『最初は、順調だったんだ。いつも通り楽な仕事だって笑ってた』
『俺が配属されたのは、今年の初め。もう戦場で見かけるのはノワキとショウキばかりだった。よく先任が笑ってたよ。お前等は食われる心配がない、幸せ者だってさ』
『本当のことを言えば、何処かで思ってたんだ。実はBETAが人食いの化け物なんてのはウソで、軍の失敗を隠蔽するためとかで、わざと恐ろしい相手と喧伝してるんじゃないかって。だって、俺が戦争に参加してから部隊の誰も死ななかった。誰もだぜ?』
『命令はいつも通りの間引き作戦だった』
モニターの中の青年が、ぽつぽつと語る。
『慣れたもんさ。俺は衛士になって1年だけど、もう3度間引きには参加してる。戦場は拍子抜けするほど安全な場所だったよ。なにせ遠くから適当に弾を撒いていりゃ終わりだ。訓練校の方が厳しかったくらいさ。教わってた話とも全然違ったな。先輩たちは光線級が居てもバンバン飛ぶし、悲鳴を上げながら逃げ惑う友軍なんて見たことがねえ。化け物共に食い殺されるなんて、それこそ与太話だったんじゃないかと思ったよ』
そう言いながら青年は顔を上げる。その表情は憔悴しきっていた。
『作戦が始まったら、隊長が言った。今日はいつもより深く侵攻するって。特に何も考えず命令に従ったよ。兵隊だ、当然だろ?』
引きつった笑顔を無理やり浮かべつつ青年は話し続ける。
『その日の化け物共は前回より少なくて、間引くなら深くまで入り込む必要が確かにあったんだ。だから俺達は言われた通りに進んだよ、道中の小さな集団は先行してた攻撃機部隊の連中が片付けていたから何もすることがない。退屈な仕事だ、なんて思ったくらいさ。…それがいけなかったのかもな』
再び青年が俯き、その表情が隠れる。
『ノワキは優秀な機体なんだ。見てくれはファントムと大差ないが、中身は正に別物さ。パワーもスピードもけた違い。操作は旧型に比べれば多少複雑だけど、そこは人次第かな。体の動かし方が解らなくても乗れる分、こっちの方が楽って奴もいたよ。でも何より凄いのが装甲だ。知ってるかい?昔の戦術機は滅茶苦茶脆くて、戦車級に齧られただけで壊れたんだってよ。レーザーだってチビの方の一撃で撃ち抜かれたんだと、そんなに簡単に壊れるんじゃ、死の8分なんてのも頷ける。でも最初からノワキに乗ってた俺達には他人事だった、どっちもノワキにしてみれば大した事じゃないからな』
明らかに震えた声音で続ける青年。だがそれを止める者は居ない。
『けど、そのノワキだって無敵でも完璧でもないってことを、俺達は理解していなかった。ノワキはでかくて出力がある分、接地した際の地下探知能力、つまり地中に居る化け物共を探ったり、足元がどうなっているかを確認する能力が従来の機体より低かった。まあ、あんな状況じゃ従来の奴でもどうしようもなかっただろうけどな』
指先が白くなる程組んだ手を握りしめながら青年は喋り続ける。そうしなければまるで押しつぶされてしまうとでも言う様に。
『最初はチャオの奴だった。突然足元が崩れて、アイツの機体が倒れながら穴に落ちた。高さは100mあるかないか、妙な場所だった。教えられてたホールって奴にしちゃあ小さすぎるし、何より地表に近すぎる。その上場所だって随分とハイヴから離れてた。おかしなことづくめだが、とにかくチャオが化け物共のど真ん中に落っこちた事は変わらない。直ぐに36ミリを掃射して引っ張り上げようとしたんだが、その時アイツの悲鳴が隊内通信に響いた。奴は食われるって叫んでたんだ。馬鹿な事を言ってやがる、大方初めて戦車級に集られて混乱したんだと隊長は思ったんだろうな。落ち着くように促して周囲の掃射を続けるように俺達に言ってきた。だけど、そのすぐ後にチャオの奴は食われた』
震える手で青年は顔を覆う。
『手が、助けて、そう言ったと思ったら潰れるみたいな声がして、な、何かを喰う音がっ。それにおかしいんだ、撃ってるのに化け物が減らないんだよ。120ミリだって使ってるのに!そのうちあのでかいのが歩いてきて、あの角で隊長をっ、隊長は溶ける、熱いって叫んでて、でも、アイツは死ななくて、他の連中も…う、うげぇ』
ストレスに耐え切れなくなった青年が嘔吐した所で画面は消えた。真っ暗になったモニターを見ながら、俺は深々と溜息を吐く。
「もう一度聞くよ。これは先日起こった事なんだね?」
「はい、4日前に実施されました統一中華連合による重慶攻撃の生存者に対する聞き取り調査です」
「彼の部隊が野分を運用していたのも?」
「間違いありません。証言と機体信号の喪失が一致しております」
「どうなって、いや、そうだな。連中が対応してきただけという事か」
顔に手を当てて、俺はそう呟く。完全に浮かれていた。確かに思い通りに計画は進んでいるとは言い難いけれど、それはあくまで人類側との調整が足を引っ張っているという認識だった。当然だ、だってどこの戦場でもウチはずっと勝ち続けていたのだから。
「今回の内容について、統一中華戦線は隠蔽を計画しております」
「は?」
「喪失の原因について追及された場合、ハイヴに対する過度の接近についても説明が必要になります。その点を隠蔽するために、今回の一件自体を無いものにする方針です」
冗談じゃないぞ。連中は前の失敗をもう忘れているのか?
「論外だよ。野分を破壊可能なBETAが出現したんだよ?各前線にこの情報を即時共有する必要がある」
「野分に対する各国の評価が低下しますが」
「そんな些細な事を気にする必要はないよ」
第一知られずにそこかしこで同じことが発生する方が問題だろう。
「それよりも問題は野分を破壊したBETAの方だ。安全率は3倍だったはずだろう?」
超硬スチールの製造過程は分子レベルで配列を制御しているから従来の鋳物や鍛造品のような品質のぶれは存在しない。ならばかみ砕ける個体が現れたという事は、全ての超硬スチール製の機体は破壊可能だという事だ。ついでに設計段階で安全率を3倍、つまり噛み砕く力の3倍まで耐えられる強度にしていたのだから、噛み砕いた奴は少なくともそれ以上の力を有している事になる。
「送られてきましたデータによれば、従来種の7倍の咬合力を有しています」
「冗談でしょ?」
強度で言えばルナチタニウムを始め、超硬スチールを超える部材は存在する。雷に使っているガンダリウムγだってそうだ。けれどそれだって強度は倍が精々だから、どう考えても新種の攻撃には耐えられない。残る方法は、そもそも装甲に噛み付かせないになるわけだが。
「…ボパールの攻略を1週間早めよう」
「現在の生産計画のままですと、投入出来ます戦力は想定値を20%下回ります」
俺がそう言うと、ルクレツィアが即座に返事をする。
「元々余裕を見た数字なんだ、80%なら十分攻略できる。それよりもハイヴ攻略の実績とグレイシリーズの確保が優先だ」
月のハイヴを攻略しているから実の所グレイシリーズ自体は数十t単位で保有出来ている。しかしそれは公式には存在しないグレイシリーズだ。だから表向きに入手した言い訳が要る。俺の考えを理解してくれたのか、ルクレツィアが暫し考え込むそぶりを見せた後口を開く。
「計画を修正しました。試製00式の早期投入が必要になります。開発素体購入によるリバースエンジニアリングを提案します」
俺は頷いて神器を操作すると、ポイントで機体を購入する。
「出したよ、機体をラボに運んで。ブリッジス女史には悪いけどね」
製造したのは所謂第二期と呼ばれる小型MS、それも最盛期と言える時期に最高傑作として製造されたLM314V21、通称V2ガンダムだ。既にブリッジス女史はMSが変形や合体という機構を可能とした兵器である事を理解しているし、限定的ながら開発中の機体にも取り入れている。現在アラビアに送った試製96式のデータを基に新型を設計してもらっているが、こいつを参考にしてもらえば開発期間を多少は短縮出来るだろう。彼女のプライドはズタズタになってしまうかもしれないが、人類を救うための必要経費と今回は割り切らせて貰う。
「試製00式は女史の設計が終わり次第生産に入るよ、本拠地の方で生産ラインの増産を」
はっきり言って試製96式の時点でも野分や雷とは隔絶した性能だ。本来は少数生産に留め、大部分は野分と雷で対処する予定だった。何しろコイツにはML機関が搭載されているから広まれば確実に各国がハイヴの争奪戦を始める。何せ独力でハイヴを陥落させることが可能な戦力なのだ、真面目にバンクーバー協定を守るとは思えない。そもそもあの協定、具体的なペナルティが設定出来ていないからな。そして00式は本格的な対月面・火星を想定して設計中の機体である。当初の予定ではコイツはブリッジス女史に独力で完成させてもらう予定だった。既にミノフスキードライブや大出力の小型核融合炉は獲得済みだから、大量生産を前提とした量産モデルのこの機体は、地球からBETAを追い出した後でと考えていたのだ。
「各生産ラインは最大稼働しております。増産には対応出来ません」
「ああ、そうだったね。ちょっと待って」
そう言って俺は緊急用として分けておいたポイントから生産用の工作機械を2ライン分購入する。
「設置後は試製00式の生産用に使って。出来るまではルクレツィアの裁量に任せる」
言い終わると俺は静かに溜息を吐いた。ああ、上手くいかないな。
「合理性って一周回ると、傍からは頭がおかしく見えると思わない?」
ラボに運び込まれた機体を眺めながら、ミラ・ブリッジスは遠い目で同じ様に搬入作業を見ていた同僚達に問いかけた。機体の説明資料一式と同時に昨日まで何処にもなかった超高性能機が忽然と現れるという異常事態に大分慣れてしまった彼女である。手にした資料を確認し、盛大な溜息を吐く。
「衛士は貴重だしML機関はもっと貴重。ミノフスキードライブはお高いし小型核融合炉にそれらを制御するコンピューターだって馬鹿にならない。それは解るけれど、だからってここまでする?」
「確かに合理的ではありますよね。大事なものは全部まとめてパッケージにしておいて、万一の場合は纏めて取り外して持ち帰ると」
「他の部分ははっきり言って大した技術が無くても製造可能ですから、材料さえ支給すれば現在野分を製造している各メーカーで生産可能ではありますね」
「パッケージした重要部品が逃げられるよう脱出艇を兼ねていると言うのは合理的なのでしょうか?いえ、逃げられるのに越したことはないでしょうけれど」
「「「「こんなものをマスプロダクトモデルと呼ぶのは絶対におかしい!!!」」」」
全員が乾いた笑い声を響かせたかと思うと、頭を抱えつつ叫ぶ。
「量産?量産って何よ!?こんな機体一機製造する予算で戦艦だって買えるわよ!?」
「落ち着いてください、ミラさん。現在ML機関を販売しているメーカーは存在しません。というか量産出来ているのがウチだけです。つまり値段なんて付けられません」
声を荒げるミラに新名が諦めた表情で突っ込む。
「ミノフスキードライブ自体は我が社が製造している物よりだいぶグレードが下げられていますね。一応気を使っているポーズでしょうか?」
「違うそうじゃない、と言うのが正直な感想よね。そもそも遠回りにリクエストなんてしないで、これが欲しいならさっさと現物を見せてほしかったわ」
首を傾げる浦木に賀東が腕を組みながら応じる。それに対しミラは悔しそうに口を開いた。
「私達では期日に間に合わない、彼はそう判断したのよ」
「お気持ちは解らなくありませんが、気負い過ぎでは?現在の試作機は2000年完成を目標に設計していました。それを4年も短縮しろと言うのですから間に合わなくて当然です」
「そうね、ここにいる全員がそう考えていた。だからこの機体が送られてきたのよ」
ミラは俯きながら言葉を続ける。
「BETAは地上に侵攻して2週間で航空機に対応してみせた。奴らの本当に厄介な点はその対処能力なのに、彼以外の誰も新しい戦術機が対応されるなんて考えてもみなかった。だから新型の完成まで4年も掛けて良いという言葉に疑問も持たなかったし、その通りに呑気に作業をしていた。だから間に合わなかった」
野分が従来機と同様に撃破された事は既に彼女達にも伝わっている。
「多分これは彼からの最後のチャンスでしょうね。ここで意地を見せられなかったら、多分彼は二度と私達に期待しないでしょう」
ただ与えられるのを待つだけ、親に餌を強請るひな鳥の様な存在に人類はなりつつある。自分達はそうではないと、人類は自らの手で戦う気概があるのだと最も彼の近くで示せるのが自分達だ。そんな彼女達までもが期待できなくなった時、果たして彼はそれでも人類の為に戦おうとしてくれるのだろうか。
十分にあり得るだろう恐ろしい未来を口にすることは、彼女には躊躇われた。
年1回くらいは更新出来たら良いな、なんて。