チート転生テンプレもの   作:Reppu

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蓮川伊予は落ち込んでいた。彼女の家は外様の中でも特に多い、一般家庭に毛の生えた程度の家だ。取り立てて秀でた才を示すでもなく、武家という制度によって生きている。否、才能が無い故に武家という制度外で生きられないのが蓮川という家の人間だった。不幸にも伊予はその血をしっかりと受け継いでおり、文武共に至って平凡。その他の事柄でも目立った所のない娘だ。唯一本人が自負できるものがあるとすれば、それは我慢強さくらいのものだと彼女は考えていたのだが、それもカンパニーでの訓練で揺らぎつつある。

 

「でも、辞めるなんて言えない」

 

斯衛軍が主力機を更新したのは昨年の事だが、それは思いのほか大きな変化をもたらしていた。操縦系統の一新に伴い衛士養成課程の大幅な見直しが決定したのだ。この内容は来年以降のカリキュラムに使われるだけでなく、帝国軍にも提供される事が決まっている。つまり彼女達は、今後の衛士の育成を左右する重要な任務に任官前から関わるという栄誉を与えられたのだ。勿論それが表向きの言い訳で、本当のところが別にある事は彼女も知らされている。だが少なくともカンパニー側は、大真面目に表向きの理由を遂行するつもりであることが見て取れたし、彼女自身の思いとしても適当にあてがわれた慰み者よりも遥かに納得できる立場だった。だが本人が納得できるか否かと、適性の有無はイコールではない。

 

「なんで皆耐えられるの?」

 

彼女達が現在取り組んでいる訓練。それは何もしないというものだった。最初の一週間シミュレーターに詰め込まれ、考えずとも操作ができるまで徹底的に鍛えられた事からすると随分簡単な訓練だと首を傾げたが、その考えは始まって1分と経たずに覆される。何故なら何もしない訓練とは、本当に何もしてはいけない訓練だったのだ。モニターを覆い尽くす程の戦車級に集られ、機体のあちこちが囓られる音にひたすら耐えるなど可愛いもので、要撃級に殴り続けられたりするといった状況下で、咄嗟に機体を操作してしまわないという傍から聞けば正気を疑うような訓練内容だ。

 

「皆さんが搭乗する野分は極めて高性能です。訓練しているような状況下では破壊される事はまずありません。むしろ錯乱し、機体を暴れさせる方が周囲にとっては危険なのです。故に貴女達にはそうした状況下でも我慢する事を覚えて頂きます」

 

万一機体が損傷した場合、旧来の機体のように自力で脱出する機構を新しいコアユニットは装備していない。つまり戦場で機体が行動不能になった場合、友軍に回収して貰うまでその場で待ち続ける必要がある。訓練初日、伊予は悲鳴と共に思わずペダルを踏み込んでしまい候補生の中で最初に脱落してしまった。それも次に落ちた者に十分以上という差をつけられてだ。以来、シミュレーターに乗り込むだけでも体が萎縮してしまっているのだが、彼女は誰にもそれを打ち明けられずにいた。

 

「ここに居たのか、蓮川候補生」

 

そう声を掛けて来たのは稲葉中尉だった。彼女は指導教官の研修と言う名目で、伊予達と同じようにカンパニーへ出向している女性である。同時に伊予の所属しているB班の監督責任者でもあるため、こうして何かと気に掛けてくれている。

 

「あっ、も、申し訳ありません!稲葉中尉殿!」

 

そう言って慌てて敬礼をする伊予に向かって、稲葉中尉は苦笑を浮かべる。

 

「真面目なのは良いけれど、少し肩の力を抜きなさい。適度にリラックス出来る事も衛士に必要な能力よ?」

 

「は、はい。その、すみません」

 

その様子を見て、これは重症であると稲葉中尉は密かに溜息を吐いた。伊予自身は気付いていないが、彼女は非常に責任感が強く真面目な性格だ。才能という面では同じ班の山城候補生や篁候補生に軍配が上がるが、その一点においては候補生で群を抜いている。問題はその一方で精神面が普通の少女と変わらない事だろう。

 

(とは言え、無理もない話ではある)

 

彼女達の徴兵が布告されたのは昨年の事だ。以前から噂はあったが、それに向けて事前に準備していた者など極少数だろう。そして国民への心理的配慮の名の下に各国はBETAの情報について様々な規制を掛けている。最も解りやすいところで言えば、国民にはBETAの姿が公開されていない。兵士達の間では、あの醜悪な姿を広めて徴兵拒否をされては困るからだなどと言う与太話もあるが真実は解らない。そして今重要なのは、伊予がその姿にトラウマを抱え始めている事だろう。

 

「あの訓練はキツイわよね」

 

そう言いながら稲葉中尉は苦笑した。その上で少し悩むそぶりをした後、伊予に向けて信じられない言葉を放つ。

 

「だから大したものよ?蓮川候補生だってアレに5分も耐えていたじゃない」

 

「でも、他の皆は10分以上耐えています」

 

「それは内容をはき違えているわ。あの訓練は我慢比べじゃないのよ?短かろうが長かろうが、教官が良いと言うまで耐えられていない時点で全員ダメなのよ。それに」

 

「それに、何でしょう?」

 

「如月中尉と私も同じ訓練を受けたけど、何分耐えられたと思う?」

 

「え?」

 

初耳だった内容に伊予が驚いていると、稲葉中尉は笑いながら続ける。

 

「自分が出来ない事を人に教えられるわけがないって言われてね?シミュレーターに放り込まれて、二人とも30秒持たなかったわよ」

 

伊予は絶句してしまったが、教官達にしてみれば当然の事である。何せ数ヶ月前まで瑞鶴に乗っていた彼女達にとって、戦車級に取り付かれると言う事は、即ちヤツらに食い殺されると同義だからである。何しろ野分以前の戦術機は、連中に噛みつかれても平気などという馬鹿げた装甲を持っていないから、機体に残っていてもそれごとBETAの腹に収まるだけであるし、戦車級に取り付かれているような状況では、周辺は既にBETAに呑み込まれている場合が大半だ。そんな中にベイルアウトしてもまず逃げ切れるものではないし、最悪地面に着く前に飛びかかられて捕まる事だってある。大陸に派遣された上官や先輩達がそうして食われた事を聞かされている教官達にとって、あの訓練は拷問に等しい内容だった。勿論候補生達が耐えられたのは、そうした悲惨な前例を知らぬが故ではあるが、それを態々教えようと彼女達は思わない。余計な恐怖は訓練の妨げになるし、野分に搭乗するならばこの問題は発生しない。つまり知らなくて良い事は知らないままで良いのだ。目を白黒させて混乱している伊予に向けて稲葉中尉はたたみ掛けた。

 

「そんな私達に足りていないのは機体に対する信頼ね。そしてその解決方法はとても単純。機体の事を良く知ればいいわ」

 

「良く知る。えっと、頂いているマニュアルを読み込むとかですか?」

 

伊予の言葉に稲葉教官は首を振る。

 

「もっと視覚的に解りやすい方法があるわ。公式には記録されていないのだけど、野分が大陸で実戦試験を行った際に、長谷川代表は単独で光線級吶喊を成功させているの」

 

「へ?」

 

意味は解るが理解の外にある言葉に、伊予は間抜けな声を洩らしてしまう。だが稲葉教官は気にした風もなく言葉を続けた。

 

「しかも幸運な事に映像ログも残っているそうよ。それを見れば、命を預ける相棒がどれだけ凄いのか良く解るでしょう?」

 

自信満々にそう語る稲葉教官に対し、伊予はその勢いに呑まれて思わず頷く。後日候補生への心理的配慮と機体への理解という中尉達の考えと、歴史に埋もれるはずであった主人の偉業を知らしめる機会を窺っていたルクレツィアの思惑が奇跡の一致を果たし、単独光線級吶喊の映像は訓練生が目を通す必須項目になるのだが、別の意味でショッキングすぎるその内容に中尉達が頭を抱える事になるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 

「ここも随分と賑やかになりましたね。訓練校までやっているとは思いませんでした」

 

「商品の正しい扱い方をレクチャーするのもメーカーの責務ですから」

 

その言葉に佐伯中佐は笑いながら応じる。

 

「成程、斯衛もたまには役に立ちますね。おかげで我が軍も同じように受け入れて貰える訳ですから」

 

「もう立派な試験部隊ですね」

 

「ええ。まあ機体だけでなく自分自身が試験材料になるとは思いませんでしたが」

 

そう言って佐伯中佐は左足を軽く擦ってみせる。

 

「実際の使用感をお聞かせ頂けますか?」

 

そう問うルクレツィアに佐伯中佐は笑顔を崩さぬまま応える。

 

「これまでのものに比べれば雲泥の差ですよ。シミュレーターも試しましたが自前の方と比べても遜色ありません。寧ろ疲れにくい分、使いやすいくらいです」

 

先月ロゴフスキー中佐経由でП-З計画の内容が正式にソ連の党中央に報告された。クローン技術を応用した超兵士製造計画は物議を醸したが、カンパニーとの協力関係が示されると、一転して計画推進が満場一致で可決された。この件でロゴフスキー中佐は大佐に昇進したが、中央への異動は辞退して計画の責任者を継続。引き続きカンパニーとの関係を維持している。そしてこの件で、クローン技術や遺伝子改造と言った技術が多くの人間に認知される事となる。結果、医療関係の技術取得ポイントが大幅に低下したため、長谷川は生体義肢関係の技術を取得。国内の医療メーカーに一斉に開示するという暴挙を行った。勿論各社の開発スタッフは発狂したが、開示された技術の有用性はそれを補ってあまりあるものだった。即座に同技術を利用した新型の義肢は生産が開始され、内地にて勤務中の軍人を対象に使用試験が行われる事となる。佐伯中佐はその中の一人で、特に元衛士という事もあり注目されていた。何しろ世界的に見れば、彼女のような元衛士や訓練中の事故で諦めざるをえなかった人間が大量にいるのだ。彼らを戦力化出来るメリットは各国にとって計り知れない。新たな金脈を目の前に、各社は従順にカンパニーへと頭を垂れた。

 

「成程。長谷川代表もその言葉を聞けばお喜びになるでしょう。シミュレーターは本日から利用出来ますが、如何なさいますか?」

 

「是非やらせて下さい。一日も早く感覚を取り戻したいものですから」

 

そう言って目を輝かせる佐伯中佐に対し、ルクレツィアは笑みを浮かべる。色々と含む関係ではあるが、ルクレツィアとしては佐伯中佐を個人的には好ましい人物であると認識しているし、彼女の敬愛する主人にとって、中佐が有益な人間である事も確かだからだ。このまま彼女が順調に実績を積み上げれば、帝国軍内部に大きな影響を与える事が出来るからだ。

 

「承知しました。我が社の雷の性能。存分にご堪能下さい」

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