取り急ぎ低軌道艦隊が迎撃されたことを国連に連絡するよう伝えつつ、俺はハンガーへと向かった。ストライダーはミノフスキークラフトなどを追加したことで原型となったスピリット・オブ・マザーウィルよりも内部スペースが圧迫されてはいるが、それでも戦術機3個大隊を余裕を持って運用可能な容量を誇っている。その中で贅沢に1個中隊分のスペースを占有して出撃準備が整えられている機体へ足を向ける。取り付いて各部をチェックしているのは汎用の作業用ドロイドだ。量産の為に機能も絞られているから俺が来ても作業を止めて挨拶してきたりなどはない。
「乗るよ」
そう声をかければドロイド達は素早く機体から離れていく。それを確認した俺は素早く専用のスーツへと着替える。何せこいつは今までの機体とは文字通り桁違いの性能を誇っている。問題はその性能にコックピット周りが追いついていない事だ。いずれ各国に供与する予定のミラ女史が設計中の簡易量産機は人間が耐えられる所までデチューンされる予定だし、今回の攻略で十分なポイントが入ればコックピット周辺を改善出来るから、フルスペックの機体も使えるようになるだろう。
「まあ、だからしょうがないよな」
専用のスーツを着込むと体のあちこちから金属の噛み合う音がしてスーツと体が接続される。そしてコックピットに収まれば、そのスーツ自体がシートへ接続された。直後、接続されているコネクターを通して大量の情報が俺の脳へと直接送られてくる。
(情報量で酔っ払えそうだな)
酩酊に似た浮遊感が僅かに続き、その間に俺に埋め込まれた補助用の量子コンピューターがその情報を最適化して俺に書き込む。更に機体のセンサー群とリンクした俺は普通の人間とは比べ物にならないほど正確かつ精緻に周辺情報を認識する。この全能感はちょっとだけクセになるな。
「試製97式、出撃するぞ」
俺の意思に呼応するように機体のジェネレーターが出力を上げる。僅かな時間をおいて格納庫からカタパルトへ誘導された機体は素早く発艦準備を整えると、背面に接続された巨大なブースターがその狂暴な加速力を解き放つべく唸りを上げる。
「突貫」
俺の宣言を合図にカタパルトが機体を強引に加速させ、それに相乗りする形でブースターが歓喜の咆哮を上げた。僅か100mという短い滑走距離にもかかわらずマッハ1寸前まで加速した機体は、空中に放り出された瞬間遠慮なしの飛翔を開始する。
(これは改善の余地ありだな)
あっという間にマッハを超え、マッハ4に到達するのを認識しながら俺は難しい顔になる。宇宙世紀の強化人間処理とアーマードコアのリンクス向けのAMS適合に強化人間処理を施して、漸く真面に制御が出来るという速度だ。はっきり言って未改造の人間では制御など望めないだろう。
「目標捕捉、FOX1」
地上20mという低空を衝撃波でBETAを吹き飛ばしながら直進、目標であった重光線級の集団を射程に捉えるのにかかった時間は20秒程だ。流石に迎撃を受けるが、その全てを高速運動で回避しつつ、射点に向けてこちらも反撃を行う。増設されていたブースター側面のパネルが吹き飛び、中から無数の誘導弾が飛び出す。俺の脳波によってコントロールされるそれらは、近距離防空用に配置されている光線級の迎撃を見事に躱すと重光線級へと殺到、その不細工な肉体に突き刺さるや、内包されていた炸薬の力を解き放つ。
「うーん、汚い花火だ」
S-11、それも戦術機に搭載されるものの倍に相当する爆発を受けて重光線級が次々と破裂する。当然それだけで収まる筈もなく、生み出された火球は周辺にいたBETAを諸共に焼き払った。
「パージ」
既に半壊している目標集団を前に俺は、ダメ押しとばかりにブースターを切り離して突撃させる。贅沢にも核融合炉とミノフスキードライブを搭載しているブースターは制御ユニットである俺を失い、暴走しながらBETAの集団に突っ込み残っていたエネルギーを爆発という形で周囲へ存分に撒き散らす。尤も、それを意図して設計はしていないので、破壊力自体は先ほどのファンネルミサイルと大差なかったが。
「急造品であることは確かみたいだな」
着地と同時に健気にもまだ迎撃しようと向かってくるBETA共に向けてビームライフルのトリガーを引きながら、俺はそう結論付ける。ファンネルミサイルによる被害状況はシミュレーションの誤差範囲内に収まっているし、強化されている筈の他の個体も新型のビームライフルで十分対処出来る耐久力だ。
「けれど、流石に36ミリや120ミリでは難しい…かな」
ビームの破孔形成具合を確認しながら突撃級の外殻や要塞級の耐久力を類推してみるが、改良種相手にはこれらが陳腐化していると言わざるを得ないという結論に至った。
(こりゃどこの戦線も大騒ぎになるぞ)
何せ現状何処の戦線であっても、戦術機の主武装となる火砲はその二種類なのだ。これが効かないとなると手札が大きく減る事になる。野分をそれなりに配備出来ているソ連や統一中華戦線はまだ野分による白兵攻撃という手段が残されているが、欧州戦線や数を揃えるために鍾馗を大量導入しているインド、中東の戦線はかなり厳しいだろう。
(米国に協力を打診するしかないかな、手が回りきらない)
比較的人的資源にまだ余裕があるソ連や中国は、装備さえ送り付ければ自力で頑張ってくれるため、案外カンパニーとしては負担ではない。何故なら既に戦術機に関しては供与前提であったために設備が整っているからだ。だが人的資源も底をつきかけている欧州ではそうもいかない。最下級の戦闘用ドロイドは辛うじて生産体制が出来つつあるが、問題はその上のドロイドだ。ハヤタ達のような自己判断が可能で他の戦闘用ドロイドを指揮できるドロイドは生産システムが解放されておらず、現状ポイントで入手する以外の方法がない。加えて大隊クラスの指揮を執らせると演算能力の大部分を食ってしまうらしく、前線で指揮をさせるには中隊クラスが限界であることも解っている。これで購入ポイントは下手な戦術機よりお高いときている。正直現状戦力拡大の上で最もポイントを消費しているのがここだったりする。
「クソ、後手後手に回っている感じだ」
最後の要塞級を撃ち抜いて沈黙させると、俺はそう吐き捨てる。俺のバイタルの変化を敏感に察知した補助システムが、鎮静効果のある脳内物質の分泌を促し、そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻す。
「落ち着け、ここで強引な手に出て躓く訳にはいかないんだ。目の前の事に集中しろ。まずはボパールを攻略。確実にやれよ、長谷川誠二」
こちらの襲撃が成功したからだろう。旗艦であるストライダーを含め第一軍に属している戦力が全面的に攻勢に出始めた。俺はハイヴへ突入する準備を整えるべく通信を開く。
「こちらトイボックス1、光線級突貫に成功。ハイヴ突入準備のため一時帰還する」
「こちらコマンドポスト、L集団の消滅を確認。お見事です。帰還を心よりお待ちしております」
俺はその言葉に笑いながら応じると、道中のBETAを蹴散らしつつストライダーへと帰還した。この五時間後、ボパールハイヴの反応炉に到達した俺は、ボパールを制圧したのだった。
「今更英雄様がなんのご用事かしらね?」
胡乱な目で手渡された封筒を眺めながら香月夕呼はそう不満を口にした。マンダレーに続き、遂に先日ボパールを攻略した事で、カンパニーは完全に英雄の地位に上り詰めた。ハイヴの攻略。それ自体は喜ぶべき事だ。例え信じられない程の物量が投入されていて、事実上カンパニー以外に同じことが出来ないとしても、人類の生存圏が再び奪還できたのだから。だから同時にカンパニーの重要性が高まれば高まるほど、対抗馬である他の勢力が割を食うのは致し方のない事なのである。尤もそう理解しているとしても、当事者として負の感情を持ってしまう事は避けようがないのであるが。
「さて、私も手紙を預けられただけですからな。内容までは」
出された代用コーヒーを不味そうに飲みながら、鎧衣左近がそう嘯く。この男が関わる以上、この手紙の内容が彼に伝わっていないはずが無いし、それが彼の飼い主に知られることも確定している。つまりカンパニーは彼の飼い主を味方だと認識している公算が高いという事だ。不快さをアピールするために一度鼻を鳴らすと、ペーパーナイフで封筒を開ける。飾り気のない用紙にタイピングされていた文字列を読み進める内に、彼女の表情は見る間に険しくなる。
「アンタ、この内容を読んで良く平然としていられるわね?」
「さて、何のことやら」
あくまで白を切る鎧衣への追及は無駄だと判断し、夕呼は再度手紙へ視線を走らせる。勿論その内容はほんの数秒前と変わる筈もなく、彼女は盛大に溜息を吐く事となる。
「反応炉がBETAの一種であり、ハイヴを統括する個体である可能性。しかも通信機能を有しているですって?こんなやばい事を私に知らせてどうしようっていうのよ!?」
現在、ハイヴの指揮系統はツリー型であると類推されている。一部のBETAが入手した情報が帰属するハイヴに伝わると、そのハイヴを分派させた親ハイヴへと伝わっていき最終的にH01、即ちオリジナルハイヴに到達、その後逆の順序で情報が全ハイヴに共有されると考えられている。問題はこの全てが経験則に基づく類推であるという事だ。
「でも、そういう事だったのね」
「そういう事、とは?」
鎧衣の声に、夕呼は素直に答える。
「カンパニーの戦術よ。多分あいつら、この内容を随分前から予想していたんじゃないかしら?でなければ態々あんな大規模な包囲殲滅なんてしないでしょう?」
「あれは他のハイヴへの情報漏洩を遮断するための戦い方であったと。しかし、この反応炉から連絡されてしまえば意味が無いのでは?」
「そこはBETAの習性を利用したみたいよ。原則経験を積んだ個体であってもエネルギー供給時以外反応炉に接触しない。そして個々のBETAと反応炉は常時情報交換が行われている訳ではなく、エネルギーの供給時にのみ行われていると推測しているみたい」
「ほう」
「だから検証の為に量子物理学に長けた学者に反応炉を調査して欲しいですって。確かにあいつら、ハイヴの制圧は宣言したけれど、反応炉を破壊したとは一言も言っていなかったわね?」
現在も彼らの移動拠点であるあの巨大構造物は破壊したモニュメントの上に鎮座し続け、流入してこようとするBETAを阻んでいる。
「いいじゃない。世界一頼りになる護衛付きでハイヴ観光なんて中々出来る事じゃないわ。向こうの意図は何であれ私は乗るわよ。ついでにオルタネイティブ4は彼らの基地に移動できないか交渉もしようかしら?帝国もその方が都合が良さそうだし?」
「……」
大陸情勢の改善に加え、カンパニーから提供された技術によって帝国の軍事情勢は以前と大きく変わっている。一国民としては歓迎すべき変化であるのだが、相対的に榊内閣によって誘致された国連軍はその存在を疑問視されるだけならばまだしも、国民に負担を強いる足手まといという風潮が流布し始めていた。尤も、軍事的には旧世代化してしまった戦術機が大半を占めているため、実際に戦力として見れば二線級であるし、基地から人員に至るまでの費用負担は帝国が行っているのだから、残念ながら間違っていない。恐らく次回の選挙で誘致を強行した榊内閣は倒れる事になるだろう。ならば今のうちに有力な組織へ身売りしてしまおうと言うのが夕呼の偽らざる本心であった。
「ま、その辺りは今回の招待でどれだけ私を売り込めるか次第かしら?…ほかにも随分面白い意見があるみたいだし?」
送られてきた手紙の最後に添えられた一文を夕呼は指でなぞる。そこには一言こう書かれていた。
―BETAは生物ではなく、異星起源の生体作業機械の可能性がある―
ニンゲン、ヤメマシタ