「久しぶりだな沙霧大尉、一体どうした?」
「お久しぶりです、大岳大尉。お元気そうで何よりです」
そう笑顔で告げてくる青年に対し、大岳は苦笑交じりの返事をした。
「機種転換につぐ機種転換でてんてこ舞いだよ。尤も、そんな事が愚痴のネタになる程度には恵まれているという事だが」
その言葉に沙霧大尉も苦笑を返してくる。当然だろう、ほんの数年前まで大陸で明日は誰が死ぬのかと言う戦場に身を置いていた彼らにしてみれば、この程度の忙しさなど苦労と呼べるものではないからだ。一頻り笑い合った後、最近では珍しくなくなった天然の茶を口に含むと大岳は笑みを消して沙霧大尉に問いかける。
「それで、本当にどうした?帝都守備隊に所属している貴様が尋ねて来るとは。まさかこんなおっさんの顔を見に来たという訳ではあるまい?」
その言葉に沙霧大尉も表情を引き締めると口を開いた。
「率直にお答えいただきたい。大岳大尉、貴方から見てカンパニーとは如何なる存在でしょうか?」
(相変わらず不器用な奴だな)
真剣な表情でそう聞いてくる後輩を見て、大岳は歪みかける表情を強引に抑え込んだ。沙霧大尉が若手将校を中心としたとある集まりに参加している事は大岳の耳にも届いている。彼らがカンパニーに対して好意的でない事も含めてだ。そして帝国軍内でもカンパニーに極めて近しい位置にいる大岳にその情報が届いていないと考える程、目の前の後輩は間抜けではない。
「そうだな、彼らは」
「彼らは?」
「正義の味方、だな」
自らの台詞に露骨に顔をしかめた後輩に我慢出来ず大岳は苦笑した。頭は回るし、行動力もある。だが感情の制御は今一つだと彼は沙霧大尉を評価する。しかしそれは無理のない事だった。元々帝国軍人は武士道であるとか、仁義とでも表現すべき価値基準が行動指針の根底に存在する。そしてそれを改善しないまま先の大戦を終え、体質を引きずったまま来ているのが今の帝国軍だ。合理性や効率よりも信義を優先する行いは高潔と称えられるかもしれないが、それで戦争に勝てるならば苦労はない。それが武士道どころか倫理観すら持ち合わせているか怪しい相手ならばなおのことだ。
「大岳大尉」
「気に障ったか?だが、俺からすればそれ以外に言いようがない」
「世をこれだけかき回しておいてですか?」
その言葉に大岳は真面目な顔で返す。
「世の平穏を守るのは政治家の仕事だ、敵を払うのは軍人の仕事。つまりどちらも彼らが背負わねばならんものではない。仮にそうしている様に見えるなら、それは政治家や軍人が不甲斐ないばかりに民間人がそうしなければならないと言うことだ。謝罪する理由はあれど、恨み言を吐くのは筋違いにもほどがある」
沈黙する沙霧大尉に対し、大岳は言葉を続ける。
「彼らが正義の味方と言うのに不満があるようだが、俺はほかに当てはまる言葉を知らん。国籍、言葉、信じるもの。ありとあらゆるものが違う相手を自分より弱いからと言うだけで守ろうと、救おうとする者を他にどう呼べば良い?」
「それは…」
「だから沙霧、覚えておけ。お前やお前のお仲間が何を思おうとどんな思想を持とうと俺は気にしない。人間秘めた思いの一つや二つはあるものだからな」
そこで大岳は手にした茶を飲み干し、空になった湯呑を机に置きつつ正面から相手を見据える。
「だが何かをしようと思うなら話は別だ。今国に波風が立てば確実に彼らの足を引っ張る。そうなればお前たちは、俺の敵だ」
「…帝国に忠誠を誓った軍人の言葉ではありませんね」
「思い通りの国家運営をさせるために武装蜂起するよりは弁えているだろうよ」
しばし二人はにらみ合い、沈黙が部屋を支配する。それを破ったのは壁に掛けられた時計が発した時報の鐘だった。
「本日は、失礼します」
そう言って立ち上がる沙霧大尉に対し、大岳はソファへ深く座りなおすと手を振って応じる。
「おう、帰れ帰れ。ついでに次に来るときは菓子折りの一つと美人の副官くらい連れてこい。野郎と二人っきりなんて男臭くて敵わん」
黙して部屋を出ていく沙霧大尉をそのままの姿勢で見送った大岳は、細く長く息を吐きだした。
(武装蜂起に関して否定せんか。そろそろ動きがあると見るべきか)
既にそうした人員が彼らの手勢に加わっている事を、大岳はカンパニーから知らされている。話の出所はほかならぬCIAだと言うのだから疑う余地はないだろう。そしてマンダレーに続き、ボパールの攻略をカンパニーが実施したことで反カンパニー派の連中はいよいよ追い詰められなりふり構わずに行動を起こすつもりのようだ。
「馬鹿共が」
将軍の傀儡化、国家主権の侵害。話に聞く限り、憂国の士を気取る連中はそれらが我慢出来ぬらしい。そんな彼らの頭には、その程度の事に現を抜かす余裕が誰から与えられたものであるのかがすっぽりと抜け落ちているようだ。
湯水のごとく消耗する物資。武器弾薬は言うに及ばず、日常口にする食事でカンパニーが関わらないものはない。昨年から農水産物がメガフロートから安定供給されるようになり、一般家庭に真面な食事が何年か振りに戻ってきた。軍優先の為、市井でどれだけの医者が薬の確保に苦心していたかも彼らは知らないのだろう。景気の良い話のすぐ横には確実に破滅の影が近づいていたのだ。彼らが公の場に姿を現すまでは。
「せめて、軍の恥は身内で始末をつけねばな」
大岳の呟きは、誰に聞かれる事なく空気に溶けていった。
「主砲連続発射、下等生物共に火力とは何かを教えてやれ」
衝撃波とともに、1200センチ三連装砲が砲弾を吐き出す。1万トンを超える質量を誇る砲弾が次々と光線級の健気な迎撃をあざ笑うかのように飛翔し、遠慮会釈の無い破壊を周囲へと撒き散らす。圧倒的物量を背景に構築されているBETAの戦線は砲声が響く度に蚕食されていく。
「第一打撃艦隊、前線を射程に捉えました。順次砲撃を開始。続いて第二、第三打撃艦隊も砲撃を開始します」
「高雄のムラマツより通信。“第二軍、予定通り”以上です」
「第4軍の進撃速度を上げて、大陸のBETAを分断する。鍾馗は全部つぎ込んでいいよ。光線級の撃破状況は?」
「減衰率は5%程です。随分と真面目に陣地構築をしているようですな」
カトウの言葉に俺は素直に頷いた。
「大したもんだよ、過去の実戦データをちゃんとフィードバックまでしてる。土木作業機としては破格の性能だね」
人類から見れば平凡な縦深防御だが、BETAが使う事の恩恵は絶大だ。何せ普段より遥か後方に重光線級が配置されているため、こちらの主砲の射程外から迎撃をしてくる。
「こんな所でのんびりしていられないね。航宙艦隊に連絡、軌道爆撃で連中の火力陣地を噴き飛ばす」
あくまで保険で参加させていたんだけど、早速使い道が出来てしまった。軌道爆撃は補給が大変なんだよなぁ。こりゃユノーだけじゃなく幾つか資源用の小惑星を引っ張ってきた方が良さそうだ。月も火星もあることだし。
「承知しました…データ送信完了、360秒後に軌道爆撃を実施します」
現在運用している航宙艦隊は改造パプア級が40隻。あまり増やしていないのはクラップ級の増産を優先しているからだ。尤もパプア1隻で通常の宇宙用駆逐艦の10隻分くらいの働きが出来るから、40もいれば立派な大艦隊なのだけれど。
「爆撃と同時に各艦隊は戦術機を展開、目標である21番ゲートまでの経路を開削する。それから―」
慣れない事なんてするものじゃないとはよく言ったものだ。俺は普段大規模な部隊指揮をムラマツに任せていた。自分が大軍の指揮なんて執れるわけがないと知っていたからだ。けれど、色々なことが起きて動転していたのだろう。ストライダーの指揮官席に座った俺は、普段しないような指示を出していた。その指示に対してカトウは黙々と従う。当然だ、戦術型ドロイドは戦闘用に比べて遥かに自立性の高い個体だが、原則製造者である俺には逆らえない。俺が委任の指示を出さずに命令をすれば、それに従うように出来ている。そんな当たり前の事すら忘れていた俺の目の前で、大気が淡く発光した。
「え?」
空へとまっすぐ伸びる光の線、それが膨大なエネルギーによって放たれたレーザーによって大気の分子が破壊されて起きている発光現象だと気づいたのは直後に告げられた報告からだった。
「爆撃軌道に突入していた軌道艦隊が攻撃を受けています。1号艦轟沈、2、3、4番艦も反応途絶しました」
「艦隊に向けて再照射を確認、爆撃軌道に入っていた10隻すべての反応が途絶しました」
嘘だろ?ウチの兵器はどれでも耐レーザー被膜が施されている。当然パプア級にもだ。爆撃の為に低軌道に降りてきていたとはいえ、それでも地上数十キロと言う位置だ。そんな分厚い大気の壁を突破して、更にこちらが対応する間もなく撃沈された?
「何が起きた!?」
「例の改造種による集中射撃と推定されます。軌道爆撃を継続致しますか?」
そんな俺の衝撃など全く気にせずにカトウは普段通りの口調で尋ねて来る。そのおかげで自分がとんでもない無様を晒したことを痛感する。
「…っっはぁ!」
大きく息を吐き出し、体の力を抜く。何を見失っているんだ、俺は俺だけでは何もできないことを誰よりもよく知っているじゃないか。
「ごめん、漸く頭が冷えた。カトウ悪いけど部隊の指揮をお願い。目標は変更なし、君が最適と思う方法でやっていい」
「宜しいのですか?」
宜しいともさ。
「痛感したよ、やっぱり俺には軍を指揮する才能は無い。一兵卒としてやることにする」
そう言って苦笑すると、カトウは朗らかに笑った後、とんでもねえ事を言い出した。
「了解しました、では直ぐに発艦準備にお入りください」
「へ?」
俺が呆けていると、至極真面目な表情でカトウが口を開く。
「敵砲撃陣地に対し、光線級突貫を実施します。現段階で司令に突入頂きますのが最適解であると判断いたしました」
こうして俺は再び単独での光線級突貫を実施する運びとなるのだった。
作者の自慰設定
カトウ
ムラマツと同モデルのドロイド、識別のために髪の色だけ変えられている。通称2Pムラマツ。過保護なところがあるルクレツィアやムラマツと異なり、効率を重視するプロトコルであるため、割と主人公に無茶振りをする。
尤も安全マージンは十分に考慮されているため、一見無茶苦茶な要求であっても命に関わるような要求はしてこない。…はずである。