日差しに暖かさが少しずつ加わり始めた3月、俺は残酷な世界の真理と向き合っていた。
「ブリッジス先輩!先ほどの戦闘機動についてなのですが」
「センパーイ!前話してた高速機動時の射撃のしかたの事なんだけどっ」
「ブリッジス先輩!」
「先輩!!」
いやね、候補生達に実戦経験者の動きを見せて上げて欲しいとか教官達に頼まれるじゃん?
んでさ、やっぱりファンとしては生で原作キャラに会って話したりとか夢見ちゃうわけですよ。うん、正直に言えば山百合女子衛士訓練学校の入学内定者から候補生が送られてくるって聞いてさ。んで狙ったように篁さん家のご令嬢とかそのご学友とかが来てさ?その子達の前で技量見せてくれとか言われたら張り切って見せちゃうよ、男の子だもの。
だが現実は非情である。
シミュレータールームに行ってみたら何かヴォールクデータ(ガチ)――月のハイヴのデータを基にしたフェイズ5相当のヤツだ――にユウヤ・ブリッジスが挑むって騒いでたから、じゃあ折角だから一緒にやらせて貰おうと言うわけで2機連携で潜ったわけさ。もうアホみたいにBETAが出てくるけど、こっちも雷2機の大火力。おまけに片方はこの世界でも屈指の天才衛士ときたもんだ。危なげなく反応炉までたどり着いて見事に吹き飛ばしてやった。やっぱり大気圏内だと冷却効率が全然違うな。月面の攻略も今みたいにBETAを極力避けるやり方なら反応炉にたどり着けると思う。あっちはポイント稼ぎのためにむしろ積極的にBETAを攻撃させているから、それで侵攻速度が鈍っているし。そろそろポイント的にも戦術機搭載型のML機関とか獲得出来そうだし、G元素確保の為に月のハイヴを一つ二つ落としておく時期かもしれない。
そんな風に現実逃避をしていたら、捨てられた子犬みたいな目をして美少女に囲まれているブリッジス候補生と目が合った。んだよ恋愛原子核、こっちみんな。
「お前達その辺にしておけ!長谷川代表、お忙しい所有り難うございました。出来ましたらこの後戦闘ログを見ながらデブリーフィングをお願いしたいのですが」
「ええ、構いませんよ」
せめてもの自尊心で、そう告げてきた如月中尉に笑顔で応じる。おれはおとなだから、このくらいそうていのはんいないだよ?
「重ね重ね有り難うございます。お前達、実戦経験者の話が聞ける貴重な時間を無駄にするな!第一講義室に移動!駆け足!」
「「は、はい!」」
如月中尉の言葉で候補生の女の子達は蜘蛛の子を散らすように解散すると、次々にシミュレータールームから出て行く。残されたのは俺と如月中尉、そして囲まれていたブリッジス候補生と制御室から出てきた賀東女史の四人だ。
「助かりました、如月中尉」
包囲網から解放されたブリッジス候補生がそう如月中尉に向かって礼を言う。礼を言われた如月中尉はと言えば、頬を赤らめさせると口を開いた。
「べ、別に貴様を助けたわけではないっ!限られた時間を有効に使うためだ!勘違いするなよ!お前も早く行けっ!」
ブルータス、お前もか。
「はいっ!失礼します!」
そう言って一礼をして去って行くブリッジス候補生の背中が部屋を出たのを確認すると、如月中尉は大げさに咳払いをした後に、こちらに向かって話し掛けてきた。
「そ、それでは私達も向かいましょう。長谷川代表」
「ハイ、ソウデスネ」
色々と突きつけられた俺はちょっぴり傷つきながらそう返事をして部屋を出る。因みにこっちを見ていた賀東女史は始終嬉しそうに笑っていた。畜生見世物じゃねえぞ!
「いやあ、流石はブリッジス先輩!ヴォールクデータ突破しちゃうとか凄すぎない!?」
「雷の性能があっての事ではあるけれど、それでもあそこまで危なげなく突破するとは思わなかったよ」
「位置取りが良いのかしら?戦闘中殆どメガビームキャノンだけで対応していたわね」
移動しながら先ほどのシミュレーションの内容で盛り上がる友人達にどう注意すべきか唯依が悩んでいると、後ろから露骨な溜息が聞こえた。
「貴女達、別にブリッジス候補生に懸想するなとは言わないけれど、お願いだからデブリーフィングでそんな事を言わないでよ?候補生が皆盆暗だなんて思われたくないから」
腕を組み半眼でそう言い放ったのは山城上総候補生だった。彼女は唯依達と同じく次世代の衛士育成プログラムのテストモデルとして集められた一人である。出身こそ外様の身であるが、才能豊かで候補生の中でも唯依と首位を競っている。カンパニーへ来た当初こそ唯依に対し挑むような姿勢を見せていたが、講師達が操る野分に纏めて一蹴された後は同じ強敵に立ち向かう戦友の様な間柄となっている。一見すると先ほどの発言も辛辣に聞こえるが、今の彼女達にしてみればじゃれ合いの合図に過ぎない。
「なんだとー!?」
「け、懸想だなんて!」
すぐさまムードメーカーである石見安芸がそう噛み付いてみせ、甲斐志摩子が頬を赤らめる。始まってしまった喧噪に能登和泉が首を振り、山城候補生の隣では蓮川伊予候補生が苦笑していた。因みに安芸と志摩子と共にブリッジス候補生を囲んでいた丹波候補生と周防候補生の二人は、更に後ろで気まずい顔をしていた。あちらには恐らく説明済みと言う事なのだろうと唯依は察して、自身の役目を果たす事にする。
「ブリッジス候補生が派手に動いていて目を引いたけど、あれは長谷川代表のフォローがあったからだと思う。連携と言う点で考えれば、好きに動いていたブリッジス候補生をフォローしきった長谷川代表の方が上手だったよ」
「ええ、動きも最低限に抑えていましたから地味でしたが、武装の使い分けで全く危なげなく戦っていましたし」
上総の言葉に唯依は大きく頷いて見せた。
「そうね、ブリッジス候補生の動きは素晴らしいけど、正直参考にするなら長谷川代表の方が良いと思う」
「なんでさ?」
口を尖らせてそう返す安芸に唯依は困った笑顔で応じる。
「凄すぎて参考にならないからかな。戦闘って全然予定通りになんてならないじゃない?そんな状況で味方に大した負担も掛けずに一つの武器の適切な距離で戦い続けるなんて、余程才能に恵まれていなくちゃ出来ないよ」
同意するように上総が頷きつつ後に続く。
「その点で言えば、長谷川代表の動きは移動が少ないですから模倣は難しくありません。後は適切な武装の選択ですけれど、これも練習量で対処可能な問題です。地味ですけれど」
「あー…、そっか。そうだよな。アタシ達も、戦うんだもんな」
そう安芸がバツの悪い表情で口にすると、和泉が真剣な表情で口を開く。
「野分は雷より遠距離での制圧能力が低いから、当然接近戦になる可能性は高くなるわよね。それに私達斯衛は本土防衛に当たるはずだから、ハイヴや大陸みたいに開けた場所での戦闘ばかりじゃない。そうなれば状況に合わせた武装の選択も重要になるか」
「長谷川代表はそこまで考えて、シミュレーションであの動きを見せてくれたってこと?」
勿論彼はその様な気遣いからではなく、実戦経験者として候補生達に無様は見せられないと自分が最も得意とする戦い方を選んだだけである。しかし様々な逸話が一人歩きをしている上に、指導担当から神格化と言っても過言ではない美辞麗句によって脚色された人物像を伝えられている候補生達の目はしっかりと曇っていた。
「うっわぁ…、それ、あたし達おもいっきりやらかしてるじゃん」
その言葉に志摩子は手で口元を押さえ、安芸は頭を抱えて唸り出す。それを見て上総は頭を振りながら溜息を吐き、唯依は苦笑と共にフォローの言葉を口にした。
「だ、大丈夫だよ!怒ったり失望したような雰囲気でもなかったし、デブリーフィングの前に気づけたんだから、ちゃんとそれを伝えれば長谷川代表だって解ってくれるよ!」
「そ、そうかなあ?」
「それに私達に囲まれなかったからって不機嫌になるような方でもないでしょ」
唯依に続いてそう和泉が突っ込む。彼女達の中で和泉は長谷川の人間性に最も信頼を置いている。その原因は実に単純だ。唯依だけでなく集められた全員が、自分達は長谷川の許嫁候補である事を知らされていた。本命は如月中尉や唯依といった譜代以上の者であるが、無類の女好きと噂される彼ならば、多ければ多い程お手つきなども起きやすいという判断からだ。殆どの者が悲壮な覚悟で臨んだが、和泉だけは例外だった。何故なら彼女には既に許嫁がおり、双方とも憎からず思い合っていたからだ。思い人との婚約解消と、生け贄として捧げられるという事実に彼女は荒れに荒れた。第一長谷川が和泉を見初めて熱烈に求められたとでも言うのなら、武家の娘として諦めもつけられただろうが、彼女に求められたのはその他大勢であり、手込めにされれば儲けものくらいの立ち位置なのだ。流石に面会の当日、懐刀を持ち込み騒ぎになるとまでは全員想像が及ばず、もう少しで政治問題と言うところで当人である長谷川がこう言ってのけたのだ。
「如月中尉、いくらなんでも悪趣味です。若者の恋路を邪魔するなんて無粋な人間に私はなりたくない」
彼の口添えもあって思い人と復縁した和泉は、すっかり長谷川贔屓だ。因みに自分達が恋愛対象にならないと明言された事で、覚悟を決めていた者達は色々とハードルが上がった事を理解させられ頭を抱える事になっている。
「それはそれで、ちょっと悔しいというかなんと言うか…」
「はいはい、とにかくデブリーフィングでちゃんとしよう?それにはまず遅れずに部屋へ行かなきゃ!」
そう呟く安芸に、手を叩きながら唯依は努めて明るい声でそう促した。その様子を上総が険しい目で見ていたが、唯依は敢えて無視して歩き出す。自分は篁の娘であると、そう言い聞かせながら。