東京、斑鳩の別宅にて待つ各人に一度頭を下げた後、斑鳩崇継は口を開いた。
「お待たせして申し訳ない」
「構いませぬよ。それよりご当主、首尾は?」
そう問うてくる紅蓮大将へ向けて斑鳩中佐は頭を振った。
「残念ながら承諾は得られませんでした」
「そうか、少々厳しいのう」
今回の城内省の行いに対し、少なくない数の武家が強い反発を覚えていた。特に割を食わされた斑鳩と崇宰に連なる家系の者の反応は顕著で、正に激怒と言って差し支えなかった。
「彼等の都合を考えれば容易には頷けないでしょうな」
手にした玩具を弄りながら、そう口にしたのは煌武院家の同伴者としてこの場に居る鎧衣左近だった。それに対し斑鳩は沈黙せざるを得なかった。
「確かにカンパニーは敵対している人間の殺傷も辞さない構えです。しかしその姿勢はあくまで受け身ですし、実害を及ぼす工作員と言った最低限への範囲です」
「此度の事とそれ程違うとは思えんが?」
そう返す紅蓮大将に鎧衣は目の笑っていない笑顔で応じた。
「いいえ、全く違いますよ。城内省に対する我々の行動へ加担するならば、それは完全に武力による内政干渉です。その内容が我々の願いに彼等が応じてくれたのだとしても、外から見れば話が違う。何しろ戦力の差は歴然ですから、彼等が我々の諍いに付き合う必要など何処にも無いのです」
「待て鎧衣よ。それが如何にして内政干渉に繋がる?儂のような馬鹿にも解るように話せ」
眉間に皺を寄せる紅蓮大将に斑鳩は苦笑しながら鎧衣の言葉を補う。
「邪魔だと思うならばそれこそ彼等は我が国そのものを吹き飛ばしてしまえばいいし、無視すれば良いのですよ。そうせずにどちらかに肩入れするとなれば、その連中を使って国を牛耳ろうとしているようにしか見えません」
外部の強力な武装勢力により革命を成した後、その武装勢力の傀儡となった国家など歴史を紐解けば枚挙に暇がない。そこまで説明した上で、斑鳩は今回の提案が手痛い失点であると強く後悔した。
「合衆国やソヴィエト、その他の国々も彼等を好意的に受け入れているのは、何も軍事力や物資を気前よくばらまいているからだけではない。商人という姿勢を崩さず、政に口を挟まない事も大きな理由です」
故に、仮に今回の斑鳩達が計画している城内省へのクーデターを後援したならば、カンパニーは国家を自身が都合の良いものへ変えるため、武力をもって干渉すると言う実績を作ってしまう。そうなったならば、現在築かれている各国との関係は水泡に帰すだろう。それどころか、どの国家であっても一枚岩であるほうが希なのだ。カンパニーの存在でBETAとの戦争に余裕が出てきている現状、積極的にカンパニーを利用して政変を狙う連中が続出するのは目に見えている。その先は人類が相争う泥沼である事は間違いない。それだけならばまだしも、最悪国家転覆を謀る武装勢力として、カンパニーがBETAに代わる各国の敵に認定される事すら起こりうるのだ。
「…成程な。長谷川殿が首を縦に振れぬ訳か」
そう言って紅蓮大将は俯きながら溜息を吐くと、世界中の人間が客だと言い放ち、見返してきた小気味よい男を煩わせた事を恥じた。
「元よりこの膿は我らの身より出たもの、それを出すのに都合が良いと彼等に頼む事それ自体が不義理でありましたね」
これまで静かに話を聞いていた煌武院悠陽がそう沈黙を破る。
「煌武院殿」
「膿を出す猶予を頂けただけでも僥倖と言うものでございましょう、斑鳩殿」
そう言って悠陽は笑う。その目には確かな覚悟が宿っていた。
「丙型の調整ですか?」
今日も設計室でPCへ向かっている新名君へ俺はそう切り出した。
「うん。あれは技術を取敢えず突っ込んだだけの機体だから、バランスもへったくれも無いんだよね」
何しろ運用していたのが月で戦っているアリス達だったからな。基本的に彼女たちの処理能力に機体側が追いついていなかったから、操作性なんて完全に無視してた。
「これは酷い」
モニターに出力されたデータを見て新名君が素直にそう漏らす。いや、CADシステムも頑張ってはくれたんだ。けど、運用者がどんなに滅茶苦茶なバランスでも高性能なら問題無し!みたいな子達だったから、ちょっと燥いじゃったんだ。ある意味アリス達は設計者の求める理想的なパイロットなのかもしれない。
「何とかなりそう?」
「そうですね、どれもこれも最高性能で使うのが不安定の原因ですから、全体的にリミッターをかけてやればなんとかなると思います。ただ、そうなると性能的には良くて7割程度になりますね」
そうなると最新モデルの野分より少し性能が上くらいか。製造コスト的には殆ど雷と変わらない事からするととんでもなく無駄遣いだな。
「どうするんですか、こんなの?」
まあこんなのだわな。否定できん。
「斯衛のお嬢さん方にちょっとしたサプライズだよ。正式配属されたら野分じゃなく瑞鳳を使うことになるだろうから、それに近い機体をね?」
そう俺が言葉を濁すと、新名君は溜息を吐いた。
「長谷川会長、その嘘は流石にありません」
「だよねぇ」
そう返しつつ、俺は事のあらましを彼女に告げる。あきれ顔で聞いていた彼女だったが、語り終える頃にはなんとも言えない笑顔になっていた。
「御武家様の思考ってどうなっているんですか?一般人には理解出来ないんですが」
それは俺に言われても困る。
「彼等の中では年端もいかない少女である前に武家の子供なのかもね」
性別どころか年齢の高低すらも考慮しないで、自身にとって有益な駒かどうかのみで判断し采配すると言うのは、ある意味平等主義に通じるものがあるのかもしれない。残念ながらこの世界にそんなものを尊んでくれる人間など存在しないが。
「いっその事ガツンとやってしまうとかどうですか?」
「ガツンとは、穏やかじゃないね」
「別に反乱を起こせとか言ってるんじゃないですよ。例えばそんな連中とは取引が出来ないと言うだけでも大きいのでは?」
その割には目が笑ってないんだよなぁ。
「勿論効果は絶大だろうね。日本帝国の軍事面は現在私達が完全に掌握していると言って良いから、取引の停止を仄めかすだけでも彼等を排除出来ると思う」
だが問題はその先だ。もしこの方法を実行したら、間違いなく世界中でクーデターが発生する。何しろ政府側からすれば、カンパニーの製品を購入すればする程政治への介入を招くリスクを負うことになるのだから、そんな企業と付き合いたいとは思わない。しかし、前線で戦っている人間からすれば、その行為は自身の保身のために有用な兵器を締め出しているようにしか見えないだろう。そしてそれを不満程度では抑えられないだけの性能差をウチの兵器は有している。既に購入している国は確実に混乱するし、買っていない国は導入に及び腰になる。当然そうなれば、今度は政府内での対立が発生するだろう。勿論中にはカンパニーと積極的に関係を持ちたがる勢力も出てくるだろう。けれど、往々にしてそうした外的要因に依存して政権を握ろうとする連中は指導者として不適当だ。何故ならそもそも出発点が強い誰かの力を借りて事をなそうとしているからだ。正に虎の威を借るなんとやらである。そして大抵の場合、そう言った連中は強者の目の届かないところで好き勝手に振る舞う傾向が強い。そうなると監視と抑止のためにこちらは常に目を向けている必要が出てくる。さて、ではその一々に対応するとしたら、一体どれだけの戦力と時間が必要になるのだろう。
「生産体制の整っていなかった一年前ならともかく、現状なら多少の我儘なら聞いてしまった方が全体での損失を抑えられる。世界の覇者なんてガラでもないしね」
己の身から出た錆ではあるが、カンパニーによって今の世界は中途半端に希望が持ててしまっている。余裕があるならば少しでも自分にとって良い方向へと世界を動かしたいのが人間というものだろう。BETAを倒して人類を救う事が目標なのに、俺自身が原因で人類同士の争いが激化するとか笑い話にもならない。
「やりたくない人が独裁者に一番向いてるなんて良くある話ですけどね」
「うん、その辺にしておこう新名君」
さっきからルクレツィアが凄い良い笑顔でこっちを見てるからね。絶対にやらんぞ!?