ブドミール・ロゴフスキー中佐にとって祖国とはただの職場だった。リアリストである彼は、自らの能力に見合う報酬を得る事のみが判断の基準であり、党中央が掲げる壮大な理想論などまるで信じていなかったし、当然の様に忠誠心などは皆無だ。一方で彼は自らの利益を拡大するための努力は惜しまなかったし、その過程において祖国の益となる事も当然のように行った。貧乏な雇い主では十分な報酬が得られないのであるから、彼にしてみれば当然の行為である。
(本命は間に合わなかったが、焦る事は無い)
彼が主導し昨年の末頃から始まったП-З計画はまだまだ成果を出すには時間が必要だ。速成培養に耐えられる遺伝子改造を施した卵細胞。それもESP能力者のものは非常に貴重で数にも限りがある。カンパニーから齎された機材によって敷居は大幅に下がったものの、それでも大量生産にはほど遠い。加えて胎児期は極めてデリケートであるため、廃棄を出さない為にはこの期間だけは成長促進が難しかった。現在保険も含めて30程が製造中であるが、これらが運用可能になるまでは後3年は必要である。
そこで彼が思いついたのがカンパニーへの協力要請だった。П-З計画の研究施設はハバロフスク郊外にある。既に稼働させてしまった人工子宮を移動させる事は難しく、更に従来想定されているよりもBETAの侵攻規模が大きかったため、戦力が不足する事は目に見えていた。当初は基地防衛に協力して貰う事でカンパニーとの関係を内外にアピールする事を考えていたのだが、想定よりもカンパニー側が乗り気で、かなりの戦力を提供してくれるという事から予定を変更。極東の防衛に当たっているリトヴィネンコ中将へ仲介する事で、防衛作戦そのものへカンパニーの戦力を組み込む事となった。彼にしてみれば十分過ぎる成果である。
「始まったか」
観測班から送られてきている映像を睨んでいたリトヴィネンコ中将の言葉でブドミールは現実に引き戻される。モニターへ視線を向ければ、空を幾つもの光が帚星のように流れていた。
「羨ましい限りですな」
大気圏内を飛翔する物体は全て光線級の出迎えを受ける。それは衛星軌道から投下された物体であっても例外ではない。マッハ25に達する大質量の重金属塊を使用し、迎撃されれば重金属雲を、されなければその膨大な運動エネルギーをもって地表を耕すのが彼らの知る軌道爆撃だ。しかしカンパニーの用意した弾頭はそれと異なる。
「我々と彼らでは投射量が違いすぎる。有り難い事だ、こちらの土地の心配までしてくれると言うのだからな」
迎撃を受けた弾頭は光線級の照射に耐え抜くと、上空5000m程の位置で炸裂。内部にたらふく抱え込んでいた200ミリの鉄球をまき散らす。僅か1秒で地上に到達するそれらは、大気の断熱圧縮により赤熱した尾を引きBETAと地面を等しく耕した。
「カンパニーは鉄の雨などと呼んでいましたが」
随分と控えめな呼び名だとブドミールは思った。忌々しい宇宙人共の防空を正面から突破した上で十分過ぎる破壊をまき散らすあの装備から逃れる手段を、地球上にいる生物は等しく持たない。降り注ぐ灼熱の鉄球はまるで黙示録の一幕だ。
「例の新型蒸散塗膜と物量の成せる技か」
重金属雲の形成などを悠長に待つ事もなく外殻で初撃を突破し、インターバル中に数キロに及ぶ範囲へ子弾をばらまく。圧倒的な物量を誇るBETAに対し投射量で対処能力を飽和させるなどという戦術は、文字通りこれまでの常識を覆す内容だ。
「中央にはこのことを正確に伝えるべきでしょうな」
中央の連中は無能ではないが、その選択が常に正しい訳ではない。ひょっとすればブドミールの想像もつかないような論理をもって、カンパニーへ敵対の意思を示す馬鹿がいるかもしれない。そんな連中の巻き添えで死ぬなど、彼は真っ平御免だった。
「…貴官の意見に同意しよう。しかしこれではどちらが主力か解ったものではないな」
目の前で繰り広げられる蹂躙劇を見ながら、リトヴィネンコ中将は溜息を吐きつつそう同意した。軌道爆撃終了と同時に飛び出したカンパニーの戦術機部隊は奇跡的に生き残った光線級を瞬く間に始末すると、そのまま最後方に位置していた集団へ躊躇無く突撃。残っていた要塞級達を次々と血祭りに上げていく。ソ連軍の前に残されたのは最前列をひた走っていた突撃級と運良く爆撃を逃れた要撃級だけだ。本来ならば頭を悩ませられる戦車級は、ほぼ全てが爆撃とその後の衝撃波によって肉片に変えられており、残存する個体は大型種と大差無い数だ。無論決して油断して良い相手ではないのだが、これまでの戦いと比較すればどうしても力が抜ける。何しろ一番厄介な連中は綺麗に片付けられていて、食べやすいところだけが皿に盛り付けられた料理のように差し出されているのだ。
「こちらもノワキの部隊を前面に立てて迎撃だ」
リトヴィネンコ中将の命令に従い隷下の部隊が即座に動く。彼の下に配備されている野分は2個大隊72機。カンパニーの連中と比べれば物足りない数ではあるが、その全てがFAT装備仕様だ。防衛線と呼ぶのもおこがましい程薄く広がったそれらは、しかし手にした火砲で次々と押し寄せるBETAを屠っていく。
「圧倒的ですな」
かつてない程落ち着いた気持ちでモニターを眺めながら、ブドミールはそう呟かずにはいられなかった。欲の皮が張った中国人の尻拭いに付き合わされる形で、祖国は随分と疲弊してしまった。彼が生まれ育った街も今は地図上に存在しない。郷愁などというセンチメンタリズムは持ち合わせて居ないブドミールであったが、自らの資産を侵害された事については腹に据えかねている。そうした彼の鬱憤を、目の前の光景は見事に解消してくれている。そしてそれを見ながら彼は確信する。いずれ祖国の奪還は叶う。だがそれは党の采配でも忠勇なる同志将兵の英雄的行動に根ざすものでもなく、カンパニーと名乗る連中の技術と物量によってだ。
(注意深く動く必要があるな)
国内での発言力が弱まれば、カンパニーでの自身の利用価値が下がる。カンパニーに肩入れしすぎれば、最悪背信の濡れ衣と共に処理される未来すら存在するだろう。そう考えながらも彼は頬が緩むのを抑えられなかった。何故ならBETAと戦うよりも遥かにやりがいのある仕事を見つけたからである。
「対処は成功したんだね?」
「はい。艦も動かしませんでしたし、“雷”を使う事もありませんでした」
「杞憂だったと言う事かな。それなら良いんだけど」
「機動艦隊からの観測情報も確認しましたが、新種や行動の変化はありませんでした。今回の行動そのものも連中の基本ルーチンから逸脱したものではありません」
「確かにね」
一定数以上になったBETAが侵攻を行うのは特別な事ではないし、頑強な抵抗があった場合にその方面の進撃を中止して別方面に切り替えるのも、今までに観測されている行動だ。そう言う意味では特におかしな状況ではない。ない筈なんだけど。
「どうも引っかかるんだよな」
ボパールも重慶も、それどころかアンバールだって今までより多くの数が間引かれている。この状況でいくらカシュガルが手出しされていないからといって、大規模侵攻が発生するものだろうか。俺がそう口にすると、報告をしていたムラマツが渋い顔になる。
「難しいですな。連中の行動は戦略的意図が希薄です。それだけに行動そのものが読みにくい」
厄介なのは戦略的意図が丸きり無いわけではなく、更に学習して行動もすると言う事だ。00ユニットから情報を直接吸い出した後は顕著だったが、それ以前に連中は多くの陽動作戦を経験している。そしてその学習成果が、この瞬間から使われないなんて保証は何処にもないのだ。
「グランドソナーの敷設を急がせて。それから配置した戦力はこのままシベリアに張り付かせよう。ルクレツィア、悪いけどロゴフスキー中佐に連絡をお願い」
「雷も残されますか?」
確認してくる彼女に俺は頷く事で応える。国連経由で試製95式の存在を知った佐伯中佐が土気色の顔で訪ねてきた3日後に帝国軍から正式に購入依頼を受けたので、いい加減“試製”を取っ払うと同時にペットネームも決めた。先に香月博士が強請ってきてて、供与する事を了承した事を伝えたら、技術廠の偉い人がムンクの叫びみたいな顔してたのが印象深い。
「火力があって困る事はないでしょ。どうせばれてるし構わないよ」
問題は何処の国も亡者のごとく雷を寄越せと喚いている事だ。ヘリウム3が安定供給されるまでは量産出来ないから全部突っぱねているが、既に国連を通して購入の優先順位について相談を受けている。うちの戦力も更新したいんだけど、前線の戦力が増強されるのも重要だから悩ましい所だ。因みに意外な事に斯衛からは購入の打診が来ていない。市街地などでの防衛を考えると火力過多なのが主な原因だそうだ。ビームだと火災も必至だから使い勝手が悪いと判断したらしい。その代わり野分のアップグレードは出来ないかと聞かれたけど。
「合衆国の様子は?」
「欧州への野分販売を拡大しています」
雷が販売されちゃったら売れなくなるだろうからね、今の内に稼いでおこうと言う事だろう。
「例の機体の方は?」
「1番機から3番機まで順調に試験を終えています。現在のペースならば本年11月には戦力化されます」
それは僥倖。アレの技術開発が進めば、現代技術系の取得ポイントが大幅に緩和されるだろうからかなり楽になる。星間戦争をおっぱじめる前には第8世代の技術まで解放してしまいたいから、是非頑張って欲しい。
「後は、こっちの問題かぁ」
そう言って俺は頬を掻きながら手渡されたリストを見る。それは受け入れた難民から提出された志願兵の名簿だった。
「故郷を取り戻したいという気概に溢れておりますし、受け入れても良いのでは?」
「そんな事より覚えて欲しい事が幾らでもあるんだよ」
彼らに好意的なムラマツがそう言うが、俺は頭を振って拒絶する。戦時において軍人は尊ばれるが、一度平和になれば無駄飯喰らいになってしまう。BETAを駆逐した後は世界を復興させなければならないのだから、出来る限り技術者や技能者を育成したい。今後長期的に人類が種を維持して行くには、彼らが技術を取得する事と、それを継承していく事が不可欠だからだ。無論復興やその後の繁栄に技術提供する事は吝かではないけれど、神器がいつまで使えるかは未知数だし、俺がいなくなった後設備の維持や建造が出来なくては万一の際にあっさり滅亡してしまうかもしれない。何せ宇宙には10の37乗もの上位存在がいるのだ。一回追い出しても、また性懲りも無く地球へやってくる事は十分にあり得る。その時に技術を失っていて滅びましたでは笑えない。それに、戦闘は俺の生産するドロイドで事足りるのだ。無駄に危険を犯す必要もないだろうと思うのだが。
「帝国から人員を受け入れておりますから、ここで彼らの要望を聞かなかった場合、軍事関連に対する接触制限と取られかねません。全員は無理でもある程度は受け入れを行うべきかと」
「戦う術も技術の一部です。技術の継承という面からも要望の受諾が必要と判断します」
中々思い通りには行かないようだ。二人にそう言われ俺は溜息を吐くとともに諦めて了承の返事をした。