遮光カーテンに日差しを遮られたその部屋には、合衆国の運命を握る錚々たる顔ぶれが集められていた。彼らは重苦しい沈黙の中、ひたすら再生される画像を眺めている。そしてその映像がクライマックスを迎えると幾人かは苦い顔に、そしてそれ以外の人物からは驚愕と畏怖が綯い交ぜとなった呻きが漏れる。それから僅かな時間で映像が終わり、部屋は再び沈黙が支配する。たっぷり10秒おいてカーテンが開かれると主催者である男が口を開いた。
「さて、皆はどう思う?」
「良くできたムービーですな。さしずめタイトルは世界の終わりとでも言ったところですかな?」
そう鼻で笑ったのは財務省長官だった。
「ほう、ムービー。この結果を貴官は与太話だと?」
その言葉に陸軍参謀総長が皮肉を吐く。元々予算の問題から対立する事が多い双方であったが、今回はかなり深刻になりそうだった。
「突然こんなものを見せられて他に言いようがありますまい?それともそちらにはこれが確かだという証拠でもあるのですかな?」
彼の指さした先では先ほどの映像、G弾運用におけるオリジナルハイヴ攻略のシミュレーションが最初から再生されている。その内容は合衆国が掲げる通りの手順で進められているが、結末は彼らの予想と大きく食い違っている。
「大規模重力異常による海水と大気の大移動?ユーラシアは沈没し、我が国は大気が失われ人の住めない死の荒野となる?馬鹿馬鹿しい!」
不機嫌さを隠さずに椅子の背もたれに体重を預けると、財務省長官はそう言い放った。
「そもそもG弾の起爆試験において植生の破壊は確認されている事実ですが、重力異常については短期間で復元したと報告されていたと記憶していますが」
疑問を口にしたのは空軍参謀総長だ。地球にBETAが侵攻を開始して以降、戦場での活躍の場は減った事で軍内における彼の発言権は低い。しかしG弾運用戦略の前提は宇宙軍と空軍が中心であったため、彼は軍では少ないG弾支持派だ。
「そもそも地球上でG元素を保有しているのは我々のみです。開示されている情報からの推論であれば、やはりこれは推測の域を出ないのでは?」
宇宙軍参謀総長がそう続いた事により、財務省長官は勢い付く。
「正にその通りだ。例え科学的検証だとしても、実証されない限りこんなものは悲観的な推論でしかない」
「それで試してみて失敗したらどうするのだね?我々は既にアサバスカと言う前例がある。この結果はその比ではないのだぞ?」
農務省長官が低い声で警告する。カナダのアサバスカへ落着した2つ目の着陸ユニット。カシュガルの教訓から合衆国は核の集中運用でこれを破壊し、ハイヴ建設を阻止した。大々的に喧伝された成功の報の裏には、実は合衆国首脳だけが認識している失敗が含まれている。それがカナダの半分を覆った放射能汚染だ。第二次世界大戦の折、合衆国はドイツのベルリンへ2発の核爆弾を投下した。その威力は絶大で、ベルリンの地上構造物の8割を吹き飛ばす程だった。表向き戦争を早期終結へ導くための手段とされていたこの攻撃は、実のところ核爆弾使用後の環境、人体への影響を検証する実験を兼ねていた。そしてその結果は概ね合衆国の予想範囲に収まる事となる。被爆地における放射能汚染は使用後10年と経たずに人体に影響の無い基準まで低下したのだ。理屈としてみれば当たり前の事で、空中で爆発する核爆弾の放射性物質が爆心地に残留する量は少ない。故に拡散によってその能力は稀釈されてしまう。だからこそ合衆国は強力な兵器として核武装を推し進め、当然のように脅威へと使用した。
「悲観的な推論?大いに結構じゃないか。今現在の人類の窮状は楽観論によって齎されていると言っていい。その上でまだ貴官は大丈夫だろうと続けるのかね?」
「ではどうすると?あの無尽蔵に湧き出す化け物相手に通常戦力で消耗戦を挑むのか?そんな体力が人類にあると思っているのか!?」
「他に選択肢が無ければそれもやむを得まい?」
「馬鹿げている!少しばかり良い玩具を手に入れて舞い上がっているのかな?既に我々は総人口の50%を失っているのだぞ!?」
「だから一発逆転を狙って賭けに出ると?そんなものは敗戦国のやり口ではないか!」
「現実を見ろ!人類はユーラシアからたたき出された!インドからもだ!アフリカだって風前の灯火で東南アジアも秒読み!これが現実だ!これが今の人類だ!貴様はどの口でまだ負けていないなどと嘯けるのだ!?」
国家の金庫番である財務省長官である彼には軍人より余程明確に未来が見えてしまっていた。戦争の特需に沸いていたのは既に過去となりつつある。確かに未だ合衆国は多額の貿易黒字を出してはいるが、各種原材料の価格は指数関数的に上昇しているし、購入先の購買能力は年々減少を続けている。このまま行けばあと10年は保つだろうが、それは確実な20年後の破滅を意味している。そんな彼からすれば体力の残っている内に最大火力で敵を叩き潰すという行動は当然の事であり、寧ろ出し惜しみをして徒に時間と資源を浪費する行為こそ人類を滅ぼす悪魔の所業と言えた。
「しかしこのシミュレーションが事実ならば地球は完全に死の星になる。それではたとえBETAに勝利しても意味が無い」
それは軍人の理屈だと財務省長官は反論する。
「だからこその第5計画ではないか。我々の勝利は地球を残す事ではない。人類が存続する事だ。人が残れば再び文明は再建できる」
「だが、残せるならそれに越した事はない。そうではないかね?」
静観を続けていた大統領が口を開く。
「理想論です。そもそもその手段が無いからこそ我々はここまで追い詰められたのでしょう?」
その言葉に大統領は頷く。
「その通り、今日まで我々は追い詰められ続けてきた。だが明日もそうだとは限らない」
「随分とあの日本製品を評価しているようですが、それは幻想です」
確かにF-4J2の投入によって戦場での消耗は抑制されている。特にAL弾の使用が抑えられるのは大きな成果だ。だがそれでも人類が抗い続けるにはとてもではないが弾薬が足りていない。
「間引きでは根本的な解決が出来ない事は言うまでもない共通認識だと思っていましたが?」
「無論だ。そして私はこう言っているのさ。根本的な解決をG弾に頼らずに行えるとね」
そう言って大統領が合図をすると、それぞれの前に紙束が置かれた。
「これは?」
「HI-MAERF計画を覚えているかな?」
大統領の言葉に財務省長官は即座に反論する。
「お言葉ですが大統領。その計画は8年前に中止になっています」
「そうだな、残念ながら当時の技術では完成に至らなかった哀れな巨人だ。だが今ならば違う答えが手に入る」
そう言って大統領はページを捲る事を促した。
「例の企業から制御コンピューターについて技術協力の打診が日本帝国を通して来ている。更には画期的な技術開発により完成した荷電粒子砲の技術についても提供してくれるそうだ。やはり持つべきものは良き友人だな?」
「大統領、貴方は合衆国を連中の狗にでもするつもりですか?」
これまでの経緯を正確に推測したであろうCIA長官が静かにそう問いただす。それに対し大統領は一歩も引かずに応じた。
「番犬を気取るなら君たちに一々説明などしない。私はこの国の重要なパートナーが誰なのか情報を共有しているに過ぎんよ」
更に追加で資料を大統領は配らせる。
「おまけに宇宙開発でも協力してくれるそうだ。条件は地球上でのG弾使用の禁止。受けられる恩恵からすれば破格と言って良いな」
資料に記載されていたのは、独占しているコロニー建設を合衆国へ外注する旨と、必要になるであろうHLVの提供に関してだった。現状運用している往還機の倍以上の積載能力を持つそれは、第5計画においても垂涎の代物だ。現状においても宇宙軍への補給という頭痛の種に対する特効薬となることが容易に想像出来る。
「地球上のハイヴくらいくれてやろう。この機体が完成すれば我々は一足先に宇宙のハイヴを手中に収める事が出来る。これは君たちの戦後戦略を修正するに値する意味を持たないかね?」
場の空気が大統領の意見に傾きかけたその時、駄目押しの報告が届けられる。ノックの後青ざめた表情で報告書を持って来た白衣の男が副大統領へそれを渡す。副大統領はその内容に厳しい表情を浮かべた後、視線でどうすべきか大統領へ問うてきた。
「構わない。皆に教えてくれ」
大統領の言葉に青ざめた表情のまま、報告に来た科学者は口を開く。
「提供されましたシミュレーションを受けまして、新たにG弾を複数用いた場合における反応試験を実施致しました。結果、複数のラザフォード場が臨界状態で干渉しあった場合、重力異常が増大、極めて高い残留性を取得する事が確認されました。これはフィールド同士の接触時に増幅効果が発生していると推察され―」
「どうやら、決まったようだね」
説明を遮ってそう大統領が口にした。G弾推進派の面々は呆然と大統領を見つめる。彼らにとっても他惑星への移民はあくまで保険であり、戦後無傷のアメリカ大陸が残る事が大前提なのだ。それが崩された以上、残る手段は移民船を増やすかG弾を諦めるかの二択である。しかしどう考えても移民船を増やす案は不可能だろう。何しろ合衆国は未だに2億人以上の国民を抱えているのだ。戦争を続けながら全員を乗せるだけの船は用意出来ないし、出来なければ確実に暴動が起こる。
「なんと言うことだ、我々には既に選択肢など存在しないではないか」
そう嘆く財務省長官に向けて、大統領は力強く言い放った。
「そうだ、既に人類に逃げ場など無いのだ。故に我々は何としてもこの星を守らねばならん」