星墜つる聖国と剣の天使   作:レスレクティオ

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ギルド:セラフィムの設定は完全にオリジナルです。


#1 Outer Heaven

「待って下さい! まだ話し合いを!」

 

 白い雲間に浮かぶ巨大な城のほんの一角。

 あと数歩歩めばこの城から堕ちてしまいそうな場所に佇んでいた麗しい女性の天使の下に、少々年若そうな1人の天使が駆け寄ってきた。

 

「……ごめんなさい、メタトロン。でも、もう決められた事なの。これ以上私がここに居れば、ギルド全体が揺らいでしまうわ」

 

 そう言うと一歩、天使は歩みを進めた。

 

「本当に、もうお別れなんですか……? ミカエルさん……」

 

「サンダルフォン……」

 

 ふわり、と城の方から別の天使が側に降り立った。その天使もメタトロンと呼ばれた天使と同じく、何処か年若い少女の様な外見をしている。

 

「……貴方たちを置いていく事になってしまって、本当にごめんなさい。ここに来る前から、2人は良く私について来てくれたわね……貴方たちなら、私よりずっと良い天使になれるわ」

 

 また一歩、ミカエルと呼ばれた天使は振り向く事なく雲間へ続く崖に歩みを進める。

 それを、2人で寄り添う様にして見つめている『双天使』のメタトロンとサンダルフォンの表情は、変わるはずもないのにまるで泣いているように見えた。

 

「大丈夫よ。きっと、また何処で会えるわ。メタトロンにサンダルフォン……いいえ、"エノク"さんに"イリヤ"さん……またね」

 

 ミカエルと呼ばれた天使は、振り返ってそう言うと空に自身の身体を預け、10枚の白い翼を風にあおられる花弁のようにはためかせて背中から落ちていった。

 

「「"フィーリア"さぁぁぁぁん!!!!」」

 

 雲間に埋もれていく大天使の姿を目で追いながら、双天使の二人は宙に手を伸ばしてその名を呼んだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ──かつて、ユグドラシルには『セラフィム』という、天使系種族しか入れないものの最盛期はギルドランキング1位のギルドがあった。

 

 ギルドランキング1位という事もあって『セラフィム』は拠点を各地に置いており、メンバーもセラフィムに従う集団(クラン)も含めれば200以上とかなり多く、長きに渡ってその名と威光をユグドラシル全体に轟かせていた。

 

 活動方針は『セラフィム』の守護と存続。

 基本的にギルド間の諍いには手を出さず、必要に応じては軍事力を行使して制裁を加える……まさに、神の住う天国と言っていいギルドだった。

 

 そんな膨大なメンバーを抱える『セラフィム』は、選ばれた上位9人のプレイヤー、通称『御使い』と呼ばれる者たちの話し合いによって運営されていた。

 

 ギルド長たる第一位の「熾天使」

 第二位の「智天使」

 第三位の「座天使」

 第四位の「主天使」

 第五位の「力天使」

 第六位の「能天使」

 第七位の「権天使」

 第八位の「大天使」

 第九位の「天使」

 

 これらは会議の場での序列、及び『セラフィム』の上位に属している事を表している位のようなものだった。上位、といっても単に戦闘能力だけで序列が決められているわけではない。

 まぁ当然上の方が発言権が強いし、下にいけばいくほど発言権は弱くなるのだが。

 

 因みに種族が大天使止まりであっても、主天使や能天使の位に付いていたものもいた。というより、大半が本来の種族と位が異なっていた。

 

 加えて少し複雑だが、この9名とまで行かずともある程度ギルド内での地位が高くなると、ギルド長から冠名を賜る事が出来る。

 それらはウリエルであったり、ザドキエルであったり、ガブリエルであったり……実際に存在した天使の名前を名乗る事を許された。

 そして、その名前に当てられた役割をギルド内で担当した。

 

『セラフィム』において、上記のような実際の天使の名は固有のプレイヤーを名指しするものではなく、役職のようなものだったという事だ。

 

 

 そして俺は元々『第八位 大天使"ミカエル"』という名だった。

 

 

 "ミカエル"の名が持つ役割は『セラフィム』に所属するギルドメンバーのレベルアップやキャラビルドの相談など。

 要は人事を担当する役割であり、最もギルドメンバーと交流関係を持つ役職だ。

 

 あの時は楽しかったと、今でも思っている。

 

 10枚の翼で自由に空を駆け、雲間から見えるユグドラシルのマップをただ眺めて過ごたり、襲われているギルドメンバーを助けに行ったり……まるで、自分が本当の天使になれたようだった。

 

 ギルドメンバーの誰しもが俺のことを「ミカエルさん」と呼び、色々な相談をしてくれた。俺もユーザー名である『フィーリア』そして『ミカエル』という優しい天使の"外見(アバター)"を借りて、その悩みに俺も全力で答え、時に励まし、時に笑い合った。

 

 特にあの2人……メタトロンとサンダルフォン。まるでミカエルの従属天使なのかと思ってしまうくらい、この時代には珍しい純粋な人だった。

 

 あぁ、本当に楽しい幻想(ユメ)だった。

 

 現実(リアル)でそんな事しようと思っても、出来るはずがなかったのだから……。

 

 

 

 

 

 俺は現実では、割と世界的な巨大複合企業のとある会社の社長……の御曹司だった。そのおかげか幼い頃から真っ当な場所で育ち、真っ当な教育を受け、外の世界の事など全く知らないまま、小綺麗なアーコロジーの中ですくすくと成長した。

 

 だから、初めてアーコロジーの外の世界の実情を知った時、俺は酷く動揺した。

 

 いつも食べていた美味しい食事も、安らぎをくれた温かい家も服もベッドも、心地よい綺麗な空気も木々も水も、周りの人達の幸せそうな笑顔でさえ全て、幾人もの人々の死体の上に血と涙で作られた幻想(ユメ)だった。

 

 慣れろ、と俺が展望台で外の様子を見ていた時、両親はそう言った。

 その時急に、ずっと慕っていた両親が悪魔のような恐ろしい存在に見えた。その言葉を発した時の両親の顔は、いつもと変わらない軽い微笑みを浮かべていたからだ。

 

 天国と地獄。

 ずっと空想の産物だと思っていたものが、現実に確かに存在した。

 

 俺は罪悪感に苛まれながら、やがて成人を迎えた。周りの人達は幼い頃誕生日を祝ってくれた時と同じように、溢れんばかりの祝福をして赤い花を撒いてくれたが俺は全く喜べなかった。

 

 ──生きていてごめんなさい。

 

 そんな感情を日々持つようになった。だが俺は自分の立場さえ良くなれば、外の世界の人たちを助けられるのではないかと思い、必死に経営について勉強して必死に働いた結果、もちろん社長である親の贔屓もあったのだろうが、巨大複合企業の1つの会社を任される事となった。

 

 ある時、俺は上の経営悪化を受けて何人かの貧しい社員を解雇せざるを得なくなった。俺はそれを哀れに思い、経営上良くない事だと思いつつも自身の給料を減らしたりしてデータを誤魔化し、解雇を取りやめさせた。俺なりの優しさのつもりだった。

 たが何らかのルートですぐに社長、つまり親にバレてしまい、本部に呼び出された俺は部屋に入るなり父親に胸ぐらを掴まれ、もの凄い見幕で怒鳴られた。

 

「お前は責任者だろう! 誰にでも優しくする事より大事な事があるんじゃないのか!!」

 

 心の中の何かが引き裂かれた音がした。

 再就職なんて実質不可能な世の中だ、会社を解雇されるというのは即ち死を意味する。餓死するか、劣悪な環境で病気になって死ぬか、職に就いていないのに生きている者など1人もいない。

 

 こんな事を続けていれば会社の経営そのものが破綻する、そうすればもっと多くの人が露頭に迷って死ぬだろう。父親の言う事が正しい事くらい元より分かっていた事だ。

 

 だが、だからといって他者に死ねと言うのか。

 過酷な世界を這いずり回るように懸命に生きて、それぞれに家族が居て、幸せなんて塵くらいしか持っていない者に、俺のために死ねと。

 

 この世界は残酷な地獄だ。

 そして、俺は限りなく無力だ。

 

 その日から俺は、優しさというものがよく分からなくなり、部下には温情も慈悲も血も涙もなく、非情な心で接するようになった。

 

 そんな頃、俺はDMMO-RPG『ユグドラシル<Yggdrasil>』に出会った。

 心の底から素晴らしいゲームだと思った、まるで別世界のようなフィールドにいるプレイヤーには強さの差や種族の差はあれど、現実世界と比べれば身分の差は限りなく無いに等しかった。

 

 俺はそこで理想の天使の外見(アバター)を作り上げ、優しい天使の演技をし続けた。心の中で優しさが何なのか分からなくても、効率が悪いと思っても、デメリットしかないと思っていても。

 

 天使フィーリアの外見(アバター)は、俺がずっと追い求めた"誰か"の姿だ。当たり前のように誰にでも優しく、時には命懸けで信じたものを守る。

 こんな人が現実世界に居てくれれば、俺は何かを変える事が出来たのだろうか……と、そんな思いがこの外見には込められている。

 

 そんな幻想も、今日で全て終わる。

 さようなら、美しい世界。

 さようなら、偽りの俺。

 さようなら、フィーリア。

 

 明日からはもう、大のために小を切り捨てる非道で冷徹な俺だけしか残らない。

 

 そんな淡い残滓を胸に、俺はユグドラシルに最後のログインをした。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 森の香りがした。頬の辺りに草のような感触が伝わり、くすぐったさで重い瞼が開きかける。

 

「ん……」

 

 若く柔らかな女の声がすぐ側で聞こえる、疲れすぎたが故の幻聴だろうか。そうでなかった場合も考え、俺は重い瞼を開けた。

 

 上体を起こすと、そこは見慣れない森の中だった。ぽっかりと空いた木々の隙間から、青白い月の光が優しくこちらを照らしていたが、拠点にしていた自分の住居は何処にも見当たらない。

 

 辺りを見回す。月明かりで視界は良好だが、周りにはただ木と草、近くに小川があるくらいでそれ以外のものは何も見当たらない。

 

(ログイン……出来たのかな?)

 

 フィーリアは現実での仕事が終わった後、今日がサービス最終日の『ユグドラシル<Yggdrasil>』に何とか最後にログインしようと、焦りながらゲームを立ち上げた事までは覚えている。

 

 その時点で、サービス終了時刻となる0時までもう5分も無かったはずだ。

 今の時刻は何分ごろだったか。

 

(あれ、コンソールが出ない?)

 

 空を幾ら突いてもシステムコンソールが出ない。いや、そもそもコンソールなど開かなくとも時刻は右上の時計に表示されているはずだ。

 

 時間のことも妙だが、それ以上に身体に違和感がある様な気がした。具体的には肩や胸、腰の辺りが引っ張られる様に重たいのだ。

 

「…………?」

 

 チラッと目線を下に落とす。そこには本来のフィーリアには無い、たわわに実ったメロンのようなものが、一枚の布ごしに圧倒的な質量を伴う存在感を放っていた。

 だが、この外見(アバター)はゲーム開始日から使っている慣れ親しんだものだ。

 

 いまさら驚く事ではないはずなのだが……。

 

 五感の規制がなされているユグドラシルでは、触っても残念なレベルの感触しかしないと理解しつつも、何かがおかしいと感じたフィーリアは自身の外見(アバター)の胸を新雪を掴むようにそっと揉んだ。

 

「っう……!?」

 

 むにゅっ、という擬音が聞こえそうなほど自身の指がふっくらとした外見(アバター)の胸に沈み込む。そして全く未知の感覚だったが、胸を揉まれているという感触もハッキリと感じ取れた。

 

 慌てて立ち上がり、全身を見下ろす。

 

 腰部と背部に加え、肩部にはそれぞれ身体をすっぽり包めそうなほどの大きさの、触ればふんわりとした感触がしそうな純白の翼が意思に合わせて上下に動いている。

 腰まで伸びた艶やかな白髪は毛先に行くほど薄桃色に染まっており、耳の少し上の頭部にも飛行には使えなさそうな人の腕くらいの小さい翼が2対、すなわち4枚生えている。

 

 白と黒、紺色をベースにした服、というより布が巻きついたといった方が良い衣装であるキトンは、至るところに翼や十字を模した金色のアクセサリーが付いていた。

 そして、頭上にはまるで星の光のような形をした自身の胴体よりひと回り大きな光輪。

 

 間違いなく、ユグドラシルで俺がいつも使っていた露出度ギリギリの外見(アバター)、しかしそれでいて全く不埒な雰囲気は無く、清浄な空気が流れているような天衣無縫の美しさを備えた、己の女神の偶像を形にした10枚の翼を持つ天使、フィーリアの外見(アバター)だった。

 

「変だな、グラフィックが綺麗過ぎr……!?」

 

 そこまで喋って気が付いた、声がおかしい。俺は男だ。なのに、何故こんな物腰柔らかそうな女性の声がするんだ!? 

 

「いや、声だけじゃない……」

 

 月明かりに照らされた近くの小川に駆け寄って身を乗り出し、顔を水面に近づける。

 小川に流れている水は、リアルでもユグドラシルでも見た事がないほど澄んでおり、それも不思議でしなかったが、それよりもあり得ない事が起きていた。

 

「口が……動いてる……?」

 

 水面に映ったのは誰の心にも不快感なく入っていくような、誰もが恋をしてしまうような清楚さを纏った、見た目の年齢的にはお姉さんと呼べるくらいの美しい女神の姿。

 その女神が俺の意思に合わせて口を動かしたり、手で顔を触ったりしていた。

 

 

 ☆

 

 

(……どうしよう)

 

 森の中の小川のほとりでフィーリアは頭を抱えていた。いや、頭を抱えようとすると頭に生えた翼に手が当たるので、翼を抱えているというのが正確か。

 

 考えられる可能性は2つある。1つ目はここがユグドラシル2とかの新作ゲームだという可能性。

 だが、先程の感触といい小川や月の美しさといい、ここがゲームの中だとはフィーリアには到底思えなかったのだ。

 

 そして2つ目は、ここが現実の世界であるという可能性。

 フィーリア自身がこの世界に来たのか、世界が塗り替えられたのかは分からないが……"あり得るとしたら"恐らく前者だろう。つまり、見知らぬ土地に1人で放り出された事になる。

 

 だが先程、試しに〈伝言(メッセージ)〉を使ってみたのだが発動は可能だった。自身の見た目が天使のような姿になっているのも加味すれば、少なくともユグドラシルの魔法は使えるし、ここは全く無関係な場所ではないのかも知れない。

 因みに〈伝言(メッセージ)〉は俺以外誰もプレイヤーが居ないのか、有効範囲内にプレイヤーが居ないのか、誰とも繋がらなかった。GMとも通信不能だ。

 

 フィーリアは魔法詠唱者(マジックキャスター)だ、魔法が使えるなら大抵の事は何とかやりこなせるだろう。

 だが、今はいかんせん情報がない。ユグドラシルというゲームもそれ自体未知を既知へと変えるゲームなのだから、フィーリアも何かを探したりする事に慣れていないわけではないのだが、実際に未知へと踏み込むとなると話が違うというものだ。

 

(とりあえず……周囲の探索が必要か)

 

 ──上位天使創造、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)──

 

 そう結論付けたフィーリアがスキルを発動させるイメージをすると、突如として足元の地面が光り輝き、周囲をまるで昼間のように眩く照らした。

 そして光り輝く地面からユグドラシルのものと全く同じ姿をした門番の智天使が1体召喚され、周囲の木々を押し除けるようにして宙に浮いた。

 

 門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)

 門番(ゲートキーパー)の名の通り、タンクとして申し分ない耐久力があり、更に探知能力にも優れているという活用の幅の広いモンスターだ。ユグドラシルでは自身の種族が天使でなくとも、召喚モンスターとして使っていたプレイヤーも居るくらいなのだから、その利便性が伺えるだろう。

 

「歩きだと移動が少し面倒ね……〈飛行(フライ)〉」

 

 天使は種族の特性として〈飛行(フライ)〉の魔法を使わずとも空を自由に飛ぶ事が出来る。

 だが〈飛行(フライ)〉の魔法を更に重ねて使うことでより速く、正確な飛行が可能となるのだ。それと、フィーリア自身ゲームでは何度も飛んだ事があるとはいえ、実際に翼で飛ぶとなると上手くいくか少々不安だったのだ。

 

 フィーリアの身体が空高く浮き上がり、暗い森が遠くなると同時に月……かは分からないが、そのような見た目の星の明かりがより強くなる。現実ではデータでしか見たことがない満月の美しさに、フィーリアは思わず「はぁっ……」と感嘆の吐息を洩らした。

 

 〈伝言(メッセージ)〉や〈飛行(フライ)〉の魔法を使って気づいた事だが、この世界にもMP……つまり魔力のようなものがあるのだとフィーリアは感じていた。先程、魔法を使った際に極々僅かだったが、自身の何かが減ったような感覚がしたのだ。

 

「そうね……周囲への警戒をして、私の前を先行しなさい」

 

 そんなフィーリアを後目に、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)は未だ地面スレスレの所に留まっていたが、フィーリアの呼びかけがあるや否や主人の下へ急上昇すると、やや離れた所で待機した。

 その挙動を不思議に思ったフィーリアが〈飛行(フライ)〉の魔法と自身の翼を駆使して空中をちょっと前に進むと、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)もそれに合わせて前に進んだ。

 何故かは分からないが、このモンスターとは心と心が糸で結ばれているような、絶対に裏切ったりしないだろうという信頼が伝わって来るのだ。

 

「なるほど……ユグドラシルとは少し違うのかしら」

 

 ユグドラシルでは、ここまで正確な命令は出来なかった。本来、召喚モンスターは周囲に侍らせて自動迎撃に使うくらいのもの。先行しろというような複雑な命令は聞けないし、逆に命令があるまでその場で棒立ちになったりもしない。

 

 ──下位天使創造、水の上位天使(アークエンジェル・ウォーター)──

 

 フィーリアは少し思案する様子を見せた後、再びスキルを使用して新たな天使を召喚し、その天使にも先程と同様の命令を与える。

 

「ふふっ」

 

 先程の門番の智天使とは違い、派手な演出もなく空中からあっさりと召喚された水の上位天使(アークエンジェル・ウォーター)は、上位と名は付くがユグドラシルでは雑魚の部類のモンスターだ。

 そんな役に立ちそうもないモンスターをフィーリアが召喚した理由は、単にお気に入りのモンスターだからというだけだ。

 

「〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉」

 

 ちょっと気分を良くしたフィーリアは更に魔法を唱え、自身に完全不可知化のバフをかけた。

 今いる場所が森の真ん中かつ夜中とはいえ、こんな月明かりの日に空を飛んでいたら遠目からでも目立ってしまうだろうからだ。召喚モンスターが見つかっても、召喚者が近くにいなければ野良のモンスターだとでも思ってくれるだろう。

 

(不可知化のアイコンが欲しいな……)

 

 完全不可知化の仕様がユグドラシルと同じなら、目視は当然として探知の魔法等も無効化出来ているはずなのだが、フィーリアの目には自身の手のひらも、巨大な翼も先程と何も変わらず見えている。

 

 イマイチ効果を感じれなかったフィーリアは、用心のためもう一度〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の魔法を唱えると、ひとまず森の果てを目指して飛ぶ事にした。

 

 

 ☆

 

 

「────!」

 

門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)、何か見つけたの?」

 

 そういえば、アイテムボックスはあるのだろうかと気になったフィーリアが、アイテムを取り出す時の感覚で手を差し出したところ、腕が亜空間のようなものに吸い込まれ、中には見知ったアイテムが多数存在していた。

 アイテムボックスがこの世界でも有効である事をフィーリアが空を飛びながら確認していた時、不意に門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)が空中で急停止したのだ。

 

「〈敵感知(センス・エネミー)〉」

 

 門番の智天使の視線の先、まばらに野原のある丘陵らしき場所に幾つかの天幕が張られていた。小さくみすぼらしいと表現するのがピッタリなそれは、少なくともキャンプに来た人間のものではなさそうだった。

 一応〈敵感知(センス・エネミー)〉の魔法を使ったフィーリアだったが、距離が遠いからか何の反応もなかった。

 

 早速、アイテムボックスの中のアイテムが役に立つ時かも知れない。そう思ったフィーリアはゲームと同様、整理整頓の行き届いたアイテムボックスに手を伸ばすと、その中から1つのアイテムを取り出した。

 

「ユグドラシルと同じなら……こうかしら」

 

 フィーリアが取り出したのは1メートルほどの楕円形の鏡のアイテム、〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)〉だ。これなら一応遠くを見ることが出来る。

 

 しかし〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)〉は簡素なものであるため、用心のために魔法によるカウンターを喰らわないための防御魔法を幾らか唱えてから、フィーリアは両手で鏡の操作を始めた。

 

 フィーリアが手をかざすと〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)〉は前方の何もない丘陵の辺りを映し出した。ユグドラシルでは店の混雑状況の覗き見くらいにしか使えなかった魔法だが、この世界では随分と勝手が違うらしい。

 しかし、見たいのはここではなくみすぼらしい天幕の中とその周辺だ。

 

 ゲームとは勝手の違う操作感に、フィーリアは大いに戸惑った。ズームを間違えて丘陵の雑草に視点が合ったり、遠くで空を飛んでいる者がいると思いきや自分自身だったりと色々苦戦はしたが、どうにかして天幕の近くで1人佇む何者かの姿を捉えさせる事に成功した。

 

「あれは……豚鬼(オーク)?」

 

 ユグドラシルと同じような姿をした亜人、豚鬼(オーク)が一定の方向をじっと見つめていた。ユグドラシルにも亜人というカテゴリーはあったが、装備品は腰布に棍棒程度のものであり、フィーリアと同じプレイヤーには見えなかった。

 つまりゲームのように自動POPしたモンスターか、そもそもこの世界に住み着いている生物という事になる。ここがゲームの中だという可能性はもうほとんど捨てているので、恐らく後者だ。

 

 天幕の中も鏡で覗いてみたが、同じような見た目の豚鬼(オーク)が雑魚寝しているだけだった。

 どうも、この辺りは豚鬼(オーク)の住処らしい。ちゃんとした家ではなく簡易的な天幕なのは、豚鬼(オーク)が定住ではなく定期的に移住をする種族なのだという証拠に他ならない。

 

 天幕の周辺に佇んでいた奴は、さしずめ見張りといったところか。亜人の大半は〈闇視(ダーク・ヴィジョン)〉を使わずとも夜目が利く、最も今日はそんな事を気にする必要のないくらい月明かりが眩しい満月だが。

 因みにフィーリア自身は、装備品によって同等の効果を受けているので〈闇視(ダーク・ヴィジョン)〉を使わずとも視界に問題はない。

 

「変ね、あの豚鬼。どうして同じ方向ばかり……あれは?」

 

 見張りの豚鬼はさっきから全然動いていない、立ったまま寝ているのかとも疑ったが目はしっかりと開いている。

 鏡を操作して豚鬼が見ている方向を伺うと、天幕のある野原からはかなり遠く離れた森の中を木々を押し分けて進む3m程の大柄な亜人の姿があった、人喰い大鬼(オーガ)だ。

 しかも両手で数え切れないくらいの大人数で移動しており、寝付けないのでちょっと散歩に来ましたなどという、平和的な目的で来ていないのは明らかだった。

 

「プォォォォオ〜、プォォォォオ〜!」

 

 人喰い大鬼(オーガ)の姿をはっきりと捉えたのか、先程の見張りの豚鬼(オーク)が天幕の近くにかけられていた角笛を思い切り吹いた。

 この位置からでも聞こえるような音量の角笛を聞きつけ、天幕からバラバラと仲間の豚鬼(オーク)たちが飛び出すと各々簡素な武器を手に取って戦闘態勢を整え始めた。

 

「…………」

 

 その後は、ただただ凄惨な争いになった。

 人喰い鬼(オーガ)たちは森の中を移動していたが、それは別にカモフラージュのためではなくただまっすぐ歩いていただけのようで、あの後あっさりと野原に出てきて豚鬼(オーク)の天幕に向かって突撃していった。

 こんな月明かりのある日に、そしてただでさえ目立つ身体の大きさなのに戦争するなんて馬鹿なんじゃないのかと一瞬フィーリアは思ったが、ユグドラシルの設定では人喰い大鬼(オーガ)は知能は低かった事を思い出し、モンスターは見た目だけでなくその設定もユグドラシルから受け継いでいるのだ、と結論付けた。

 

「グギャォォォォ!!」

 

(おかしい、どうして心が痛むんだ……)

 

 亜人種は基本醜悪な見た目をしている。そのため、ユグドラシルでは異形種よりは少なくが亜人種もPKされ易かった。

 心理的に人間をPKするとなると誰しも見た目で少し躊躇ってしまうが、嫌悪感を抱くような見た目の亜人種や異形種はモンスターを狩るのと同じくらいの気分でPKされていた。

 

 フィーリアも徹底的な差別とまでは行かずとも、亜人種は不気味だと内心思っていなかったわけではない。

 もちろんフィーリアは自分が思い浮かべる女神のイメージを崩したくなかったので、ゲームの時は亜人種のプレイヤーにも優しく接していたが。

 

 話を戻すと、幾ら実際に目の前で殺し合いをしているとはいえ、所詮は醜悪なモンスターの争いだ。そんな奴らが幾ら倒されようが、以前のフィーリアなら何の感情も抱かなかっただろう。

 だが、今は胸がチクリと痛む感覚がする。さらにあの亜人たちを救ってあげたいと心の何処かで思ってさえいるのだ。

 そんな心はもう切り捨てたはずなのに。

 

(もしや、天使になった影響が……?)

 

 この事態を収束させられる魔法の一発でも放ちたい気分になったフィーリアだったが、この世界に何があるか分からない現状、介入してもリスクが大きい事を理性的に考えればこのまま無視するのが最善、と自分に言い聞かせた。

 召喚した天使には上空を飛ばせておき目立たないようにしてから、フィーリアは丘陵の上を逃げるように飛んでいった。

 

 そもそも天使の召喚や使役は出来たが、フィーリアが得意とするとある属性の攻撃魔法がこの世界のモンスターに有効とは限らないのだ。

 

 戦いの火種はあちらこちらに飛び、争いから逃げた亜人が別の弱い亜人と戦い、負けた方の弱い亜人がさらに弱い亜人の土地に踏み込んで……をドミノ倒しのように繰り返した結果、眼下に広がる丘陵のあちらこちらで戦いが発生する大事態になっていた。

 

「…………?」

 

 そのドミノの最後のあたりの亜人はもう逃げるところが無くなってしまったのか、いくつかの集団が丘陵地帯そのものを離れ始めていた。

 だが、その中の幾つかの種族のグループは連絡を取り合うわけでも、互いに協力しているそぶりもないのに同じ方向を目指して進んでいたのだ。

 

 引っ掛かりを覚えたフィーリアは、そのまま空を飛んで亜人の集団を追ってみる事にした。

 

 丘陵地帯の争いは未だ収まりそうになかった。

 

 

 ☆

 

 

(この亜人たち……一体どこに?)

 

 大移動をする亜人の集団の上空を10枚の翼をはためかせながら飛んでいるフィーリアは、一行の様子をカトレア色の宝石のような双眸でじっと観察していた。

 距離にして20mほどしか離れていないが、簡単な探知の魔法を無効化出来る〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉のためか誰も追跡に気付く様子はない。

 

 ずっと移動をし続けている亜人たちは、他の亜人のテリトリーに入らないようにするためか非常にゆっくりと進んでいた。

 この丘陵地帯はどうも本当に多くの亜人種が住んでいるらしく、どこまで行ってもまた別の種族と見られる亜人の住処があった。

 

 このまま近くで亜人を観察していても得られるものはなさそうだと判断したフィーリアは、さらに上空へと瞬間移動を思わせる速度で一気に飛び上がり、亜人たちの行く先に目を凝らした。

 すると、本当に小さいものだったが丘陵地帯を抜けた先に篝火のような灯りが見えた。それだけではなく、小高い壁のような建造物まで見える。

 

 〈闇視(ダーク・ヴィジョン)〉が使える亜人種は夜に篝火など炊く必要はない。それに加えて今夜は月が出ており、亜人種なら夜中に活動するのに十分すぎる明るさなのだ。そう、亜人種であるならば。

 

 他の種、特に人間種は〈闇視(ダーク・ヴィジョン)〉の魔法を覚えなければ夜目が利かない。

 もちろんそんな魔法は、夜に行動するためには必須の魔法だから、ユグドラシルでは覚えていないプレイヤーなど居なかったのだが、実際篝火を焚いているという事は夜目の利かない人間種がいる可能性が高い。

 

 そう考えたフィーリアは亜人たちから離れ、天使を上空に待機させ、先んじて篝火の焚かれている場所に急いで向かった。飛行速度は軽く時速200キロは超えているだろう、翼があるとはいえユグドラシルではあり得ない超スピードだ。

 

 布面積が少なく軽量化されたフィーリアの衣装は、飛ぶ時にはほとんど邪魔にならない。むしろ下半身のキトンの裾が足より長いせいで、地面を歩いているとそれをズルズルと引きずってしまうので動きづらいのだ。

 加えて、翼角から先端の羽根まで自身の背丈ほどの長さの肩部の翼と、その半分ほどの大きさの腰部の翼は、意識して持ち上げていないとこれも地面に擦れてしまう。

 

 ユグドラシルではその辺の判定が曖昧だったので気にした事もなかったが、やはり天使というものは空を飛ぶのが本来あるべき姿なのだろうか。

 

 そんな事を思案しながら夜空を駆けるフィーリアの姿は誰にも見えないし、誰にも感じることさえ出来なかっただろうが、その姿はまるで福音を与える一条の光のようだった。

 

「っ……!」

 

 一瞬で篝火の下まで移動したフィーリアは上空から一帯を眺めようとしたが、そんな事をする必要がないくらいそこは"荒れて"いた。

 

 そこには人間の視点から見ればかなり巨大な壁が地平線の彼方まで続いており、先程の篝火はその壁の一部に密集して焚かれていたものだった。

 

 壁の手前側には無数の亜人たちの姿があり、何と頑丈そうな壁を登っていこうとしていた。中には壁の上にいる兵士に向かって遠距離攻撃を仕掛ける者もいた。明らかに侵略目的の行動だ。

 

 フィーリアが追っていた集団とはまた違う亜人種だったので、追跡していた集団より先に移動を開始していたに違いない。争いに心を痛め、全体を見る事を忘れていたが故の見落としだった。

 

 壁の上ではやはり人間、それも兵士と見られる者たちが右往左往しながら壁をよじ登る亜人たちに向けて矢を射掛けたりして応戦していたが、どうにもあまり効いていない様に見える。

 

 妙だ。

 必死に闘う兵士の姿を上空から見たフィーリアは、まずそんな感想を抱いた。

 ユグドラシルにおいて人間種は最も人気のある種族だった。何故か? それは種族レベルと職業レベルの兼ね合いが……まぁ、詳しくは置いておくとして、簡単に言えば人間種の方が強いキャラクターを作りやすかったからだ。

 

 一方あの亜人たちは数こそ多いが、何というか……装備も含めて何もかもが強く見えないのだ。

 遠距離攻撃は投石や毒液のようなものだけで魔法は全然使っていないし、ユグドラシルに居た亜人のプレイヤーの身体能力ならこれくらいの壁はジャンプで簡単に乗り越えられるからだ。それをせずにいつまで経っても素直に矢を受けているのは、この壁の突破が出来ないほど弱いからに他ならない。

 

 まぁ、この亜人たちはそもそも争いに負けてここに来たのだから弱いだけであって、中には強い奴もいるのかも分からないが、少なくともこの場にいる亜人たちは弱いのだと思われる。

 

 つまり、ユグドラシル基準なら人間側が圧勝出来るはずなのだ。

 しかしそんな亜人たちにさえ、壁の上にいる人間の兵士は何名かはもう既に攻撃を食らって傷を負っている。そればかりか、段々と壁をよじ登る亜人の数が増えたために壁の防衛に対応しきれなくなってさえいた。

 

 なるほど、この世界では人間種は弱いのか。

 

 フィーリアはそう推測した。

 もちろん人間種にも強さの優劣はあるだろう、だがここは国境なのか、街への入り口なのかは分からないがわざわざ壁を築いている場所だ。明らかに戦う事を目的とした防衛拠点であり、いくら亜人たちが突然襲って来たとはいえ、それなり強い人間がいて然るべしだ。

 そんな場所でこの有り様なのだから、平均的に人間種は弱いのだろう。

 

 勿論用心に越した事はない、フィーリアが使うユグドラシルの魔法はこの世界では受け付けられないとかの理由で無効化される可能性もある。

 

 それならば尚のことこんな危険な場所からはさっさと離れて、今は壁の向こうに何があるか探るべきだ。この争いの中なら、例え探知の魔法に引っかかったとしても、こちらに構ってなどいられないだろうから壁を越える絶好のチャンスだ。

 

 でも、それは本当に? このままではあの兵士も、住処を追われた亜人たちも不毛な争いを続ける事になる。彼らを見殺しにして良いのか? 

 助けられるなら、助けるべきでは? 

 

(…………何を馬鹿なことを)

 

 フィーリアは知らず知らずのうちに、アイテムボックスを開きかけていた腕をそっと引っ込めた。

 またこれだ、とフィーリアは思った。顔も名前も所属も知らない他者を助けようだなんて。

 そもそもフィーリアとて自身自分のことで手一杯だ、他の者にかまけている余裕なんてこれっぽっちもない。そんな簡単な事が分からないほどフィーリアは馬鹿ではないし、この世界に来る前だって何度もそんな感情は切り捨てて来た。

 

 そう割り切ったフィーリアは、持ち前の飛行性能を持ってして壁の上を越えようとしたが、どうしてもその場から全く進めなかった。

 

「増援が来るまで持ち堪えろ! 絶対に通してはならん!」

 

「グォォォォァァァァァァ!!!」

 

「おい! 大丈夫か!? くそっ! こいつら、いつにも増して数が多い!」

 

「「………………」」

 

 フィーリアの瞳に映るのは、人間も亜人も仲間のために死力を尽くして戦う姿だった。こんな争いはどちらが勝っても、死んだ仲間がいる以上幸福な未来なんて来ないというのに。

 

(……助けたい)

 

 フィーリアに似た今の声は誰のものだろう。

 それはフィーリアの本心なのかも知れないし、天使の種族的な本能なのかも分からない。

 ただ言えるのは、その声が聞こえた後にフィーリアは即座にアイテムボックスを開き、拠点作成アイテムの〈グリーンシークレットハウス〉を取り出していたという事。

 

 ──下位天使創造、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)──

 

 さらにフィーリアは流れるように自身の持つスキルを発動して、攻守の割合が3/7とバランスの取れた天使モンスターである、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)20体ほどを一気に召喚する。その顔に迷いはなく、ただ天使としてのフィーリアがそこにいた。

 

 やがて、召喚者の呼びに応えた監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が小隊を組んでいるかのように夜空に横一列に整列して一斉に現れた。

 

 しなやかで柔らかい手を動かす。

 スキルを発動したためか〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の効力は切れてしまったらしく、異変に気付いた兵士や亜人たちが戦いの手を止め、呆気に取られた様子でこちらを見上げているのが分かった。

 

門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)水の上位天使(アークエンジェル・ウォーター)、私の周囲を見張っておきなさい。何かあったらすぐに知らせて)

 

 遠方に置いて来ている2体の天使に頭の中でそう呼びかけると、何となく了解したような感じが帰ってきた。

 

 フィーリアは背中の6枚の翼を大きく広げる。

 すると辺りの空気が浄化され、月の光が天から青白い後光が降り注いでいるようにさえ見えた。

 そして白い羽の舞う夜空の中で、ユグドラシルでのロールプレイで培われた演技力を持って厳粛に、しかし優しい声でフィーリアは天使たちに命令を下した。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)。亜人たちを私の下まで連れて来なさい」

 

 ただし傷つけないように、と心の中でフィーリアはこっそりと付け加える。

 召喚者の命令を受諾した監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)たちが空中で即座に散開すると、合図も無いのに一斉に降下して地上で騒いでいる亜人たちの確保にかかった。

 

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)上位天使(アークエンジェル)よりは強いとはいえ、魔法一発で倒されるくらいのモンスターだ。簡単かつ無数に召喚できる中ではこれくらいが手頃だろうと思って召喚したモンスターなので、亜人たちに抵抗されて逆にやられる可能性もあった。

 そのためフィーリアは天使たちが亜人たちを捕まえて持ってくるまでその様子を見守っていたのだが、天使たちの規律が整った動きの前に亜人たちは碌な抵抗も出来ずに、少し時間はかかったが全員確保された。

 やはりこの亜人たちはかなり弱いようだ。

 

「〈全体・真なる蘇生(マス・トゥルーレザレクション)〉」

 

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に囲まれた、女神のような天使の口から最高位の蘇生魔法がするりと唱えられる。

 

 中空から溢れた薄い黄色のエフェクトが周囲のまだ温かい死体に降りかかると、絶対に覚める事のない眠りから人間や亜人たちが目を覚ます。

 城壁に居た兵士たちが、倒れて死んでいた仲間たちが呻き声をあげて目覚めたのに気づき何名かが慌てて駆け寄ろうとしていたが、どうにもこちらから目が離せないようだった。

 

上位転(グレーターテレ)……「あっ、あの!」」

 

 ここから早く立ち去るべきだ。そう思って転移の魔法を使おうとしたフィーリアだったが、それまでぼうっと此方を眺めていた兵士の1人が急に声をかけて来た。

 いきなり目の前に現れたのに今まで黙って見ていたのが凄い。現地人と話せる貴重なチャンスかと思ったフィーリアは詠唱を途中で中止すると、少し下降してその人間の側にふわりと近寄った。

 

「はっ、はひゅ……あ、その……!」

 

 その兵士は若い男の様だった。過呼吸になっているのが手にとる様に分かる、ただ視線はこちらの事をじっと見つめており、頭の中でどんな言葉を投げかけるべきか考えているようだった。

 

「あっ、貴女は、い、一体……?」

 

 しどろもどろになりながら、その兵士はそう尋ねて来た。こちらを見上げる視線には悪意も何も感じられず、ただ知りたいという思いからの質問のようだった。

 

「私は──」

 

 フィーリア、と自身の名前を告げようとしたフィーリアの脳裏に2人の天使、メタトロンとサンダルフォンの姿が思い浮かんだ。

 口をつぐむ。もし、あの2人もこの世界にいるのなら……セラフィムのメンバーがいるのなら、そして、あの名前に込められた役割。

 

『ミカエル』それは最も人と接する使命を持った優しき天使の名前、今の自分にピッタリだ。

 どうもこの身体は厄介事を抱えずにはいられないらしい。ならばあの2人のためにも、こちらの世界でも優しい天使でいようじゃないか。そしていつか再会出来たなら……その時は、偽りの優しさを向けていた事を謝罪しよう。

 

 この名は自分への枷だ。少なくとも、今は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ミカエル。私は大天使、ミカエルよ」

 

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