佐伯恵那中佐は混乱していた。文字通り地獄の最前線から名誉の負傷と共に後送されたのが一月ほど前。生体義肢が漸く馴染んできたかと言う矢先に彼女へ下されたのは国内の所属不明勢力への接触命令だった。曰く、大陸にて複数の国軍と協調連携をなした手腕を高く評価している。ついてはその外交能力を役立てて貰いたい。
口からでかけた罵詈雑言を呑み込めた自制心を褒めて貰いたいと彼女は本気で考えた。BETAという脅威を前に生き残ると言う極めてシンプルな目標を共有できたあの状況と、所属不明の武装勢力への交渉を同列に語るなど、彼女の常識では正気の沙汰では無かったからだ。とは言え正式に命令として伝えられてしまえば拒否権は無い。悲しきは宮仕えの身である。付き合わされる部下達に胸中で詫びながら、現地に到着。お決まりとも言えるような定型文を国際公用語、日本語と繰り返し読み上げると、暫くして所属不明機に動きがあった。
『こちらに交戦の意思はない。暫しお待ち頂きたい』
そう言って隠蔽を解き、両手を上げてみせる所属不明機。降参のポーズを戦術機が取ったという事に少々動揺しながらも佐伯中佐は代表者との面会を求めたが、返ってきたのは先ほどと同じ言葉だった。てっきり答えた機体の中身が代表だと思っていたのだが、どうも違うらしい。更に待たされること30分。緊張と苛立ちがピークに達するかというタイミングで、戦術機達が守っていたコテージから人影が現れた。
「申し訳ございません。ご主人様が多忙に付きまして、私めが代理としてご用件を承ります」
そう言って綺麗な会釈をしてきたのはメイドだった。彼女達に知識があればそれがまったくのなんちゃってである事が理解出来たであろうが、それ以上に奇異な状況が彼女達の思考能力を著しく低下させた。故に代表である佐伯中佐に出来たのは群馬の山中でエセメイドを問いただすという極めて滑稽な絵面であった。
「代表に会えなくては交渉にならない」
「問題ございません。ご主人様より本件に関します全権を委任頂いております」
「…では、即時武装解除と拠点の明け渡しを要求する」
「申し訳ございません、その要望へはお応えできません」
痛いほどの沈黙と殺気が周囲を支配する。柔和と表現される事の多い佐伯中佐であるが、それは容姿についてであって、内面は立派に武家の娘である。咄嗟に手を腰へとまわしかけ、鋼の意思でそれを抑え込む。理由の大半は普段持ち歩いている愛刀を佩いていなかったからではあるが。
「巫山戯ているのか?貴様の主人とやらは我が国の法を侵害している。恭順するならば寛大な沙汰もあるだろうが、そのような態度ではどうなるか判っているのだろうな!?」
激昂する佐伯中佐に対し、メイドは小首を傾げると笑顔で答えた。
「何やら勘違いなさっているようですね。ご主人様は別に貴方達の承認など必要ないのですよ。力尽くで納得させることも容易なのですから。交渉の場を設けているのは単にご主人様の慈悲なのですよ?」
「ば、馬鹿にしているのか?我々は日本帝国の…」
「良く存じておりますよ。その上で申し上げています、力尽くで納得させることも容易だと」
全く揺らがないメイドの表情から佐伯中佐は正しく理解する。彼女は本気でそう言っているし、事実その通りなのであろうと。返答に窮する佐伯中佐に対し、メイドは話は終わりだとばかりに一礼し踵を返してしまう。慌てて呼び止めようとする佐伯中佐の言葉を制するように、振り返ること無くメイドが口を開いた。
「申し訳ありません、伝え忘れたことが二つございました。一つ、ご主人様のお手が空き次第こちらからご連絡さしあげます。二つ、警告ではなく忠告ですが、力でどうこうという考えはおすすめしません。ご主人様は温和で慈悲深いお方ですが全てを無制限に許容されるわけではありませんし、それ以前に周囲の者がそれを許さないでしょう。では」
それだけ告げるとメイドは止まること無くコテージの中へと消えてしまう。同時にそれまでただ立っていた所属不明機が警戒態勢に移る。それを見て佐伯中佐は彼女の言葉が全て本気であると痛いほど理解した。
「一旦、下がるぞ。戦術機も全て下げろ」
「それは、宜しいのですか?」
聞き返してくる副官に佐伯中佐は仏頂面で答える。
「良い訳があるか!だが、あの女の目を見ただろう?アレは本気でそうだと考えている目だった。勿論私だって帝国が連中に負けるなどとは思っていない。だが少なくとも連中のご主人様とやらは複数人にそれを信じ込ませるだけの能力の持ち主だ。そんな連中を不用意に刺激してみろ、一体何をしでかすか判らんぞ」
何しろ相手は戦術機すら用意してみせるだけの伝手があるのだ、個人用の爆薬やそれこそBETA相手に使い道も無く死蔵されていた何処かの国の化学兵器などをもってなどいたら目も当てられない。しかもそれを使うのが狂信者であれば尚更だ。
「杞憂で終われば私一人の首で済む。だが本当であったなら。我が帝国が被る被害は想像もしたくない。非武装の監視員を数名置いて後は撤収する」
そう言って佐伯中佐自身も踵を返す。連中と二度と関わらない事を望みながら。
「どうしてそうなる!?」
帰ってきたメイドさんを見て、俺はベッドの中でつい絶叫してしまう。ファントムモドキに取り付けられている集音マイクは非常に優秀で、彼女の交渉とやらを逐一漏らさず俺の耳へと届けてくれた。無論映像もバッチリであるから帝国軍の皆さんが激おこでお帰りになる場面もはっきりくっきり見ていた。思わず頭を抱えようとして筋肉痛により悶えているとメイドさんが口を開いた。
「ご主人様のいらっしゃった世界と比べ、ここは些か暴力と言う要素が比重を占めております。力無き、あるいはないと目された者は搾取の対象でしかありません。下手に出て友好を語るなど下策中の下策です」
ぬう。百理ある。
「そもそも何なのですか、あの者の態度は。この終末の世を憂い己の平和な来世をふいにしてまで降臨下さったご主人様に対してなんたる無礼!本来ならば五体投地の上泣きながらその慈悲に感謝の祝詞を捧げてもおかしく無いと言うのに」
「いや、それはどうだろう?」
いきなりやべえ宗教の教祖ばりに持ち上げられて突っ込んでしまう。だって俺はそんなに深く考えずにこの世界に来たからだ。しかも来るのを決断したのもチート能力を授けて貰える前提だ。とてもじゃないが高潔とか慈悲深いとかいった言葉とはかけ離れた存在だろう。だが、そうだな。どうせ最初から世界を滅茶苦茶にする前提で来ているんだ。ならばちゃんと滅茶苦茶にしよう。
「まあ、君の言い分も解った。そもそも拠点と戦力の保持を優先させたのは俺だしね」
友好と言った気もするが、そこは呑み込む。平和な世界の友好と、彼女の言う通り正に世紀末な世界における友好がイコールとは思えないし、両者のパワーバランスが著しく不均衡であるならば尚更だ。自身を落ち着かせる意味を込めて深呼吸を一度すると、俺は彼女へ礼を述べようとして気がついた。
「そう言えば君の名前は?」
「私は汎用モデルですから個体名は存在致しません、同型機が着任しました場合もネットワークにて全データを共有、全ての個体が変らぬパフォーマンスでのサポートをお約束致します」
そいつは有り難い。でも呼び名くらいあっても罰はあたるまい。
「でもそれじゃあ俺が呼ぶ時に不便だよ。…そうだな、君はモデル09だから、ルクレツィア。今日から君の事はルクレツィアと呼ぶことにする。よろしく頼むよ」
そう俺が言うとルクレツィアはベッドの横に傅いた。
「承知致しました。戦略支援システム型ドロイド、ルクレツィア。世界を救うその日までご主人様を微力ながら支えさせて頂きます」
仰々しいやりとりにちょっと笑ってしまう。
「取り敢えずこの通り2~3日は動けそうに無いんで、それまで拠点の運営をお願い。特に戦術機の生産を最優先、次いで拠点の拡張と各種資源生産設備の設置、宜しくね」
そう言って俺は目を閉じた。
のが、三日前。痛みが引き、ちょっと窮屈になった服を着て朝食の携帯糧食(自衛隊)を囓りながら、寝ていた間にルクレツィアがやらかしてくれた報告に目を通している。
「ほうほう、戦術機は追加で1機。ただし製造ラインをもう一本追加中で今週中には稼動開始と」
これは日産1機だから不思議じゃない。むしろ量子コンピューターとかジェットエンジンとかを一から生産しているというのに僅か1日で組み上がる方が異常だ。おかげで拠点の9割はこの生産設備で埋まってしまったが、拡張するのを前提にこんな辺鄙な場所を選んだので問題は無いだろう。むしろ驚いたのはその設備を用いてもう一本生産ラインの各種機材を生産するという発想である。殆どを技術獲得の際の特典として手に入れていた俺は、それ自体を作る術を持たなかったのだ。じゃあなんで作れたかと言えば、それは完全にルクレツィアのおかげである。
戦略支援システムの名の通り、彼女は俺をサポートするためにこの拠点とネットワークを共有している。当然そこには同じく接続している作業用ドロイドがあるのだが、これらは生産設備全体の保守点検も受け持っている。その中には設計図と遜色ないデータが納められていたのだが、何せ作業用ドロイドは文字通り労働力であるため自身から使用者に提案や情報を提供するといった機能を持ち合わせて居ないのだ。まあ、それ故に150体購入してもたったの3000ポイント、ルクレツィアの大体半分程度のお値段なのであるが。
「…しかし、そうかぁ。発電システムと資源収集システム、浅間山に繋げちゃったかー」
俺は真っ正直に拠点の真下方向へ掘り進んでいたのだが、それはどうにも効率が悪いらしい。資源収集と基地拡張のため、真下方向への掘削も行われているが、手っ取り早く熱源を手に入れるために、ルクレツィアが選択したのは近所の活火山を活用する方法だったというわけだ。これ、刺激になって噴火とかしないだろうな?
「むしろ継続してマグマを採取しますから噴火のリスクは低減します」
「さようですか」
すまし顔で隣に控えているルクレツィアだが、俺には凄い勢いで振られている犬の尻尾が幻視出来た。うむ、信賞必罰は健全な組織に必要な要素だよな。だから俺は次の文言を読み上げねばならん。
「では最後に、あの後拠点に来た帝国軍戦術機を悉く撃退したのはなんで?」
そら力を見せる必要はあると言うのは理解したつもりだ。でも幾らなんでもやり過ぎだろう!?映像を確認したけど最後の方なんて富士教導団の不知火が出てきてたぞ。
「そのご質問に対する答えは簡単です。彼らの目的がこちらの制圧でも占領でも無く破壊であったからです」
どうもこの戦略支援システム様はとても優秀らしく、現在人類が用いている暗号通信程度なら余裕で傍受出来るし、ネットワークに存在しさえすればあらゆるコンピューターに侵入可能なのだそうだ。その彼女曰く、最初に対応した佐伯恵那という中佐は俺達に危機感を覚えて兵を引くと同時に穏便に対応するよう報告書を上げたそうだ。しかしそれを見た上層部は激怒した。そりゃそうだろう。良く解らん武装勢力に恫喝されて兵を退くなんて面子が丸つぶれである。おかげで佐伯中佐は責任を問われて出頭、んで後任の人間はさっさと俺達を排除するべく動いたわけだが。
「まさかたった4機に片付けられるとは思わなかったんだろうなぁ」
「無力化は致しましたが人的損失は発生させておりません。機体に関しましても今後はこちらからの供与が主軸となりますから軽微でしょう」
大隊規模の損失を軽微と捉えてくれるんかな?
「ところでその後の襲撃が止まったのはなんで?」
ここまでやったらもう後には引けないと覚悟完了させそうだけど。
「あちらの総司令部にお伝えしただけです。どうしても不満だと言うのなら帝都まで話を付けに行ってやっても良いと」
因みに現在の帝都とは首都京都を指すのだが、軍事的な中枢は実は東京にある。へんに武家社会が継続した結果、内閣の統制下に無い武力を有した勢力を内包したために、住み分けが必要になってしまったのだ。んで、今回の件に関しては内閣の管轄である国防省が担当していたのだけど、そんな彼らにウチの頼れる戦略支援システム様はこう言ったわけだ。
「あんまり舐めてるとお前らのボスの安否も保証せんぞ?」
帝都におわすのはご存じ政威大将軍様である。無論帝都は斯衛によって守られているが、その能力は一般的な帝国軍に比べれば有能ではあるが、絶対の差は存在しない。簡単に言ってしまえば、富士教導団くらいの能力があれば互角にやり合えるのだ。そしてこちらのファントムモドキはその富士教導団を圧倒している。国防省はさぞ肝を冷やしたことだろう。何せ自分達が要らん虎の尾を踏んで、結果政威大将軍を危険にさらしたとあれば城内省が激怒するのは間違いなく、国民感情も逆撫でする事になる。そうなれば首が飛ぶのは一人二人では済まないだろう。
「それから何度も来られては不愉快ですから、この辺りの所有権と身分も作っておきました。これで多少は静かになるかと」
おまけに国のデータベースも改竄したらしい。今更な気もするけど無いよりはあった方が良いだろう。
「解った、ルクレツィア。引き続き拠点の改良をお願いするよ。俺は少し出かけてくる」
「承知しました。行き先をお伺いしても?」
そう聞いてくる彼女へ俺は笑いながら答えた。
「こっちから声を掛けると言ったんだろう?いつまでも待ちぼうけさせるのは趣味じゃ無いんだ」
戦略支援システム型ドロイド(武闘派)