ウマ娘×ワンピースSS   作:薩摩白熊

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何か無駄に長くなったロジャー海賊団時代のキングのお話



キングヘイロー(ロジャー海賊団時代)

 

──眼前の敵をただひたすらに斬り捨てる。

 

目指したものは朧気な、しかし鮮烈な幼き日の記憶。

 

踊るように舞うように、その剛剣を持って天をも断ち斬るとさえ謳われた躍動する勇士。

 

その怜悧冷徹な凶刃で立ち塞がる一切悉くを斬り伏せ、相対する生命に別離を訃げてきた狂気の光輪。

 

忘れられるはずのない、遥か彼方にある彼女の理想。未だ遠い己が憧れ。

 

右手に持った剣を強引に振り回す。無茶な体勢から繰り出されたそれは、しかし使い手の見た目にそぐわぬ膂力により致命の一撃へと昇華されている。

 

左手に持つ太刀を直上より斬り下ろす。型も技も関係ない、ただ単純に力を込めただけのそれが既に必殺の域にある。

 

その姿はまるで、荒々しく暴れ狂う不安定な独楽のよう。

 

あまりに無様。あまりに無惨。剣理術理その悉くを否定し、己が憧憬を穢すあまりに醜く非効率的な暴力の形。

 

こんなものは、ただ武器の性能と自身の肉体強度によるごり押しに過ぎないと、他ならぬ彼女自身が一番よく理解している。

 

過去の幻影が語りかける。

 

──諦めなさい。向いていないものを無理に目指すことはない。

 

「…………っ!!」

 

また一人。己の剣の一撃で体勢が崩れた敵を、返しの一刀で袈裟に斬り捨てる。

 

しかし、浅い。

 

剣の重さと勢いに体を振り回され、まともな体重移動も覚束ない中で放つ一撃など、それはもはや斬撃ではない。剣術ではない。

 

並外れた膂力を持ったところで、棒振り芸で人を斬り殺すことはできない。

 

勢い余って踏鞴を踏んだところに、手傷を負わされ頭に血が上った敵がお返しとばかりに斬りかかる。

 

「ウマ娘武術~『射削脚』!」

 

それを、横合いから飛び込んできた彼女の仲間が蹴り抜いた。

 

「いやー危なかったね。珍しいというか、らしくないじゃん?もしかして~……結構お疲れだったり?」

 

吹き飛ばされ気を失った敵の姿を確認し、彼女の仲間──ウマ娘であるセイウンスカイは、同族へ軽い口調で語りかけた。

 

全身に汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返し膝をつくウマ娘──キングヘイローは、その言葉に一瞬だけ表情を強張らせ、奥歯を噛み締め黙り込んだ。

 

普段ならば即座に噛み付いてくる友人の常とは違う様子を訝しげに思いつつ、セイウンスカイは他の仲間へのフォローへ向かう。

 

その後ろ姿を見送って、キングヘイローはしばし呼吸を整えることに集中した。

 

──既に大勢は決している。

 

このまま何事も無ければ、自分達の勝利は揺るがないだろう。

 

今もまた、彼女の仲間が次々と敵を倒している。

 

その光景を直視することも、目を逸らすこともできず、彼女は一人唇を噛んだ。

 

 

──キングヘイロー。

 

父は“躍動する勇士”と謳われた大海賊。母も稀代の剣豪として名高い女海賊という、稀に見る良血のウマ娘。

 

本人も悪名高いロジャー海賊団の一員であり、剣と刀を手にウマ娘の身体能力を生かし戦う。

 

その実力は若くしてロジャー海賊団の一員に相応しく、仲間からの信頼もそれなりに厚い。

 

そんな彼女は、皆が寝静まり人気の無い夜更けの甲板で、独り黙々と剣と刀を持ち替え振るう。

 

「ふっ!」

 

彼女にとっては大き過ぎるその剣は、銘を「リファール」──彼女の父が生涯を通じ愛用した両刃の片手半剣(バスターソード)。

 

かつて父はこの剣を自在に操り、美しく舞い踊るように戦い数多の強敵を打ち破ってきた。

 

刀は大業物に数えられる太刀であり、銘を「光輪」──彼女の母が片時も肌身離さず、常に身に帯びていたため遂には黒刀へと至った妖刀。

 

かつて母はこの刀を振るい、卓越した剣技でもって立ち塞がるあらゆる障害を斬り捨ててきた。

 

己の原点にして、誇り。

 

憧れにして、目標。

 

いずれ至るべき未来にして──遥か遠い、越えられぬ過去。

 

──彼女の両親は、以前からゴール・D・ロジャーやその仲間達と親交があった。

 

加えて本人達も歴史に名を刻む実力者であったこともあり、ある時ついにそれを危険視した敵対する複数の海賊団が結託し、奇襲を受けた。

 

事態を知ったロジャー海賊団が救援に駆けつけた時には、既に両軍共に壊滅状態。

 

燃え盛る母船から脱出してきた僅かな護衛と、2人の幼い娘であるキングヘイローだけが生き残った。

 

その後、ロジャー達は亡くなった2人とその船員達を弔い、遺された者達を自分達の船へと受け入れた。

 

「悪ぃな、嬢ちゃん。来るのが遅過ぎた」

 

何とか見つけ出した2人の遺品である剣と刀を手渡し、ロジャーは俯くキングヘイローに語りかけた。

 

「それで、どうする嬢ちゃん。どこか安全な場所……トレセン諸島にでも送ってやろうか?どうせ過ごすなら、同族のいる所の方がいいだろ?」

 

ロジャーの言葉に、キングヘイローは僅かに息を飲むと、意を決したように顔を上げた。

 

「ロジャーのおじ様──いいえ、ゴール・D・ロジャー船長。私をこの船に置いてください」

 

その言葉に、今度はロジャーが息を飲んだ。まだ十にもならない幼子が、まるで彼女の両親を思わせる強い意思を宿した瞳で、此方を見つめている。

 

並々ならぬ覚悟を感じ取ったロジャーは一瞬だけ目を閉じ、心の中で彼女の両親に詫びると、今一度真っ直ぐとキングヘイローを見た。

 

「分かった。これからお前は、このロジャー海賊団の見習いだ。特別扱いはしねぇし、泣き言言ったら海に放り投げるから覚悟しとけ!──お前達も分かったな!!」

 

オウ!という周囲の声に続いて、彼女に皆が口々に歓迎の言葉をかけた。

 

──それがもう、何年も前の話。

 

いつしか彼女も一端の船員となり、同世代のウマ娘の仲間も増えた。

 

世間では彼女を含む才能あるウマ娘の仲間達を「黄金世代」と呼び囃し立てているという。

 

即ち“スペシャルウィーク”、“エルコンドルパサー”、“グラスワンダー”、“セイウンスカイ”──そして、“キングヘイロー”。

 

彼女は、己がこの中で最も格下であると自覚している。

 

力が弱いわけではない。速さで劣るわけではない。努力は誰よりも積み重ねてきた。ただ、残酷なまでに実力が足りていない。

 

誰にも打ち明けられずにいる──それこそ、ロジャー船長にすら──母との最期の会話を思い出す。

 

──逃げなさい。とにかくここを離れて、ロジャーを頼るのです。

 

──お母さま!私、離れたくない!

 

──キング、聞き分けて頂戴。ロジャーに会ったら、どこか安全な場所に……トレセン諸島に送ってもらって、それからは海賊とは関わらずに生きていきなさい。

 

──そんな!私はいつかお父さまやお母さまのような、一流の海賊に!

 

──諦めなさい。向いていないものを無理に目指すことはない。……さあ、早くこの娘を連れて行って。

 

──待って、お母さま!お父さま!

 

そうして護衛に抱えられ、脱出した先でロジャー船長に救われ今に至る。

 

何のことはない。自分が海賊に向いていないことも、才能が無いことも、母はよく分かっていたのだ。

 

手に持つ剣と刀が、酷く冷たく重い。

 

父ならば、この重く堅い剛剣を羽根のように軽々と玩びながら、戦場を縦横無尽に舞い踊ることだろう。

 

母ならば、この冷たい障気を放つ妖刀をも隷属させ、一切の無駄なく敵の機先を制し斬り伏せることだろう。

 

剣を振るう──父の勇壮に舞い踊る姿には程遠い。

 

刀を振るう──母の怜悧冷徹な太刀筋とは比ぶべくもない。

 

「っ……私は、キングヘイロー。一流の海賊になる者よ……!」

 

湧き出す不安と首をもたげる諦念を振り払い、立ち止まり思考する時間すら惜しいとばかりに、ひたすらに己を磨き、鍛える。

 

──焦燥に満ちた彼女の横顔は、苦悶に歪んでいた。

 

 

キングヘイローが連日連夜、人目を避けて鍛練を行っている。

 

このことはロジャー海賊団にとって周知の事実となっていたが、誰一人として彼女を止める者はいなかった。

 

それは船長であるロジャーや、副船長のレイリーを初めとした幹部達が黙認していたこともあるが、何より彼女にどう声をかけるべきか、彼女の取り巻きや友人達ですら判断がつかなかったからである。

 

ついには普段は十回顔を合わせれば十二回は喧嘩になる、とまで言われる犬猿の仲のバギーですら「なあエル、あいつ大丈夫か?」と、自分に懐いている妹分に対して思わずこぼしてしまう程だった。

 

流石にマズイのではないか?日に日に憔悴していく仲間の姿に、黄金世代の4人とキングの取り巻きである2人を加えた計6人のウマ娘達は、おそらくこの件で最も頼りになるであろう人物を訪ねることに決めた。

 

その人物とは、キングヘイローを幼い頃からよく知る数少ない一人。

 

かつてキングヘイローの両親の船で航海士を務め、後に護衛として彼女を守り脱出した男。

 

今はロジャー海賊団で航海士補佐として働いている男の休憩中を狙い、彼女達はズタ袋を持って突撃し──見事にレイリーから大目玉を食らった。

 

「普通に言ってくれたら話くらい聞いたのに……」

 

連帯責任で揃って頭にたん瘤を作り涙目で正座する6人のウマ娘達を見下ろしながら、先程拉致されそうになった男は溜め息をついた。

 

「まあ言いたいことは分かるよ──キングのことだね」

 

「そうなんです!キングちゃん落ち込んでるみたいで!」「今のキングはなーんか張り合い無いんだよねー」「何やら焦っている様子……時間が解決してくれるのでは、と淡い期待をしていたのですが」「赤鼻のお兄さんとのやり取りにもキレがありまセーン!重症デース!」

 

口々に声を上げる黄金世代とは異なり、それぞれネコ目とボブヘアが特徴的な取り巻き2人は不安気に男を見つめている。

 

男はもう一度溜め息をつくと、腰を下ろし目線を彼女達に合わせた。

 

「キングは良い友人に恵まれたね。本人の問題だし、あんまり大人がでしゃばるもんじゃないと思っていたけど……分かった。今夜にでも話をしてみよう」

 

男の言葉に、俄に6人の表情が明るくなる。

 

さあ、戻った戻った。という男の言葉に、彼女達は礼を言いつつ痺れる足を引きずりながら立ち去って行く。

 

「あの!」

 

最後尾にいた取り巻き2人が振り返り、男に深々と頭を下げた。

 

「キングのこと、よろしくお願いします!アタシ達じゃ、キングの力になれないから……」

 

「アタシ達、キングにはいっぱい助けてもらってるのに……だから!」

 

お願いします!もう一度深々と頭を下げ、2人は足早に去って行く。

 

その後ろ姿を見て、男は懐から取り出した物に視線を落とす。

 

「いい加減、決断する時が来たってことなのかな……」

 

──『永久指針(エターナルポース)』は、あの日から変わらぬ進路を示し続けている。

 

 

──思い描いた動きとは程遠い。憧れた地平は未だ視界にすら入らない。

 

荒い呼吸でひたすらに刃を振るう姿は、あまりに無様で、無惨で、不恰好で、不器用そのもの。

 

こんなものは努力とは呼ばない。無駄の一言で切り捨てられる非効率。

 

それでも、動かずにはいられなかった。足を止めるわけにはいかなかった。

 

一度でも己の意思で立ち止まってしまったら、自分が自分で無くなる気がして、それが何よりも怖かった。

 

「はぁっ!」

 

裂帛の気合と共に振り抜かれた剛剣が風を切る。

 

それに割り込むように、鈴を鳴らすような柔らかな金属音が辺りに響いた。

 

振るわれる剛剣の軌道上に細身のサーベルの切っ先が僅かに触れ、その勢いは一切殺がず剣線が狂わされる。

 

未熟とはいえ、ウマ娘の膂力に対しこのようなことができる相手は限られる。

 

「──何よ、急に。稽古でもつけに来たのかしら?」

 

突然の闖入者に、キングは僅かに眉をひそめた。

 

闖入者──かつてキングを連れロジャー海賊団へと合流した護衛の男は、何も語らず刃を構えた。

 

その瞳の奥に彼の本気を感じ取ったキングは息を飲み、構える。

 

しばしの沈黙の後、キングが動く。

 

剛剣「リファール」を両手に持ち替え、ウマ娘の脚力を生かした踏み込みからの超高速の刺突。

 

甲板の床が軋むほどの勢いで繰り出されたそれは、当然の如く男のサーベルで軌道を逸らされ、勢いそのままにキングはあらぬ方向へと投げ出された。

 

「──疲れが取れていない」

 

男の言葉に、一気に頭に血が上ったキングは、今度こそは下段からの振り上げを狙う。

 

しかし、キングの剣は生き物のように動くサーベルに絡め取られ、当たり前とばかりに転がされた。

 

「体力が落ちている」

 

地に落ちた父の剣を拾うことなく、キングは腰に佩いていた母の刀である「光輪」を抜き正眼に構えた。

 

荒い息を整えながら思考する。

 

目の前の男は、かつてキングの両親の海賊団で航海士を務めていた。

 

そして、キングの両親には及ばないものの本人もそれなりに剣士として名を知られており、高額の懸賞金もかけられている。

 

幼い頃によく稽古をせがみ困らせたことを、彼女は今もはっきりと覚えていた。

 

かつての情景を振り払うように、キングが疾走る。

 

先程の剣より鋭く袈裟に斬らんと振るわれた刀は、やはり男のサーベルに絡め取られ、キングはあっさりと体勢を崩される──と同時に、無理やり体を捻り男に向かって蹴りを放った。

 

ろくに体重は乗せられていないが、それでもウマ娘の脚力で放たれれば無視できない威力を伴う一撃。

 

完全に虚を突いた不意打ちを、男軽く首を傾けて回避した。

 

「脚癖が悪いな」

 

「相変わらずよく避ける……!」

 

キングは内心で舌打ちしつつ、転がりながら距離を取った。

 

そして再び構え直し、もう一度男へ向かって斬りかかった。

 

 

どれほどの時間が経っただろう。

 

斬りかかる。避けられる。斬りかかる。転がされる。斬りかかる。投げ飛ばされる。斬りかかる。武器を弾き飛ばされる。斬りかかる──

 

本気で斬りかかってはあしらわれ、ついにキングは疲労からその場に座り込んだ。

 

汗だくで疲労困憊といった様子のキングに、男は構えを解いてタオルと水筒を差し出した。

 

「それで?一体どういう風の吹き回しなのかしら?」

 

タオルで汗を拭い、水を飲みながらキングは尋ねた。

 

少なくともロジャー海賊団に保護されてから、男がキングに稽古をつける機会はめっきり減っていた。特に最近は全くと言っていいほど無かったはずだ。

 

「個人的に思うところがあったのと……あとは、お願いされちゃったからね」

 

良い友人達を持ったね。という男の言葉に、キングは小さく鼻を鳴らし胸を張った。

 

「このキングと共に歩む仲間で、ライバルなのよ?そんなの当然じゃない」

 

やや陰りはあるが、いつもの調子に戻りつつあるようだ。

 

余計なことを考える余裕が無くなるほど追い込んだ甲斐があったな。などと内心で思いながら、男は居住まいを正し改めてキングに向き直った。

 

「キング、いや……“お嬢様”、大切なお話があります」

 

男の雰囲気が変わる。かつての口調と呼び名で呼ばれたキングは、噛み締めるように一度瞼を閉じてから、改めて男を見た。

 

「ええ、何事かしら」

 

「──奥様からお預りしていた物があります」

 

そう言うと、男は懐から『永久指針(エターナルポース)』を取り出し、キングへ見せた。

 

「これは脱出する際、奥様から渡されていた物です。示す先は──トレセン諸島」

 

男の言葉に対して、キングは無言で続きを促す。

 

「この世界において、おそらくウマ娘にとって最も安全な地への道標。もしもロジャー船長達に合流できなかった際には、これを用いる手筈となっておりました。

航海士の俺が護衛に選ばれたのは、貴女と親しかったこと以上に、こういった事情があったためです」

 

「……ええ、予想はしていたわ。お母さまは、どうしても私を海賊にしたくなかったみたいね」

 

いずれ両親を超える海賊になるという夢を、彼女の母は頑として認めようとはしなかった。

 

それに反発し目の前の男を初めとした船員達に稽古をせがみ困らせたことや、木の棒で素振りするのを微笑まし気に眺める父とその隣で渋面を作る母の姿を、昨日のことのように覚えている。

 

「奥様は貴女のことを心配していたのです。我が子の不幸を望む母はいません。愛しているから、安全な場所で安心して暮らして欲しかったのでしょう」

 

「海賊船の上で育てておいて?何だか矛盾していないかしら?」

 

呆れたように肩すくめるキングに対し、男は続ける。

 

「そのことも悔いておられました。自分は海賊としてしか生きられない、と。そして──離れたくない一心で、我が子を危険に晒したと」

 

「──……ええ、そうね。あの人はそういう人よね」

 

意地っ張りで。不器用で。こちらのやること為すことに一々否定的で。どうしようもないくらい分かり難かったけれど──それでも確かに、キングヘイローは愛されていた。

 

「私からは以上です。……これはお渡ししておきます」

 

僅かに躊躇いつつも、男は『永久指針』をキングの手に握らせた。

 

そしてキングに背を向けて、ふと思い出したように付け加えた。

 

「悔いの無いよう、君の心に従うといい。何をどう選んでも、俺は君の味方だよ」

 

今度こそ立ち去った男の背を見送り、キングは海の方を見た。

 

静かな波間が月と星々に照らされるその光景を、キングはただじっと見つめ続けた。

 

 

──大事な話があるので、船員を甲板に集めて欲しい。

 

早朝にキングヘイローからそう告げられたロジャーとレイリーは、その場では何も聞かず船員に召集をかけた。

 

甲板に並ぶ船員達の中で、キングと年齢が近く仲の良い者達は落ち着かない様子で身を寄せていた。

 

「船、降りるつもりなのかもしれねーな」

 

ボソッと呟かれたバギーの言葉に、周囲の者達がギョッとする。

 

「おいバギー、滅多なこと言うもんじゃねーぞ」

 

「でもよシャンクス、最近のあいつの様子を見てただろ?きっと、もう嫌になっちまったんだよ。もがくのに疲れちまったんだろうな」

 

直ぐに兄弟分のシャンクスが嗜めるが、バギーはいつになく真剣な表情で告げる。

 

「かなり辛そうだったしな。ようやく決心がついたんだろ。だとしたら、無理に引き留めるのは酷だろうな」

 

バギーの言葉は効果覿面であった。

 

黄金世代の一人であるスペシャルウィークもエルコンドルパサーは泣きそうな顔になり、セイウンスカイは表情を曇らせ、グラスワンダーは唇を噛んだ。

 

「い、いや、何も一生会えなくなるわけじゃねーさ!それより送り出す側が暗い顔してちゃ、あいつも安心して船を降りられねーだろ?最期は笑って見送ってやろうぜ!」

 

一気に暗くなった空気の中、慌てるバギーを尻目にキングの取り巻きのネコ目とボブヘアの2人は、静かにその時を待った。

 

しばらくして、皆の前にキングヘイローが姿を現した。

 

薄い化粧で誤魔化しているが、寝不足なのか表情には疲労が見て取れる。

 

キングは船員達の前に置かれた樽の上に上がると、深層の令嬢を思わせる優雅な一礼をして見せた。

 

「皆、こんな朝早くに集まってくれてありがとう。実は今から、聞いて欲しいことがあるの」

 

静かに語り出すキングの姿に、一同は息を飲んだ。

 

「私の──」

 

「キングちゃん!船を降りるなんて言わないで!」

 

キングが次の言葉を告げる前に、スペシャルウィークの涙ながら絶叫が響いた。

 

「本当はダメだけど、私やっぱりまだキングちゃんと一緒にいたいです!」

 

そこから堰を切ったように、他の黄金世代も続く。

 

「逃げるのはキングの脚質に合ってないと思うな~」

 

「仲間がこれほどまでに深く悩んでいたことに気づけぬとは……痛恨の極みです。このケジメはいずれ……!」

 

「グラス?その小刀は何デス?何に使うつもりデース?」

 

それに周りの船員達も当てられたのか、口々にキングに対し考え直すよう声をかけた。

 

「いや、え?何のことかしら?」

 

それに対し、キングヘイローは何とも間の抜けた声を上げた。

 

え?と、思っていた反応と違うキングの様子に、黄金世代含む船員達は首を傾げた。

 

「何を勘違いしているのか知らないけど……今日は、この私の決意を聞いてもらいたいの」

 

おかしな空気を振り払うように一つ咳払いをし、キングは改めて船員達へ向き直った。

 

そこにいたのは憔悴した様子や陰りのある雰囲気を微塵も感じさせない、自信と活力に満ち溢れる堂々とした姿。

 

誇り高く前を向いて進むと決めた、一人のウマ娘。

 

「よく聞いておきなさい。──貴女達、いつもの“アレ”お願いできるかしら?」

 

「「りょうか~いっ!!」」

 

その言葉に取り巻きのネコ目とボブヘアの2人は即座に返事をし、直ぐ様キングの両脇へと陣取った。

 

「ふふっ、相変わらずいい返事ね!それじゃ、いくわよ!」

 

2人の返事に満足気に頷くと、キングは高らかに声を上げた。

 

「私の名前は?」

 

「「キング!!」」

 

「誰よりも強い?」

 

「勝者!」

 

「その未来は?」

 

「輝かしく!誰もが憧れる大海賊~!」

 

「そう!一流の海賊といえば、この私!!」

 

「「「キングヘイロー!!」」」

 

「──私は一流の海賊になるわ。そしていずれ、ロジャー海賊団のキングではなく、キングヘイローというこの名を世界に轟かせる。

貴方達には、このキングの伝説を心に刻む権利をあげる!!お~っほっほっほ!!」

 

悪名高いロジャー海賊団。

 

その海賊船の甲板で、船長以下全ての船員を前に、キングヘイローはそう高らかに宣言した。

 

 

──皆が寝静まった夜。甲板から月と星に照らされた波間を眺める。

 

背負った剣も、腰に佩いた刀も抜かず、手にした『永久指針』を玩びながら、ただ人を待つ。

 

それから30分ほどして、元航海士兼護衛の男がサーベルを手に姿を現した。

 

「あら、ようやく来てくれたのね。待った甲斐があった、ということにしておきましょうか。このキングを待たせたことは、今回だけは見逃してあげるわ」

 

お~っほっほっほ。と、小声で高笑いするという無駄に高度で使い所を選ぶ技術を発揮しつつ、キングは男を出迎えた。

 

「決めたんだな?」

 

「当然」

 

目指したものは朧気な、しかし鮮烈な幼き日の記憶。

 

踊るように舞うように、その剛剣を持って天をも断ち斬るとさえ謳われた躍動する勇士。

 

その怜悧冷徹な凶刃で立ち塞がる一切悉くを斬り伏せ、相対する生命に別離を訃げてきた狂気の光輪。

 

忘れられるはずのない、遥か彼方にある彼女の理想。未だ遠い己が憧れ。

 

強く、美しく、誇り高い両親の姿に憧れ、目指してきた。

 

しかし──

 

「私はキングヘイローよ。お父さまやお母さまとは違う。2人の道をなぞる必要なんてないの。

──私は私の道を行くわ」

 

手に持っていた『永久指針』を床に置く。

 

それから数歩離れ、僅かな逡巡の後にキングは構えた。

 

妖刀「光輪」を鞘に納めたまま腰を落とし、視線の先のにある『永久指針』を寂しげに見つめ、一度瞼を閉じる。

 

『永久指針』──トレセン諸島を示す、母が娘の安全を願い進ませたかった道。

 

意地っ張りで。不器用で。こちらのやること為すことに一々否定的で。どうしようもないくらい分かり難かったけれど──それでも確かに、キングヘイローを愛していた母の形見。

 

「──だけど、私は“こっち(光輪)”を選ぶ!」

 

乾いた音と共に『永久指針』が両断され、その機能を完全に喪失する。

 

──斬擊の軌道はおろか、抜刀の瞬間すら見えない超神速の居合術。

 

彼女の両親とは異なる、彼女自身の進む道。その一端。

 

「よかったのか?」

 

「ええ。下手に持っていても、トレセン諸島に迷惑がかかるわ。使わないなら破棄するのが一番よ」

 

形見ならもうあるしね。と、刀の柄を優しく撫でた。

 

その表情に後悔は無く、自信と活力に満ちている。

 

「さあ、これから忙しくなるわよ。あんな啖呵を切った以上、私は今以上に一流にならないといけないの!当然、貴方にも協力してもらうわ!」

 

強い意思を持った瞳に一瞬目を奪われて、男は思わず息を飲んだ。

 

──ああ、きっとこの娘は大丈夫だ。

 

「構えなさい!貴方にはこのキングの栄光をその眼に焼き付ける権利をあげる!」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

人気の無い夜の甲板に、鈴が鳴るような金属音が静かに響く。

 

かくして、かつてこの海を騒がせた大海賊の娘は己の道を見定め、その一歩を踏み出した。

 

そして彼女の宣言通り、その名はいずれ世界に轟くこととなる。

 

 




キング→迷走して剣と刀の二刀流とかやってた。それでもウマ娘パワーでそこそこ強かったが、本人的には不満。ロジャー海賊団解散後に一流海賊団を旗上げする。

キング父→躍動する勇士とか言われてたクソ強い剣士。娘には好きなことをして欲しい派。持病が悪化したタイミングで待ち伏せからの包囲を受けて死亡。ただ相手も壊滅させた。

キング母→剣豪として有名なウマ娘。不器用ながら娘を愛していた。娘を逃がす時間を稼ぐために敵陣で大暴れして、船員を斬りまくって船も沈めまくった後に死亡。母は強し。

元航海士兼護衛の男→キング父の部下で航海士をやっていた。キングのことは幼少期から知っており、年の離れた兄のような感じで懐かれていた。剣士としてそれなりに名が売れている。後にキングの率いる一流海賊団に旗上げから参加することになる。

黄金世代→同世代のウマ娘達。それぞれが違う形で名を上げることになるが、この時はまだロジャー海賊団の船員に過ぎない。筆者が扱いきれなかったので深掘りされていない

取り巻きーズ→ネコ目が特徴的なウマ娘と、ボブヘアが特徴的なウマ娘の2人。キングの後輩にあたり、色々と世話を焼いてくるキングの優しさや内面に惹かれて取り巻きをやっている。後にキングの率いる一流海賊団に旗上げから参加することになる。

バギー→「赤鼻のお兄さん」とエルに懐かれている、後の七武海の一角。周囲を誤解させたとして、キングに鞘でブン殴られた。

シャンクス→後の四皇。ほぼ空気。正直扱い難い。
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