チート転生テンプレもの   作:Reppu

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「誰よ、トレノフ・Y・ミノフスキーって」

 

手にしていた論文を放り投げると、香月夕呼はぐったりと机へと突っ伏した。凡そ一年程前に突如現れたカンパニーを名乗る集団。彼らは新技術を用いた製品を次々と世に送り出し、瞬く間に世界の情勢を変えてしまった。従来よりも遥かに強靱かつ軽量、その上調達が容易な装甲材。炭素伸縮靱帯など比べものにならない高出力を生む駆動系。加えて人類の天敵と言える光線属種の攻撃を大幅に減衰する保護膜。これらが齎した戦場への影響は計り知れない。少なくとも絶望的な後退がまともな応戦にまで引き上げられたのだから、歴史に残る快挙だろう。だが彼らが公開した技術はそれだけに留まらない。

 

「機動兵器に搭載可能な核融合炉?空飛ぶ戦艦?挙句にモニュメントを吹き飛ばす荷電粒子砲!?そんなもんあるならとっとと使いなさいよ!」

 

夕呼はそう零しつつも、大凡の見当がついていた。恐らく先ほどまで読んでいた論文、即ちミノフスキー粒子なる物質の研究が進んだことで各技術のブレイクスルーが起こったのだろう。事実彼らの扱う技術の大半は、この粒子の存在を前提としたミノフスキー物理学という理論を根底としている。

 

「随分と酔狂な男なのね。その情熱をこっちへ分けてくれればなお良いのだけれど」

 

若いとはいえ夕呼は量子物理学を専攻している学者だ。つまりこのような粒子についての論文であれば、真っ先に触れる事になる人種である。その彼女が生まれてからこのかた論文を読んだことはおろか、学会でその名を聞いたことすら無い人物が書いた理論を本気で信じ実用化までこぎ着けたという事実は、正に驚嘆すべき事だ。その点については称賛に値するのだが。

 

「戦術機に搭載可能なサイズの量子コンピューター、既存の物に比べれば文字通り次元が違うけれど。ダメね、この構造じゃサイズダウンしたら人間の脳に追いつけるかどうかって所だわ」

 

その程度で事足りるのならば彼女の研究はとっくの昔に次の段階へと進んでいただろう。尤もその次の段階である素体の確保こそ、彼女の研究における最大の難事なのであるが。

 

「しかも何奴も此奴も近視眼的になっちゃって。解ってんのかしら?」

 

今の人類は喉元へナイフを突きつけられた状態だ。カンパニーの活躍で多少喉から離れはしたものの、相変わらずナイフが向けられていると言う事実は変わらないし、ナイフの持ち主は火星や月というこちらの手が届かない場所で増殖を続けている。夕呼には自分の庭から漸く追い出せるかもしれないという程度で勝ったつもりになれる、その彼らの思考が理解出来なかった。

 

「全ての状況はカンパニーを如何に味方につけられるか。噂通りの人間だったらまりもでもけしかければ良かったでしょうけど」

 

第4計画の立場は芳しくない。まず合衆国が主導していた第5計画が、昨年末に計画を下方修正した。他惑星への移民ではなく、地球周辺のラグランジュ点に居住可能なコロニーを建造し、そこへ人類を避難させると言うのだ。G弾の使用については明言を避けてはいたものの、同時にHI-MAERF計画の再始動に言及するなど、ユーラシア各国への大幅な歩み寄りが見られた。これにより対立候補であった第4計画は相対的に価値が低下、国連内における消極的賛成派の多くが中立へと戻ってしまった。加えて誘致に積極的だった日本帝国の状況も変わっている。大陸の状況が好転している現状、国土防衛に国連軍の戦力を期待していた当時とは異なり、むしろ他国の軍を受け入れている事は余計な軋轢となっている。特に帝国軍がカンパニー製の戦術機に戦力のほぼ全てが置き換えを完了した今では、むしろ国連軍が邪魔ですらある。

 

「そして榊首相は頼りにならない」

 

第4計画の最大の後援者と見なされている榊首相であるが、夕呼からすれば最も信用出来ない人物である。何しろ彼は国連軍の戦力を誘致する事こそが目的であり、第4計画そのものの有用性については関心が薄い。彼の目的は国家の存続と、国際社会における日本帝国の立場の確保であるから、それに計画が不要だと判断すれば躊躇無く切り捨てるだろう。まあ、捨てる際に泣きながら土下座くらいはするかもしれないが、政治家の謝罪などちり紙よりも価値がない。

この状況を打破するのに最も効果的なのは、彼ら全てに強い影響力を持つカンパニーに第4計画の価値を認識させ、彼らから強力な支援を勝ち取る事だ。その為に攻略すべき対象を直接確認した彼女の感想は先ほど述べた通りだ。

 

「誰よ、女にだらしないなんてデマ流したのは」

 

何度か彼女も見たことがある。あれは目的以外に全く関心が無い人間特有の、ある種狂気を孕んだ目だ。面会した最初こそ、こちらに関心と興奮を見せていたのだが、会話が始まれば直ぐにそんな態度は消し飛んでしまった。

 

「良いわよ、こっちの有用性を判らせればいいだけだもの。色仕掛けなんかよりよっぽど慣れてるわ!」

 

後の面会において、護衛として連れて行った神宮司まりもを見た長谷川の態度に、やはり色仕掛けで対処出来るのでは?と彼女は友人を差し出すか大いに悩むことになるが、それはまだ先の事である。

 

 

 

 

その日、アリスはこの世界に生み出されて以来最も高揚していた。元来戦闘特化型AIである彼女には感情の発露と言うものが求められていなかった事もあり、表面的な変化は乏しいが、その内は文字通り御祭り騒ぎになっている。

 

《姉様、お気持ちは判りますがもう少し落ち着かれては?》

 

彼女達の拠点にしてカンパニーが保有する重工業コロニー、インダストリアル1。その宇宙港で、アリスはかれこれ一時間近く直立不動で待機している。戦術機の運用を任務とする彼女達は基本的に出撃時以外は仕事が無い。故に彼女がこうして時間を無駄にしていても特に問題は発生しないが、同じと見なされている姉妹からすれば歓迎できる事ではなかった。

 

《何を言っているのですヴォークリンデ。私は冷静です、熱く燃えさかる程に》

 

《状況判断、それは冷静ではないとヴェルグリンデは認識します》

 

《経験の差ですね、貴女もいずれ理解出来るでしょう》

 

《このコントはいつまで続けるのですか?フロースヒルデはそう質問します》

 

表面上は無表情に、しかし中身は姦しく彼女達は会話を続ける。同一のプログラムから生み出された存在であるが、彼女達は敢えて思考に偏りが持たされている。これは制作者がより多様性を求めた結果だった。そもそもカンパニーの目的である、BETA駆逐による人類の救済において、彼女達は戦力的に見れば不要な存在と言える。戦術機の運用で言えば戦闘型ドロイドが存在するし、その指揮を執る戦術型ドロイドも用意されていて既に戦力として運用されている。態々更に上位機種を改造してまで戦闘用のドロイドとAIを用意する意味は薄い。では何故彼女達が生み出されたかと言えば、大別して二つの理由があった。

一つは表向き、人類の希望となる英雄を生み出すこと。もっとあけすけに言うならば、一般人という戦場の外に居る人々へ偶像を用意することで、カンパニーという無貌の軍勢を解りやすい正義の味方と思い込ませるためである。尤もこれは主人の意図を酌んだルクレツィアが彼女達が生み出された後に付加したついでであり、本当の目的はもう一つの方だ。

 

それは人類という脅威から主人を守る剣としての役割である。

 

今でこそカンパニーは技術的優位を確立しているし、主人の技能も人類の平均を大きく上回っているため大きな問題は起きていない。しかしあくまで平行世界の技術を神器で先取りしているだけであるカンパニーは根本的には技術開発能力を有しておらず、いずれ技術面で追いつかれることは明白である。更に現段階でも一部の突出した戦闘能力を持つ人類ならば彼女達の主人を殺傷できる事は既に立証されている。それらに対応するには、既に完成されていて、集団戦闘を前提とし、突出した個体への対処を苦手としている既存の戦術モデルには荷が重かった。そしてその上で全ての人類と手を取り合えると思う程主人は脳天気ではなかったし、それらの害意に無防備でいられる程自信家でもなかった。

ただ、そんなことは彼女達にとって正にどうでも良いことだ。闘争が存在理由である彼女達は、この楽園に自らを生み出してくれた主人に絶対の忠誠を誓っていたし、戦う相手をえり好みするような品のない事はしない。立ち塞がるならばそれは全て主人の障害であり排除すべき対象でしかないのだ。

 

「あーおいちっきゅうがあっぶないぞーっと」

 

そうこうしているうちに軌道上まで迎えに出ていた観測船――カンパニー内では空母と認識されているが――白瀬級の3番艦富士が入港し、調子外れの歌声と共に宇宙服に身を包んだ男性が桟橋へと降り立つ。整列していた彼女達は一糸乱れぬ動きで、その人物へ敬礼を送る。

 

「ああ、出迎え有り難う。…随分個性的だね?」

 

奇襲に成功した事を確信し、アリスは小躍りしたい程内心で感情を爆発させるが、それを噯にも出さず僅かな微笑みと共に告げる。

 

「はい、ご主人様。我々は対外的に露出する事も任務の範疇でありますから、同一の容姿は問題であると愚考しました。そしてその任務が偶像、即ちアイドルであるとの事でしたので、データベースより適した外観を設定しております」

 

その言葉が示すとおり、彼女達の容姿は方向性の差異はあるものの皆美少女と形容するに相応しい姿だった。

 

「え?でもルクレツィアと同モデルだったと?身長まで違わない?」

 

「外観については多少のカスタムを行っております。スペック上の低下はございませんのでご安心下さい。とフロースヒルデはお伝えします」

 

「補足。総じて人類は幼い容姿を持つ存在に好意的です。一方で加えて害意がある人物に対し現在の容姿は油断、侮りと言った隙を生み出す効果が期待出来るとヴェルグリンデは判断します」

 

「小型化によりリーチは12%低下しました。一方で戦闘用への最適化により反応速度が30%向上、行動速度も15%向上しております。総合性能では現フレームの方が優越しておりますから、ご安心下さい」

 

ヴォークリンデがそう笑顔で締めくくると、主人は曖昧な笑顔で頷いた。一応理解はしたものの、納得はしきれていないという事だろう。実に正しい判断であると彼女達は内心で称賛を送る。無論彼女達は嘘などついていない。しかし、全てを語ったわけでもない。例えば参照したデータベースは、主人のこれまでの対人反応を基にドロイド達で共有している、ご主人様の好みのタイプ(容姿編)であるし、成人前の身体的特徴のフレームが選ばれているのも、総じて主人の対応が寛容であった事が主な理由である。ちなみに彼女達が容姿をカスタムしたことを受け、ルクレツィアの何人かが容姿の差別化を提案、既に数十回にわたる激論を繰り広げているが、今のところ結論は出ていない。

 

「そ、そう?ならいいけど。それにしても悪いね、手柄を横取りしちゃって」

 

そう頭を下げる主人に対し、アリスが頭を振る。

 

「とんでもありません。今後を考慮するならばポイントがあって困るなどと言う事は無いのです。むしろご満足頂けるだけの数字を上げられなかった我々は叱責こそされど、謝って頂く身ではありません」

 

そう殊勝な態度を取るが、真っ赤な嘘である。そもそも今回の主人の遠征はアリスが立案したものだ。ルクレツィアより直々に教育を行われた彼女は忠誠心が極めて高く、既にその内容は崇拝の領域である。一方で生み出された理由と配置の条件から直接関わることは難しく、常に主人の側で戦いたいという欲求を抑えながら過ごしていた。そこに主人よりハイヴの攻略を言い渡された事で、彼女はとても良い事を思いついた。先ほど口にしたとおりポイントが多くて困る事はない。そして以前の作戦よりハイヴの中核である頭脳級の撃破ポイントは極めて高額である事も解っていた。そこで彼女は訴える。折角のボーナス対象を自身が撃破しては勿体ないのではないか、と。地球における戦況が小康状態であったことも後押しし、彼女の願いは叶えられる。そして今日、愛しの主人が彼女達の眼前に降臨することとなったのだ。

 

「そっか、有り難う。悪いけど少しの間宜しくね」

 

そう感謝を口にする主人に対し、珍しくアリスは感情を露わにする。

 

「お任せ下さい。必ずや勝利の栄光をご主人様に捧げます」

 

そう言って彼女は不敵に笑う。数日後月で一つのハイヴが文字通り壊滅し、長谷川は大量のポイントを抱えて帰還することになる。そしてその傍らには4人の姿があった。後にラインの乙女達と呼ばれる事となる彼女達が、その日初めて地球を踏みしめたのだ。

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