その異変に最初に気付いたのは、国土管理省だった。
大陸における戦況悪化を受け、国内戦力の円滑な移動、補給線の確立の為急ピッチで進められていた日本海地域への道路網の構築。その事前調査の段階でその奇妙な施設は発見された、されてしまった。
前任者達の残念な最期を知っていた誠二は基地の隠蔽も熱心に行っていたが生来色々と抜けた所の多い彼は、基地防衛用に生産した戦術機に擬装ネットをかけた程度で運用していた。
一応衛星等は誤魔化せて居たものの、周囲にやって来る人間の視点などは完全に意識の埒外だったのである。これは、立地条件が人里離れた山中であったことも原因の一つであったが、大半は彼の慢心によるものである。
つまり、簡単に言えば。
所属不明の戦術機が何の断りもなく山中とは言え国土を侵犯しているのを国土管理省の真面目な官僚が見つけた。
彼は真面目かつ優秀な人物であったから、この発見が発足間もない自分の省にとって非常にプラスになると確信、直ぐに上司に確認を取り、その結果、迅速に事態は困った方向へと進んで行くのであった。
…困った事になっている。
意識と肉体の乖離が酷すぎてどうにもならなかったので、泣く泣くポイントで自主的にナニカサレようとしたのだが、調子に乗って技術を取りまくった結果ポイントがほぼなくなって居たのである。おかげで二度とごめんと言っていたブートキャンプに僅か1日でカムバックである。あの教官殿の笑顔は暫く忘れそうにない。
オマケにあのブートキャンプは初回ボーナスとやららしく二回目からはポイントが入らないと、入ってから聞かされた。詐欺にあった気分である。
何とか頼み込んで時間経過を大幅に緩和する代わりに、没入中完全に遮断されている肉体へのフィードバックを受けられるようにしてもらったのだが、それもとんでもない副産物がついてきた。
「フグぐぐぐぐ…」
全身がびっくりするくらいの筋肉痛である。教官殿曰く、数十年単位の筋肉活動。それも文字通り死ぬような軍事行動を0.01%未満とはいえフィードバック、つまりは体が体験するわけであるから、その反動は極めて大きい、最悪死ぬかもしれないとの事だった。訓練が終わっていざ現実に戻る段階になって言うのだからいい性格である。
御蔭で戻った瞬間ショック死するかと思った。幸いと言っていいのかわからないが、筋肉痛が明ければ海兵隊も真っ青のマッチョボディが手に入るらしい。
こちらは、まあ痛いが寝ていれば時間が解決してくれるので困ってはいるが解決は容易だ。
「問題はこっちだよなあ」
寝転んだまま横のサイドボードに置かれたタブレットをつつくと、基地周辺の映像が複数個同時に立ち上がった。このタブレットは基地の情報端末で今映されているのは簡単に言えば基地防衛用の警戒ラインに何かが近づいた時に立ち上がる警戒用画像だ。
そこに映っているのはどう見ても帝国軍の戦術機と幾つかの装甲車。確かあれは歩兵が乗れるタイプだったと思うから、見えないだけで歩兵もかなりいるかもしれない。
「どうしよう」
普通に考えて今の状況は非常にまずい。国籍も戸籍も無い不審者な俺。そして不法占領している土地、しかも勝手に建物まで建てている傍若無人さ。加えて気楽に防衛用なんて思って外に出しておいたファントムモドキ。うん、武力制圧されても何の文句も言えねえ。
一応向こうさんは交渉の余地があるようで、先ほどから日本語、公用語で何度も警告を出してくれているのだが。
現状、基地内の人員は俺一人。で、俺氏筋肉痛+疲労で身動きがとれない。一応武装解除には応じるつもりで返事はしたのだが、ここで考えた。基地の中に彼らを入れた場合、俺はどうなるか?
何せ国どころか俺はこの世界に居ない存在だ。つまり国が定める法も国連の決めた条約も適用外である。設備が接収されるのは最悪許容出来たとしても、神器を奪われた場合、詰む。
それはなんとしても避けねばならない。
そう考えると、武装解除はしても、基地内においそれと彼らを入れるわけにはいかない。と言うところで目下動けるようになるまで黙りを決め込んでいるのだが、そろそろ向こうが我慢の限界っぽいんだよなぁ。
「ほんと、どうしよう?」
「返答、ありませんね」
鋭谷少尉の言葉に双眼鏡をのぞき込んだまま大岳大尉は盛大な舌打ちの後、返事をした。
「舐める気持ちも判らんじゃないがな。国のど真ん中に戦術機と拠点が完成するまで気付かなかったなんざ、言い訳のしようもない笑いの種だろう」
隠蔽を解きその姿をあらわにしている所属不明機を目を細めながら眺めた鋭谷少尉が肩を竦めつつ同意した。
「確かに。しかしどこのどいつ様でしょうね?いくらF-4とは言え戦術機を複数機保有しているテロ組織なんて聞いた事ありませんが」
「欧州の方じゃ何度か強奪されたって話は聞いたがな。まあ、そう言う連中とは間違いなく違うな」
そう言って大岳大尉は持っていた双眼鏡を鋭谷少尉へと手渡した。
「機体色はオリーブドラブ、それもご丁寧に戦車隊と全くの同色。おまけに肩に日の丸ときた。反日本なり国連なりを掲げる連中にしては些か愛国心に溢れた装いだな」
「軍を装って破壊工作をするつもりとか」
「そこまで手間をかけるなら標準色に塗るだろうさ。一応戦闘の意思はないらしいから、暫くにらみ合いだな。クソが!余計な手間をかけさせやがって!」
最前線である大陸に比べれば遥かにマシとはいえ、日本の状況も決して順風とは言い難い。特にここ数年は度重なるユーラシア大陸への派兵により、物的にも人的にも日本は疲弊している。昨年には殆ど学徒動員に近い法案が可決されたどころか、今年には18歳以上の未婚女性まで徴兵対象とするという根こそぎどころではない徴兵体制に移行しようとしているのだ。どこの馬鹿の仕業かなどは興味の範囲外であるが、大岳大尉にしてみれば貴重な資材や何より時間を浪費させられる事は何よりも許せない行為だった。
「かと言って、突入命令とかは勘弁願いたいがな」
苛立ちながらも大岳大尉はそう口にした。
「F-4が4機なら、やってやれない事は無いと思いますけど」
その言葉に疑問を鋭谷少尉が疑問の声を上げる。彼らの乗機も同じくF-4を日本帝国でライセンス生産した撃震であるが、近接格闘用にチューニングが行われているし、何より投入されているのは倍の2個小隊8機だ。相手が富士教導隊の不知火――昨年配備が始まったばかりの新鋭機だ――ならばまだしも、陽炎を配備されているベテラン相手でも勝てる自信が彼にはあったからだ。だがその考えを大岳大尉は否定する。
「あれはただのF-4なんかじゃ無い。見てくれは取り繕っているが全くの別物だ、よく見ろ」
その言葉に眉を顰めながら、鋭谷少尉は再び双眼鏡をのぞき込む。そして大岳大尉の言いたいことを理解し、うなり声を上げた。
「大尉、ありゃ何の冗談です?」
「俺とお前の目が同時におかしくなっていなければ間違いなく現実って事だな。理解したか?」
「やばそうだと言う事は十分に」
彼の視線は所属不明機が握っている武器へと注がれていた。そこには見覚えのない突撃砲が握られていたのだが、それは彼らの常識からすればあまりにも異質だった。
「57?いやもっとでかい…105ミリか?」
「下のランチャーもだ。あのサイズ、倍以上あるぞ。虚仮威しでないとすればそんなものを振り回せる本体が通常のF-4な訳が無い」
大岳大尉の言葉に鋭谷少尉は息を呑む。彼らの乗機である撃震を含む第一世代と呼称される機体群は運動性が低く、それを補う為に追加装甲を装備する場合が多い。だがその装甲であっても36ミリはともかく57ミリ相手では心許なく、105ミリや120ミリになってしまえばデッドウエイトにしかならないという性能だ。ただしこれは想定される条件が人類同士の殺し合いではなく、対BETA戦に特化しているので高速で飛翔してくる弾体への性能よりも、軽量かつ耐熱性能に重点が置かれているためである。だがその事実は今の彼らには何の慰めにもなりはしない。大口径砲から吐き出される砲弾に蜂の巣にされる未来を想像し、鋭谷少尉は改めて口を開いた。
「頼むから、制圧しろなんて命令だけは勘弁してくれよ?」
「ダメだな、もう限界だ」
そう呟き俺は震える指で神器を操作する。この筋肉痛が後数分で快癒する可能性はゼロだし、周りを囲んでいらっしゃる方々の忍耐がそれまで持つとはどうにも考えられない。何せリンクしているファントムモドキのカメラに武装した歩兵の皆さんがバッチリ映っているからだ。ぶっちゃけ外にある戦力だけで蹴散らすのは容易なのだが、俺がここに居るのは彼らを救うためであって、ただBETAをぶっ殺せば良いというわけでは無いのだ。はっきり言ってここで良好な関係を築かなければ、たとえBETAを駆逐したとしても今後は俺が第二のBETAとして追い回される事になるだろう。そんな未来は望んでいない。
「ご、5000ポイント…」
コレを使い切ったら神器は暫く使えない。だが、現状を打破するにはこれしか方法が思い浮かばない。俺は覚悟を決めて決定ボタンを押す。するとすぐさま目の前の空間がゆがみ、メイド服を着た女性が現れた。
「戦略支援システム、モデル09着任致しました。指揮官、ご命令を」
そう言って亜麻色の髪をした女性が優雅に礼をしてくれる。うん、これならなんとかなるだろう。
「早速で悪いけど、拠点を包囲している勢力との交渉を頼みたい」
「承知しました、条件は如何なさいますか?」
「拠点の保持と独立運営権の維持、そして友好の確立だ」
「かしこまりました」
そう言って恭しくもう一度礼をすると、女性は部屋を出て行った。それを見送り、俺は深く溜息を吐いた。
「メイド服は、絶対失敗だったな」
供養終わり、次からペースが落ちます。