星墜つる聖国と剣の天使 作:レスレクティオ
お待たせしてすみません。
「今帰ったぞ、ネイアはいるか?」
ローブル聖王国首都、ホバンス。
昼間は人々の喧騒と神殿の静寂とが入り混じるこの町も、夜になればまた違う顔を見せていた。
そんなホバンスの中心。この国を治める聖王女のお膝元ともいえる一等地に立ち並ぶ、貴族の屋敷ほどではないにしろ中々立派な建物の一つが、九色の黒を戴くパベル・バラハの愛娘とほんの少し恐ろしい愛妻の住む実家だ。
「あら、あなた?おかえりなさい。ネイアは2階に居るけど……どうしたの?まだ休みには早かったんじゃないかしら?」
「仕事の都合でな。壁の方で少し厄介な……いや、面倒な事が起こったんだが……それが余りに突拍子もない話だったもんだから、九色の俺が直接状況を報告する事になったんだ」
既に聖騎士の業務を終え、自宅に戻って家事をしていたパベルの妻はその手を止めると玄関に居る夫に駆け寄り、身の回りの荷物を受け取った。パベルは軽装の革鎧を脱ぎながら話を続ける。
「報告会は明日だ。それで丁度ホバンスに寄れたもんだから、久しぶりにネイアの顔が見たくなってな」
「あらあら、そういう事だったのね……てっきり、あなたが娘に会いたくてお仕事をサボったのかと思ったわ〜」
「流石に俺もそこまではしないぞ……多分、きっとな。いや、もしかしたらたまにはするかmいだだだだだ!!」
女性ではあるが、パベルの妻は現役の聖騎士である。
玄関の床に穴が空きそうなほどの破壊力で、尚且つ丁寧につま先を踏み抜かれたパベルが感じた痛みは、きっと
少しの間だけ悶絶したパベルだったが、どうも妻からのこういう仕打ちには慣れっこのようで、尋常じゃない痛みを抱えながらも腰を90度に折って頭を下げた。
「……絶対にしません」
「それならよろしい。それと、あの子あんまり訓練で腕を上げられていないみたいよ?一応言っておくけど、まだあの事で納得したわけじゃないからね?」
「まぁまぁ……でも、今はネイア自身の選択を尊重するべき時期だと思う。そりゃあ、俺もネイアが聖騎士の道を目指した事に、思うところがないわけじゃない。聖騎士になるより、近くのいい男と巡り合って、恋をして、結ばれた方が安全だし、幸せになれる……少なくとも、聖騎士になるよりは。だがあの子が──」
「はいはい、そんなに言わなくても大丈夫よ。納得はしてないけど、あの時説き伏せられたんだから、今すぐやめさせろなんて言わないわよ。私は夕飯の支度をするから、あの子に顔見せて来たらどう?」
自身の恐妻に萎縮していたハベルは(助かった……)と、内心で安堵しながら革鎧を妻に預けて身軽になると、そのままの足で2階にある娘の部屋へと向かった。「構いすぎちゃダメよー?」という、やっぱり怖い妻の声を背に受けながら。
2階へと続く階段は短いものの、夜は明かりが少ないのもあって少々薄暗かったが、野伏のパベルは騎士団の中でも特にその目を使って仕事をしている。そんな彼なのだから、この程度の暗さで階段を踏み外すような真似はしなかった。
やがて、明かりが灯されておらず真っ暗な2階の廊下に面している幾つかの部屋の中から、扉の隙間から光が漏れ出している部屋がパベルの目に入った。パベルの愛娘、ネイアの自室である。
パベルはその扉の前までわざと足音を立てながら歩み寄ると、身を正して扉を数回ノックした。
「……えっと、ネイアー?いるかなー?パパお部屋に入っても良いかなー?」
「…………」
猫撫で声からの気まずい静寂。
以前、パベルはノックも確認もせずに娘の部屋に入った時、そのあまりに完璧な忍び足にネイアが父親がすぐそばまで来ている事に気付かず、突然扉が空いた事に驚いて叫ばれてしまった事がある。その後はもう、パベルは駆けつけた自身の妻にさんざん説教をされたあげく、
それからというもの、パベルは娘の部屋を訪れる時はだいぶ気を遣うようになった。わざと足音をたてたのも、無意識のうちに足音を消して歩いてしまう職業柄のためだ。
「……入るよー?」
一応、本当に入って来て欲しくない時はネイアの方が何かしらの反応をして拒絶する。そのため何も言ってこないという事は肯定と同意義なのだが、それでも最近娘との距離感に悩むパベルは少々不安感を覚えてしまう。
「……お帰りなさい」
パベルが軽い木の扉をそーっと開けると、扉から見て部屋の反対側の机の上に置かれている〈
言葉遣い的に怒っているわけではなさそうだがパベルの方には一瞬顔を向けただけで、また机の上に視線を戻してしまった。どうやら、騎士団の筆記試験に向けての勉強中だったららしい。
「た、ただいまー……宿題中だったんだねー……いやー偉いなー、ネイアは」
「………………」
会話が続かない。
これでもパベルは九色という聖王から与えられる称号の一つ「黒」を頂く凄腕の弓兵なのだが、娘の前ではパベルが親バカな性格のために何とも情け無い姿を晒してしまっている。
妻と娘以外で彼を知る者がこの状態を見れば「ここまでとはなぁー……」と空を仰ぐ事だろう。
因みに、ネイアが振り返る事なく黙っているのは年頃だから──という理由もないわけではないが、それよりもいきなり変な褒め方をされて反応に困っているというのが大きい。
「……ネ、ネイア?ちょーっとだけ、ネイアに見せたいものがあるんだけど……」
しかし、そんな事をパベルは知らない。そのため、これ以上変な会話は出来ないと判断したパベルは早速本題に入る事にした。
「な、何?お父さん?」
父親の仕事の関係上、正面から話す機会など滅多にないからかどことなく落ち着きがない様子のネイアだが、それは彼女の父親とて同じこと。
おまけに2人とも生まれつき目つきが悪いので、第三者が見たら「殺し合いでも始める気か!?」と勘違いしてしまいそうなほど、その場の空気感が悪いように見える。実際は、お互い次の言葉に悩んでいるだけなのだが。
「えーっと。ネイアは最近、聖騎士の訓練頑張ってるんだよねー?だから、お父さんからプレゼントをあげようかなーって……」
「プレゼント……?」
困惑するネイアにパベルはちょっとおぼつかない動作で懐に仕舞い込んでいた一枚の「羽根」を取り出すと、その「羽根」の軸の部分を持ちながら、椅子に座っているネイアに視線を合わせた。
「これは、パパがこの前──」
(何、これ……綺麗な羽根……?)
成人男性であるパベルの手のひらに収まりきらないほど大きい純白の羽根は、主の元を離れた今でも仄かに輝き、見ているだけでふっと温かい気持ちを思い出させてくれる気がする。
「──が、──になって──それから──」
(…………)
その羽根は懐にしまわれていたにも関わらず、羽弁の毛の一本一本が乱れなく生え揃い、根元に近い綿状羽枝など空に浮かぶ雲のようにもこもことしていた。
薄暗い部屋のせいか、羽根はうっすらと青白いオーラに近い光を纏っているのが視認できる。決して人間では手が届かない雲の上の天空の景色が、その羽根越しに見えるかのような──そんな幻想に、ネイアはすっかり見入ってしまっていた。
「──と、いうわけなんだよ。まぁー、パパは珍しい鳥の羽根だと思ってるけどね。ネイア、気に入ったかな?」
「えっ!?あっ、うん……!」
話を聞きそびれた、とネイアは思った。
だが、ここで正直にそれを言ったら自身の父親が目に見えてショックを受けるに違いない。ネイアは騎士団で培わざるを得なかった忖度のスキルが働き、話を合わせておくという結論に至った。
「……!!そ、そうかそうか!お守りだと思って、大事にしておくんだよ。それと──」
「あなたぁぁー?いつまでネイアの部屋に居るつもりなのー?もうご飯冷めちゃうわよー?」
一階から聞こえて来た母親の声に「そんなに時間が経っていたの!?」とネイアが思うより先にパベルは名残惜しそうに羽根を手渡すと、素早く部屋から出て行った。去り際に何やら色々言っていたが、早口過ぎて何を言っているのかネイアには分からなかった。
(本当に、珍しい鳥の羽根……?)
嵐のような父親の来訪の後、再びネイアの部屋は静かになった。
まぁ一階からは色々と両親の喧騒が聞こえて来るが、本当は凄く仲むつまじい事を知っているネイアからすれば今更気になるものでもなかった。
それより、今はこの羽根である。
ネイアはそっと羽根をつまむと、何気なしに机の上にある〈
(……大きさからして普通の鳥のわけがない。確か亜人にも鳥っぽいのはいたはずだけど、こんな雰囲気を亜人の羽根が生み出せるの……?それ以外に考えられるとしたら……)
「──天使の羽根、とか?」
天使という種族が存在する事は聖騎士を目指している以上、当然ネイアも知っている。
ただ、それは聖王国がよく戦いの際に用いる召喚モンスターとしての話だし、そもそも召喚魔法には時間制限があるので、体の一部である羽根がいつまでも残っているのは不自然だ。
そうなれば天使という種族が召喚モンスターなどではなく、独立した意思を持って何処かで生きている者もいるという事になるが……。
(案外、誰も知らないだけで近くにいたりするのかも)
そう結論付けたネイアは羽根を机の傍に置き、再び騎士団の筆記の宿題に取り掛かった。
既にその羽根の主が、何度も何度も上空を通り過ぎている事に気付きもしないで……。
☆☆
朝方、ローブル聖王国の首都ホバンスに存在する、とある宿の少し安っぽい木目調の部屋にて。
「っ、くひゅん!寒さなんて感じないはずなのだけど……寒さといえば、換毛期って天使にもあるのかしら?……イマイチ思い出せないわね」
寒さ云々の前に呼吸が必要ない天使がくしゃみをするのは不自然なのだが、恐らくフィーリアの人間側の精神が干渉して起きたくしゃみのような何かなのだろう。
「まぁ今は……〈
白と金色のフルフェイスの兜と鎧ドレスを纏ったフィーリアは、少々頼りなさそうなベッドに腰掛けてボソリと探知魔法を唱えた。
魔法が発動して詠唱者だけに見える緑色のオーラがフィーリアを中心に放たれると、床を透過して緑色の光の玉がレーダーに映り込んだように幾つか浮かび上がった。
結果、1階に数名の人影はあるものの、こちらを覗いている者はいないようだった。
「スクロール、は……使うしかないわね」
何者かが探知魔法を用い、離れた場所からこちらを覗いている可能性もある。現状、新たに魔法のスクロールを入手するにはそれを取り扱う町の店から購入するしかなく、売っているものは高い値段の割に超低位のものばかり。
そのため、あまりスクロールは使いたくないというのがフィーリアの本音だが、正体がバレるというリスクを考えれば背に腹は変えられない。
フィーリアは探知魔法に対して阻害効果のある魔法のスクロールをアイテムボックスから取り出すと、軽く上に放り投げた。
羊皮紙が瞬く間に燃え上がり、部屋の中に黄色い光の粉のようなものが拡散していくが、それ以外には何の反応も起こらなかった。
つまり、誰もフィーリアに対して探知魔法を使っていない、という事を示している。
「……大丈夫、よね?」
フィーリアは確かめるように呟きながら、まずは兜をそっと脱ぐと、滑らかな白髪が一瞬波打つように踊って肩に流れた。
ベッドの上に兜を置いた後、深い海のような色合いの青いマントを外すと、普段は隠れていて見えない鎧ドレスの背中側にあった、トランプのダイヤのような形をした菱形の切れ込みが露わになる。その切れ込みからは、雪のように白いフィーリアの素肌が肩から腰の辺りまで覗いていた。
しかしそれも一瞬の事で、装備品を外した事によって隠されていた白翼がふわりと現れた。
ユグドラシルでは装備を身につければ、サイズは自動的に
フィーリアが所持している鎧ドレスを含めた装備は全て天使用で、どれもこれもご丁寧に背中に翼用の切れ込みがあるため、その上にマントを羽織る事で翼を消している。
因みにユグドラシルに於いて、マントは首から下げる扱いの装備品だ。
「ん〜っ、疲れた〜……」
少々あられもない声を出しながら、フィーリアは身体を伸ばしつつ背中の6枚の白翼を目一杯に広げた。
安宿の低い天井に触れてしまいそうなほど巨大な白翼を伸ばし切ったフィーリアは、今度はその6枚の翼をパタパタと軽く前後に動かした。意識せずとも残りの頭に生えている、飛行にはまるで役立たなそうな小さい4枚の羽根も連動してピコピコと動いている。
天使は種族の特性として疲れたりしない。実際今のフィーリアに肉体的な不調は何一つないが、それでも疲れたと呟いているのは精神面からくる倦怠感のためだ。
フィーリアはカリンシャからホバンスまでローブル聖王国の国土を描いた地図、それに己の翼と〈
その間は継続的に〈
そのため、真夜中に首都ホバンスに辿り着いたフィーリアが真っ先に行った事が、寝泊まり出来る場所の確保だった。
まぁ夜に宿屋は閉まっているので、その間はホバンスの上空を偵察がてら「宿屋開かないかなー」と呟きながらぐるぐると旋回して朝を待っていたのだが。
その後、夜が明けて「いざ宿屋へ」と久々に地面に降り立つと足が地面に吸い付くような感覚と何処か落ち着くような感覚を同時に覚える事もあり、改めて自身が特殊な存在なのだと感じさせられたりもした。
そんなこんなで安宿を見つけたフィーリアは、文字通り羽を伸ばしているというわけだ。
(それにしても、今のが俺の声だなんて。ユグドラシルではボイスチェンジャーを使って性別を誤魔化してたけど、その時の声とは比較にならない美声だな……)
フィーリアはベッドに腰掛けたまま「ら、ら、ら〜」と軽く歌ってみると、つっかえる事なく思うがままの音程が口から出て来た。そもそも声だけではなく、生きる上でどうしても感じるであろう身体的な不快感が全て消え失せている。
例えるならば、人間として最低限必要な部分だけを取り出してその上からメッキでもされたような、清々しくはあるが無機質な存在になった気分というか。
そのままフィーリアは、アイテムボックスから何の効果もないただの手鏡を何気なしに取り出すと、兜を脱いだ自身の顔をまじまじと見つめた。
(やっっば、本当に顔が良すぎる……今なら自分の姿に恋して泉に落ちた馬鹿の気持ちも分かる気がするなぁ……うはぁ照れてる顔も可愛い……)
白く滑らかな髪の毛、切れ長だが奥には果てない優しさを感じさせる瞳、妖艶さとは無縁の薄さを持つにも関わらず柔らかそうな唇。おまけに全体的にスレンダーなモデル体型だと言うのに、出るところは自然と出ているというこれ以上ないくらいの体つき。綺麗だとか、美人だとか、そんな事は当たり前過ぎて褒め言葉にならないレベルだ。
キャラクリをしたフィーリア自身が見てもこれほどの感想が出るのだから、何も知らない状態で出会ったら誰でも恋をしてしまうだろう。
(いっそ演者とかになって名前を売る、なんてどうかな?この世界にそんな職業があるかは分からないけど……いや、やり甲斐はあるけど結構大変な仕事だってハニエルさん言ってたか)
フィーリアはほっぺたに手を当てながら、そこそこ仲が良かった自身より1つ上の階級である『権天使』ハニエルの事を思い起こすと同時に、腰を落ち着けた今試してみたい事も思い付いた。
フィーリアは手鏡をしまうと、かつての記憶を辿りながら下の階に聞こえないような小さな声で、コッソリと魔法の詠唱を行う。
「〈
(……何も起きない、か)
『権天使』ハニエルは死霊系
〈
魔法を詠唱したにも関わらず魔力の変化をフィーリアは感じなかった上に、何の
西へ西へと大移動をしているフィーリアだが、そろそろ何処かに拠点を置く必要があると感じ始めていた。先程の魔法の事もそうだが、この世界はユグドラシルの法則がある程度通用するのにも関わらず、地理的にはユグドラシルの名残すらない。
つまるところ謎が多すぎるのだ。今のところ他のプレイヤーの痕跡すら無いが、国の首都ともなれば何か知っている人がいるかも知れない。プレイヤーの情報が無くとも、この世界の全体図はある程度把握しておきたいところだ。
ここで言う『全体図』とは、地理だけでなく文明やそこに生きる者なども含めた全ての事だ。全体を把握出来ていないと、そこから逆算して今何をすべきか考えられない。
だが、今のように常に他者からコソコソと隠れながらでは腰を据えて調査することもままならない。そのため、自身の領域となる拠点が必要だ。
(町の外の人目につかない辺境にでも本拠地は構えるとして、効率的な情報収集のためにもこの首都の何処に〈
「……働かないとね。いつまでもふらふらしていたら、大天使として示しがつかないわ」
フィーリアは現在、カリンシャで幾らか稼いだお陰で、銀貨6枚と銅貨10枚の所持金があった。冒険者協会への初期登録費用が5銀貨なので、これを元手に冒険者となれば、晴れて無職大天使から卒業となる。
因みに、フィーリアは種族的に言えば
まぁその呼称も正確には「元」が前に付くのだが。
改めて兜とマントを装備して白翼と素顔を隠したフィーリアは、小さめの部屋を出て1階に降りると、宿屋の主人に軽く挨拶をしてから一旦宿屋を後にした。
宿屋のあるホバンスの大通りにはカリンシャよりも規模の大きい建物が立ち並び、商店では様々な物が売り買いされている。少し店の中に目をやれば、色とりどりの果物から雑貨のような小物、流石に昼は静かな酒場に、質の良さそうな皮鎧を店の前に並べている鎧鍛冶の店まで何でもある。
日々を生きている人々の活気を確かに感じることが出来る町でありながら、ところどころにある年代の古そうな建物のためか、町並みにはどこか洗練された清らかな雰囲気を感じる。
少なくとも元の世界のコロニー内のような、栄えているだけで"行き止まり"の場所はではない。
『"聖"王国』なんていう堅苦しい名前の国の首都だから、さぞ町中も宗教色の強い厳粛な雰囲気なのだろう、というイメージを抱いていたフィーリアにとっては良い意味で予想外だった。
そしてその通りの端にある、一際大きな建物の前でフィーリアは立ち止まった。
その建物は冒険者ギルド、カリンシャにも似たような建物があったのでこの世界の簡単な文字しか読めないフィーリアでも気付く事が出来た。
建物の中に入ると、首都という事もあってか受付カウンターには既に何人か並んでいる。フィーリアはその列に加わると、順番が来るまでぼんやりと辺りを見渡していた。
(ん……?)
すると、フィーリアの視線がとある人物に釘付けになる。
その人物は金髪の女性で、傍には杖を携えており、一目見ただけでフィーリアが知る限り魔法系の職業のどれかだと分かるが、それとは別にその女性の容姿がフィーリアの目を引いたのだ。
女性にしてはかなり背が高く、胸も大きい。全体的にバランスの良いスタイルをしているが、特に目を引くのが顔だろう。髪の色は黄金色で、肌の色も白く、瞳も透き通っている。
元の世界の基準からすれば美女という言葉が相応しい人物であり、フィーリアは普段からそれを上回る
やがてフィーリアの番が回ってくると、受付嬢が声を掛けてきた。フィーリアは即座に我に帰ると返事を返した。
「すみません、冒険者になりたいのですが……」
「はい、かしこまりました。ではお名前を教えて頂けますか?」
冒険者登録の手続きというのは非常に簡素なもので、名を名乗り初期費用を支払いをした後は、特に何か紙に書き込む事もなく注意事項の説明へと移っていった。無料で第三者を治癒してはならないという説明をされた時には、少々やるせない気持ちになったが。
フィーリアは話を聞き流しながら、チラリと先程の美女の方を見るが、彼女は既に手続きを終えたのか、今はもう別の受付カウンターへと移動していた。フィーリアと同じような手続きをしているあたり、どうも彼女も登録に来た様だ。
(そういえば、あの人はなんであんなに緊張してるんだ?)
フィーリアは、先程から若干挙動不審な女性を見てふと疑問に思った。
冒険者協会の登録料として銀貨5枚を支払う必要があるのは、駆け出しの冒険者がすぐに死なないようにするための処置の一環らしい。登録をしようと思えば出来るが、ホイホイと登録させない絶妙なラインなんだとか。
確かに、冒険者とは時に命懸けの仕事となるのだろう。新人にとって登録は多少なりとも緊張するものなのかもしれない。しかし、彼女の様子はどうもそれだけではないような気がした。
フィーリアは少しの間観察していたが、すぐに興味を無くして再び自身の順番が来るのを待った。結局、その後フィーリアは特に問題なく冒険者としての登録を終えると、身分の証明になる冒険者プレートを受け取った。
冒険者プレートは金属板で出来ており、駆け出しのフィーリアは
そして、フィーリアは早速冒険者協会の中にある掲示板の下に向かった。
冒険者協会は依頼の受注や達成報告などの手続きを行う場所だ。建物内の巨大な掲示板には様々な依頼が書かれた紙が貼り付けられており、この紙を剥がして受付に持っていき、契約金を支払って受注となる。
無事依頼を達成すれば契約金以上の報酬が貰えるので、それを元手にどんどん仕事を請け負うのが冒険者のやり方らしい。
(えーっと、なになに……魔法、を……ほ、捕虜にする……?ダメだ、素だと全然読めないな。こんな時は……)
フィーリアはあらかじめ鎧ドレスのポケット内に隠していた、
この世界に来る前のフィーリアはその立場と職業上、何ヶ国語も話す必要があったため言語を学ぶ事に慣れてはいた。
ただ、いくらなんでも数日では簡単な単語を覚えるのがやっとだ。この前の手紙だって殆ど現地の書籍の例文のコピー&ペーストをしたから書けたのであって、手紙を書いている時は意味の分からない文字の羅列をこの
幸い、魔法の効果かフルフェイスの兜は視界を確保する穴などが無くとも、装着者側からは外の様子がはっきりと見えるため、
その依頼書の内容はざっと見ただけでも亜人討伐、薬草採取、護衛、素材収集、お使い……大体が傭兵か雑用じみた仕事だったという事くらいは分かった。
どうもこの世界の冒険者というのは、そんなに夢のある仕事というわけでもないらしい。
やがてフィーリアはまだ貼られて間もないと見られる、めぼしい一枚の依頼書を見つけた。
内容:プラートまでの護衛(日帰り)
条件:階級問わず、2人以上のパーティーのみ。
報酬:銀貨6枚
備考:プラートまでは馬車で移動します。途中、モンスターに襲われる可能性がありますが、戦力的に問題なければ襲われた際の戦闘を許可します。ただしその場合、最低2人以上での行動をお願いします。
依頼主:ラスティ商会
プラートはホバンスに来る途中で上空を通り過ぎた、カリンシャとホバンスの間の小都市だ。
フィーリアはこの依頼文を何度か読み返した後「悪くない」と内心思った。
今使っている装備品は普段の
つまり、フィーリアの所持金──現在銅貨10枚は、宿代以外に使う用途がないという事だ。その宿でさえ、寝床ではなく身を隠すための仮拠点というだけで、場合によっては野宿して切り詰める事だって出来る。
この護衛の依頼は、他の依頼と比べて報酬がかなり良い。大体、駆け出しの
そもそも依頼書にはさも当たり前のように「薬草」と書いてあるが、フィーリアには薬草と雑草の違いが分からない。そんな状態で依頼を受注したところで散々な結果になるのは目に見えているし、報酬も安いのでは話にならない。
それを踏まえた上での護衛依頼だ。
一応、護衛より討伐依頼の方が力を出し惜しみなく振るえるというメリットはあるが、そういう依頼は最低でも1つ上の
ただ、一点だけ問題があった。
(2人以上のパーティー……)
見ての通りフィーリアはソロである。幸いここは冒険者協会、周囲には沢山の冒険者がいるので、近くの適当な冒険者にでも話しかけて勧誘しようかと思ったフィーリアに、何者かが声をかけて来た。
「ねえ、君。ちょっといいかな」
「……なんでしょうか?」
フィーリアに声をかけたのは、先程まで挙動不審だった金髪の女性だった。
女性はフィーリアに近付くと、ニコリと微笑みながら話しかけてくる。
「冒険者協会は初めて?」
「……えぇ、まあ」
「じゃあさっき登録したばかりなんだね。私はビビアナ。君の名前は?」
「……フィリアです」
「フィリアかぁ。可愛い名前だね。ところでさ、その依頼を受けるんなら、私と一緒にパーティー組まない?」
「はい?」
突然の申し出に、フルフェイスの兜の中でフィーリアは目を丸くした。
「実は私も、まだ登録したばかりで色々と不安だったんだけど……君みたいな女の子が仲間になってくれるなら安心だよ!冒険者って、女の子とかあんまりいないからさ〜。しかも君、剣士なんでしょ?
「え?あ、いえ、そんな事言われましても……」
「大丈夫!私が君を魔法で支援してあげるから!」
「ちょっ!?︎」
ビビアナは強引にフィーリアの手と依頼書を取ると、そのまま強引に受付へと手を引いていく。
フィーリアは別に振り解く事も出来るには出来るのだが、そのやる気に満ち溢れた様子に気負けしてしまい、そのまま引きずられていった。
「あの、本当に困りますので……」
「だから大丈夫だって!任せておいてよ!!︎」
ビビアナは満面の笑みを浮かべ、自信満々の様子だった。フィーリアは諦めて抵抗する事をやめると、大人しくビビアナの後についていった。
「あ、そうだ。君って今何歳なの?声的に同年代ぽいけど……」
「20歳です……(
「そっかぁ。私より1つ下なんだ。私は21歳だよ。よろしくね、あ、フィリアちゃんって呼んでもいい?」
「……はい」
「ねえ、フィリアちゃんはどうして冒険者になろうと思ったの?」
フィーリアは自分が何故ここに来たのかを──もちろん正体や経歴には嘘も交えながら、不自然にならないよう簡単に説明した。
「へー、そうなんだ。フィリアちゃんは偉いね。普通はお金稼ぎのために冒険者になる人が多いのに、誰かを助けようとしてわざわざ登録しに来るなんて」
「………………」
「フィリアちゃんは優しい子だね。そういう子は、きっと良い冒険者になれると思うよ」
「……ありがとうございます」
フィーリアが礼を言うと、ビビアナは人の良さそうな笑顔で応えた。
(変な人に絡まれたけど、なんとかなるかも知れないな。誰にするかもう少し慎重に選ぼうと思ってたけど……
そう考えたフィーリアは、とりあえずビビアナという女性に付いて行く事にした。別に誰かと組もうという目星がついていたわけでもない、むしろ勧誘の手間が省けた分、ラッキーだったとも言える。
「すみません、この依頼を2人で受けたいんですけど……」
ビビアナはそんなフィーリアの思惑などつゆ知らず、さっそく受付に依頼書を持っていくと、カウンターで対応に当たっている受付嬢と話し始めていた。
「はい、依頼の受注ですね。では、まずお名前を教えて頂けますか?」
「ビビアナ・オルティスです、こっちは相棒のフィリアちゃんです!」
「かしこまりました。では、契約金は2人合わせて銅貨8枚になります。成功報酬は後日精算となりますが──」
後ろからやり取りを眺めていたフィーリアは「いつから相棒になったのやら」と半ば呆れながら、そう心の中で呟いた。
☆☆
日が丁度真上に来た頃、フィーリアとビビアナは冒険者協会の内部の大きめの待合室に通された。
待合室の扉を開けると10人は座れそうな長テーブルと、同じ依頼を受けたであろうそれぞれが違う武器を持った4人の男がいた。
プレートを見る限り4人とも
そんな4人組の男は入ってきたばかりのフィーリアとビビアナの姿を見る否や、顔をしかめ──その中でハルバードを背負ったリーダー格らしき男が小さく舌打ちをした。
「チッ……また女か。ついてねぇな」
それに続く様に他のメンバーも口々に不満をこぼし始めた。仲間内の会話にしては部屋全体に聞こえるくらいの大声で、である。
「全く、どうして私達がこのような子供のお守りをしなくてはならないのやら」
「仕方ねぇだろぉ、階級問わずって書いてある依頼を受けたんだからよぉ?」
「でもよ、正直言って……
フィーリアは小さくため息をつく。あまりにも雑魚っぽいセリフに、何だか悲しさまで感じたが故のため息だ。
待合室の中央には10人分程の椅子が並んでいる木製の長テーブルがあり、その片隅に4人組の冒険者は集まっていた。壁際には幾つかの棚が立ち並び、そこには冒険者協会かの備品と思われる様々な本や道具類が陳列されている。
フィーリアはそんな部屋内を一瞥した後、4人組の文句に耳を貸す事なく、彼らの対面の椅子に流れるような動作で腰掛けた。
その様子を見ながら、ビビアナもおずおずと隣に座る。自分達より階級が2つも下であるにも関わらず「相手とせず」といった様なフィーリアの振舞いを見た4人は、それぞれ更に目に見えて気分を悪くしていた。
お互いに言葉を交わす事なく、しばらくそのまま沈黙が続いた。
その間も、冒険者組合の受付の方からは依頼を請け負っている人達や受付嬢の声が微かに聞こえてくる。それがやたらと両者の空気の悪さを引き立てていたが、フィーリアは無視を決め込んでいた。
「お待たせしまし……たぁ」
そこへ、恐らく依頼主だと思われる栗色の髪をした年若い女性が扉を開けて入って来たが、空気感の悪さを感じ取り、その場でピシッと石像のように固まってしまった。
全員の視線がその栗色の髪の女性に集まる中、ようやく我に帰ったのか、その女性はアワアワしながら机の前まで移動すると「すぅー……」と深く深呼吸をして話し始めた。
「えっと、皆さんが今回の依頼を受けて下さった冒険者の方々ですね?私はラスティ商会のホバンス支店長代理のサラ、と申します!今回は店の商品を馬車でプラートに運搬するのですが、皆さんにはその道中の警護をお願いしたいです。あ、報酬は依頼書にある通り、1人当たり銀貨6枚。もし途中でモンスターを討伐した場合、素材はそのモンスターを討伐したパーティのものにして下さって構いません!」
何処か気弱そうに見えるサラは、何も見ずにそう一気に捲し立てると「ふぅ〜……」と小さく胸を撫で下ろしていた。何というか、頑張って説明を暗記して来たんだろうなぁという印象を受ける様子だった。
「それで、こちらの方々は確か銀級の……えと、何でしたっけ……?」
「はーっ……〈レウコン〉だよ。俺がリーダーのフレデオン、
「ふふ……初めまして、アンデリクです」
依頼主であるサラの前だからか、口調は落ち着いているものの相変わらず機嫌の悪そうな口髭を生やした大柄な男、フレデオンはアンデリクと呼ばれた、枝のように細く口元を布で隠している男に目をやった。
「コンポジットボウを持ってる茶髪がニコランド、
「よぉ」
続いてフレデオンは優男のような見た目をした少し色黒でコンポジットボウを背負っている男、ニコランドに視線を送った。意識しているわけではないのだろうが、ニコランドの笑顔は妙に不気味だった。
「んで、
「ま、よろしくな」
最後に枝葉のような杖をくるくると器用に回し、恐らく17か18くらいの歳に見えるこの4人の中では一番若そうな男、ゴードリーの紹介を終えたフレデオンは対角に座っているフィーリアたちの方に刺々しい視線を向けた。
「──で、お前ら誰だ」
「ひうっ、え、え〜と……」
フィーリアの隣に座っているヒビアナはどうも男性から向けられた敵意にすっかり怖気付いたらしく、先程までの明るさが嘘のように黙り込んでしまっていた。
(今度は俺が先導しなきゃ、って事か……)
半ば無理矢理だったとはいえ、パーティーを組んだ以上ビビアナは仲間だ。
ユグドラシルでは当然フィーリアにも始めたばかりで弱い頃があったし、その時一番頼りになったのは仲間の存在だった。
その上、
天使の中にも邪悪色に染まってそういうコミュニティで上手くやっていく奴もいるにはいるのだが、大半の天使は異形種の中で更に孤独という、孤立無援の立場に陥りやすかった。
だから天使はよく天使同士で助け合ったし、仲間を作ることが他の種族より大切だった。
そうしないと何処にも居場所がなかったのだ。
『っはぁ、くっ……』
『いけねぇな姉ちゃん、回復しか出来ない天使のくせに外を歩いちゃ』
『お前らいつも仲間うちでお高くとまりやがってさぁ……気に食わねえんだよ』
『空は私たちのもの〜ってか?普段高いとこから
フィーリアは支援系の職業だったがために、幾らかレベルを上げてもなお異形種狩りの対象にされる事があった。そんな時助けてくれた、仲間。
『
その時助けてくれた天使に誘われてフィーリアが加入したのが、発足して間もない有象無象のギルドだった頃の『セラフィム』であり、その天使こそ後の『第一位 熾天使ウリエル』というギルド長だった。
その後何を話したか……フィーリアにはもう遠い記憶過ぎて思い出せなかった。
だが、いずれにせよフィーリアはギルドに誘ってくれたウリエルさんに感謝しているし、ゲームの中だったとはいえ人間的に尊敬してもいる。であれば当然、恩を受けた者として報いなければならない。
だが今はその恩を返すべきギルド長は居ない。
しかし、出会って間もないがビビアナという仲間ならいる。ならばひとまずはこの仲間に恩を返すとしよう。
それはきっと、自身を慕ってくれたメタトロンとサンダルフォンがミカエルという天使に望む、理想の姿でもあるだろうから。
(よし、気張っていくか!)
「皆さん初めまして、私は──」
籠の中に囚われていた
ミカエルという名の天使の軌跡は、まだ始まったばかりだ。
以下、ステータス設定。(読み飛ばしても大丈夫です)
「ミカエル(フィーリア)」
種族・・・異形種(天使)
分類・・・プレイヤー
異名・・・「全ての星を司る愛の女神」
役職・・・「(元)セラフィム第八位『大天使』」
住居・・・ローブル聖王国?
属性・・・極善 カルマ値+500
種族レベル
・天使 Lv.10
・大天使 Lv.10
・権天使の祈り手 Lv.5
ほか 残りLv.25
職業レベル
・戦士(ファイター) Lv.1
・女司祭(プリエステス)Lv.10
・セラス Lv.5
など 残りLv.34
種族 Lv50 職業 Lv50 合計 Lv100