星墜つる聖国と剣の天使   作:レスレクティオ

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オルドウィスおもちさん、akasiaさん、あんころ(餅)さん、麻婆餃子さん、誤字修正ありがとうございます!

今まで見た事がないくらいUA・お気に入り数が伸びてて驚きました。


#4 在るべき場所

 

「……ふむ」

 

「ねぇ、フィリアちゃん。さっきからずっと見てるそれって……地図?」

 

 ホバンスからプラートに向けて街道を行く、ボロくもなく立派でもない至って普通のほろ馬車。

 ひと抱えはある木箱が満載された荷車の隅でカタカタと揺られているフィーリアは、対面で足を抱えるようにして座っているビビアナにそんな質問を受けた。

 

 馬車はフィーリアたちが乗っているものの他に、後ろに同じような馬車が少し間延びした形で2台続いている。

 3台ともフィーリアたちが受けた依頼にあったラスティ商会の馬車であり、1つ後ろがラスティ商会のホバンス支店長代理のサラが乗る馬車で、もう1つ後ろが(シルバー)級冒険者チーム〈レウコン〉が乗る馬車、という順だ。

 危険度の高い殿に戦力を割き、1番前の馬車は後続が来るまでの時間稼ぎをする……という編成なのだろう、とフィーリアは説明を受けた時に考えていた。

 

 3台の馬車はホバンスから少し離れた森沿いの街道に差し掛かったところであり、麗かな小鳥たちのさえずりが遠くから聞こえてくる。この世界に四季があるなら、間違いなく今は春だろうと思えるくらいのどかな昼下がりだ。

 

「えぇ、まぁその……この辺の地理を今一度確認しようかと」

 

 そんな中フィーリアが荷車の床に広げて翻訳機能のある片眼鏡(モノクル)を使って熱心に見つめているのは、御者から借りた世界地図だ。地理を今一度確認しようというフィーリアの言葉に嘘はないが、依頼を安全に達成するためというより周辺国家について知るのが目的だ。

 

(ローブル聖王国、スレイン法国、竜王国、バハルス帝国、リ・エスティーゼ王国に、アーグランド評議国か……)

 

 カリンシャにいた頃はどうにもローブル聖王国内の地図しか見当たらず、中々掴めなかったこの世界の概要をようやくフィーリアは把握し始めていた。

 その地図を見て一番最初にフィーリアが思ったことは「比較が難しいな」だった。国土の広さが国力に直結するというなら王国と帝国が強国に当たるのだろうが、この地図上では法国と竜王国と評議国が見切れてしまっているため、その3国が地図の外にとんでもない国土を持っているという可能性もある。

 当然、その事を地理に詳しいであろうこの馬車の御者に地図を借り受けた際それとなく尋ねたのだが、返ってきた答えは「分からない」だった。 

 

 聖王国は隣接するとある丘陵地帯のために他国との国交が殆どなく、国民もあまり他国の事は知らないのだとか。

 

 その丘陵の名は、アベリオン。

 ローブル聖王国の国土の東に隣接する巨大な丘陵地帯で、多種多様な亜人種が住み着いているという。中にはフィーリアが目撃した人喰い大鬼(オーガ)を始めとする人間を食料にする種族も住んでいるらしく、単に聖王国に攻め入ってくる事もあれば、種族間の抗争の果てに聖王国側に雪崩れ込んでくる事もしばしば。

 その対策として、聖王国はアベリオン丘陵との境に遠大な壁を設けているらしい。

 

 これらの情報からフィーリアが目覚めた場所はアベリオン丘陵の西側、つまり聖王国寄りの何処かだったのだろうと推察は出来る。

 しかし、地図だけではこれ以上の情報は集められそうにない、そう考えたフィーリアが借りた世界地図を元の形に丸めていると、馬車がいきなり止まった。

 

「お二方!前方で道を塞いでいる亜人の群れが!恐らく小鬼(ゴブリン)人喰い大鬼(オーガ)です!」

 

(噂をすればなんとやら、か……)

 

 御者の叫ぶような報告が聞こえたフィーリアは馬車の荷台から飛び降り……る前に、対面に座っているビビアナの様子がおかしい事に気が付いた。戦闘前だからというのもあるだろうが、それにしても妙に落ち着きがない。

 

「ど、どうしようフィーリアちゃん……」

 

「……?どうするもこうするも、私が前衛になりますから貴方は──」

 

「いや、小鬼(ゴブリン)だけじゃなくて人喰い大鬼(オーガ)もいる群れだよ!?銅級の私たちだけじゃ……」

 

 確かに、人喰い大鬼(オーガ)は名前の通り体躯が大きい種族だ。気負けするのも仕方ないかもしれない。実際フィーリアもアベリオン丘陵を通過する時に何体も見かけたため、それは把握している。だが、ユグドラシル基準で言うならちょっと力強いだけで動作が鈍い雑魚モンスターだ。

 

(後ろからも戦闘音が聞こえるな……挟撃か。なら、正面突破する以外の道はないかな)

 

 いくら人喰い大鬼(オーガ)が弱いとはいえ、あの体躯で道を塞がれたら肝心の馬車が通れない。少々気の毒だがちょっと痛めつけてでも退いてもらうしかない。

 それに、魔法や特殊技術(スキル)の行使は問題なく行える事は確認済みだが、剣の腕前というPS(プレイヤースキル)がこの身体でも問題なく発揮出来るかはまだ分からない。あの程度のモンスターなら万が一にも負けないだろうから、職業(クラス)的に不得意な近接戦闘の訓練にはちょうどいい。

 

 だがその前に、プレッシャーで怯みきっているビビアナを励まさなくてはならない。利己的に言うなら、名声を高めるために必要だから──もっとも、実際にフィーリアがそんな事を考えついたのはビビアナに声をかけた後の話なのだが。

 

「大丈夫ですよ。私が命に変えても守り抜きますから。その代わり、ビビアナさんは後方から強化魔法のみに専念してくれませんか?」

 

「でも……フィリアちゃん1人で大丈夫なの?」

 

「気持ちは分かります。ですが、ここは私に任せて下さい。1匹も通したりしませんので」

 

「……分かった。じゃあフィリアちゃんを信じるね」

 

 フィーリアはようやく落ち着きを取り戻したビビアナの手を取って立ち上がらせると、その手を優しく握りながら共に馬車から降りた。

 時には現実(リアル)の悩みさえ持って来るギルメンの1人1人に親身に接し、決して相手を否定する事なく立ち直らせて来た『ミカエル』の名は伊達ではない。

 

(数は……10、いや、11匹かな?)

 

 馬車の前方に躍り出たフィーリアが抜き放った片手剣──予備武器といえど、その剣の青い水晶のような刃には彼方の空の気配があるのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 軽率な考えだった。

 ビビアナは御者から人喰い大鬼の存在を知らされた時、そう後悔していた。

 昔から、ビビアナは少しばかり魔法の才能があるからといってすぐ調子に乗ってしまうところがあった。冒険者になったのだって、そこら辺の魔法詠唱者より優れている自分なら普通に働くよりもっと高みに行けるだろうという自惚れからだ。

 

 その結果がこれだ。

 本来、人喰い大鬼(オーガ)のような強力な亜人種を相手にするのは、ド素人の(カッパー)級の冒険者ではなく、最低でも(アイアン)級の実力がある冒険者数人の仕事だと聞いたことがある。なのに、自分の実力を過信したせいでこんな窮地に陥ってしまった。

 

(フィリアちゃん凄く真剣そうだったから、つい信じるって言っちゃったけど……本当に大丈夫なのかな……)

 

 年下にあそこまで言われるなんて、ビビアナ自身情けない話だと思っている。

 ならばせめて、彼女の邪魔にならないよう自分に出来る事をするしかない。ビビアナはまだ買って間もない鋼で出来た小さい杖を強く握りしめると、精神を集中させて強化魔法を紡ぎ始めた。

 

「〈下級筋力増大(レッサーストレングス)〉!〈下級敏捷力増大(レッサーデクスタリティ)〉!」

 

「……ありがとうございます。それでは、行ってきます!」

 

 魔法の行使を終えた直後、こちらに視線を向けながら人喰い大鬼と自身との間で背を向けて立ち塞がっていたフィリアの姿が一瞬でかき消えた。

 

(えっ……!?速すぎない!?)

 

 慌てて少し離れた位置にいる亜人の群れに目を向けると、盾を左手で正面に構え、右手の剣を後ろに流すような姿勢で突っ込んでいくフィリアの姿があった。だが、やや距離が離れているがために正面にいた人喰い大鬼には、充分攻撃まで移れるだけの時間があった。姿勢を低くして突っ込んでいくフィリアに対し、丸太のような腕を大きく振り上げる人喰い大鬼。だがフィリアは、その足を全く止めようとしない──そしてついに、振り下ろされた人喰い大鬼(オーガ)の右腕が彼女を捉えた。

 

(あんなの、まともに食らったら死んじゃうよ!!)

 

 だが、そんなビビアナの予想はあっさりと裏切られる事になる。

 フィリアに岩石のような人喰い大鬼の拳が当たりそうになった次の瞬間、彼女は()()()いた。それは、まるで背中に羽根でも生えているかのような──見事な宙返りだった。

 丁度フィリアの胴体を狙っていた人喰い大鬼の拳は、空中で逆さまになった彼女の頭上を掠めた。捻りを加えた宙返りの遠心力でフィリアの鎧ドレスのスカートが花のように開き、すれ違いざま背後を取った彼女はその首筋目がけて、回転の勢いのまま、その剣を横なぎに振った。

 

「はぁっ!!」

 

 鈍い()()()と共に、人喰い大鬼は糸の切れた人形のように地面に崩れ落ち、フィリアは近くの小鬼の上に軽やかに着地した。当然、踏みつけられた小鬼は彼女の足元でそのまま伸びた。

 

 その光景を見て、ビビアナは我が目を疑った。彼女が見せた動きは明らかに人間離れしている、とても銅級冒険者のものではない。聖王国内では最もランクの高いオリハルコン級の冒険者を上回るどころか、聖騎士団の団長に勝るとも劣らない速さと強さを兼ね備えていたようにさえ見えた。

 もしかしたら、自分はとんでもない人物とパーティーを組んでしまったのかもしれない──そうビビアナが考えている間にも、フィリアは襲ってくる亜人達を次々と倒していった。

 

 それはもはや戦いと呼べるものではなく、幻想的な剣の舞だった。

 青い水晶のような刃は流星のような残光を引いて煌めき、鏡のように磨き上げられた緑色の丸盾は閃光となって火花の輝きを受け止め、哀れにもその光に当てられた亜人は次々に倒れていった。

 

 ビビアナはその剣の舞に見惚れながらも、ふとある事に気がついた。

 よく見ると、フィリアは素早く動きながらも必ず1匹ずつしか倒していないのだ。加えて、彼女に倒された小鬼(ゴブリン)人喰い大鬼(オーガ)は全員血の一滴も流しておらず、ただ剣の(とい)の部分で急所を殴られて気絶しているだけだった。

 つまりこれは、彼女が亜人を殺さないよう手加減をしているという事に他ならない。

 

 聖王国に於いて、亜人種は忌むべき存在だ。 

 今では完全な防衛体制が整っているとはいえ、国土の東に面しているアベリオン丘陵の亜人種たちの侵攻により国土が蹂躙された歴史がある。何より、人喰い大鬼(オーガ)のように人間を捕食する亜人種もいるのだ。だからこそ、そんな亜人種たちに対して情けをかけようとする彼女の姿はかなり異端だった。

 

(どうして……?あの子って一体、何を考えて戦ってるの?)

 

 ビビアナにはそれが分からなかった。

 人間を捕食するような奴らにどうして情けをかけるのか。そんな疑問を抱きながらフィリアの戦いぶりを見ている内に、いつの間にか彼女の周りから亜人たちは姿を消していた。倒れている亜人の数的に、半分くらいは身の危険を感じて森の中に逃げてしまったようだった。

 

「あっ、ビビアナさん。支援ありがとうございました。特に傷などはありませんよね?」

 

 フィリアの元に駆け寄るビビアナ。フィリアは息が上がっている様子もなければ、兜を始めとした装備品には傷ひとつ付いていない。全くの無傷と言って差し支えない状態で、逆にビビアナの事を気遣う余裕さえあるようだった。

 

「うん、大丈夫だけど……フィリアちゃんって本っ当に凄いんだね……」

 

 ビビアナは感嘆のため息をつく。

 この短い間に見ただけでも彼女の戦い方は並大抵の努力では身につけられない、極限まで洗練されたものだと感じたからだ。

 

「いえいえ、私なんてまだまだですよ」

 

 謙遜して首を横に振るフィリアだったが、ビビアナの目から見てもその言葉は嘘だと分かった。恐らく彼女は、幼い頃から類まれなる戦闘の才能を持っていたに違いない。だがそれを鼻にかけず、努力し続ける事ができるのもまた才能なのだろう。「私とは正反対だよ」とビビアナは内心自虐した。

 

「ねえ、フィリアちゃん……ちょっと聞いてもいいかな?」

 

「ええと、少し待って下さい……ふむ、どうやら後方の戦闘も終了したようですから問題なさそうですね。はい、なんでしょうか?」

 

 突然真剣な表情になったビビアナに対し、フィリアは何か重要な話でもあるのではないかと思ったようだ。フィリアは片手剣を鞘に収めると、兜の隙間から目を合わせるようにしてビビアナの方に向き直った。ビビアナは大きく深呼吸すると、意を決して口を開いた。

 

「あなたにとって、亜人種っていうのはどういうものなのかなって思って……その、私はついさっきまで亜人と会った事もなかったし、どんな生活をしてるのかとか全然知らないんだけどさ……人間を食べる(おぞ)ましい種族だ、って事だけは知ってるんだ。だから、あなたの行動が理解できなくて……あっ」

 

 そこまで言うとビビアナは口を閉ざした。そして自分が失礼な質問をしている事に気がつき、慌てて頭を下げた。

 

「あ、ごめんなさい!別に答えにくいならいいんだよ!?変なこと聞いちゃって、ほんとにごめ──」

 

「……ビビアナさん、謝らないでください。確かに、亜人種は人間種の敵なのでしょう。私が彼らを見逃した事で、他の誰かが食い殺されてしまうのかも知れません。でも、それでも彼らを助ける事で、救われる命もあると思うんです」

 

 ビビアナの言葉を遮るようにしてフィリアが声を上げた。そして、彼方の空を見上げながら言葉を紡いでいった。

 それは遠い過去を思い出すかのような口調であり、また同時に自分自身へ言い聞かせているようにも聞こえた。

 

「私は……ずっと孤独でした。何処にも私の気持ちを分かってくれる人がいない世界。……産まれが原因で、皆んなに疎まれる世界。そんな世界で、私を救ってくれた人──そして、信じてくれた人たち。彼女たちは本当に優しかった……温かかった……。彼女たちが向けてくれた気持ちがあったからこそ、私は変われたのでしょう。だから、例え亜人種が相手でも、私が情けをかける事で彼らが何かを感じて、そしていつか人間たちと分かり合えたのなら……きっと、それが彼女たちへの恩返しになる筈だと、そう思うんですよ」

 

 空の彼方を眺めながら、どこか寂しげな雰囲気でそう語るフィリアを見て、ビビアナは何とも言えない感情に襲われた。自分より年下のこの子は今まで一体どれほど辛い思いをしてきたのだろうか? どれだけ悲しい思いを経験したのだろうか?どれ程苦しい思いを味わってきたのだろうか? ビビアナには想像する事しかできない。しかし、この女性の悲痛なまでの優しさに触れて、胸が締め付けられるような感覚を覚えた事は確かだった。

 

 ビビアナは自分の胸に手を当てて考える。ビビアナはこれまで、自分の為だけに生きてきた。そこに他人の事を考える余地などなかったし、必要がないと思っていた。

 だからこそ、彼女の考えは新鮮だった。

 

 ──自分以外の誰かの為に。

 

 それが一体どのような心境なのか、今のビビアナには到底理解できるものではなかった。だが、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ彼女についてもっと知りたいとさえ思った。

 

(私も、フィリアちゃんみたいになれば何か分かるのかな……)

 

 自然とそのような思考に至った自分に驚きつつも、ビビアナの心の中には一筋の光のようなものが生まれていた。

 

「……ありがとう、フィリアちゃん。なんだかスッキリしたよ!」

 

「いえいえ、こちらこそ。私の長話に付き合って下さり、ありがとうございました」

 

 2人は互いに頭を下げると、どちらからともなく笑い合った。

 ビビアナの心に芽生えた僅かな変化は彼女の運命を大きく変える事になるのだが、この時の彼女にはそれを知る由などなかった。

 

 

 ☆

 

 

「その……さっきは悪かったな」

 

 亜人の群れを撃退した後、馬車に積んだ荷物に被害がないか御者と依頼主のサラが確認している間、談笑していたフィリアとビビアナの元に〈レウコン〉のリーダーであるフレデオンがやって来ると、開口一番謝罪の言葉を口にした。

 

「最近、大した実力もないくせに難しい依頼に参加したがる……まぁ、自惚れてる奴だな。そんな(カッパー)級の奴らと組まされてばっかだったんだ。だから、ついあんたらの事もそういうのと同類なのかと思ってな……」

 

(あぁ、なるほど……)

 

 バツが悪いのか視線を合わせずに頭を掻きながら話すフレデオン。

 フィーリアはまだ冒険者について齧った程度しか知らないが、命を張る必要のある仕事だという事は理解していた。

 もし、パーティを組んだ仲間が無駄に突撃したり、勝算のない無謀な作戦を立案して失敗した場合、その被害はパーティ全体に及ぶ。これがゲームならしばらく愚痴るくらいで済むだろうが、現実では死ねばそれで終わりなのだ。故に、そういった行動に出そうな人間に対して懐疑的になってしまうのは致し方ない事だろう。

 

「お気になさらず。私の方こそ、あなた方に対して礼節を欠いていたのですから、そう思われるのも無理はないですよ」

 

 フィーリアは特に気にした様子も無くそう言って軽く頭を下げた。ビビアナはどこか居心地が悪そうな表情を浮かべたものの、フィーリアの真似をするかのように続いて頭を下げた。

 

「すまねえな……メンバーには俺から言っておく。まぁその……アイツらも悪い奴らじゃねえんだ、許してやってくれ。それはそうと、あの亜人どもはここに置いとくつもり……いや、倒したのはあんたらだから、俺が口出しすることじゃねえな。今のは忘れてくれ」

 

 フレデオンは街道の傍に寄せられた気絶している人喰い大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)に視線をやりながらそう言ったものの、すぐに自分が余計な口出しをしている事に気付き、少し気まずげに顔を背け、他のメンバーと合流するために足早に立ち去っていった。残された2人は何とも言えない空気感の中、お互いに顔を見合わせる。

 

「ビビアナさん、私が言い出した事ですが……本当に良いんですか?あの亜人たちにトドメを刺して耳を持っていけば、報酬が増えますよ?」

 

「え?あ、うん!別に大丈夫だよ!それより早く馬車に戻ろう?まだ先は長いみたいだからね!」

 

 一瞬だけ驚いたような声を上げたビビアナだったが、彼女は慌てて誤魔化すように笑顔で答えてみせると、先に歩き出してしまった。

 

(……それにしても)

 

 フィーリアはビビアナの後を追いながら、先ほどの一件を思い返していた。

 剣技の方はこの装備でも充分発揮出来るようだった。一応、馬車の陰になってビビアナの視界から外れた瞬間に〈軽量化(ウエイト・リダクション)〉の魔法を使ってあらかじめ身軽になってはいたが、翼があるなら魔法無しでもあのくらいの動きは可能だろう。

 何度も言うようにフィーリアは信仰系魔法詠唱者だ。戦士系の職業(クラス)戦士(ファイター)Lv.1だけで、神官(クレリック)のような近接戦闘を行う職業(クラス)は習得していない。それでもあれ程の動きが可能なのは、フィーリアの全レベルの半分を占める種族レベルによる基礎能力値(ステータス)の高さと、仲の良かったギルメンとの何試合にも渡るPvPの産物だ。戦いの恐怖心もうっすらと感じる程度で、今後の戦闘行動に支障をきたす事はないだろう。強化魔法をかけてもらうと身体能力はどうなるのかという事も大体分かった。

 

 それよりフィーリアが気にしているのは、亜人たちを見逃してしまった事だ。

 フィーリアは戦いの寸前まで、相手はこちらを殺すつもりで襲ってきたのだから殺してしまっても致し方ないだろう。そう考えていたのだがいざとなると迷いが生じてしまった。この手で命を奪うという行為に強い忌避感を覚えてしまっていたのだ。もし、自分が相手の立場だったら?食うものに困って仕方なくやったのかも?あの亜人たちにも大切な仲間がいるのでは?そんな考えが幾らでも浮かんできて──結局、全ての亜人を剣の面の部分で叩いて気絶させる事にした。1匹たまたま踏みつけてしまった小鬼(ゴブリン)が居たが、つい「あっ、すみません……」という言葉が口から出てきたのには、自分自身耳を疑った。

 

(そう……あれは優しさなんかじゃない、ただ俺が命を奪う責任に耐えられなかっただけだ)

 

 フィーリアは自分の情けない考えをそう断じてみたものの、何故か胸の奥がズキリと痛む気がした。

 

 

 

 

「それでは、皆さん。私たちはここで失礼します」

 

 陽が傾き始めた頃、ようやく依頼を終えてホバンスに戻ってきたフィーリアとビビアナは、そう言って首都ホバンスを囲う市壁の門の辺りでサラたちに別れを告げた。

 

「はい、今回はありがとうございました!また機会がありましたら、よろしくお願いいたしましゅ!……噛んじゃったぁ

 

 依頼主のサラはそう言って深々と頭を下げる、そんな様子を見た〈レウコン〉のメンバーはそのドジっぷりに少々苦笑いを浮かべつつ、軽く会釈をした。

 

「あぁ、またな。あんたらならすぐ銀級なんて追い越せるだろうが……ま、それまでは先輩として面倒見てやるよ」

 

「全く、我々のリーダーも相変わらずですね……ですがその通りでしょう。あなた方は言わば、我々よりも強い冒険者の卵なのですから」

 

「そぉんな事言って、リーダーもアンデリクも少し悔しいんじゃあねぇのかぁ?俺たちだって負けちゃいられねえぜぇ?」

 

「ん?馬車の中で『前衛が全部倒したら射手(アーチャー)の役目がねぇよぉぉ』って、マジに1番悔しがってたのお前じゃねーか、ニコランド」

 

 そんな会話を交わした後、4人組の(シルバー)級冒険者チーム〈レウコン〉は、これから酒場に繰り出そうとする仲間たちの肩を叩き合いながら、依頼主のサラは再び荷物を載せた馬車に乗り込み両者とも雑踏の中に消えていった。

 

「あーっ!!?」

 

 〈レウコン〉とサラの後ろ姿を見送っていると、突然ビビアナが何かを思い出したかのような声を上げた。何事かと思い、フィーリアが隣に立つビビアナの方へ視線を向けると彼女はどこか気まずそうな表情で口を開いた。

 

「あの……フィリアちゃん、あの人たちフィリアちゃんだけじゃなくて、私も強いって勘違いしてるんじゃあないかな……って思うんだけど……どうしよう

 

 そう小さく溢すビビアナの言葉を聞き、フィーリアは額……がある辺りの兜に手を当てて溜息をついた。考えてみれば当たり前の事だが、彼らは亜人と戦っているフィーリアの姿を見たわけではない。だから、彼らの中ではフィーリアとビビアナという優秀な冒険者パーティー、というイメージが出来上がっていたのだろう。

 

 手柄を独占したいというわけではないが、話したところビビアナは第二位階の魔法までしか使えない*1ので、変に実力を誤認されると後々厄介な事になりかねない。

 フィーリア自身、取得している職業(クラス)は信仰系魔法詠唱者に該当するものだというのに、特殊スキルのせいで超火力が出せる魔力系魔法詠唱者だと間違われる事が多々あった。フィーリアの場合はPVPの際の威圧に利用したりもしたが、ビビアナの場合はそうもいかないだろう。

 

(どうしたものか……)

 

 他人を巻き込んだ以上、もう、戻れない。

 フィーリアは思考を巡らせる、そしてふとある考えに至った。

 

「そうですね……私の説明不足でした。ではお詫びと言っては何ですが、私と冒険者チームを組みませんか?」

 

「えっ!?」

 

 フィーリアの提案にビビアナは目を丸くして驚いた。

 それもそうだろう、フィーリアとビビアナは今日出会ったばかりなのだ。そんな相手からの唐突なチーム結成の提案など驚くのも無理はない。冒険者チームは言わば命を預け合う仲間だ、こんな突拍子もなく決めるものではない事はもちろんフィーリア自身理解していたが、これ以上良い考えが出てこなかったのだ。

 しばらく2人は無言のまま見つめ合ったあと、ビビアナは意を決したように口を開いた。

 それは、フィーリアが予想していた答えとは全く違うものだった。

 

「……うん!組む!組みます!よろしくお願いします!」

 

 ビビアナのその言葉に今度はフィーリアが驚く事になった。

 正直、断られるとすら思っていたからだ。そうでなくとも、もっと難色を示すかと思っていたのだが、その返答は快諾と受け取っても良いくらいに前向きなもので、フィーリアは思わず面食らってしまった。

 

(……でも、まぁ……いいか……)

 

 自身の手を握ってブンブンと上下に振りながら喜んでいるビビアナを見たフィーリアはそんな事を考えながらも、自分の頬が緩んでいくのを感じていた。

 こうして、フィーリアは彼女と共に冒険者としての第一歩を踏み出したのだった──

 

 

 ☆☆

 

 

「多分、これで上手くいくはずなのだけど……」

 

 正式なチーム結成はひとまず明日行う事にしてビビアナと別れたフィーリアは、人目につかない夜を待ってから首都ホバンスの北東、平野を抜けた更に先のおよそ人間はおろか亜人さえ住んでいなさそうな山間部の上空で、フィーリアは超位魔法の詠唱を行なっていた。彼女の周りには半径20メートル程の球状に幾つもの青白い魔法陣が形成されており、それらは互いに干渉し合って複雑な紋様を描いていた。

 今いる場所と山の頂上との位置関係は10kmほどいったところだろうか。これほどの高さでもフィーリアからすればほんの数分で辿り着ける距離でしかない上、天使は呼吸が不要な種族のため息苦しさを感じることは全く無い。超位魔法は通常の魔法と異なり、発動までそこそこ時間がかかるため、その間フィーリアは、今発動準備時間中の超位魔法《天地改変(ザ・クリエイション)》について考える事にした。

 

 《天地改変(ザ・クリエイション)》はフィールドエフェクトを変更出来る超位魔法だ。ユグドラシルに於いて、自然環境というものは基本的に大きく変化しないようになっている。

 例えば、ユグドラシルでは火山や雪山などの特定の場所では溶岩が絶えず流れ続け、雪山は常に極寒の地のままだ。だが、《天地改変(ザ・クリエイション)》を使えばそれらの自然環境を大きく変える事が出来るようになる。主に熱や冷気の打ち消しとして使われていたものだが、フィーリアはそれを別の目的で使おうとしていた。

 

「《天地改変(ザ・クリエイション)》!!」

 

 長い発動準備時間が終わると同時にフィーリアの口から呪文が唱えられ、超位魔法が発動する。辺りが一瞬光に包まれた後、彼女の周囲の空には先程までは無かった雲が現れ始め、その雲間から大小様々な浮遊島が幾つも出現した。石畳が敷かれた神聖な雰囲気を漂わせる浮遊島はまるで天界そのもののようで、月明かりに照らされたそれは幻想的な光景を作り出していた。

 

 《天地改変(ザ・クリエイション)》はあくまでフィールドエフェクトを変更する超位魔法であり、浮遊島が幾つも現れるのは妙に思えるかもしれない。しかし、これには裏がある。

 

 フィーリアはこの一帯のフィールドエフェクトを『天界』に変更した。天界は神聖属性と正属性のフィールドエフェクトが常に発生しているのだが、それに加えて『空』のエリア判定も追加される。『空』のエリア判定が追加された場所は〈飛行(フライ)〉の魔法か、種族的に飛ぶ事が出来ないと結界を張られたようにその一帯への侵入が不可能となる。だが、そうなると《天地改変(ザ・クリエイション)》で空棲種族専用の無敵ゾーンが何処にでも作れてしまう事になるため、これはマズイと思った運営は飛べない者への侵入不可効果を削除した上で『天界』のフィールド内には幾つかの足場が必ず出現するという仕様に変更した。その足場こそ、この浮遊島なのだ。

 そう、フィーリアがこの場所を訪れた理由は活動拠点の作成だ。

 

(久しぶりだなぁ……この景色。ギルドを追放されてからは、もう見る事なんて無いと思ってたんだけど……)

 

 翼を折り畳み、浮遊島に降り立ったフィーリアはそんな事を考えて少し感傷に浸っていた。思い起こされるのはユグドラシルでの日々、そして今はもう会う事が出来なくなってしまった仲の良かったギルドメンバーたち……。ちょうど〈セラフィム〉のギルドホームがある場所もこんな地形だった。

 

「ウリエルさん……メタトロンにサンダルフォン、それに──」

 

 そう呟きながらフィーリアは目を閉じる。瞼の裏に浮かんできたのは輝かしくも懐かしい、大空を舞う仲間たちの姿。きっと次に瞼を上げた時には消え去ってしまう、幻。

 

(みんな元気かなぁ……?また、会いたいな……)

 

 そう思った時だった。

 突然フィーリアの全身が引き裂かれるように痛みだし、次いで頭が割れんばかりの頭痛に襲われた。あまりの激痛に耐えきれず、フィーリアはその場に膝をつく。

 

(あぐっ!?っ……うぅ……!!何、これぇ……っ!)

 

 激しい苦痛は益々酷くなり、耳が遠くなるほどの音量で鳴り響く金属音にも似た音が頭の中で反響し始める。それと同時にフィーリアの視界には黒いノイズのようなものが発生し始めた。

 そのノイズは収まる事なくどんどん広がっていき、脳を直接万力で締め付けられるような苦痛とともに、フィーリアの意識は深く沈んでいった。

*1
それでも現地人の大半は第三位階までしか使えないらしいので充分凄い




今回はちょっと箸休め。
原作の動向を見る限り、ビビアナは別にそこまで善人ってわけじゃないと思うんです。もちろん誰でも死にかけたらあれぐらいして当然でしょうから、本当にどこにでもいる普通の人なんだと思います。原作では『金髪の女性で信仰形魔法詠唱者』くらいしか分かっていないので、ほぼ全て独自設定のキャラクターです。
感想・評価等お待ちしております。
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