基地周辺も暖かさが増し、裾野の方ではちらほらと桜が咲いているのが見えるようになった3月下旬。本拠地の一室で、俺はタブレットを眺めて眉間に皺を寄せていた。
「やっと1個師団か」
木星でのヘリウム3採取に送り出した輸送艦の1隻が帰還した事で、漸く本格的な生産を開始したものの、依然として雷の調達数は伸び悩んでいる。何せ輸送しているのがコストの問題でクラップ級にミノフスキードライブをくくりつけた急造艦だ。艦載機のスペースを目一杯使っても、本来の輸送に使用されていたジュピトリス級とでは雲泥の差がある。
「せめてマザー・バンガード級を使えればなぁ」
900mクラスの大型艦であるあれなら積載出来る量もかなり多くなる。が、流石UC屈指の高性能艦、お値段が酷い事になっている。効率は死ぬ程悪いが暫くはこのクラップ改を使って行くしかないだろう。
「にしても、連中何処にでもいやがるな」
送られてきた画像に思わず舌打ちをしてしまう。望遠で撮影されたガニメデの地表には見慣れてしまった醜悪な異星人製オブジェがそびえ立っていたからだ。まあ、念のため採掘基地の建設資材は全て持たせていたから問題は無かったが、ウチの近所にあんなもんがある事自体が不愉快だ。吹っ飛ばしてすっきりしたいところだが、如何せん木星は遠い。地球圏の掃除が終わらない内は手が出せないだろう。
「今回の補給で建造済みでしたクラップ改級の5番から8番艦までが稼働可能となりました。順次木星へ向かわせています。現在の補給状況では、最大月100機の雷を供給可能です」
一ヶ月で1個連隊にちょっととどかないくらいか。まあ水素燃料電池が主動力源の既存機や野分に比べて簡単に増産出来ないのは致し方ない。
「引き続きクラップ改の増産と、木星の資源収集施設の拡張が必要だね」
戦線を抱える事となって痛感したんだが、FAT装備はとんでもない大食らいだ。120ミリの方はまだマシなのだが、36ミリがヤバイ。何せ小型種や要撃級と言った目標へ弾幕による面制圧に用いるものだからあっという間に射耗する。しかも元々戦術機向けに製造されていた特殊弾だから製造コストも地味に高い。各国で必死に増産はしているのだが、如何せん装薬の原料の供給が追いついていない。だが同時に俺にしてみれば、状況はやりやすくなっているとも言える。何故なら供給が追いつかない程、各国の戦線に野分が投入されていると言う事は、前線部隊が大凡ミノフスキー粒子対応型の戦術機に置き換わったと言う事だ。それはつまり、遠慮無くビーム兵器を運用出来ると言う事でもある。
「野分向けのビームマシンガンの方はどう?」
「各戦線にて試験運用を実施しております。ですがやはり大気圏内での運用は距離減衰が激しく、有効射程が10000mとなります」
89式支援突撃砲の有効射程が凡そ15000mと言われているからそこから考えれば3割以上短くなる事になる。
「精密射撃用って訳でもないし、そのくらいあれば十分でしょ」
それにそもそも支援突撃砲の有効射程は、遠距離の光線級や要撃級などの軟目標を対象にしている。対してカンパニーが目標に設定しているのは全て突撃級だ。当然対象を支援突撃砲と同じにすれば、射程は遥かにこちらが上だ。おかげで120ミリを売り込む時に有効射程2000と書いて聞き返されたのは良い思い出だ。まだ一年も経っていないが。
「他には?」
「使用頻度の上昇に伴い想定よりも7%の蓄熱が確認されていますが、許容値内です」
サブジェネレーターを後付で積む都合上、120ミリ用の大型弾倉とは同時運用が出来ないし、当然兵装担架も無理だ。必然的に今まで分散していた攻撃手段がビームマシンガンに集約される事になるから、かなり冷却系には力を入れたんだけど、まだ足りていなかったようだ。
「一応想定値内に収まるよう修正しておこうか、サブジェネレーターの生産はもう進めてるんだよね?」
「はい、現在月産300にて製造しています。既存戦力の置き換えは4ヶ月で完了致します」
野分の生産は引き続き続けていて、カンパニーでもまだまだ戦力として部隊を拡張中だ。理想としては現在戦線に張り付いている部隊から転用なしに、ボパールの攻略戦力を確保したい。
「ネェルアーガマ…、高雄級の方は?」
「5番艦妙高、6番艦那智が就役しました。7・8番艦は来月4日に就役致します。また陸上戦艦の22番艦から28番艦までが4日後に就役致します」
「そっちは先行してインドへ送っちゃおう。マンダレーの時はお世話になったしね」
中華戦線にはこちらで要らなくなる分の弾薬を多目に融通する事で話がついている。初動でやらかした中国軍は汚名を返上したくてしょうがないから、戦力そのものより物資の方が喜んでくれるのだ。
「ソ連の方はあれ以来特に目立った動きはないか。…本当に単純な大規模侵攻だったってことか?ロゴフスキー大佐から何か報告はある?」
「ありません。連絡官に派遣している者からも報告はありません」
派遣されているのも容姿は変更されているもののルクレツィアの一人だ。ロゴフスキー大佐の居る基地の全機能を掌握している彼女から何もないと言う事は、少なくともソ連は何も掴んでいないと見て間違いない。
「引き続きグランドソナーの敷設と観測を続けて。それと野分をもう1個連隊、出来れば1個師団送りたい」
「ご指示頂いた増援を実施する場合、ボパール攻略用戦力の確保に連隊規模で2週間。師団規模の場合1ヶ月の遅延が発生します」
「…仕方がない、1ヶ月作戦を延ばそう」
悩ましい所だが、俺はそう選択した。ボパールはマンダレーに大規模な軍事拠点を構えられている現状ならば、突発的な状況にもウチの戦力が即応出来る。対してシベリアはどうしてもソ連が主力になるし、拠点も沿岸部に一箇所だけだから戦力の投入も難しい。幸い中央の方々が柔軟なため、戦力を送り込む事には寛容に対処してくれている。なので対応能力を上げるには事前に投入しておくのが理想的だ。
「鍾馗ならば遅延を2週間で抑える事が出来ます。これからの季節も考慮した場合、攻撃機の配備が適切であると考えます」
これからの季節、北半球は気温が上昇していく。シベリアの大地も例外ではなく、雪と凍土の融解により広範囲が泥濘と化す。履帯で動く戦車すら呑み込んでしまう泥は、二足歩行を行う戦術機にとって最悪に近い条件だ。その点で言えば常に浮遊している攻撃機の方が適しているのだが。
「平野部での戦闘ならね」
前々から疑問に思っていた事がある。それはハイヴの建設方法についてだ。原作の中で成長、即ち規模を現わすフェイズについての説明はあるのだが、実は分化したハイヴがどの様に建設されているのか、具体的な説明はないのだ。何しろフェイズ1の説明では着陸ユニットが落着した後からの内容であり、それが確認出来たのはカシュガルだけだ。つまり人類は30年近く地球で戦い、十数個のハイヴを建設されながら、その過程を知らないという事になる。事実マンダレーでも、大規模侵攻と同時に突然湧いたようにハイヴが出来ていた。逆説的に言えば、これは人類が解らない方法でBETA共はハイヴを建設する方法を持っていると言う事じゃないだろうか。そして原作知識を持つ俺としては見過ごせないBETAが存在する。
そう、母艦級だ。説明では大深度の掘削が主な任務とされているが、地下侵攻の際には同種の移動が確認されていること、加えて要塞級すら複数輸送できる能力があることを考慮すれば、実に嫌な予想が立てられる。
即ち、BETAは地上を移動する事無くハイヴを建設出来るのではないか?と言う事だ。
もしそうならば、シベリアにハイヴが突然出現する可能性が十分あるし、そうなったなら早期にハイヴを攻略する必要がある。何しろ時間が経てば経つ程、ハイヴは生産能力を高めるし、戦力も増強されるからだ。そしてその場合立体的な運動に向かず、更に射耗した際の継戦能力に難のある攻撃機では攻略しきれない可能性が高い。ならば最初からそれを前提とした戦力を投入しておくべきだ。
「地表の対応には引き続き軌道艦隊を使おう。そちらも増産してたよね?」
「はい、ですが投射用の弾薬が不足しています。HLVの増産を提案します」
まったく、あっちもこっちも足りないだらけだ。
「解った。HLVはポイントで購入する。アリス達に連絡して、月のやつを一つ潰すように伝えて」
「宜しいのですか?」
地球から見て真裏にあるハイヴは既にアトリエを攻略していて、アリス達は定期的にG元素を略奪している。都合の良い供給源が出来たと喜んでいたんだが仕方あるまい。
「頭脳級はかなり高ポイントだからね。アリス達にやってもらっても今回の購入分くらいにはなる。それにどうせまだ大量にあるんだ。一個くらい潰してしまっても構わないさ」
まあ合衆国がG弾放棄の代わりに月や火星のG元素獲得を目論んでいるから、あまりやり過ぎる訳には行かないが、それだってどの位先の話かまだ解らないのだ。その時に発生する問題は、その時の俺に悩んで貰おう。
「さて、戦闘方面の問題はそんな所かな?で、後はこっちか」
そう言って俺は端末に入っているメールソフトを立ち上げる。ルクレツィア謹製の防壁によって随分と数を減らされた筈だが、それでも馬鹿みたいな数の連絡が並んでいる。そして直近でもの凄い数のアポイントメントを取っている宛先が一人。
「俺、この人苦手なんだよな」
大量に並ぶ香月夕呼博士の名前を見て、俺は深く溜息を吐いた。