インド洋上、一隻の艦がその巨体を静かに進めていた。船舶の設計に携わる者や、流体力学を修めた者ならば卒倒するような姿であるにもかかわらず、その艦は60ノットという常識外れの速度で航行していた。
「何か見えますか?」
艦長席に座った男が、航海艦橋の窓から外を眺め続けている主に問いかけた。
「いや何も。悪いね、部屋に一人でいると気が滅入っちゃって」
「問題ありません。この艦も人員もすべて司令の持ち物なのですから。しかし驚きました」
そう言って男は帽子を脱いだ。壮年に差し掛かった風体の彼は、笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「処女航海でインドまで行くことになるとは正直想定しておりませんでした」
「中国の方で間引きが成功したのもあるけど、あっちは流石に内陸過ぎる。まだこの艦の性能は隠しておきたい部分も多いからね、出来れば沿岸に近い場所でポイント稼ぎがしたいと思って。まだまだ人類を救うには足りないものが多すぎる」
その言葉に男は深く頷いた。
「同意します。酷な話ではありますが、今の人類の戦力は全くと言って良いほど足りていない」
仮に全人類が一丸となっていたのなら、あるいはBETAに現在の戦力でも打ち勝つことは出来ただろう。だがそんなたらればは目の前の脅威に対して何一つ意味を成さない。そして、問題を解決する手段はいつでもシンプルだ。
「まあ、その分は俺達が頑張るとしよう。幸い伝手もある事だしね。あ、でもごめんね。作戦立案を丸投げしちゃって」
そう申し訳なさそうに謝る主に対し、男は笑いながら答える。
「適材適所であると言えましょう。司令はあれこれと考えるより力を振るうのが得意な様子。存分に貴方様が戦えるようお仕えできるならば、戦術上位統制型の名も報われましょう」
「そうか、うん。有り難う。じゃあ期待に添えるよう頑張らないとね。予定は3日だったよね?」
そう確認してくる主に対し、帽子を被り直して男は答えた。
「はい。本艦はこのままインド洋を西進、アラビア海に侵入します。その後ムンバイ市跡に橋頭堡を構築、攻略目標H13より展開中のBETAの漸減を実施します。作戦期間は3日、戦力は本艦白龍級一番艦、白龍。そして搭載しております戦術機一個中隊並びに司令の計13機となります」
もしこの世界における常識的な軍事知識の持ち主がその言葉を聞けば、耳を疑うだろう。BETA支配地域への侵攻は入念な準備をもって行われる。それも物量に対抗するために十分な兵力を用意してだ。その点で言えば艦艇一隻と戦術機一個中隊などという数字は運用しうる最小単位の戦力であり、間違ってもそれだけで投入されるなどという事の無い数字だ。仮にそんな命令が出されたならば、それは死ねと言われているのと同義だ。だが、男の主は気負いなく応じる。
「ん、了解。随伴はハヤタ?」
「いえ、イデです。あれは持久戦重視の設定ですので」
「成程」
「衛星写真による事前情報では、ムンバイ市跡は完全に均されています。地形的には開けていますが、周辺を河川で囲まれているため襲撃方向を限定できます。戦術機の揚陸にあわせて本艦よりクラスター弾による地雷敷設を実施、東と南に警戒線を構築します。基本的には北側より流入するBETA群を迎え撃つ作戦です。H13からの距離を考慮すれば光線級属種の脅威は低いと思われますがBETAの行動は未知数です。留意下さい」
その説明に主は眉を寄せると聞き返してきた。
「安全に狩る為に待ちの姿勢って言うのは理解出来るんだけど、それでポイントが稼げるかな?」
「投入されます戦術機は全て高性能学習コンピューター搭載機です。中国戦線での戦闘結果を考慮すれば、極めて高い誘引能力を持っております。目標ポイントには2日目で到達の見込みです、その後の戦果拡張については主の判断にお任せします」
男の言葉に納得したのか、主は再び笑顔になると頷きつつ口を開いた。
「うん。解りました。ではムラマツ艦長、そのように宜しくお願いします」
主の言葉に男は敬礼をもって応じた。
「これは一体何の冗談だ?」
日本帝国からの支援物資と共に送られてきたメールの内容を聞かされ、国連軍インド方面軍司令であるドゥルーブ大将は首を捻った。コンテナ2つ分一杯に詰め込まれた医薬品と医療機器は慢性的に負傷者の出る前線において非常に有り難く、送り届けてくれた日本帝国の艦艇に対して真剣に持てなすことを考えたほどだ。だが日本帝国の艦艇は国際協力の下当然のことをしたまで、との返事と共に辞退してきた。そう返してきた彼らの高潔さに感謝を捧げつつも、後方国家の余裕を羨ましく思ってしまい、それをつい口にしてしまったがドゥルーブ大将を責める者は居なかった。だが問題はその後だ。
「アラビア海で試験をする?なんだって態々そんなところで。しかも単艦?彼らはなにがしたいんだ?」
疑問は残るが、ドゥルーブ大将に彼らを止める権利はない。一応そのような連絡があったと国連総司令部へ連絡をいれたのと、老婆心から翻意を促した程度である。であるから、一週間ほどが経過し、件の艦艇が無事日本への帰路につくことを連絡してきた時は胸をなで下ろした。だが彼はまだ知らない。2日後、監視衛星の映像をチェックしていた国連軍総司令部から、H13周辺のBETAが2個師団程殲滅されたことに対する説明を求められることになる事を。
「作戦タイム!」
俺の宣言に拍手が続く。凡そ2週間に渡る遠征を終えて基地に戻った俺は、はっきり言ってテンションが上がっていた。
「今回の作戦にてBETA2個師団相当を撃滅、結果1132万2000ポイントを新たに獲得。これにより目標ポイントである1000万ポイントを達成しました。内500万ポイントを消費しコロニー開発関連の技術を取得しています」
「事前計画に基づき残りの500万ポイントの内300万ポイントはそれぞれ生産設備、難民収容メガフロート、資源採掘拠点の製造に使用されます」
「200万ポイントにて自律判断能力獲得型学習コンピューター、発展型ルナチタニウム系構造材、次世代型ミノフスキー技術、発展型生産システム技術を獲得しました。これにより完全自律稼動用AI、ガンダリウム系合金、小型ミノフスキークラフト、Iフィールドバリアシステム、初期型ミノフスキードライブが生産可能になりました。また生産システム技術の更新によりCAMシステム、資源採掘システムのアップグレードが可能です」
「獲得した技術に合わせてF-4J2のアップグレードモデルを設計しました。以後自軍戦力は同機に順次更新されます。また、艦艇建造ブロックが完成しましたため予定されていた打撃戦力の建造に着手しております。一番艦の完成は2週間後です」
「各社より出向している3名の初期教育が完了しました。現在発展型CADシステムの習熟訓練として各自に補助兵器の設計を行わせています。また各社への生産ライン用機材の提供は各3ライン分が完了しました。しかしレアメタル、レアアースが供給不足のため現在2ラインの稼働が限界です」
「アイランド1、2、3は現在25キロ平方メートルにて拡張を停止、稼働率100%を維持しています」
「合衆国よりF-4J2に技術盗用の疑いがかけられているとの連絡が帝国陸軍より入っています。また、同機について斯衛軍からも購入の打診が来ております」
思ったより色々と起きている件。
「資源は各社で都合できない?」
「世界規模で慢性的な不足が発生しております。当基地を拡張、あるいは新規に資源採掘拠点を獲得する方法が確実です」
「ん、了解。当面は基地拡張で対応しよう。国内中に戦力をばらまくと警戒心を与えるだろうしね。それから合衆国と斯衛軍がなんだって?」
「技術盗用の疑いがあると」
「解った。10機くらい無償提供するから合衆国に送るよう言って。ああ、使ってる技術関連の資料も纏めて送っちゃって」
「宜しいのですか?」
俺の言葉に難色を示すルクレツィア。まあ、色々とあの国は自分ファーストだからね。警戒するのも無理はない。
「むしろ望むところだよ。今俺達を除けば地球上で一番体力があるのが合衆国だ。彼らが生産を手伝ってくれると言うなら諸手を挙げて歓迎すべきだ」
どうせ生産設備も強請られるだろうけど、今ならそこまで負担じゃない。むしろ積極的に機体を更新させれば余剰した機体を前線国家へ吐き出してくれるかもしれないし、戦後世界への影響力を考慮して再び欧州へ大規模な派兵もしてくれるかもしれない。その為にはもう少し突いてやる必要がありそうだけど。
「それで、斯衛軍の方は購入したいって?」
まだ武御雷も出来てない筈だし、納入は吝かじゃないけど。
「はい、ついては仕様について相談させて欲しいと」
「売るのは良いけど仕様については帝国軍へ納入しているもの以外は受け付けない。勝手に弄る分には構わないけどこっちでは受け持たないよ」
斯衛軍の言い分も解らないではない。優秀な衛士に優秀な機体をと言う組み合わせはその戦力を数倍に引き上げるのだから。義務教育が行き届き、人間の平均化が進んだ現代人には解りにくい感覚ではあるけれど、彼らの家柄を重視するというシステムはある意味で効率的だ。何故なら身分の高い者というのは経済や教育環境に恵まれ、幼少の頃からそれらを修める事が出来る者だからだ。更に下世話なことを言えば、遺伝子的に優秀な人材を取り込みやすい環境でもある事から、基礎の段階でも選別がなされていると言える。故に身分の高い者は例え失敗であっても人並み以上の能力を有している事が多い。だがそれはそれである。
人類全体に一機でも多くの戦術機を送り出さなければならないという状況で、一々斯衛仕様だとかその中でも高級機だとか、挙句個人専用機だのなど造っている意義を感じない。彼らが仮に通常の衛士の100倍の働きをすると言うのなら考えてやらんでもないけれど。
「ではその様にお伝えします。面会については如何なさいますか?」
斯衛で面会ってことは、間違いなく武家の人だろう?あの人種は人生の大半を面子に費やしているから要求を突っぱねた挙句門前払いなんてしたら末代まで恨まれそうだ。恨まれるだけならまだしも嫌がらせなんてされたら堪ったもんじゃない。相手の手が何処まで広いか把握できていない以上、多少は譲歩も必要だろう。
「そっちは受けよう。どうせここを偵察したいのだろうしね」
さて、出来れば穏便に済ませたい所だけれど、向こうはどう出てくるだろう?
白龍型輸送艦 一番艦“白龍”
カンパニーが独自の展開能力を獲得するために購入した艦艇。ベースは宇宙世紀に登場するペガサス級強襲揚陸艦7番艦“アルビオン”である。艦種が輸送艦なのは民間企業が軍艦を保有できないため。現在はアイランド1を根拠地として運用されている。基本的にはベースとなったアルビオンと同性能であるが、搭載機機数の強化と展開効率を鑑み格納庫の拡大と折りたたみ式であったカタパルトを固定式に改めている。一方で投入機会は少ないとして戦闘機用のカタパルト並びに格納庫は削除されている。
日本帝国には新技術の試作高速輸送艦と説明しているが当然のように誰も信用していない。しかし今のところまさか飛行可能かつ単独で大気圏突破能力があるなどというのは夢にも思われていない。ちなみに遠征の際にスリランカへ敢えて立ち寄ったのは、物資の援助もあるが、艦を見せつけることで世界への認識度を増し、購入コストを下げるためだったりする。