「世界中の企業がブチ切れるわよね、これ見たら」
全力稼働を続けるカンパニーの本拠地地下工場でミラ・ブリッジスはそう笑った。現在も拡張を続けている工場からは、カンパニーの主力製品である戦術機が続々と吐き出されていた。
「後1ヵ月あれば“暁”も本格量産できたのですが」
残念そうに付き従っているルクレツィアがそう零す。その言葉にミラは思わず苦笑してしまう。
「完全自動化ってのも考え物なのね。まあやりたくても普通の企業じゃ出来ないでしょうけど」
そう言って彼女は最終検査を受けるために並べられている戦術機を眺める。そこにはカンパニーの代名詞ともなった“野分”。人類史上初のハイヴ攻略の立役者となった“雷”。そしてまだ数は少ないが、今後人類の守護者となる事が確定している彼女の手がけた97式戦術機“暁”が並べられていた。
「土地の制限もありますし、何より我々と違って一般企業は営利団体です。比較対象になりません」
「それはそうね」
地下という誰の目にも触れないのを良い事に、カンパニーは本拠地を好き放題に拡張していた。既にその端は帝国から買い上げた柏崎と平塚の地下にまで達しており、同時に増設され続けている製造ラインからは各種機体が生み出されているのだ。ルクレツィアの言う通り普通の営利団体であればこんな無茶苦茶な拡張は当然出来ないし、敷地面積という制約がある以上、製造ライン自体も取捨選択する必要がある。広げた分だけ製造ラインも増やすなどという狂気の選択など誰も出来ないのである。
「雷はまあ解るけど、鍾馗の方も製造ラインを増やしてるのね」
カンパニーでも機体の優先順位は明確に存在するため、既に野分の生産ラインは増やされていない。一方で攻撃機と呼ばれている鍾馗の方は大幅なアップデートこそ無いものの、順調に数を増やしていた。
「アップデートの結果戦術機の搭乗適性のボーダーは大幅に低下しました。しかしそれでも衛士になれる人材の方が人口に対し圧倒的に少ないのが実情です。今後も数の上での主力は揺らぎません」
「それこそ人間の方を弄らない限り、ってところかしら?」
「現在社が保有している人体改造技術は改善点が多く残されております。全人類への適用は推奨致しかねます」
それはそうだろう。何せ試製97式に乗り込むためという狂気の選択のために、個人に最適化した施術を受けた長谷川ですらあの有様なのだ。量産の為に平均化した施術などを行えば、相当数の不良品が発生する事は火を見るより明らかだ。
「まだまだ改善の余地はあるか。次の目標は赤ん坊でも扱える戦術機とか?」
ミラがそう嘯くが、対するルクレツィアは眉を寄せてその言葉を否定する。
「そちらも推奨出来ません。安易に簡便化すれば若年への徴兵に歯止めが利かなくなります」
既に追い詰められている人類は後方国家ですら根こそぎに近い動員を行っている。この時点で今後の経済活動に深刻な影響が出ることは明らかであるが、更に問題なのが戦後の話である。
「国家の再建にも、そこに介入するにも武力は求められるものね」
BETAという共通の敵を失えば、人類同士の争いが再燃するのは火を見るより明らかだ。その際に人的資源が乏しい国々がどの様な考えに至り、そしてその時子供でも扱えるような戦術機が存在すればどう行動するかなど誰にでも解る事だ。
「ミスタ長谷川には悪いけれど、人類の暁はまだまだ遠そうね」
ミラは自らの造り上げた“暁”を見上げながら、そう呟いた。
「全員集まっているな?ではこれより2週間後に実施される、カンパニー主導によるハイヴ同時攻略作戦、通称“オペレーション・メテオ”の説明を行う」
壇上に立ったアルフレッド・ウォーケンは良く通る声でそう宣言する。冷静沈着という言葉がよく似合う彼であるが、流石に今回ばかりは内心動揺していた。無論それを表に出すような無様はしないが。
「作戦の第一段階、選出された26名がそれぞれ低軌道より各ハイヴに対し降下強襲を行う。目標はハイヴ最深部に位置する反応炉、仮称頭脳級BETAの撃破である」
スライドに映し出される頭脳級を横目にウォーケンは説明を続ける。
「マンダレー、ボパールでの行動分析により頭脳級を喪失した場合、BETAはハイヴを放棄し、最寄りの生きているハイヴへと移動する事が確認されている。つまり、第一段階が成功した場合には全てのBETAがH01及びボパール前哨基地へ向かう事になる」
その言葉に一部の人間が騒めくが、想定済みであった彼は淡々と言葉を続ける。
「先ほども言った通り、BETAは頭脳級の喪失をもってハイヴの失陥を認識する。つまり逆に言えばどの様な状態であっても頭脳級さえ無事ならばそこはハイヴとして認識されているという事だ。事実ボパール基地には繰り返しBETAが流入を図っている。勿論全て撃退されているが」
声が収まるのを確認し、彼は作戦の説明を再開する。
「頭脳級撃破後、突入した部隊は速やかに付近の国連軍と合流、速やかに軌道上にて待機している艦隊へと帰還。そしてその120時間、つまり5日後に作戦第二段階としてH01に対し選抜者全員による降下強襲を行い、地球BETAを統括する重頭脳級を撃破する」
寝言のような言葉だな、と言った本人であるウォーケン自身が思う。彼らが現れるまで人類にとってハイヴ攻略など正に夢物語であったのだ。それが今では一つのハイヴを占領し、残るハイヴも平らげてしまう作戦を口にしている。しかもその内容は、そんな程度の数でどうにかなるならとっくの昔に戦争なぞ終わっていると鼻で笑ってしまうようなものなのだ。だがこの場に居る者でそこに疑問を挟む者は誰一人としていない。
「この時点で人類の勝利はほぼ確定するが、最後の一仕事が残っている。そしてそれこそが我々に与えられた任務となる。H01攻略後、BETA共は残る唯一のハイヴであるボパールを目指すことは間違いない。カンパニーは敢えてボパールの頭脳級を残し奴らを誘引、持ちうる全火力を投じてこれを撃滅するつもりだ。この戦闘に我々も参加する事になる」
初の実戦になるからだろう。年若い何人かは戦闘参加の言葉に表情を強張らせる。
「規模こそ史上最大ではあるが、ハイヴへの侵攻ではなく迎撃になる本作戦は実戦経験には丁度良いと言えるだろう。防御陣地に十分な砲兵火力の支援も期待出来る。更には最悪の場合、我々は頭脳級を撃破し基地を放棄する事も可能だ」
ウォーケンはそう言いながらスライドを切り替える。
「我々の部隊は戦術機1個増強大隊規模であるが、全員がTYPE97を受領している。現状地球上で最も強力な戦力の一つである事は疑うべくもないだろう。迎撃作戦ではこれを3隊に分け展開、侵攻してくるBETAを迎撃する。既に当該地域全域にアンダーグラウンドソナーの敷設は完了しており、支援用の砲撃陣地、地雷原も十分に用意されている。各隊はそれぞれ私、フィカーツィア・ラトロワ中佐、佐伯恵那中佐がそれぞれ指揮を執る、詳細は端末で確認すること。次に我々の仕事の具体的な説明に移る」
「本任務において、構築される防衛線は6つ。最前線はコルカタからカトマンズにかけてとラホールからカラチにかけての2正面となる。ここでの主戦力は攻撃機と無人戦術機になる。率直に言ってしまえば、この戦力はBETAを消耗させるための捨て駒だ。突破されることが前提となる。続く第二線は本命であり、我々もここに配置されることになる。東部はワーラーナシーに展開するストライダー2を中心に迎撃を行う。こちらには私の隊と佐伯中佐の隊が当たる。ここに配置される無人機は大半が雷になる、これの火力を有効に利用しろ。西部はニューデリー及びジャイプルに展開した陸上戦艦群を中心に迎撃を行ってもらう事になる。ボパール基地であるストライダー1もニューデリーに展開する、こちらにはラトロワ中佐の隊に当たってもらう事になる」
ウォーケンの説明に最前列で聞いていた二人が黙って頷く。
「基本的には通常の迎撃作戦と変わらない。ただし注意すべきはBETA側が学習しているであろう点だ」
ウォーケンは自身の声が固くなるのを無理やり抑え込む。
「2年前の重慶での間引き作戦においてカンパニー製の戦術機が実戦投入された際、搭載されているコンピューターに引き寄せられる形で旅団規模のBETAが当該機の展開する地域に流入した。だがボパール攻略の際にはこの様な行動は確認されていない。ミスタ長谷川が光線級吶喊を実施した後の交戦記録からも、以前の様に高性能なコンピューターに誘引されている形跡は見られない」
それはつまり高性能な機体であってもBETAが過剰に接近してこないという事だ。新兵にとっては精神的余裕の生まれる説明であったが、ベテラン達は一様に顔を顰める。
「つまりこれまでの様に戦術機で敵を誘引し、砲兵に処分させる叩き方は出来ないと考えるべきだ。加えて連中の目標がボパールの確保である以上、最悪我々を無視する可能性すらある」
例え大量の敵であっても自分に向かってくるのであれば対処は難しくない。何故なら暁にはその物量を処理しきれるだけの火力が担保されているからだ。一方でこちらの目的がBETAの殲滅である都合上、むしろ無視される方が厄介だ。圧倒的な物量が集中せずに広範囲から浸透した場合、砲兵による面制圧の効果も薄れるし、砲兵がひき殺されない為に直掩を置く必要すら出て来るからだ。
「幸いにして低軌道艦隊は再建されているが、戦域全体をカバーしきるのは難しいだろう。貴重なタイミングを潰さぬよう全員注意するように。そしてBETAの浸透が決定的となった時点で戦線を縮小、全部隊はボパール基地周辺まで後退し最終防衛ラインを構築する。この段階になれば地上目標もかなりの密集が予測される。不意の接触も増えるだろう、グレイ・イレブンの残量には常に注意を払え」
絶対的な防御力を保証してくれるラザフォードフィールドであるが、フィールドに何らかの干渉を受けた際、急速にML機関の燃料であるグレイ・イレブンを消費する事が確認されていた。設計上相応の余裕を持って搭載されては居るものの、枯渇させてしまえば暁はその戦闘能力を大幅に低下させてしまう構造となっていた。
「万一の場合は無理をせず後退するように。繰り返すがここでBETAを撃滅するのが最良ではあるが、絶対の目標ではない。機体も、貴様等自身も貴様等が考えているよりも遥かに金も時間も掛かっている。たかが一回の出撃で死ぬなどと言う贅沢が許されると思うな」
ウォーケンの言葉に真剣な表情で新兵達が頷く。年若い彼等に一人前の兵士としての振る舞いを求めねばならない事に忸怩たる思いを抱きながら、それを強固な自制心で抑えつけ、ウォーケンは口を開く。
「宜しい、諸君等の健闘を期待する。この後は各隊に分かれて詳細な打ち合わせを行う事とする。では解散!」
決戦の刻限は静かに迫っていた。
暁遙かなりは名作、異論は認める。