日の入りが早まり、空気に肌寒さを感じるようになった頃、俺はナホトカに建設されたオフィスで熱弁を振るっていた。
「我が社は貴国の計画を高く評価しています。ですが少々スマートとは言い難い」
俺のおどけた調子を見ても、目の前の男の鉄面皮は崩れない。やっぱり寒いところにいると表情筋も固まっちまうのかね?
「常々思うのですよ。人類はこの大戦で数を減らしすぎた。これ以上の浪費は避けられるべきだと」
「それと今日私がここに呼ばれた事にどのような関係が?」
金髪の偉丈夫、イェジー・サンダーク中尉はそう言いながら俺を静かに見つめ返している。関係?大いにあるとも。
「П-3計画」
俺がそう口にした瞬間サンダーク中尉は弾けるように立ち上がり、俺に掴みかかろうとして側に控えていたハヤタに制圧される。おお、凄い形相だ。
「貴様っ!」
「話はまだ終わっていませんよ。最後までちゃんと聞いて下さい」
そう言って俺はマグカップを傾け口内を湿らせる。
「人工的に生み出した超人と、その能力を最大限に引き出せる高性能戦術機を運用しBETAに対抗する。生産と品質が安定しない自然分娩に頼らないと言う点は評価に値しますが、長期的視点が些か欠けていますね」
黙って床に押しつけられているサンダーク中尉をのぞき込みながら続ける。
「クローニングを併用して短期間に数を揃えるという着眼点も良いですが、問題はその管理法です。催眠と暗示による思考能力の鈍化と薬物に頼った自壊機能の付与。イレギュラーな状況と言うものが顕在化しやすい戦場での運用には全く向いていない。貴方達は少々思考が固いようですね」
彼らの計画は一見冴えたやり方に見えるがそう上手くは出来ていない。何せ超人を作り出す過程が淘汰と選別を前提としているから大量生産しても戦力化出来る数が少ないし、反乱対策の安全装置が定期的に特定のタンパク質を摂取しなければ細胞が自壊して死ぬというものなので、折角優秀な個体が生まれてもこれでは高リスクな戦場に投入出来ない。特にハイヴ攻略に使いづらい特性は致命的とすら俺には思える。
「それに計画の根本となる戦術機も問題です。まあ始まりたての計画ですから、実機が無いのは仕方が無い事としても、貴方達の超人というのは第三世代程度の限界性能が精々なのですか?」
沈黙を続けるサンダーク中尉を尻目に俺はソファに座り直すと、笑顔で手を叩き明るく告げた。
「そこで我が社から耳よりなご提案です。貴方達が欲している戦術機を我が社は用意する事が出来ます。それも今すぐに」
「そうして我が祖国を食い物にしようと言うのかね?自由主義者らしいやり口だな」
「ビジネスですよ。貴方達お得意の合理性で考えてみて下さい。開発の目処が立っていない戦術機を待ち続けるのと、今すぐ手に入れるの。どちらの方が計画に有意義ですか?そしてそれによって我々は利益を享受する。つまり貴方達の主義で言うところの対等な関係と言う奴です」
ハヤタへ視線を送り、サンダーク中尉を解放する。彼は大人しく向かいのソファへと腰を下ろした。
「御社が合衆国と深い繋がりを持っている事は把握している。故においそれと首を縦に振るわけには行かない」
その言葉に俺は大げさに頷いて見せる。
「賢明な判断です。ですが拒絶するのは私達の要求を聞いてからでも遅くは無いのでは?」
再び沈黙するサンダーク中尉。それを了解と判断し俺は提案を口にする。
「こちらから提供するのは先ほど申し上げたとおり、そちらが望む戦術機です。代わりに我々も計画に参加させて頂きたい」
「参加だと?」
「人工子宮を安定稼働させる技術にクローニング技術、加えて人工ESP発現個体の量産を可能にするノウハウ。実に興味深い技術です。是非とも欲しい」
俺の言葉に胡散臭げな視線を向けるサンダーク中尉。嘘は吐いてないぞ、全部も語ってないけどな。
「そちらの言い分は解った。だが大きな問題が残されている。貴様は我々が欲する戦術機を用意すると言ったがその保証は何処にも無い」
当然だな。だから俺は懐へと手を伸ばしT字状の金属を彼へ向けて放り投げた。
「それが証拠です」
「証拠?この金属がかね?」
ですよねぇ、だが聞いて驚け見て騒げ。
「その金属には微少なコンピューターが鋳込まれていましてね、特定の脳波を増幅可能です」
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるサンダーク中尉に構わず俺は続ける。
「無論持ち帰り存分に検証頂いて構いません。まだ手元に残っているのでしょう?」
オルタネイティブ3の生き残りにして後に社霞と呼ばれる事になる試験体は、まだオルタネイティブ4に接収されていない。彼女には悪いが彼女の姉妹達のために少しばかり頑張って貰おう。
「今日はここまでにしておきましょう。色々と時間も必要でしょうから」
俺がそう言うとサンダーク中尉は静かに立ち上がり部屋を出て行く。
「失礼する」
扉を開き退出する彼に向かって俺は最後に声を掛けた。
「良い返事を期待しますよ」
「ジャップが一体何の用だ!?」
祖父の怒声に身を強張らせながらユウヤ・ブリッジスは原因となる一団を見つめた。
「合衆国政府の要請に従いまして療養中のミラ・ブリッジスさんの身柄をお預かりします」
事務的に告げる一団は祖父の制止を聞かずに母の眠る部屋へと向かう。ユウヤが見ている前で手際よく組み立てられたストレッチャーへと母が乗せられ、部屋から運び出されようとしたその瞬間、室内に銃声が響いた。
「ミラに触れるっがっ!?」
祖父が叫び終わるのを待つ事無く、入ってきた男達の内一人が素早く祖父へと近づくと床へと引き倒す。祖母の短い悲鳴と共に蹴り飛ばされたショットガンが壁にぶつかって回転を止める。
「行け」
短い命令が発せられ、男達は母を外へ連れ出してしまう。呆然とそれを見送っていると、連れ出した一人が戻ってきて、ユウヤの前に立った。
「ユウヤ・ブリッジス君、君にも保護命令が出ている。来てくれるね?」
その言葉にユウヤは返答に窮する。未だに有色人種への偏見の強い合衆国南部では、ハーフのユウヤも白眼視されている。しかしそれをバネに彼自身は努力を重ねていた。立派な合衆国軍人となり、周囲を見返してやるという目標は、来年度の衛士訓練校入学という形で叶えられる筈だった。それが唐突に手からこぼれ落ちようとしている。
「お、俺はっ!」
「それは連れて行って良い!仲間だろう!?だがミラは返せ!!」
その言葉にユウヤは頭をハンマーで殴られたような気分になった。呆然と視線を向けた先で床に倒れている祖父の目は憎悪にまみれており、その先にいた祖母の目は恐怖しか映していなかった。
「…行きます」
ここに自分の居場所は無い。ならば母の側に居た方が遥かに良い。決断し着の身着のままで家を出る。
「協力感謝する。こっちへ」
そうしてユウヤは生まれ育った家に別れを告げた。
近くに止められた車からそれを見送っていた男達は車が完全に見えなくなった辺りで口を開いた。
「これで宜しいですな?」
「…彼女は助かるかね?」
遠のく車を見つめていた初老の男がそう呟く。
「衰弱が見られましたが不治の病ではありません。適正な環境で処置を行えば問題無いでしょう」
「そうか、助かるか」
そう言って彼は視線を自分の手元へと移した。
「ならば次は私が契約を守る番だな。何処へでも連れて行くといい」
そう告げる彼に、隣に座っていた男が頭を垂れる。
「ご協力感謝致しますハイネマン博士」
その言葉を契機に車が静かに動き出す。晴れた秋空の下、車は何処かへと去って行った。
青田買いに余念がないカンパニー。