「状況は?」
薄暗い室内でそう男が問うと、向かいの席に座っていた男は忌々しげに口を開いた。
「良くないな。例の帝国の支援のせいで蒔いていた種も随分枯れてしまった」
「友人達は何と?」
「相変わらずだ、暫くは静かにしていろだそうだ。全く、余計な事をしてくれる!」
忌々しげにそう吐き捨てながら男は机を叩いた。難民解放戦線。自らをそう名乗る彼らは、表向きは不当に虐げられている戦争難民の地位向上と救済を謳っているが、実は全く別の組織だ。
キリスト教恭順派。BETAを神の遣わした使徒と見立て、彼らの行いを神罰として受け入れると言う終末思想に染まった狂気の集団である。彼らはその指導者層であり、ここ数年難民キャンプを中心に活動を続けていて、順調に下準備を進めていた。少なくとも昨年までは。
「受け入れ先への侵入はどうなっている?」
日本帝国による難民支援と移民希望者の受け入れは、そうした彼らの活動に深刻な影響を及ぼしていた。信者になりそうだった難民達は軒並み連れ去られてしまったし、難民を追い詰めるために買収した現地の軍人や役人との繋がりも無駄になってしまった。挙句、彼らに資金提供をしていた気前の良い友人達からは活動を自粛するようにと言われる始末だ。勿論そんなお願いを聞いてやる義理は無いのだが、資金が無くては活動がままならない事も事実だ。
信者達には決して見せない本来の口調で、二人は会話を続ける。
「何人かを送ったが連絡が取れない。排除されたと考えて良いだろう」
「ならば危険な相手だな」
送り込んだ信者達は、全員難民という立場だった筈だ。それも同志となった後もキャンプから離れず、活動にも参加させていなかった完全な潜伏員だ。そんな彼らを選別し、処分出来るだけの能力があると言う事だ。その能力は男の祖国にかつて存在したシュタージのそれすらも超えているかもしれない。
「どうする?」
「残念ながら現状では打つ手が無いな。幸いにして難民キャンプはまだ幾らでもある。連中の手の届かない範囲で地道にやるとしよう」
「手ぬるいのではないか?そんな事で神の御心に添えるとは思えん」
そう渋面を作る男に対し、テオドール・エーベルバッハは穏やかな笑顔で告げる。
「逸る気持ちは解るが落ち着くんだ。大願成就までの道のりは険しくか細い。踏み外して遠のくくらいならばまだしも、我々が欠ければ最悪道そのものが閉ざされかねない。それこそ主は望まれないだろう」
「…解った。では当面は南米か?」
「それとアラスカだな。あそこは各陣営が緩衝地帯としている分入り込みやすい」
「了解した」
そう言って立ち上がり部屋を出て行く男を、テオドールは貼り付いた笑顔で見送った。
「数奇とでも言い表すべきかな」
交渉を終えた会議室に最後まで残っていた斑鳩少佐がそう溢す。横に座り資料を纏めていた崇宰中尉は笑いながら同意した。
「はい、まさか斯衛の機体を国外メーカーと共同開発する事になるとは思いませんでした」
ことの発端はやはりカンパニーだった。彼らが野分に代わる新型として開発していた試製95式、帝国軍はその火力に狂喜し即座に採用を決めた様だったが、斯衛では難色を示す者が多かった。それは野分よりもより砲戦に偏重したスタイルであると言う点もさることながら、最も懸念されたのはその圧倒的すぎる火力だった。戦場で先陣を切る際には魅力的に映るそれであるが、残念ながら斯衛の任はそれだけでは無い。寧ろ本業を考えるならば、大火力の代償として更に格闘能力を削る事は任務に支障をきたしかねなかった。一方でOSなどの細かいアップデートは実行されるものの、カンパニーは野分に対しこれ以上の改修は行わない旨を明確に宣言したので今後斯衛機の劇的な性能向上が見込めず、95式戦術歩行戦闘機“雷”との性能差は開き続ける事が確定してしまった。今でこそ格闘性能は野分が優越しているが、カンパニーの開発速度を考慮すればその優位性は1年と持たないだろう。ならば雷を導入するかと言われれば、これも難しい。以前斯衛専用機の開発について一蹴しているカンパニーが斯衛向けの機体を用意するとは思えないし、今後の改修でも優先されるのは対BETA戦能力であるのは間違いないからだ。そんな時に声を掛けて来た意外な相手こそ、合衆国のマクドネル社だった。同社はF-4J2の欧州販売を手がけているのだが、販売先の各国から近接戦闘重視の機体開発要求を文字通り山のように受けたのである。勿論製造も改修も出来る同社であったが、残念な事に格闘用装備を重視した機体設計のノウハウは致命的に不足していた。ヨーロッパ側のメーカーと共同開発という声も出たが、それには経営陣が難色を示す。そんな事をすれば各メーカーが製造設備を要求してくるのは火を見るより明らかであり、現状世界で数社が独占している新型機製造技術が流出する事は、明らかに社にとってマイナスであったからだ。どうするかと頭を悩ませていたその時、一人がこう呟いた。
「なあ、ウチのF-15がニッポンのF-4に負けた事がなかったか?」
野分はF-4と全く別の機体だ。だが一方で同じ機体とも言える。良く解らない表現であるが、技術者に問うと一様にそう答える。それは構造材に始まり駆動方式、推進器、制御システムと手を加えられていない場所はなく、全く別の方式すら用いられているのだから、正に別の機体だ。では同じ機体とは何を指すかと言われれば、機体構造を指している。装甲のレイアウトや四肢の可動範囲と言った部分はほぼ同一なのだ。つまりそれは、斯衛が開発させたF-4の改修機であるTYPE-82“瑞鶴”のデータがそのまま流用出来る事を意味していた。この奇跡のような利害の一致により、斯衛軍はまさかの国外メーカーとの専用機開発に踏み切ったのである。
「遠田が乗り気で助かったな、やはり野分に乗り遅れたのは業腹だったと見える」
遠田技術は戦術機の製造メーカーではあるが、どちらかと言えば技術者集団という性格が強く、主要三社に比べ規模も小さかった。また野分への更新も即座に実行できると考えていなかった日本帝国は既存機の保守部品を遠田技術に一任する腹づもりであったため、彼らは最新技術の塊であるカンパニーとの接点を持ち得なかったのだ。
(それに遠田は新型の設計も進めていたからな。余計だろう)
不知火をベースとした斯衛向けの第三世代機開発計画は、不知火の配備直後から進められていたのだが、野分の登場で限り無く中止に近い停止が通達されている。だが、その間に遠田が蓄積してきた技術は確かなものであるし、そのまま捨て去るには如何にも惜しい。既に専用機で無い事に許容を示す人員も増えている現状、寧ろ印象の悪いカンパニー製の野分よりも欧州の前線で戦う格闘機という触れ込みを持つ機体の方が受けは良いかもしれない。そして製造はマクドネルから設備を購入した遠田が行う事になるので、調達における懸念も無い。何より欧州で求められる機体開発に斯衛が協力したという実績は、斯衛の国際貢献として記録される。近年低下し続けている武家の評判を考えれば得がたい実績だ。
「ここが奮起のしどころだな」
斑鳩少佐はそう呟くと席を立ち、部屋を後にした。
兵舎の一室に集まった青年達は興奮に顔を赤らめながら激論を交わす。堪えきれなくなった一人が起ち上がりながら叫んだ。
「これでは国の私物化ではないか!」
「だが連中のおかげで民が安んじられている事もまた事実だ」
丸机の対面に座った青年は難しい顔で腕を組みつつそう返す。するとその言葉に応じたのは左隣に座っていた別の青年だった。
「陛下の下知に添うならばまだしも、政府とたかが一企業が結託して行うのは僭越ではないか?」
その援護に勢いを得て、起ち上がった青年が言葉を続ける。
「うむ、受け入れた難民も例のメガフロートに囲い込んでいるとの事。目の届かぬところで一体何を企むか解ったものではない」
「しかし言葉も生活も違う者達なのだ。不用意な接触は要らぬ軋轢を生む。ならば一時的な隔離も致し方ないだろう」
なおも諫める青年に対し、今度は右隣の青年が口を開く。
「それもそもそも我が国を騙り連れ去ったと言う事を忘れてはならん。第一そのメガフロートの全てがカンパニーによって管理運営されている時点で異常だ。難民の対処であるならば行政機関に委ねるのが筋だろう」
「それでその運営費は国庫からか?国民が納得するまい。国際貢献と言えば耳心地は良いが限度はある。それを私費で賄ってくれると言うならば歓迎すべきだ」
そう口にしたのは入り口に陣取っていた青年だ。
「暢気なことを言う、そんなものは政府が見えない借金を抱えているのと同義だろう。それを盾にどんな要求をしてくるか解ったものではない」
「そも、この件については陛下の耳にすら入れずに政府と一部武家が結託しあの企業と実行したそうではないか。政を委任されているとは言えこれは専横が過ぎる」
「皆落ち着け」
そう沙霧尚哉大尉が諫めると、部屋が静まりかえった。彼らは所謂インテリの青年将校であり、空いた時間などを使って国の先行きを議論する間柄だ。そんな彼らの最近の話題は専ら唐突に現れたカンパニーを名乗る企業についてだった。一呼吸をおいた後、沙霧大尉は口を開く。
「確かに彼らの行動は目に余る。しかしその行動により救われた命がある事も事実だ。故に今暫く静観の必要があると俺は思う」
「悠長な事を言う」
不満げにそう洩らした相手を睨み付けながら沙霧大尉は念を押すように言い募る。
「軽々に事を構えられる相手ではない。貴様の乗る野分が誰から齎されているか理解しているのか?不用意な行いがこの国を火の海にする事になりかねん。努々忘れるな」
「…彼らが行きすぎたとしてもそう言うのか?」
そう問い返す言葉に沙霧大尉は頭を振り、決然と言い放つ。
「その時は命を賭してでも止めねばなるまい」
その日が来ない事を祈る一方で、彼はそれが確定した未来のように思えて仕方がないのだった。
作者の自慰設定
TYPE-96 瑞鳳
野分をベースとしてマクドネル社と遠田技術が共同開発した戦術機。斯衛軍から提供された82式“瑞鶴”の設計が流用されており、野分に比べ10%程機体が軽量化。加えて各部関節の可動域が拡張されている。また本機の特徴として機体各部にブレードエッジ装甲が採用されている。これは遠田技術が開発していた新型機に採用する予定であったものを流用している。軽量化も相まって瑞鳳は非常にスマートなフォルムとなっており、欧州戦線での評判も良好であった。一方で軽量化により大質量の格闘武器との相性は悪化しており、専ら野分生産時にカンパニーが制作した95式長刀が使用されている。斯衛よりモーションデータの一部が提供されたこともあり、欧州における長刀の使用率を飛躍的に向上させる事となった。
95式長刀
日本帝国軍で広く採用されている74式長刀の改良モデル。刀身の材質をスーパーカーボンからルナチタニウムに変更、更に低下した重量を補う為に刀身の幅を増やしている。バランスはそのままに強度と耐久性を向上させた本武装の評価は高く、カンパニー嫌いで知られる斯衛においても「刃に罪なし」として愛用されている。また他国への販売の際に斯衛が斬撃のモーションデータを提供した事により、74式では問題となっていた他国の衛士が扱いづらいという問題点も緩和されたため、欧州でも高い評価を受ける事となる。