が整ったら次のメニューである。大佐が用意していたウマ娘用の瓦が積まれた台の前に立つ。

 

今からやるのは瓦割り──ではなく、いうなれば“瓦貫き”。

 

エアグルーヴ大佐に教えてもらった『六式』の鍛練方法の一つで、主に『指銃』の習得のために行われるものらしい。

 

指先を瓦に叩き込み、その衝撃で瓦を割らず、砕かず、余分な傷無く穿つことができたその時『指銃』は完成するという。正気か?

 

「大佐もこういう訓練したの?」

 

「私の時は木の板から初めて、最後は鉄板だったかな?悪魔の実を食べる前だったから、何度も突き指して痛かったの何の」

 

相変わらず優しく微笑みながら、どこか遠い目をしていた。大佐も色々あったようだ。

 

視線を積まれた瓦に戻すと、キタちゃんが何やら決死の覚悟を決めたような表情で瓦を睨み付けていた。

 

え。いや、マジ?

 

「──キタサンブラック三等兵!張り切って行こー!」

 

直後、鈍い音と共に声も出せず蹲るキタちゃんの姿が見えた。いや、無茶だわ。

 

「無事か、キタサンブラック三等兵」

 

「……っ、っぁ…ぃ、ぅっ…!い、いけます…!」

 

耐えた。凄いなこの娘。めっちゃ涙目だけど。

 

念のため指を見てみたが、折れてはいないようだ。ただ軽度の突き指をしているようなので、今は氷で冷やしつつアタシの訓練を見学中である。

 

私の『指銃』はまだ多少指は痛いが、それなりの形にはなってきている。ただ力の収束がまだまだ不完全で、当然のように瓦は砕けるし割れる。

 

まあ一朝一夕でできるとは思っていない。幸い大佐の用意してくれた瓦は売るほどあるので、これが無くなるまでにはどうにか実戦で使えるくらいにはなるだろう。

 

景気良くテンポ良く次々瓦を割っている姿に、複数のカメラのシャッターが切られる。まだ撮影終わってなかった。

 

今更ながら絵面的にどうなんだろうと思っていると、撮影スタッフから割った瓦を譲ってもらえないかと打診された。応募者全員プレゼントにするらしい。誰が応募するんだこんなん。

 

あっさり大佐が許可したため、もう使わない瓦の破片が次々と回収されていく。後片付けの手間が省けたと思っておこう。

 

結局、この日は満足する結果は得られず終了となった。指痛い。

 

 

訓練後。シャワーを浴びて汗を流したら、キタちゃんと一緒に食堂へ。

 

食事も大切な訓練の一つである。身体が小さかったり、細身だったりしても、たくさん食べられる内臓の強ささえあればどうとでもなる……と、エアグルーヴ大佐は言っていた。

 

勿論食べ過ぎはよくないが、鍛えているなら無理やりにでも食べないといけない時もある。成長期のキタちゃんなんかは尚更だ。

 

「よし、取り敢えずこのミックスフライ定食──」

 

「はい、ミックスフライ定食ですね。わかりました、しばらくお待ちくだ」

 

「──を、5人前」

 

「さい。…って、ご、5人前ですかぁ!?」

 

「あとこの三種の焼き肉盛り定食を5人前。ん、シーフードピラフか…これも大盛で5人前で。ああ、折角ここまで来たんだ、カレーも5人前頼んでおこう。む、ちょっとご飯物が多いな。唐揚げを頼んでバランスを取ろう、10人前だ。あとはそうだな、野菜とあっさりした物にしよう。サラダとカルパッチョを3種類ずつ貰おうか」

 

……私は何も見ていない。見ていないけど頑張れ食堂の皆さん。

 

キタちゃんの両目を塞ぎつつ、別の注文窓口へと脚を進める。

 

「あのシチー中尉、今のって」

 

「気のせい」

 

「いや、でも」

 

「よーし、キタちゃんは訓練を頑張る良い子だから、今日は先輩が奢ってあげようかな。好きな物頼んでいいよ」

 

「えっ、ありがとうございます!今のは気のせいです!」

 

どういたしまして。後輩が素直で嬉しいです。

 

さっきまでそんなにお腹空いてないとか言ってた割には、大盛の定食を頼むあたりは流石食べ盛りのウマ娘といったところか。

 

アタシも自分用の日替り定食を頼み、支払いをすればすぐに注文の品が渡される。

 

キタちゃんと2人で窓際の席に着き、さあ食べようかと思ったところで、鳴り響く重低音と共に声がかけられた。

 

「すまない、同席させてもらえるだろうか」

 

──くすんだ灰を被ったような芦毛の髪に、感情の読み取れない凪いだ水面を思わせる瞳。

 

政府公認の海賊、七武海の一角『芦毛の怪物』オグリキャップ。

 

世界最強の戦力が、大量の山盛りの昼食が載せられた運搬用のカートを押しつつ現れた。台無しだわ。

 

「他に席が空いていなくて…頼めないか?」

 

絶えず鳴り響く重低音に、まさか威嚇されているのかと思えば、耳と尻尾がしんなりと垂れ下がっており、眼もどことなく哀しげだ。というか口元の涎で察したが、これってお腹の音か。

 

流石に可哀想、というかこっちが悪いことしている気分になってきたので許可すると、オグリキャップは礼を言いながら席に着いた。

 

周りを見渡すと、不自然なくらいにこちらに視線を向けないどころか、可能な限り意識すらしようとしていない。今は政府側とはいえ海賊相手にそれでいいのか海軍本部。

 

オグリキャップは凄まじい勢いで料理を掻き込んでいく。それを見たアタシとキタちゃんは完全にドン引きだ。

 

今ある分だけに止まらず、追加の料理がやって来る度にご飯のお代わりや更なる追加注文までする始末である。胃袋が深海にでも繋がっているのか。

 

「ふぅ…まあ今回はこの辺りにしておこう。あまり食べ過ぎてはタマに叱られてしまうからな」

 

妊娠でもしてるのかというくらいにお腹を膨らませ、そんなことを呟きながら『芦毛の怪物』は何故か私の方を見た。

 

「えっと、何か…?」

 

「いや、すまない。キミがゴールドシチーか…なるほど、ルドルフが目にかけるはずだ」

 

「は?」

 

何故ここでルドルフ中将の名前が…ああ、ルドルフ中将は海軍所属のウマ娘全員の保護者のようなものだから、アタシが世間への露出が多い分だけ心配されてるんだろう。

 

おそらくそんな話を、同族とはいえ海賊相手にしているのはどうかと思うが、オグリキャップの口振りからして2人は旧知の仲のようだし、アタシが口を挟める話でも無さそうだ。

 

オグリキャップはしばしアタシを観察するように見つめると、続いてキタちゃんの方に視線を向けた。めっちゃ居心地悪そうだから止めてあげて。

 

「キミは…なるほど。先のことは分からないが、そう悪いことばかりでは無さそうだ」

 

一人勝手に納得すると、オグリキャップは大きく膨らんだお腹を抱えつつ立ち上がった。ダメだ、絵面が面白過ぎる。

 

「来て良かった。キミ達と出会えたし、何よりここのご飯は美味しい。また近く、ここで会おう」

 

もの凄いキメ顔で、イマイチ締まらない言葉を残しオグリキャップは去って行った。それでいいのか七武海。

 

後に残されたアタシ達2人は、すっかり冷めてしまっていた食事に目を落とす。

 

ん、ちょっと待って。最後、また会おう的なこと言ってなかった?

 

「シチー中尉…世界にはあんな生き物がいるんですね…」

 

「ゴメン、どっちの意味で?」

 

実力的な話?それとも食欲的な話?まあ、冗談はさておき。

 

「──あんな音させてるのが、同じウマ娘と思いたくないね」

 

空腹時は鳴り響いていたお腹の音に隠れていたが、食事が進むごとに一定の間隔で別の強い音が聞こえてきていた。

 

信じ難いが、あれはおそらく──鼓動。

 

並みのウマ娘ならば血管が破裂してもおかしくない勢いで、激しく脈動し続けていた異常な心臓の音。

 

近頃、妙に自分の感覚が鋭敏なため気付けたが、あの『芦毛の怪物』は他のヒトやウマ娘と比べるのが烏滸がましく思えるほど、遥かに強烈な鼓動を刻み続けていた。

 

「あたしには、その、音?は分かりませんでした。でも、何ていうか感じたんです──」

 

顔を青ざめさせながら、小さなウマ娘は語る。

 

──神話やお伽噺の怪物が、耐え難い怒りを押し殺しているような。地の底から沸き上がる憎悪を、決して知られぬようひた隠しにしているような。

 

そんな不吉なことを言うキタちゃんの頭を、取り敢えず軽く撫でてやる。あー、ちょい痛んでるわ。後でトリートメント身繕ってあげよう。

 

「そんなに心配しないの。少なくとも今は味方側だし、ルドルフ中将達もいるからさ」

 

あとはまあ、いざとなったらアタシも壁くらいにはなるだろう。いや、簡単に跡形も無くなりそうだ。

 

…自分で言ってて悲しくなってきた。訓練増やそ。

 

「アンタの今やることは、あれを怖がることじゃなくて、よく食べて、よく訓練して、よく寝ること。心配するのはその後でよし」

 

「シチー中尉…はい。あたし、頑張ります!」

 

「よろしい。…ま、偉そうなこと言ったけど、アタシもまだ全然だから。当分は一緒に頑張っていこうか」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

元気を取り戻したキタちゃんと、食事を再開する。

 

──本能が警鐘を鳴らす。

 

真実、あれは真性の怪物である。災厄となる獣である。終焉を告げる暗き星である。

 

だが、こちらには『皇帝』の振るう、天をも灼き堕とす雷霆による絶対の守護がある。

 

永遠に続くことはないかもしれないが、その庇護の下で己の爪牙を研ぐ時間はまだあるはずだ。

 

幸せそうにご飯をお代わりするキタちゃんを横目に見ながら考える。

 

まだまだ小さくて可愛い後輩だが、有り余るほどの才能に満ち溢れているウマ娘。

 

すぐにアタシなんて追い抜いて、そのままぶっちぎっていくんだろうなという確信がある彼女に、自分ができることは多くない。

 

だけど、どんなに頼りなくて情けなくてもその背中を見せて、後輩達を未来へ送り出すことが先達の責務だ。まあ、これは大佐の受け売りだけど。

 

未来に大輪の花を咲かせるであろう後輩を見て、アタシは小さく微笑んだ。

 

 

マリンフォードの港の一角に、奇妙な形をした舟が浮かんでいた。

 

一般的な小舟程度の大きさの舟と、それより一回りほど小さな舟を並行させて繋ぎ一艘とし、それぞれヒト一人がすっぽり収まる程度の座席が設置されている。

 

舟全体はドーム状の装甲で覆われており、帆もオールも見当たらない、一見すればとても舟とは思えない代物だ。

 

その舟の天井に、小柄な芦毛のウマ娘の少女が寝転がっていた。

 

「オグリん遅いわー。あの『皇帝』と何話してんのやろ。やっぱウチもついてった方が良かったんかなー」

 

ゴロン、と寝返りを打ち欠伸を一つ。

 

暖かい陽気でしばしうつらうつらしていると、何かがこちらに近づいて来る音がした。

 

──くすんだ灰を被ったような芦毛の髪に、感情の読み取れない凪いだ水面を思わせる瞳。

 

「待たせたなタマ」

 

大きく膨らんだお腹に、両手にやたら大きな紙袋を抱えて、どこか満足そうな表情で彼女──オグリキャップは自分と同じ芦毛の少女に声をかけた。

 

「お帰りオグリん。色々ツッコミたいことあるんやけど…飯食った?」

 

「ああ、ここのご飯は美味しいからな。でもまだまだ食べられるから大丈夫だ」

 

そんな腹しといて?という言葉を飲み込み、タマと呼ばれたウマ娘──タマモクロスは溜め息を吐いた。

 

「まあええわ…いやよくないわ。ウチは何も食わんと待っとったのに、何でオグリんだけ飯食っとんねん!?」

 

「安心してくれ。タマの分はもらってある。私が食べる分まで持って来たら、タマの舟のスペースが無くなってしまうからな」

 

サンドイッチだ。と、差し出された包みを受け取り、タマは一瞬怒るべきか礼を言うべきか迷い、結局礼を言うことにした。

 

「…ちょい複雑やけど、まあありがとう。で、まだ中身あるっぽいその紙袋はなんやねん」

 

「これは携帯食糧だ。たくさんあるからとお土産にもらってな。あの男はいいヤツだ」

 

内心「単純過ぎやろ…」とツッコミつつ、タマモクロスはオグリキャップの持つ携帯食糧を見る。賞味期限が近い。在庫処分か。

 

「まあ冗談はこれくらいにして──どうやった?」

 

「気は充実していた。『皇帝』に足る『神威』も、『暴君』とさえ思える『覇気』も健在だ。ただ──」

 

──『皇帝』シンボリルドルフは、老いた。

 

タマモクロスの真面目な口調に対し、オグリキャップは表情一つ変えぬままそう答えた。

 




シチーさん:強化月間。六式修行と見聞色の予兆。天竜人に狙われていたことを本人は知らない。あと割った瓦への応募が殺到した
キタちゃん:本編前に入隊。三等兵スタートだけど本編開始時には将校(尉官以上)になってるはず。オグリと接触して覚醒が早まる
オグリ:顔見せ。何か悲しく暗い過去っぽいものと不穏な空気を置いておく。回収されるかもしれないし、されないかもしれない
大佐:いつも通り訓練を見守る。砂金になる自然系の能力者、という裏設定がある
ルドルフ:経緯が経緯なのでシチーさんを気遣っている。あと大佐君にダジャレを披露したがる。エアグルーヴのやる気は下がる
エアグルーヴ:ルドルフの補佐官をやってる。既婚の子持ち。シチーさんにアドバイスをくれた。強い光と唐突なルドルフのダジャレによってやる気が下がる
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