佐伯中佐がハニートラップさん達を連れてきて1週間が経過した。折角なので受勲と政威大将軍様への拝謁の話は有り難く受けることにした。ふっふっふ、この時期の政威大将軍が誰かは謎だったからな。1ファンとして楽しみだぜ。ついでにヒロイン達とお近づきになれないかなとも考えたんだけど、現在の彼女達は年齢が高くても中学生、低いと普通に小学生である。危険を察知した俺は今回のチャンスは見送ることにした。そうそう、ハニトラさん達だけど別に突っ返しても良かったのだが、これだけやるという事は向こうは相当こちらを疑っているのだろうから、せめて女にだらしないとでも思わせて対価を支払って居る気にさせようと思う。その方が話が早くて助かるし。
「彼女達の様子は?」
「本日も図書室で勉強中です。顔色は優れませんでしたがバイタルは問題ありませんでしたので継続させています」
図書室というのはルクレツィアが取得した技術情報を独立した端末にぶっこんだものが置いてある部屋のことである。F-4J2“野分”に使用されている技術の情報も全部入っているから存分に勉強して欲しい。習得にどの位掛るかは知らん。俺も知らないし。
「引き続き宜しく。あ、流石に肉体でも精神でも不調が見られたらすぐ対処してね。厄介ごとは御免だから」
「問題ありません。その為の4人目です」
「そっちはついでだけどね。柏崎と平塚の基地建設はどうなってる?」
「柏崎は軍から土地が提供されたため既に基礎工事に入っています。1週間ほどあれば最低限の拠点としての機能を獲得出来ます。平塚は現在軍経由で用地の確保を行っていますが進捗は芳しくありません」
太平洋側は一般人の疎開なんかもしてないからな。手間取るのは無理あるまい。
「成程、やっぱりあっちをやっておいて正解だったね。アイランド1の進捗は?」
その言葉にルクレツィアは笑顔で答える。
「アイランド1は現在稼働率90%を達成しております。メインシャフトは現在上部マントル層に到達、各種資材の生成を開始しました。引き続き規模拡大並びに生産ラインの拡張を実行します」
アイランド1と言うのは俺が勝手に作った人工島だ。一辺の長さが4キロ程の正方形で、三宅島の北側、新島の東に位置している。島といっても実際はメガフロートなので移動も可能だし、現在も増築を繰り返して大型化しているから、最終的には別の場所に移動するかもしれない。で、なんでこんなもん造っているかと言えば、太平洋側の拠点確保が絶対に難航すると解っていた事と、日本という立地条件を考慮してだ。日本という国は複数のプレートの上に存在する地震国家であり、更に世界有数の火山国でもある。これに加えて年20以上の台風がやってくる割とハードモードな土地だったりする。おまけに火山国である事から解るように国土の多くは山岳であり、少ない平野部は人口が密集している。そんな条件なので、大規模な拠点が欲しければ山をくり抜くか、平野部の土地を買収するしかない。だがこの国の国民は生まれ住んだ場所から離れたがらない性格のため買収は容易じゃない。じゃあ最初から誰も居ない場所を作ってしまえば良い、と言うわけで目出度く建設が決まったのである。まあ当然陸伝いの方が色々と便利なので平塚の方も並行して進めているが。
「順調なら後何基か追加しよう。しかし母なる海は偉大だなぁ」
元々この人工島は宇宙世紀における環境改善用プラントとして設計されていたものを流用しているのだが、そのおかげで表層部分に植物が育成できる環境が整っている。じゃあ折角なのでと農地に転用し作物を生産。ついでに水の循環施設もあるんだからと水産系の養殖も開始してみた。こちらは現在動物性プランクトンを増殖させタンパク質に加工して食品化を研究中である。だって、この世界の合成食品本当に不味いんだもん。
まあ、この辺りは副業で、本業は下層に存在するボーリングマシンによる資源収集とそれを元にした兵器の生産であるが。
「同サイズの建設であれば追加で即時2基が可能です」
ほほう。
「うん、やっちゃって」
最終的には太平洋上に馬鹿でかい人工島を建設してやろうじゃないか。
「承知しました。実行します」
いったん足を止めてそう答えるルクレツィア。全て丸投げしているが彼女に任せておけば問題無いだろう。少なくとも船舶の航路を理解していない俺が指定するよりは安全だ。
「それと上の方はどうなってる?」
そう聞くと始めて彼女が表情を曇らせた。
「芳しくありません。ラグランジュ点の選定は終了していますが資源確保の目処が立ちません」
「やっぱりスペースコロニーは簡単には行かないか」
「初期作戦能力をポイントにて獲得する事を強く推奨致します」
「やっぱりユノーの確保は難しい?」
ユノーはアステロイドベルトにある小惑星で、宇宙世紀ではルナツーと呼ばれてコロニー建設用の資源になった。こっちでもユノー自体はあったからいけるかと思ったんだけど。
「現在獲得済みの技術並びに地上から戦力を抽出する場合、ラグランジュ点へユノーを定着させるまでに10年必要となります」
「ポイントで初期作戦能力を獲得した場合は?」
「7年です」
「つまり宇宙開発技術も必要という事ね」
「質問を宜しいでしょうか」
落ち込む俺に困った表情でルクレツィアが口を開く。頷いて見せると彼女は自身の疑問を投げかけてきた。
「環境改善技術として初期スペースコロニー技術の獲得は必要と判断しましたが、スペースコロニーの建設は現段階において非効率です。技術獲得、戦力確保の点から推奨できません」
うん、知ってる。でもこれは多分必要な事なんだ。
「ねえ、ルクレツィア。俺はこの世界に人類を救いに来たんだ」
言葉にするとすげえ恥ずかしいな。
「でも救うのに何年かかる?そもそも何処までやったら人類は救われるんだ?」
地球上のBETAを全て駆逐したら終わるのか?否だ。月や火星に連中が存在する以上その脅威は取り除かれたとは言い難い。その上で地球を奴らから取り返しても、ユーラシアの大半は連中に蹂躙され荒廃しきっている。だがどの国も疲れ切っている現状で仮にBETAを駆逐したなら、彼らは口を揃えてこう言うだろう。
さあ、お前達の国は取り返した。帰れ。
冷酷ではあってもそれは悪ではない。彼らだって家族を飢えさせるわけにはいかないからだ。命は平等で互いに助け合い慈しむものなんていう題目は、全員が飢えず生活に余裕があって初めて実現可能なおとぎ話なのだ。そうした意味で人類が人類を救うことは出来ないだろう。何故なら彼らの資源は有限で、その資源は全員で分かつにはあまりにも少ないからだ。
だから俺だ。神器と言う理を外れた力を持っている俺がそれを補うしかない。
「コロニーは希望だよ。そこにはBETAはおらず、そしてやって来ることもない。再び過去の安寧な生活が約束される場所だ。それは人類にとって絶対に必要なものなんだ」
30年近く続くこの生存闘争に疲れ切った人類には希望が必要だ。だからたとえ非効率でも実行しなければならない。人類がもっと非効率な行動に出る前に。
「これは斑鳩のご当主殿、此度は一体どのような御用向きですか?」
「お久しぶりです、煌武院殿。久しぶりに京へと戻れました故、お顔を拝見に参った次第」
「あら、見て面白い顔でも無いでしょうに」
そう笑う少女を前に、斑鳩崇継は同じように笑みを浮かべながら本題を切り出した。
「時に煌武院殿。近頃我が国は随分騒がしくなっておりますな」
「おや、そうなのですか?」
韜晦してみせる少女に気にする風も無く斑鳩は言葉を続ける。
「ええ、先の大陸での作戦で大陸派遣軍が大いに活躍しました件から始まって、軍民問わず随分と物事が動いている様子」
その言葉に少女の表情が少しだけ強張る。だが斑鳩はそれを指摘せずに口を開いた。
「意外なところから話とは膨らむようで。民間での動き、戦争難民の受け入れについてはどうやら帝国軍から出た案だとか」
「まことですね。一体どのような理から出た答えなのでしょう?」
帝国軍上層部は良くも悪くも旧体制の色を強く残す組織である。その姿勢は戦争遂行を第一義としており、国民生活や他国との協調といった物事は二の次とする悪癖がある。もっとも旧体制的という点において、斑鳩の所属する斯衛も言えた義理では無いのだが。
「人的損耗の補填と言うのが主な主張ですな。事実長らく続く戦乱で我が国も疲弊しております。足りない分は補わねばならぬは当然の理と言えましょうな」
「しかし、そう上手くいきましょうか?難民となれば国を追われ明日も解らぬ身とされた方々。心身共に疲れ果てていましょう。それに…」
一口に難民と称されてもその内は明確な区別がある。働ける者と働けない者だ。多くの難民を受け入れている国家はこの働ける者を目当てにしている。それは単純な労働であったり、戦力としてだ。だから軍が口にしたような人材は現在の難民キャンプを持つ国家が手放さないし、それ以外の人間は文字通りのお荷物だ。故にこの事には裏があると斑鳩は確信していた。
「でしょうな、事実政府は難色を示していたようです。先日までは」
「では?」
「洋上都市研究を長年続けてきたとある企業が実用化のめどが立ったと発表したそうです。既に幾つかの試験島がテストに入っていると。そこでの居住試験者を大々的に募集していて、政府にも協力の打診があったとか。いやはや、私の耳も遠くなったもので」
そう斑鳩が笑って見せると、少女が口を開いた。
「耳が遠くなったなどと、私も初耳です」
目を細め、少女の顔を斑鳩は窺う。互いに武家、それも政威大将軍を輩出する五摂家だ。腹の探り合いなど日常茶飯事であるため、双方共に見抜く目も隠す技量も備えている。だが少なくとも今回に限っては本当に初耳であると斑鳩は理解した。その上で彼は腹の奥底から冷たい何かがせり上がるような怖気を覚えた。次期政威大将軍は確実と見なされている目の前の少女の目と耳は驚くほどに彼方を見通す。その彼女が知らぬと言うものが、目の前に忽然と現れたのだ。それも斑鳩の手の者が実際に乗り込むという、これ以上ない事実を携えて。
(鎧衣を擁する煌武院も知らぬとなれば、最早化生の類いと掛らねばなるまい)
表向きは和やかに。しかし内では確固たる決意を固めた二人は、自らの信念に従い動き出すこととなる。