落ち着き無く視線を彷徨わせる国連軍士官を見て、ムラマツは他人事ながら難儀な事だと考えた。組織に属する以上上司というものは必然的に存在するし、それを自身で選ぶことはまず難しい。となれば良い上司に巡り会う事を祈る所だが、残念ながら彼はハズレを引いたようだ。
「時間ですな」
「あ、ああ。そうだな。ムラマツ艦長、ハセガワ氏はどちらに?」
彼がこの艦に乗り込んでいる最大の理由がそれだった。本作戦の最高責任者にしてカンパニー代表である主人が座乗しているこの艦は便宜上作戦司令本部としての役割を与えられている。尤も、作戦に参加している主力艦艇は全てムラマツと同モデルのドロイドによって指揮されているから通信などと言う悠長なものに頼らずとも全ての情報を共有しているし、指示伝達も即時完了する。それぞれの戦術機、攻撃機部隊も大隊単位で同様に運用されているから、連絡が必要なのは作戦に参加している国連軍の戦術機一個大隊に対してのみだ。
「長谷川様でしたらこちらにはいらっしゃいません。人にはそれぞれの役がありますので。ご安心下さい、貴官並びに参加頂いている国連軍機への応対は私が預かっております」
「そ、そうか。そうだな。彼は最高責任者だものな」
ムラマツの言葉に国連軍士官は自分なりの答えを出し納得したようだ。その内容は見当違いも甚だしいのだが、敢えてムラマツは訂正しない。彼はこれから一日で一生分の驚愕を味わうことになる。ならばこの一瞬くらいは平穏に過ごさせてやろう。だが、ムラマツの心配りは作戦開始のカウントダウンが0になった瞬間に止められる。彼にとってあくまで優先事項はこの作戦の成功だからだ。
「全艦、機関最大。浮上始め」
「機関最大、ミノフスキークラフト出力上昇。離水します」
復唱に続き、艦がわずかに揺れた後、静かに海面から浮き上がる。
「水上艤装解除、一番二番メガ粒子砲発射用意」
「水上艤装解除。ハッチオープン、一番二番メガ粒子砲展開完了」
浮き上がると同時に船体下部に取り付けられていた防水用の外板が落とされ、彼女は本来の姿を白日の下にさらした。周囲に浮かんでいた僚艦も次々と彼女に倣いその身を人類へと見せつける。
「離水完了。高度30にて固定、全砲門チェック完了」
「飛龍及び高雄、愛宕、摩耶も離水完了しました。高度並びに射線軸合わせ完了」
「メガ粒子砲、斉射。撃て」
「メガ粒子砲、発射します」
短く告げられたムラマツの言葉に従い、光の奔流がそれぞれの艦に備えられたメガ粒子砲から一斉に放たれる。既存の艦砲をあざ笑うかのような速度で空中を突き進んだそれは、沿岸にたむろしていたBETAを盛大に巻き込みながら強烈な爆発を起こす。
「着弾確認。目標地点のBETA消滅を確認」
「周辺区域のBETAに反応があります。目標地点に対し移動を開始」
「戦術機並びに攻撃機部隊へ出撃命令。揚陸を開始せよ。本艦は前進しつつ流入するBETAを迎撃する。全砲射撃自由。各艦は続け」
その命令に歓喜するように艦体を一度震わせると、横隊を組んだ僚艦と共に白龍は滑るように空中を前進する。その全身に据えられた砲は猛然と射撃を繰り出し空を閃光で染め上げる。その美しくも圧倒的な破壊の力が込められた光条が次々とBETAへと突き刺さり、彼らを分子へと戻していく。その光景を見ながらムラマツは不敵に笑った。
「随分と長い間色々と貸し出していたが、そろそろ時間だ。取り敢えずは空から返して貰うとしよう」
「おーおー、派手にやってるなぁ」
繰り広げられている破壊の光景をモニター越しに見ながら俺はそう呟いた。既に白龍達は海岸沿いを越えて内陸部へ侵入。周囲のBETAを好き放題に蹂躙している。時折光線級からの攻撃があるが、戦術機と比べものにならない彼女の装甲はびくともせず、即座に放たれる報復で逆に吹き飛ばしている。ムラマツの事だから寧ろ攻撃してくれた方が探す手間が省けて都合が良いくらい思っているかもしれない。
「想定していたよりBETAの密度が高い。良い傾向だな」
作戦直前に監視衛星から撮影されたマンダレーのハイヴはフェイズ2相当だった。過去のデータから比較してもこの成長速度は標準的な部類に収まるし、その上で周辺のBETA数も多い。これは重要な事だ。BETAはハイヴ内で生産貯蔵されたG元素を用いて生産されるのだが、生産時に消費されるG元素の量が各種族によって違う。小型の種より大型の方が、そして大型でもより複雑な機能の有している方が消費量が増大する。更に言えば強力な種を製造すると個体数が少なくなるためか、ハイヴ自体の成長速度まで落ちる場合がある。それらを考慮すればマンダレーのハイヴは他のハイヴと差異が認められない事からも連中はまだこちらに対応出来ていないという事だ。
「そろそろ新種が出てくるかと思ったけど」
何せ野分と鍾馗は、現状存在しているBETAではほぼ対抗出来ないのだ。唯一脅威となっているのが重光線級だが、そもそもコイツはG元素の消費量が多いのか個体数が少ない。おかげで配備された地域では野分は存分に猛威を振るっている。そして野分の本格的な配備から既に半年近くが経過しているのだ。何か対処してくるかと思ったのだが。
(…いや、戦術機でも第一世代から第三世代に至るまで連中に変化は見られなかった。そう考えれば野分程度の変化は誤差だと許容されているのか?)
甘い期待が脳裏をよぎる。実際野分にほぼ抵抗できないだけであって、完全に無力化されているわけではないのだ。連中がこちらのことを少し他より強い障害程度に認識している可能性は十分あるんじゃないだろうか?
「なんてな」
あえて否定を口に出して妄想を振り払う。奴らがそんなに簡単な連中ならば、とっくの昔に地球から追い出せているだろう。BETAのしつこさと悪辣さはシミュレーションとは言え100年の付き合いで骨身に染みている。だからこそ、今回のハイヴ攻略でこれだけの戦力を持ち込んだのだ。
「オリジナルハイヴ、カシュガルのBETA数は天文学的数字になる。残念だけどまだまだ足りない」
フェイズ4~5のハイヴにおけるBETAの数は25~30万程度と言われている。この数字を見れば大抵の人が少ないと感じるのではないだろうか。なにせ今世界にあるハイヴは17個、全てにその程度ならばBETAの総数は500万程度という事になる。勿論これは大きな誤りで、この数字は地表上の観測できる大型個体の大凡の数を示しているのだ。おまけにハイヴ内に関する情報は、過去の突入時の情報だけであるため、殆どは推定の域を出ていない。そうした条件下にあって、オリジナルハイヴはBETA数が天文学的数字と報告されているのだ。装備の質も数もまだまだ確実にはほど遠い。
「まあ、地道にやらせて貰うさ」
取り敢えずは目の前のハイヴを落とす。先の話はそれからだ。
『すげえな』
『いやあ、後方国家は羽振りが宜しいようで』
乾いた声音が部隊内通信を飛び交う。ハイヴ攻略などという大作戦を前に緊張感の欠片もないが、それを聞いていたタリサ・マナンダル少尉も同様の気持ちだった。彼らが配置された第三軍はハノイ近郊に集結後、北西へ向けて進軍を開始している。その陣容は完全充足の戦術機4個師団と攻撃機と呼ばれる新兵器が8個師団だ。BETAさながらに地面を友軍が埋め尽くす光景は、これまで寡兵で戦い続けてきた彼女達の目には酷く眩しく見える。一方でこれだけの戦力を揃えられるなら、何故もっと早く来てくれなかったのだという思いも湧いてしまうため、どうしてもその会話は皮肉が交じってしまう。
「それにしても、これだけ居て私達の出番はあるんですかね?」
国連軍所属317戦術機大隊。インド亜大陸と中央アジア諸国の残存戦力から編成されたこの戦術機部隊は実戦経験が豊富な部隊である一方、転換訓練が進まずに未だF-4――それもD型と言われる型落ちだ――で構成されている。総合して考えれば戦力として通用はするが、一線級とは言い難い部隊と言える。少なくとも同じF-4を名乗って居ても、第三世代を凌駕すると言わしめているF-4J2に交じって同等の活躍をする事は難しい戦力だ。尤もこれは国連軍が陽動に戦力を集中したために、手持ちの部隊で送り出せるのが彼らで精一杯だったという如何ともし難い事実があるのだが。加えて言えば進軍速度の低下を嫌ったカンパニーが最低限度しか受け入れないことを伝えたためでもある。
『ん。まあ、俺達は言い訳だからな。向こうもそのつもりだろうさ。でなきゃこんな後ろに置かねえよ』
ハノイより20キロ前進し連絡線を維持せよ。与えられた任務はそれだけだった。少なくとも大隊規模の戦力に護衛まで付けてやる仕事ではない。故に彼らは共同作戦の体裁を保つために送り込まれた戦力であると自らを分析していたが、あくまでカンパニー側が同行を拒絶したと言うのが真実である。
『少将殿も気の毒にな。今頃は最前線か?』
僚機の一人がそう口にする。それを聞いてタリサも苦笑いをしつつ頷いた。指揮官が安全な後方に居るのはれっきとした意味がある。彼らは戦場全体を考えねばならないし、その命令で多くの人命が左右される。とてもではないが自分の命を守る片手間で出来る仕事ではない。故に彼らの上官も本作戦の最高責任者が乗る洋上艦に乗り込んだのだが。
「連中一体どんな魔法を使うんですかね?あの白い艦も陸上戦艦って奴なのかな?」
作戦が開始されてみれば、少将が乗り込んだ艦は第二軍の先鋒を務めると言うではないか。そう疑問をタリサが口にすると、部隊の隊長が笑いながら応えた。
『艦種が航空母艦と航空巡洋艦らしいからな、空でも飛ぶんだろうさ』
「そりゃすごい、是非とも後で感想を聞いておいて下さいよ」
よもや本当に艦が空を飛ぶなどと想像すらしていない彼らの会話は、戦場とは思えない程暢気なものだった。