「ご昇進御目出度うございます、斑鳩中佐」
そう俺が頭を下げると斑鳩中佐は少し困った顔でそれを制した。
「おやめ下さい長谷川殿。頭を下げなければならないのは私の方です。この度は無作法、平にご容赦頂きたい」
あ、これ謝罪合戦とかいう不毛なヤツになるわ。そう考えた俺は頭を下げるのを止めて謝罪を受け入れることにする。
「拠点防衛が主眼となる斯衛では当然の選択でしょう。大陸を優先する我が社の事情を鑑みての事と存じます。それに野分についてはF-4と同じく各社での改良を承認しておりますから、それこそ我々への謝罪など不要ですよ」
事の発端は、今月の頭。遠田技術から野分のライン用工作機械をカンパニーが受注した事だ。マクドネル社と野分の改良型を開発しているらしいのだが、件の機械の購入について随分とふっかけられたらしい。まあ、確かに国内で野分を製造している三社とウチ以外ではマザーマシンを持っているのはマクドネルと韓国のイルスンとの合弁会社、それからソ連のミコヤムとの合弁会社だから、欲しいとなるとウチに声を掛けるのが一番手っ取り早い。因みにマクドネルに確認したら、普通に現状国内から大量発注を受けていて品薄状態。その上輸送に色々と手間がかかりまくるから適正な値段だと説明された。ついでに対処出来るなら、そちらから遠田技術に販売して貰いたいと言う事だったので、素直にホイホイ造って渡したら、斑鳩中佐が青い顔ですっ飛んできたというのがここまでの状況である。因みに能登ちゃんの事についても嫌味を言ってやったら、急に真剣な顔になって距離を詰めてきた。
「恥を上塗りすると解った上で申し上げますと、長谷川殿。今斯衛は大変焦っております」
「はあ」
気のない返事をする俺に構わずに斑鳩中佐は更に続ける。
「全ての民の範たるべし。戦場においては常に先鋒、そして引く時は殿を務めるが斯衛の矜恃。そう嘯いたところで真実がねじ曲がるわけではない」
その言葉に俺も頷いて見せる。斯衛軍は80年代に数度行って以降、大陸派遣をしていない。当然対BETA戦におけるノウハウや経験はそこで止まっていて、帝国軍に大きく水を開けられている。今までは本土防衛を主任務とする組織であると言う建前から、その事から目をそらし続けてきたのだが、ここの所風向きが随分悪くなっているそうだ。
「ここの所大活躍ですからね、帝国軍」
中国戦線に投入された帝国軍の活躍は連日のように各種メディアで取り上げられている。ウチを除けば世界で初めて野分で完全充足した師団なので、正にその戦果は桁違いだ。これまでは悪化し続ける戦況から、意図的にぼかされていた内容も明確に伝えられるようになったのも好感度を上げている。そして何より彼らと交代で多くの将兵が無事帰国、更に彼らの口から華々しく活躍する帝国軍機の話が草の根でも広まった事で、報道が真実として補強されると、帝国軍は正に国の誇りともてはやされる事になる。そして同時にメディアは面白おかしく書きたてた訳だ。英雄の横で暢気にふんぞり返っている斯衛は、果たしてこの国に必要な存在なのかと。
「大物を気取るなら黙って聞き流せば良いものを」
ゴシップに煽られたとしても、実際に斯衛を解体できるような動きに発展するだけの力はない。言ってしまえば解りやすい特権階級を叩く事によって適度なガス抜きをしているというのが実態だ。
「だがそう思わない連中も居ると」
「ええ、それもあれこれと命じられる側に」
斯衛軍を差配しているのは城内省と呼ばれる連中だ。彼らは所謂老中と呼ばれる組織から変化した、もっと悪く言えば名を変えただけの存在であり、陣容も当然のようにその旧弊に倣っている。中には紅蓮大将の様に政は侍の領分ではないとして距離を置く者や、目の前の斑鳩中佐の様に五摂家でも異を唱える人間も居るが、全体から見れば少数派だ。さて、それで今回の件にどう繋がるかと言えば、そうした連中が色々と先走って暴走しているらしい。まず俺のところへ送られて来た候補生ちゃん達。こちらの想像通り第一の目的はやっぱりハニトラだった。まあ俺自身が他に何一つ欲しがっていないから、もうそれ以外思いつかなかったと言う事らしい。因みに如月中尉や篁候補生以外は全員外様出身と微妙に家格が低いなと思ったら、そちらにも納得できる理由があると言って教えてくれた。如月中尉は斑鳩中佐と懇意にしている崇宰家に近い有力武家なのだが、五摂家内では崇宰は一番立場が弱い。加えて彼女の実家自体も親藩武家ではあるが、武力も政治も中途半端であったため、今回のような貧乏クジを良く引いているらしい。篁家も譜代ではあるが新参という事でやはり低く見られているとの事だった。
「抱き込みはしたいが、いきなり五摂家の縁者としては他家への示しがつかないと言うのが彼らの言い分です。要は自分達の拠り所である家格で同列になるのが我慢ならないのでしょう」
難儀な事だね。
「成程。ですがそれだけなら、斑鳩中佐がその様な顔をなさる程の事ではないのでは?」
真っ当に生きようとしている武家の人間にしてみれば、確かに頭を抱えたくなるような恥ずべき行いだろう。けれど清濁併せ呑む度量を持った斑鳩中佐のような人間からすれば、絶対に許容出来ないという内容でもないはずだ。ならば彼は何にそれ程憤っているのだろう?
「…現在、斯衛軍の大陸派遣の計画が進められている事はご存じでしょうか?」
「いえ、初耳です」
は?オイオイ、冗談だろ!?その言葉で大凡の理由を悟り、内心悲鳴を上げてしまう。しかしそんな俺の心情などは無視して、非情な現実とやらは目の前に現れた。
「帝国軍に出来る事は自分達も当然出来る。実に解りやすいアピールです。そしてそれが訓練を終えたばかりの新兵でも可能だと示せば、斯衛の練度は疑うべくもないと誇示できる。無駄のない有効活用だと連中は思っているのでしょう」
斯衛軍の未成年女子徴兵。俺の知る世界でのそれは、世間に対するポーズであった筈が戦況の悪化で現実化してしまうという悪夢のようなパターンだった。だから俺は、正直甘く見ていたんだ。だって俺という要因がかき回した結果、人類はまだ大陸に留まっていて、更には反攻を視野に入れられるだけの力を蓄えつつあるんだ。後方国家が余計なリスクを冒してまで未熟な兵士を送り出す理由なんて無いと、俺は勝手に思い込んでいたのだ。苦々しく吐き捨てる斑鳩中佐を見ながら、気持ちが急速に冷えていくのを感じる。だが同時に俺の中に残った感情が懸命にその考えを否定した。
「彼女達が戦場に立つ事はいずれ起こりうる事実です。その為に不足ない経験を積ませる事はお約束します」
既に邪魔になる連中を俺は処分している。人類を救うという大義名分の障害になる相手を、俺は選別して殺しているのだ。故に理性が囁く、これは必要な犠牲だと。そして感情が叫ぶ、それは神の領分であり、己には過ぎたものであると。どうすればいい?何が正しい?畜生、チートなんて貰っているのに何の役にも立たないじゃないか!
混乱する脳みそと裏腹に、口は勝手に動いて適当な言葉を紡ぎ出す。斑鳩中佐の求めている答えは想像がつくし、それが出来るだけの力もある。けれどそれを口にするには、俺にはあまりにも覚悟が足りていなかった。
「…そうですか。訓練期間については可能な限り対処させて頂きます。しかし長くとも1年です。それ以上ですと来期の卒業生が送り出されてしまう」
「馬鹿な、訓練校にはまだシミュレーターすら納入していない。斯衛、いや城内省は素人を戦地に送ると言うのですか?」
俺の言葉に斑鳩中佐が頭を振る。
「御社の野分は非常に優秀だ。最低限引き金が引ければ戦果は出せるし、万一にも死ぬ事はない。それが彼らの判断です」
「過大評価です。優秀な機体であるとの自負はありますが、あれは無敵などでは断じてない」
確かに光線級の照射に耐えたり、戦車級に囓られても平気な性能は与えている。けれど突撃級の体当たりや、要塞級の衝角の攻撃に何度も耐えられる様には出来ていないし、何より重光線級の照射には耐えられて一回だ。それだって単独での事で、複数から同時に照射されればその時点で終わりだ。そもそも各国の野分が活躍しているのだって、乗っている連中が出撃回数20超えの操縦以外は全て知っているベテランだからこそ成し得ている事だ。既存の機体に比べれば遥かにマシとは言え、新兵が簡単に結果を出せる程甘くはない。
「恥ずかしながら、武家を名乗りながらもその程度も解らぬのが城内省の現状です。煌武院のご当主にも動いて貰っていますが、望みは薄い」
俺は頭を掻きながら、なんとか妥協点を提示する。
「1年ですと斯衛の衛士に訓練する事は不可能です」
「構いません。連中を抑えられない以上、新人はこれから大陸で初陣を果たす事になりましょう。斯衛のやり方を覚えるのは生きて帰ってからでも十分に間に合います」
「機体もこちらに合わせさせて頂きます」
「構いませんが、雷をお貸し頂けるのですか?」
「いえ、それでは特性が違いすぎる。いくら城内省が疎いと言っても、全く別の機体では妙な事を考えかねない」
戦況が有利になって、前線の情報もマスコミが入手しやすくなっている。大陸派遣の時だけ雷を使っていたら、確実に面白おかしく書かれる事だろう。解りやすい隙は作るべきじゃない。
「野分をベースにした概念実証機があります。あれならば見た目の違いも殆どありませんし、性能も良い」
こいつは雷を作る前に一応試作した機体だ。装甲をガンダリウム合金製に変更したのと、駆動系をフィールドモーター式にして、ついでに動力を核融合炉に変えている。性能そのものは上がったのだけれど、既存の野分とは互換性が失われているし、かといって雷程の劇的な性能向上は果たせなかったためにお蔵入りしたのだ。あれならば光線級への耐久性は雷並みだし、装甲強度も上がっているから多少はマシだろう。何より核融合炉のおかげでビーム兵器が運用出来る。120ミリより遥かに遠距離で戦える分、新兵でも多少は余裕が持てるだろう。後は彼女達への教育だ。
「多少厳しくなりますが死なぬ為、殺さぬ為です。我慢して貰いましょう」
勝手な都合で理不尽を押しつける事に苛立ちを覚える。けれど、今一番生き残れる確率が高い新兵は間違いなく彼女達だ。甘やかせば別の誰かが代わりに死ぬ。
「宜しくお頼み申し上げます。…いずれ、必ず彼女達に報いてみせます」
「その言葉、今は信じさせて頂きます」
そう深々と頭を下げる斑鳩中佐に向かって、俺は言わずにはいられなかった。